今は未だ遠い、未明の朝焼け
ゲーム内に取り込まれたプレイヤー達。バラバラに散りばめられ、俺達はもう一度集まるために各々でゲームの世界を冒険することになった。
深夜のSG社最上階社長室。榊原は自分のデスクのパソコンを見つめていた。榊原がパソコンを見ていた理由は、もちろんAKIRAが起こしたプレイヤーをゲーム世界に監禁するといった前代未聞の暴走行為だ。しかし、榊原は表情を全く変えず事の顛末を静観していた。そうしていると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
榊原が入室を許可すると部下の由水が入ってきた。
「失礼します社長。…AKIRAによる意図的な暴走。第一段階は滞りなく終了しました」
「今、データを見たから確認できた。…予定通りだな」
榊原はデスクから立ち上がり、窓辺に歩み寄り眼下の景色を見下ろした。つい先程まで現実世界で起こり得ないとんでもない事態がSSGのゲーム内で起きた。それはSSGのシステムそのものとも言える人工知能AI、AKIRAによるログインしていたプレイヤーをゲーム内で1年間。現実世界で1週間、ゲーム内に閉じ込めるといったものだ。これによりSG社は表向きはプログラムの不具合によるもので、プレイヤーの脳に一時的にダメージを受けている状態であることを公式に発表。プレイヤー全員の安全確保のため、SG社と繋がりのある医療機関全てに、緊急事態の特別措置で病室を無償で貸し出し経過観察をする異例の事態になった。マスコミ・各方面からのバッシングがあったものの榊原自身が各方面に頭を下げて詫びに回り、その対応の早さと誠実さである程度のマイナスイメージを払拭していった。しかし、この行動にも裏があった。この不具合は事前に各方面に知らせていた。このバッシングも実は半分がやらせ。流石に一般企業や、個人の情報屋にまでは根回しが出来なかったのでそれらの口止めに色々と費やしていた様だ。
「本日はお疲れ様でした。…蛆虫の対応に随分神経を磨り減らしたかと思われますが」
「なに。対した事ではないさ。…この先にある我々の願望実現の為の先行投資だと考えれば安いものだ」
由水の言葉に榊原は何事もないと返した。
「それより由水。実験体達のその後の観察に問題は無いな?」
「ご心配なく。ゲーム内・現実体の双方の観察に問題はありません。AKIRAの方も今は自身のプログラム領域に籠り、AKIRA自身でゲーム内の観察を続けています」
榊原は監禁したプレイヤー達の経過観察について由水に確認した。由水は問題無く進んでいることと、AKIRAについても報告した。それを聞いた榊原は少し鼻で笑い
「ふっ…あの子も少しは成長したらしいな。しかしまだ、子供の知能が少しあるようだがな」
「はい。…定期的にこちらからアクセスしていますが、応答を拒んでいます」
「全く…困ったものだ。…今後はアクセスせずに静観しろ。AKIRAの生みの親として、自分の子供がどのように思い成長するのか…楽しみに待とうじゃないか」
「了解しました」
榊原と由水は窓から見える景色を見つめた。この先にある自分達が描いた景色を見つめるように。
「……うぅ、ぅ…ん、ん?さ、さっみぃッ!?」
俺は突然の寒さで目を覚ました。そして、周りを見渡すとここは吹雪の中の雪原であると分かった。
「なるほど…吹雪の中で寝てたのか、そりゃ寒いわ…って、んなことあるかぁーっ!!」
俺は自分の台詞にツッコンでしまった。しかし、そんな事をしている場合ではない。一刻も早く寒さから逃れる場所を探さないと。ゲームの世界で凍死するかは分からないが、凍傷のバステはシャレにならない。俺は吹雪の中を宛もなく歩き始めた。幸いな事にアイテムバックにホットコーヒーのアイテムがあったので、それを飲んで凍傷のバステを消して歩いた。しかし、ホットコーヒーのストックにも限りがあるので早めに休める場所を探さないと不味いことになる。しかし、吹雪の中で視界は不明瞭。同じ場所を歩いている気がする。マップを確認しようとしたが、ノイズが発生していて確認が出来なかった。
「マジで勘弁してくれ…どうすっかな、これから」
