フルアーマー魔法使い 〜強すぎてパーティーを追放されたタンク役の私が単独で魔王を討ちとるたった一つの冴えたやりかた〜
「異世界転移転生やMMOでもないのにタンク役って言葉があるのおかしくね?」という怨念をもとに書きました。
私がまだほんの小さな頃から、魔族の脅威というものはありました。
幼い私はお母さんから毎晩のように魔族の怖さについて聞かされたものですから、それはそれはもう恐ろしく、特に魔王の邪悪さ、凶悪さ、卑劣さなどは、幼心にも聞くに耐えないものでしたので、夜中にトイレに行く時などは、恐怖のあまり必ずお父さんかお母さんを叩き起こし、付き添いを頼むこととなり、たいそう顰蹙を買ったものでした。
母はあくまでも幼い私を守るため、不審な魔族に近づいちゃいけませんということを言いたいがために、特に私は女の子だということもありましたから、ことさら魔族への恐怖を煽っていたのでしょう。
しかしそれがために父の睡眠時間が削られてしまったものですから、ある晩とうとう私は父にガチギレされ、その夜はたったひとりで厠へと向かうこととなったのです。
あの時の恐怖感を思い出すことは今の私にはできません。
ただ、ほんの目と鼻の先にあるトイレへゆくだけのことに、まるで世界の果てに住むドラゴンに会いにゆくような、決死の覚悟をもって、めまいがするほどの恐怖のなか、急いで済ませようと暗闇を走ったせいでスッ転んでその転倒の衝撃で結局お漏らししてしまったという単純な記憶があるだけです。
覚えていることはもうひとつ。
その日に私は決意したのです。
もう二度とこのような恥ずかしい思いをしたくない。
魔族の王は人々を恐怖させている。苦しめている。特に重点的に私をおびやかしている。
こんな、パンツをぐしょぐしょにしたあげく母からは叱られ父からは爆笑されるという辱めを人類に味あわせる、神をも畏れぬ魔王を、排除せねばならぬと。
パンツと尊厳を犠牲にしたその翌日。私は偉大な魔女に弟子入りすべく森へ向かったのでした。
全ては魔王を倒し、この世界に光を取り戻すために。
魔法の勉強は厳しくはありましたが、つらいとは思ったことはありません。その頃の私は、世界を救い、ついでに魔王に煮え湯を飲ませてやりたいという一心で、ひたすらに修行に向き合っていたのです。
そうして年月は流れ私が十五歳になった時。どうにか一人前の魔法使いとなった頃。
国に伝わる伝説の聖剣に選ばれた勇者様が、魔王を討伐に向かうと聞いたのです。
機は熟した。今こそ魔王をこの世からリムーブする時である。私はそう思いました。
私はお師匠様に許可をいただき森を出て、それから勇者様のパーティーに加えていただきました。
そうして魔王の城を目指すことになった当時の私の胸中は、世界を救う使命感でいっばいでした。
この勇者様と仲間たちと一緒なら、必ず魔王を倒せる。なにせ聖剣に選ばれた勇者様ですもの。
少なくとも王国を旅立った頃の私は、間違いなく、そんな希望に満ちあふれた、無邪気な気持ちでいたのでした。
今日、この瞬間までは……。
「イシュカ……もうパーティーを抜けてくれないか……」
魔王城を目前とした魔の森の中。
突然勇者様からそう告げられたのです。
夜の帳が下りすっかり真っ暗闇となったなか、私たち勇者パーティーはテントを張って夜を明かそうとしていました。テントの内側を照らす、かすかだけれど暖かいランタンの、オレンジ色の光にちょっと心を奪われていた私は、最初はその言葉の意味がよくわかりませんでした。
「えっ……勇者様、今なんて……」
「だから……おまえにパーティーを抜けて欲しいんだよ!」
勇者様の声はあたりを警戒するためか、大きなものではありませんでした。しかし押し殺した声には叫びたい衝動が隠れているような気がしました。
「どど、どうしてですか⁉︎ 私なにかまずいことでもしちゃいましたか……⁉︎」
私はそう言いました。勇者様は地面に置いたランタンを挟んで私と向かい合って、どこか疲れたような様子で座っていましたが、私の言葉に彼はため息をつくと、
「なあイシュカ……おまえのパーティーでの役割だが……ええと、なんだっけ? あの……」
「タンク役?」
「そう、そのなんとか役。そもそもその役割ってなんのためのものなんだ?」
私は察しました。
こんなことをあらためて聞くだなんて、きっと勇者様は私のタンク役としての働きに不満があるのだと。だからこうして私という魔法使いのパーティーにおける改善点について話し合おうとしているのでしょう。
私は居住まいを正し、誠意をもって答えることにしました。
「タンク役とはパーティーの前面に立ち敵の攻撃を引きつけ、勇者様や他の仲間を守る盾となる。そうして仲間の安全を確保し、勇者様たちが攻撃だけに専念しやすいようにする。そういう役割です」
「うん……これまでの戦いでも、敵の攻撃はほぼイシュカに集中してた。危険な役割だわね」
「はい。でも私は魔法の盾を持っているから、そう危険ってわけでも……」
勇者様はまたため息をつきました。
「そこだよ。それ」
「えっどれでしょう」
「その魔法の盾。おまえが魔法の盾を構えて敵に突撃し、その後ろから俺たちが隠れながらついていって、敵を殲滅する。今までそうやってきた」
「はい! それが功を奏して早いペースで魔王城の前までたどり着けました! さすがです勇者様!」
勇者様が国王様の命を受け、魔王討伐の仲間を募集したのは十日ほど前のことでした。私はその募集に応えて勇者パーティーの中に入れてもらえたのです。
魔王の軍勢は辺境を侵していたのですが、まずそこへいって魔族の領域に踏み込み、魔の国を進軍し、激しい戦いを経て、ついに魔王の城を視界に捉えることができました。
つまりそこにかかった日数が十日。さすがは勇者様が選び抜いた歴戦の仲間たち、驚異的な侵攻スピードと言えます!
