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月夜に穿たれる

グラルの家から出て山を降り、麓まで着いた。山の景色と違い、土の色や草の色が鮮やかだった。白一色の風景に比べて色々な自然の表情があった。空気も雪山独特の肺が凍る様な感じでなく、とても暖かな感じだった。気温も当たり前だが雪山より暖かく過ごしやすい。

「…貰った地図によると、この先を真っ直ぐか」

俺はグラルから貰った地図を確認し、行き先を把握した。入り組んだ道程では無いから楽が出来そうだ。俺は少しピクニック気分でゆったりサツホロを目指した。俺が歩いている場所はいわゆるフィールド。本来ならモンスターが出現するが、この場所はあまりエンカウントしないらしい。少しは気を楽にして目的地に迎えそうだ。俺は浮かれながら旅路を楽しんでいた。数時間後。俺は小腹が空いて地べたに座り込み、保存食を食べた。天気は快晴。空には雲一つ無く、食事をするには最高だった。

「…リアルでもこんな環境で飯を食うなんて滅多にないな。そういう意味では、こんな状況も悪くないな」

少し楽天的な考えかも知れない。今俺を含めたSSGに参加していたプレイヤーはこのゲームの世界に取り込まれ、幽閉されている。通常あり得ない話だ。しかし、起こってしまった。それが俺達の現実。だが、腹が減っては戦は出来ない。現実を受け止めなければ、この状況を打破する事は出来ないと思う。そんな風に食事をしながら考えていました。すると、

「おじタン!ここでゴハンたべると、オオカミにたべられちゃうよ!」

とても明るく無邪気な明るい声が俺に注意してきた。声の方を見ると、小さな幼い男の子が居た。大体5歳くらいかなと思った。

「坊主。わざわざ教えてくれてありがとう」

俺は男の子にお礼を言った。すると男の子は

「ぼうずじゃないよ!ぼくはシルザだよ!」

シルザという男の子は俺に怒った。俺はそんなシルザが可愛く思えてしまい、思わず笑ってしまった。その後に

「そうか。ごめんなシルザ。わざわざ危ないって教えてくれてありがとうな。…シルザ、少し食い物余ってるんだが…食べるか?」

「いいの?!たべるぅっ!!」

シルザはおお喜びしながら飛び跳ね始めた。幼さ故の無邪気な行動に、さっきまで考えていた事が頭から吹き飛んだ。俺はシルザに「おいで」と声をかけてきた、余っていた燻製肉をあげた。貰った瞬間シルザは喜んだが、直ぐに

「あっ!でもここでたべちゃダメだってママが…」

そう言った。俺はならと、シルザの住んでいる所まで案内をしてくれと頼んだ。そうすればサツホロに近づくし、この土地の現状を知る事が出来ると思ったからだ。シルザはすんなり了承して、自分の住んでいる場所まで案内してくれた。シルザは歩きながら、色々な事を話してくれた。シルザの村はサツホロから中間地点に在るシリショと呼ばれる村。中間地点だから他の村より交易が盛んで富んでいる村だと。シルザは交易商人の家の次男に産まれて、兄と一緒に商法を学んでいるらしい。知識が有るのはその教育の賜物なんだと理解した。その他に住んでいる村の流通している商品・特産品などの説明もしてくれた。陸地故に穀物が盛んに流通しているらしい。そして、特産品はリアルでも親しみがあったジャガイモらしい。俺は興味を持ち、この世界で穫れる物について更に詳しく尋ねた。概ねリアルの世界の食品が盛んに流通しているそうだ。思い返してみれば、グラルの家で生活していた時も、狩りで手に入れた食物の名称はリアルの食物と同じだった。詰まるところ、この世界はリアルの影響をかなり受けている。ゲーム時代はオリジナリティがかなり強い物ばかりだったのに。

(この変化はどう考えればいいんだ?…)

シルザの話を聞きながら俺は頭の中で熟考していた。そうこうしているうちにシルザの村に着いた。村に入る為の立派な門が高くそびえ立っていた。

「すごいでしょ!このもんはね、うちのお父さんとお兄ちゃんがせっけいしてつくってもらったんだよ!!」

シルザはあたかも自分が作った様な感じで得意気に話してきた。

「すごいなぁ…シルザの家は本当に偉いんだね」

とシルザに合わせて調子のいい事を言うと、シルザは更にご機嫌になり

「そうでしょ!そうでしょ!」

と嬉しそうにはしゃいだ。そのままルンルンと門をくぐって村の中に入って行ったので、俺も後に続いて村の中に入った。門の内側は、想像の数倍の衝撃があった。村と言っていたので、栄えていても所詮は村だと半分小馬鹿にしていたが