俺は歩きながら愚痴を溢していると、吹雪の中で小さく光る明かりを見つけた。
「おっ!明かりがあった!行くか!!」
俺は一縷の光を見つけてテンションが上がり、走って明かりの方向に向かった。息を切らしながら走り明かりの元に辿り着くと、そこには小屋があった。俺は寒さが限界に来ていた為、迷わずに小屋に立ち入った。
「すみません!この吹雪で道に迷ってしまいました!よかったら、吹雪が止むまでこちらで休ませていただけませんか!?」
俺は小屋に入るなり矢継ぎ早で話してしまった。とても失礼だと思うが、なりふりかまっていられなかった。すると
「…やかましいな。そんなにうるさいとここからつまみ出すぞ」
低い男の声がした。俺は息を整え声の方を見ると、小さな老人が薪を暖炉にくべていた。俺は冷静になり老人のステータスを確認した。彼はNPC。種族はドワーフだった。ドワーフと言えば、恰幅のいい体格で描かれる事が多い種族だ。彼はその点で言えばドワーフらしくなかった。小柄でひょろりとしていた。
「すみません。さっきまで走っていて無我夢中だったもので…非礼を詫びます」
俺は素直に彼に謝った。
「ふん。…人間ってのは、いつもいつもうるさくてかなわねぇ。…まぁ、謝ったから許してはやるが」
彼は薪をくべたまま俺に悪態をついてきた。しかし、謝ると言ってくれたらから最初の印象よりは良くなったのだろう。
「…お前さん、名前は?」
「失礼しました。名乗り遅れました…天原睦月と言います」
「アマハラか…変な名前だな。儂はグラル。まぁこんな偏屈な場所に住んでいるから、お前さんの名前の事を変呼ばわりはできんがの」
彼はグラルと名乗った。わざわざ偏屈に話しかけて来て勘に触るが、不思議と嫌な感じがしない。何となく、俺と似ている気がしたからだろうか。
「グラルさんは何でこんな場所に住んでいるんですか?…ドワーフと言えば工房等で鍛冶をしている種族と聞いています。こんな極寒の地で鍛冶をするには、かなり難しくありませんか?」
俺は純粋に気になった事を聞いた。グラルはようやくこっちに顔を向けた。
「…ここに居る理由をお前さんに教えなきゃいかんのか?儂が好きでここに居るのが悪いのか?」
グラルはさっきより冷たい態度で答えた。俺は不味いこと聞いてしまったと反省した。人には知られたくない秘密がある。そこに土足で踏み込むのはその人の尊厳を傷つけてしまう。彼はNPCだが、こんな反応をするなら彼らにもしっかりとした意志があるのだろう。
「…重ね重ね失礼しました。これ以上は聞きません。…暖を少し取りましたら、出ていきますのでご容赦を」
俺はより一層丁寧に謝り、彼に背を向けて休む体勢を取った。
「…勝手にしろ。スープがあるから、食いたきゃ勝手に食いな」
グラルはそう言って、奥の方に姿を消した。スープがあると教えてくれるあたり、本当は優しい人なのだろう。俺は遠慮なくスープをいただき暖を取った。
「美味いスープだなぁ」
俺はいただいたスープを噛みしめて食べた。食べ終わると急激な睡魔に襲われ、俺はそのまま机に突っ伏して寝てしまった。俺がいびきをかきはじめると、グラルが奥から出てきて俺に毛布を体に掛けてくれた。
「本当に人間ってのは…勝手な生き物だなぁ。…お前さんみたいなのばっかだったら、儂もここには居ないんだろうがな」
そう言って、グラルはまた奥の方に姿を消した。
これが俺がゲームの世界で過ごした最初の夜だった。
「ん、…ハッ!寝ちまった!?」
俺は眠りから覚め、ハッとなり起き上がった。その時に肩から毛布が落ちた。それを拾って俺は分かった。これはグラルが掛けてくれたのだと。
「…ありがとうございます」
俺はここに居ないグラルに感謝の言葉を口に出し、小屋から出ようとした時
「おい。どこに行くんだ?飯を食わんのか?」
奥の方からグラルが現れた。
「え?」
俺はいきなり後ろから声を掛けられ驚いてしまった。グラルは鍋を手にして暖炉の上で温め始めた。
「今は吹雪は止んでるが、また夜中吹くぞ。…3日後完全に晴れ間が続くから出るならそん時にしな」
グラルは料理をしながらそんなふうに言ってくれた。俺はグラルの人柄に感銘を受けながら、彼の厚意に甘えることにした。