私は頼もしい仲間たちに出会えた喜びに感謝し、胸の前で手を合わせ指を組んだのですが……、
「その速さが問題なんだよぉ! 見ろっ、この有様を!」
なぜか怒鳴られてしまいました。勇者様は、私から見て右のほうを指差しました。
テントの端っこで三人の仲間たちが、なんかげっそりした顔で虚空を見つめています。
鎧の戦士ドルパさん。鉄拳の武闘家リーさん。私がお姉さんとして慕っていた、豊満な肢体を持つ僧侶のマリアさん。
そこに勇者であるマグナムジョーさんと私を加えて五人。これが魔王に引導を渡す決死隊でした。
「あ、あの、あんまり大声を出さない方が……魔族に見つかりますよ」
「あのな、聞けイシュカ。おまえが盾になって突っ込んでいくっていう、おまえの発案した戦術は、まあいい。それはいいんだ。問題はそのスピードが速すぎるってことなんだ」
「はあ……」
「おまえが敵の大群にゴリゴリ突っ込んでいくだろ? 俺たちはその後ろをついていく。でもおまえは止まらずに前進し続けるから、俺たちは結局大群の真ん中で両サイドから挟み討ちの形になる。いつもこんな調子だ!」
私はこれまでの戦闘を振り返ってみました。
たしかに敵軍の中央を割っていくので、両側に分かれた敵の攻撃を受けるケースがままありました。
「ですが勇者様。みなさんは優秀ですから、そういった相手を倒してきたじゃありませんか! それに私が突貫することで敵は足並みを乱してサイドに流れるわけですから、その隙を突くことで勇者様たちも楽に敵を攻撃……」
「そのサイドからくる奴らが多すぎるんだよぉ!」
また怒鳴られてしまいました。怖い。
「どんだけいると思ってんの⁉︎ 魔王城の近くなんだぞ⁉︎ そりゃもうあなた何百、場合によっちゃ何千って魔物が殺到してくるんだぞ⁉︎」
私はまた記憶をたどってみました。
「うーん……たしかに最近は、まるでイナゴの群れのごとく魔物たちがウヨウヨしていて、もう魔物が立ってる地面の色が見えないまでに密集していたような気がしないでもないですね。それに魔王の城も近いものですから、展開している魔物はすべて強力で大きいものばかり。十匹もいれば小国も落とせそうなレベルの魔物がそろってますね」
「だろ⁉︎ でもおまえはそれでそこにどうした?」
「突貫しました」
「なんでだよ!!!」
「いや、イケるかなって……」
「イケるものかよ!!! いや一応イケてはいるんだよ、ここまで生きてこられたってことはな!」
「えっ、なら問題ないじゃありませんか……」
勇者様は頭をガリガリかきつつ、
「ま、まあ……そりゃあな? 一応はな? おまえは魔法の盾だけじゃなくて、なんかすごい武器も持ってるもんな?」
「魔法の杖ですね」
「……あれを魔法の杖って言うのかどうかはわからないけどね? 俺も専門家じゃないからね?」
目を逸らしたままボソボソと呟く勇者様を見て、私は首をかしげました。魔法使いが持っている武器ならば魔法の杖以外にないと思うのですが。
「まあとにかくな、おまえは防御だけじゃなくて、攻撃の方でも優れてる。大火力の魔法で、魔物がポンポコ死んでいくもんな」
「ええ、タンク役ですから」
「いや前から思ってたんだけどさ、そのタンク役ってのはまず何? タンクって水を溜めとくあれのことだろ? 何で盾持ってるからって水入れのタンクなのよ……」
よくぞ聞いてくれました。私はそう思いました。ですから私は、背筋を正し、胸を張って答えることにしたのです。
「勇者様。私の魔法は、独自に編み出した魔導術によって強力な攻撃力を実現させたものです。全てはあの魔王の奴にひとあわ吹かせてやるために研鑽したもの。ですので、私のオリジナリティあふれる大魔法を、言ってしまえばパクられたくないので……」
「はあ……」
「というわけでですね、表向き私はみなさんに魔力を供給し、みなさんの身体能力を向上させる魔力供給係ということにしておきたいのです。そう……あたかも戦場で水分補給のために運搬する水タンクのような」