「…これが、村…か?」

と思わず呟いてしまった。自分達が想像している牧歌的な感じではなく、どちらかと言えば明治時代の街に近い感じだった。建ち並ぶ家々はしっかりとしたレンガ、木造。中央の通りには食品、日用品、趣向品、色々な店舗が商いをしている商業ストリートの様な感じでとても活気があり圧倒される。往来を行き交う人々も明るい笑顔で溢れていた。

「すごいな…」

俺は歩きながら色々なものを見てそんな感想を呟いた。シルザは、これがなになにで〜、あれがこれこれだよ。と、教えてくれた。俺も興味津々に話を聞きながら村を見て回った。そうしているとシルザが

「ここがぼくのうちだよ!」

と、一際大きい家の前で自慢気に教えてくれた。

「…でッかいな」

俺はシルザの家を見ると、これまた大き過ぎる建物に半ば半笑いになって呟いた。村の中で1番の大きさだと見て分かった。すごく豪華という訳ではないが、所々に意匠を凝らした装飾が施されていた。

「まっててね!今、お父さんよんでくるね!」

シルザは走り出して家の中に入って行った。俺は言われた通りに待っていた。待っていて少し経つと、シルザが貫禄のある貴族風の大人を連れてきた。

「貴方ですか?我が愚息が連れて来た遊撃者とは」

シルザの父親と思われる男はいかにも貴族と言った口調で聞いてきた。俺は少し気遅れしたが、直ぐに頭を下げて

「はい。遊撃者の天原と申します。息子さんのシルザ君の案内でこちらに参りました。」

言葉を選びながら慎重に挨拶をした。

「ふむ。…遊撃者と聞いてもっと粗暴な輩と思ったが、中々に礼儀正しいな」

父親は品定めするような口振りで俺を見てる。内心少し腹は立つが、冷静にならねばと思った。

「貴方様はこちらの村の中心となる方だと、息子さんから聞きました。そのような方のお屋敷に上がらせていただき、嬉しく思います」

とりあえずご機嫌取りで相手の気を伺うことにした。

「ほぉ…そのような上辺だけの言葉で、私の気を紛らわそうとしているのかね?」

父親は世辞は要らないといった感じだ。大分警戒心が強いと分かる。

「滅相もありません。私はただ、思った事を素直に口にしただけです。ご不快でしたら、謝罪します」

俺は頭を深々と下げて謝罪した。父親はフッと笑うと

「…すまないね。顔を上げてください」

と、さっきとは違う優しい口調で語りかけた。俺は顔を上げて父親を見ると、笑顔でこちらを見ていた。

「本当にすまない。何しろ我々は君たち遊撃者という者達を恐れていてね…不躾な態度で応じてしまった。…こちらこそ謝罪したい」

そう言った。言われてみれば、俺達プレイヤーはゲーム内のシステムやデザインなんかに囚われがちになる。ましてや、モブキャラの事を事細かに把握している人は、全体の少数だ。そして、彼らNPCも今この世界では感情を有している。俺達に対する認識は俺達がNPCに持っている認識とほぼ同じだろう。

「いえ、村の皆様の事を考えればの事です。お気になさらず」

俺は頭を下げた。その反応を見て

「そこまで畏まらなくて結構。今の対応で君が礼節を弁える人だと分かった。…名乗り遅れた、私はロイゼル。この村の取りまとめ役をしている」

父親はロイゼルと言うらしい。自己紹介が終わると一礼を返してきてくれた。本当の紳士と言った感じの方だ。

「息子のシルザを送り届けていただき感謝する。…何度言い聞かせても一人で勝手に出歩いてしまってね。困ってものだ。せめてもの礼に一緒に食事はいかがかな?」

最初は愚息と言っていたが、本心では大切な息子だと直ぐに分かった。本当に心配していたのだろう。お礼と言う事で食事を提案されたが、それならばと俺は道とサツホロの現状について聞く事を思いついた。