「グラルさん。何か自分に手伝えることはありますか?」
「…とりあえず、飯食ってからだ。ほら食いな」
俺は手伝えることはないか聞いたが、グラルはまず腹拵えをしろと言って飯を出してくれた。メニューはパンにベーコン、目玉焼き、シチューだった。良くある洋風のメニューだった。
「いただきます」
俺は手を合わせて食事に感謝し食べ始めた。味はとても旨かった。味付けも程よい濃さで、とても俺好みだった。
「美味いか?」
「はい。とても」
俺はグラルに飯の味を聞かれ、素直に美味いと答えた。
「こんな飯が美味いなんてな…日頃から、しっかり食っとらんのか?」
「そう言う訳ではありませんが、グラルの料理は本当に美味しいです」
俺は食べる事を止めずに話した。グラルも一緒に食べ始めた。夜中は暗がりであまり表情が分からなかったが、今ははっきり見えた。とても優しげな顔立ちだった。
「そう言えば、この雪山はどこの山なのですか?」
俺は食べながら現在地の把握をしようとした。グラルは食事をしながら答えてくれた。
「ここはエゾ地方クシロ、トオネキツネ山だ。…裾より上で麓の近くだ」
このSSGは現実世界の地方と地形を酷似させている。エゾ地方とは現在の青森から北海道全土の土地を指す。時代背景が大体中世時代から戦国時代くらいがベースになっている。それぞれの国で少しだけ時代錯誤があるとよくSNSで言われていたのを思い出した。
「エゾ地方…では、北の国ですか。通りでこんな雪山なのですね」
SSGのエゾ地方は全ての季節で雪が降り続ける、極限地域。そこに住む全ての生物は屈強であると言われている。
「そうだ。…お前さん、前はどこに居たんだ?こんな何もない雪山にいきなり遭難しているなんて…おかしいだろ?」
グラルは俺の事について聞いてきた。確かに俺は自分の事を説明していなかった。俺は説明しようと思った瞬間、脳裏にあの事がよぎった。それは、AKIRAによるプレイヤーをゲーム内に取り込んだ事件。AKIRAとの戦いの後、プレイヤーは一人残らず大きな穴に吸い込まれ意識を失った。今の今まで忘れていた。状況が状況なだけに意識が薄かったが、とても大事な事をすっかり忘れていた。
「…そうだ。俺はッ!?」
俺は焦って立ち上がってしまった。ステータス画面を開いてフレンドリストを確認しようとした。しかし、その機能が完全に使えなくなっていた。その他にチャット機能も使用できなくなっていた。俺があたふたしていると
「落ち着け。…何があったかは知らねぇが、まずは座りな」
慌てふためいていた俺にグラルは諭すように、席に座れと促した。俺はグラルの言葉で我に帰り、席に着く
「…すみません。取り乱しました」
俺は謝った。グラルは俺の方を見て
「…何があった?」
グラルは聞いてきた。俺はこれまで起きたことを簡潔に説明した。だが、AKIRAの事やプレイヤー達がゲーム内に取り込まれた事は伏せた。
「なるほどな。…お前さん、遊撃者だったのか」
「遊撃者?」
「人間の中でも特別な存在の奴等だよ。…お前さんら、死んでも蘇るんだろ?そんな奴等を遊撃者っつうんだ」
グラルは俺達の事の総称を教えてくれた。ゲームだった頃はそんな呼ばれ方はされていなかった。これもAKIRAによるゲームの改変の影響なのだろうか。
「とにかく、大体の事情は分かった。…そうなると、お前さんのとりあえずの目的地はエゾの中心部サツホロか」
「そうなりますね」
サツホロは現実世界の札幌。エゾ地方最大級の都市だ。
「ここからじゃあ1日ありゃあ辿り着けるが…生憎、まだ山の天気が荒れる。2、3日は動けんぞ」
グラルはそう言った。1日の距離の為に2、3日待たされるなんて普段なら耐えられないが、現状では待機する他ないだろう。
「分かりました。では、この小屋に居る間…雑事の手伝いをさせてください」
俺はただ待たせてもらうのが嫌だったので、昨夜同様グラルに手伝えることはないか聞いた。
「…まぁいいか。着いてこい」
グラルはそう言うと奥の方に案内してくれた。そして俺は驚いた。
「…マジか」
素の口調で呟いた。理由は俺が小屋だと思っていた場所は小屋ではなく、玄関だった。いや、正確には玄関でもない。何て表現すればいいのか適切な言葉が出てこない。そのくらい度肝を抜かれた。
「何驚いてるんだ?さっきまでお前さんが居たのは厨房だ。この建物が儂の家だ」
グラルにそう言われた俺は更に驚いた。
「あそこが…厨房?じゃあ、あっちに見える扉がちゃんとした玄関ですか!?」
俺は興奮気味に尋ねた。広いフロントの様な場所の先に、きらびやかな装飾を施した大きな扉。現実世界でも、海外の世界遺産等でしか見たことのないよう扉。それを目の当たりにして息を飲んだ。
「見てくりゃいいさ」
グラルは少し得意気に見てこいと言った。俺は興奮冷まやらずの状態で扉の前に立ち、扉の取っ手を押して開いた。扉の隙間から光が射し込み、眩しくなり目を少し瞑る。目が明かりに馴染んで目を見開くと
「…すげぇ」
そんな言葉しか浮かばなかった。見渡す限り一面の銀世界。眼下には針葉樹の森が広がっており、なんと表現していいのか分からない。しかし、ただ一言。
「すごく…綺麗だ」
そうとしか言えなかった。俺の姿を見たグラルは
「お前さんが前に居たのはトーキョーだったか?ならこの景色は拝めねぇな」
俺達が前に居たのはカントウ平野地方のトーキョー。現実の東京と同じ場所だ。俺の地元はどちらかと言えばこのエゾ地方寄りだが、それでもこんな綺麗な銀世界は現実世界でも中々見ることはないだろう。
「まぁ…こんなもん、鬱陶しいだけだがな」
グラルは少し恨めしそうに付け足した。だが、山奥の秘境とも言える場所で1面の銀世界を見ることは滅多にない。だから俺は美しいと思ってしまった。俺が景色に見入っていると後ろから小突かれた。
「痛ッた!なんスか急に…って、その剣は?」
俺は振り返るとグラルの持っていた剣に目がいった。グラルはその剣を俺に向けて放り投げた。
「丸腰じゃ何にも出来ねぇだろ。…そいつで山に住んでる獣でも狩って来な。いいリハビリになるだろうからな。一応直ぐに使える防具と着込みの用意もしてある。上手く使え」
グラルはそう言って家の中に戻った。俺は手にした剣をまじまじと見て、鞘から抜いてみた。すると、とても狩りなどで使うようなものでない見事な業物だった。
「…ありがたいな。こんな物を預けられたら、期待に応えるしかないな」
俺は刀身を鞘に収めて腰に佩刀する。そして、グラルに頼まれた獣を狩りに出掛けた。とりあえず帰宅する時に迷わないように、生茂っている木々に目印を刻みながら山の中を進んだ。進んでいる間に自分のステータスの確認をしたのだが
「…マジか。レベルが半減している。ステータスも半分以下か…結構痛いな」
こちらの世界に飛ばされた時の影響なのだろうと推測した。AKIRAの嫌がらせかもとも考えた。そんな時、俺のアビリティの心眼に反応があった。感知出来ただけでも7体。ステータス半減の影響で個体のレベルまでは分からない。俺は柄に手を添えて構える。敵の姿は目視出来ないが、囲まれているのは分かった。警戒を緩めずに神経を尖らせていると、背後の気配が動いた。
「ガァァァーッ!」
俺は直ぐに剣を抜き背後の敵を斬る。
「ガアァッ?!」
手応えがあり、襲って来た敵を倒した。倒した敵のステータスを直ぐに確認する。モンスター名ガルア。犬狼種の氷雪地帯に生きる獣。基本的に複数体で群れを成して縄張りを形成する生態の魔獣。
(個体値は高くないが、数で攻められたら厄介だな)
俺は考えながら、構え直す。他のガルアはまだ姿を見せない。AKIRA戦の影響で半減した心眼では、正確な位置の特定が出来ない。出待ちをするのは楽だが、一斉に畳み掛けられると今のままでは危ない。そう思った俺は、一直線に走り出した。ガルア達を動かして、姿を確認する為に敢えて動く。思った通り、ガルア達は俺を逃さないと追いかけてきた。おかげで見えなかったガルア達を補足できた。数も感知出来たものと合っていた。
「なら…」
俺は急反転して、速度を上げてガルアの群れに突っ込む。ガルア達も猛突進してきた。呼吸を整え精神を集中する。
「…"閃"」
閃は目にも止まらない速さで斬りつけるスキル。高速移動しながらの閃は速度も精度も上がり、更に俺はスキルを連発して一気に斬りつける。