「お心遣い、痛み入ります。ですが…ならば情報をいただく事は可能でしょうか?」

「情報?何のだね?」

俺はグラルの家から来た経緯と旅の目的を大まかに話した。勿論、馬鹿正直に全てを話す訳ではなく噛み砕いて分かりやすく説明した。

「…なんと、あの一流鍛冶師グラル殿の使いの方でしたか。重ね重ね無礼を働いた。許してほしい」

グラルの名を出すと、ロイゼルはまた頭を下げた。どうやらこの辺りではかなり有名らしい。

「いえいえ…私はただのお使い。貴方が敬服しているグラルさんとは比べるまでもありません」

「グラル殿の使いの方ならば、しっかりとお話させていただきます。私にわかる事でしたら全て」

「ありがとうございます」

それから俺はロイゼルに色々と情報を聞き出した。道についてはそれ程難しくはなかった。ほぼ直線の一本道。比較的モンスターは出ないらしい。サツホロについても、グラルから聞いた情報とほぼ合っていた。しかし、ロイゼルは気になる事を話してくれた。

「…最近、頻繁に子供が城に連れて行かれる。ですか?」

「えぇ。…表向きは城内の奉仕活動と言う事で、奉公に向かわせた家には多額の金を払っているらしいのですが…いつまで経っても帰って来ないらしいのです」

領主がそう言った。聞く限りではただ奉公に出て行ったの様に思えるが、領主は表向きと言っている。何かあるに違いない。

「表向き…と言われましたね?つまり、違う理由があるかもしれないと?」

「おっしゃる通り。しかし、明確な証拠はありません。あくまで噂程度の話になります」

噂話。民衆が不審に思い色々妄想を含ませるのはよくある話。しかし、火のないところに煙は立たぬと言う言葉もある。

「一体どんな噂なのですか?」

「…これは、サツホロから来た商人から聞いたのですが…サツホロの王。ヴラドⅦ世は子供を城に幽閉して、自らの贄にしている。…といった、悍ましい噂話です」

俺が聞いた瞬間の感想は

「は?」

意味が分からなかった。いや、ゲーマーとしてはよくある話だから理解できない訳ではない。だが、普通に声が出てしまった。

「…その反応は分かります。最初私も信じられなかった。…ですが、この噂はかなり信憑性があります」

「根拠は?」

「…2日前にサツホロに行ったこの村の者が、見たらしいのです。奉公に向かわせた親が、自分の子供を見たいと兵士に陳述しているのを。…その場で、首を刎ねられたらしいです」

「なっ…?!」

酷い話だ。しかも聞いた感じは公衆の面前で。惨過ぎる。俺は悲しみと怒りが込み上げてきた。

「運良く村の者は帰ってこれましたが…その現場を見た者には、口封じとして皆収容施設に連れて行かれたそうです」

あまりにも無慈悲な行いだ。ゲームの世界の設定でならよくある話だと頭で分かっていても腸が煮えくり返る。

「自分の国の人達を何だと思っているんだ…」

俺は叫びたくなる気持ちをぐっと堪えて静かに怒りを発露した。ロイゼルは表情を曇らせていた。

「貴方が向かおうとしている場所はそういう危険な国です。今のままではいくらグラル殿の使いと言えどどうなるか分かりません。…向かわないという事も考えるべきだと思います」

ロイゼルは忠告をしてくれた。確かに危険な場所であるのは間違いない。しかし、疑問があった。ゲーム時代のサツホロやヴラドⅦ世の設定とあまりにも違いがある事だ。サツホロは寒冷地帯の限界地域だが、その厳しさに耐え抜くだけの力を持つ人々が暮らしていた筈だ。加えてヴラドⅦ世。このキャラクターはルーマニアに伝わるヴラド三世をモチーフにしている事から、臣民を大切に思い、国を守る英雄として存在していた筈だ。だが実際は違っている。しかもヴラド公が豹変したのは俺達がこちらの世界に飛ばされてからだ。偶然そうなったとは考えにくい。間違いなく俺達の侵入が関係しているのだろう。なら見に行かなければならない。おそらく何かしらの情報がある筈だ。今この世界で怒っている事についてもっと詳しく知らなければならない。

「ロイゼルさん、心遣いありがとうございます。…ですが、自分はやはりサツホロに行かなければならないのです。お願いします…どうにか侵入出来る裏道などはありませんか?」

情報を集めなければならないという意志でロイゼルに聞いた。ロイゼルは少しため息を吐いた。そして、少し間を開けて

「この村を西に進むと今は捨てられた廃坑道があります。…その坑道を道なりに進むと、サツホロの下水道に通じます。ただ、廃坑道にした際に道を塞いでしまいました。ですが塞いでいる物をどうにか出来れば街に入る事は可能でしょう」

廃坑道を教えてくれた。障害物さえどうにかすればサツホロに入れる。それさえ分かれば充分だった。

「感謝します。ロイゼル村長」



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