「ガアァァァーッ?!」
追って来たガルアは俺のスキルで全て斬り倒した。念の為他に敵が居ないか確認してから俺は剣を鞘に収めた。
「ふぅ…なんとかなったな」
俺はガルアのドロップアイテムを回収する。食材アイテムも落としてくれたので万々歳だった。
「よし…帰るか。…ん?」
俺は帰ろうと来た道を進もうとした。しかし、急に地鳴りが響き渡った。そして、俺の方に向けて猛スピードで接近してくる気配にも気付いた。俺は再び剣に手を当て構える。その瞬間
「ウォォォーーッ!!」
凄まじい咆哮と共に巨大なモンスターが姿を表した。
「こいつはッ?!」
見た目はさっきのガルアと一緒だが、大きさがまるで違う。数十倍の巨体だった。ステータスを確認すると、ダイマガルアと表記されていた。ガルア達のボス個体で通常のガルアより格段に強いらしい。
「まぁ見た目からしてヤバそうだな…」
俺はダイマガルアの存在に少し萎縮していると
「ガァァァーーッ!!」
ダイマガルアは先程と同じ様に咆哮し、鋭い爪で襲い掛かってくる。
「ッ?!」
俺はなんとか剣を抜き、間一髪で攻撃を回避する。本当に危なかった。反応が後数秒遅れていたら、首が吹っ飛んでいた。
「…ふぅ」
俺は気を引き締めて、敵を見る。一切の雑念を捨てて、剣を握り締める。
「行くぞッ!」
エゾ地方首都サツホロ。その中心に位置する巨城、ヴラド城。このエゾ地方の全てを治める領主、ヴラドⅦ世が住まう血塗られた城。
「…王よ、報告したい議が御座います。」
ヴラド城の玉座の間で一人の男が、玉座に座る王に対して頭を垂れる。玉座に座るのはヴラドⅦ世。たなびく銀色の
長髪。目は血のように紅い。そして、禍々しい存在感。現実世界で吸血鬼と呼ばれた者の姿に似ている。設定上の話でヴラド三世がモチーフになっているそうだ。
「よい。申せ」
「はっ。…まずは頼まれていた遊撃者捕獲についてです。残念ながら、まだこの地に足を踏み入れる者が少ない為良い成果は挙げられておりません」
「ふむ。…それについては致し方あるまい。引き続き観察し、見つけ次第捕らえよ」
「御意」
男は王に頭を垂れたまま次の話を進める。
「もう一つは贄の確保と、飼育についてです。こちらは滞り無く進んでおります。また、生産についても同様に御座います」
「良い。そちらも引き続き任せるぞ。…時にアブル。余からも尋ねたい事がある」
「何なりと」
アブルと呼ばれた男は姿勢を変えず、王に対応する。
「貴様は遊撃者であるのにも関わらず、何故余に加担する?本来であれば、余と貴様は敵対する関係にあるはずだが?余の話に賛同し、余に仕える真意を述べよ」
「言うまでもありません。私は王の思想こそが優れていると思ったまでです。私は私が優れていると思った者にのみ、従うと決めておりますので」
アブルは王の問いかけに迷わず答えた。
「その結果、他の遊撃者達と争うとしてもか?」
「勿論で御座います。その為に私は此処に居るのです」
次の王の問いかけにも迷わず答える。王は不敵に笑い
「良かろう。では…貴様の全ての力を、このヴラドⅦ世に捧げるがよい」
「仰せのままに。我が王よ」
エゾ地方の中心のヴラド城で陰湿で狡猾な計画が動き始めていた。
「はぁ…はぁ…な、なんとか勝てた…」
俺はすかっかり疲弊していた。ダイマガルアとの戦闘が今まで体験した事の無いくらいの激戦だったからだ。自分の持てる全能力を使い切り、辛くも勝てた。そもそもダイマガルアは単体戦闘をするモンスターではない。パーティーを組んでようやく倒せるモンスターだ。自分でも思うが、本当に無茶をしたと思う。
「まぁ…勝てたからいっか。…帰ろ」
俺はまだ傷が痛む身体をなんとか起こしてグラルの家へと向かった。
「ただいま帰りました…」
数十分をかけて俺はなんとか家に着いた。挨拶を済ませると、奥からグラルが現れた。グラルは俺の姿を見て最初会った時の様に、品定めをする。
「…随分、痛めつけられたな。相手は普通のモンスターじゃねぇな?ダイマガルアか」
「え?あ、はいッ!…何で分かるんですか?」
俺の姿を見ただけでどんなモンスターかを当てたグラルに驚き聞いてしまった。
「ふん。…その胸の鎧は1番頑丈に拵えた。それに傷をつけられるのは、ここら辺じゃダイマモンスターだけだ。…剣も見せろ」
「はい…」
グラルの観察眼に驚嘆していると、今度は剣を見せろと言われた。俺は預かった剣をグラルに渡す。
「……。なるほどな。お前さん、剣より刀の方を使うんだな」
「そうですね。元々、刀の方をメインにしていましたので…それも、剣から分かるんですか?」
「当たり前だ。…この剣の刃こぼれは片側しかない。つまり、同じく釖で斬っている証拠だ。そんな事になるのは、両刃使っているんじゃなくて片刃の得物を使うって分かるわい」
本当に凄い観察眼だ。意識していた訳ではないが、扱いは片刃を使っていた時と同じで扱っていた。つまり、両刃を片刃で使う。それなら、刃こぼれも片側にしか出来ない。それを直ぐに見抜くグラルは本当に凄腕だと感じた。
「…お前さん用の得物も作るか。馴染みのある方がいいだろう」
「いいんですか!?そんな事までしていただいて!?」
グラルの大盤振る舞いの発言に俺は聞き返した。
「まぁ暇だしな、今の時期は。…それに使い手の武器に合わせて作れない奴は、鍛冶屋には向かねぇよ。使い手の要望に合わせるのは当たり前で、それを超える物が作れて初めて1人前なんだよ」
グラルはそう語った。凄いプロ意識だ。そういう精神は見習わなければいけないと痛感した。その後は獲って来た素材を加工したり、調理したりして今日一日が終了した。
グラルの言った3日が過ぎた。吹雪は止み、快晴な空が広がっていた。グラルの所に居た3日間、俺は雪山のモンスターを狩りながら戦いの感覚を取り戻す事に専念していた。そのついでに食料・素材の回収もした。その素材で武器・防具の作成に使ってもらった。
「…晴れたな。なら、そろそろ下山するか」
俺は空を見上げながら呟いた。すると後ろからグラルが声をかけてきた。
「行くのか」
「はい。またいつ吹雪が来て進む事が困難になるのは避けたいんで」
グラルの質問に俺は答える。グラルは俺の目を見て
「…そうかい。なら、ちょっと待ってろ」
グラルはそう言うと、家の中に入って行った。しばらくして、グラルは武具一式を携えて出てきた。
「出来たぜ…素材が獣が多かったから軽装になっちまったが、お前さんには丁度いいだろう」
そう言ってグラルは俺に武具を渡した。俺は受け取り、まじまじと見た。防具は地味な東洋風の鎧。左肩に毛皮の肩当。篭手・具足も皮をあしらえた平安時代の盗賊をイメージした様な防具。武器は刀。両刃剣では無いというのは鞘を見て分かった。鞘から抜き出し、刀身を見ると
「…すごい」
その感想しか出てこないくらいの造りだった。刀身の地肌は板目肌。帽子は一枚帽子。刃文は濤乱刃。反りは輪反りの打刀だった。現実世界で見たら発狂するくらいの美しい一振りだった。
「こんな素晴らしい逸品を貰っていいんですか?!」
俺は興奮気味にグラルに聞いた。グラルは表情を変えずに
「おう。…そもそも、お前さんから貰った素材から作っただけの物だ」
そう言ってくれた。俺は興奮が冷める前に武具一式を着込んだ。防具は俺の身体にピッタリと合った。そして、腰帯に刀を差す。
「フッ…馬子にも衣装ってやつだな」
グラルは俺の姿を見て笑ってそう言った。鏡を見た訳ではないが俺も自分で似合ってないと思いながら
「ありがとうございます」
そう返した。グラルは更に他の物も渡してきた。それは板状の文字が刻まれた物だった。
「これは?」
「こいつは権威証明証。こいつを持ってりゃあ、俺の代役の証人として街に忍び込める。それと、エゾ地方の地図だ」
「なるほど…通行証みたいな物ですか。それに地図まで」
グラルが渡したのはサツホロに忍び込める通行証とエゾ地方の地図だった。武具・通行証・地図を快く渡してくれるグラルに俺は感謝の意が絶えなかった。
「…本当にありがとうございます。こんなにして戴いて」
俺は改めて感謝を伝えた。
「ただの気まぐれだ…気にするな」
グラルはそう言って家の中に入って行った。俺はグラルの後ろ姿に一礼した。そして、踵を返しサツホロに向かって歩き出す。