「だからタンク?」
「そうです!」
「いやパクられるも何も魔物は出会った瞬間おまえに皆殺しにされるから盗みようもないと思うんだけどな……」
私は首をかしげました。きょとん。
「でも勇者様、新技術というものはあんまりおおっぴらにしない方がいいと思うんですけど……」
「いやもういいよそれは。聞いた俺が悪かった。とにかくな、俺たちはタンク役のおまえのせいで大きな迷惑をこうむってるってことだ!」
左にかしげた首を右にかしげた私。
勇者様はさっき、一応イケてると言いました。それに私が魔物を皆殺しにするとも。では何も問題ないように私には思われたのです。
けれど勇者様は、私があまりにもきょとォんとしていたためか、私の顔を見やってため息をつきました。
そして仲間を指差しつつ、
「戦士ドルパの鎧を見てみろ」
ドルパさんを見ました。
膝を抱えてブツブツなんか呟いてるドルパさんの鎧はベッコベコにへこんでいます。ところどころ割れています。
「武闘家のリー。あの有様はどうだ」
リーさんを見ました。
両拳と足に布が巻かれていて、拳のものには血がにじんでいます。
「ドルパの鎧はもうボロボロでもう敵の攻撃を防ぎきれてない。怪我もしてる。リーは格闘に次ぐ格闘で拳は骨折するわ、肩は痛めるわ、打撃のため踏み込みすぎて足首の腱が切れるわ、膝の靭帯は損傷するわ、満身創痍だ。おまえのせいで敵がわんさと押し寄せてくるからな!」
「でも、そのために僧侶のマリアさんが回復役としているのでは!」
マリアさんの回復魔法は一級品です。なんせ仲間たちの命と肉体をここまで持たせたのですから!
「じゃあそのマリアを見てみろ」
マリアさんを見ました。
あお向けに寝転んだまま白目をむいてうわごとを言いつつ痙攣しています。
「おまえがみんなをこき使うもんだから回復魔法の使いっぱなしで魔力切れを起こしてる。おまけに魔物どもの血やら内臓やらをモロに浴びまくって精神的にもちょっと病み始めてる。そしてそれはマリアだけじゃない」
あらためて三人を見てみます。
みなさん震えながらそれぞれなにごとかを呟いてます。
「うう……もういやだ……帰りたい……! うちに帰りたい! 戦争はもういやだ……!」
「アイヤー……アイヤァ…………」
「うふふ……死よ……うふふ……みんな死んでいくうふふふふふ」
勇者様は私を見やりつつ、
「PTSDだ。早すぎる進軍速度による過労と、戦闘の激しさの重圧で壊れちまった。みんな限界なんだ。俺も」
彼は、それは私のせいだと言ったのです。
「でも勇者様! 魔王城はもう目の前です! あともう少しなんです、魔王の首を獲れるのも……もう少し我慢できませんか⁉︎」
「だが俺たちはもう疲れた……」
「どうしてですか⁉︎ 魔王を倒したくはないんですか⁉︎ 人々をおびやかすクズ野郎をあの世へ送ってやりたいと思わないんですか⁉︎ 魔族のカスどもを一匹残らず絶滅させてやろうという情熱と気概はその程度だったんですか!」
「俺たちはおまえについていけない。無理だ」
「無理っていうのは嘘つきの言葉なんですよ!」
「なんていうかなぁ、もうなぁ、そういうとこだと思うんだ。おまえがそこまですごい魔法使いなのにいまいち賢者にクラスアップできないとこなぁ」
「口答えはやめてください! もっとやる気出して! やればできる! 熱意が足りないんです! 気合いと根性が!」
私は魔物にテントが見つかってしまうかもしれないことも忘れてつい大声を出してしまっていました。
でもそうせずにはいられなかったのです。だって人々を救う勇者様の口からそんな弱気な言葉を聞きたくなかったから。あとついでに魔物が寄ってきたら寄ってきたでまた新たな魔法の実験台にできるかなと若干思っていた部分はいなめません。
「俺たちもっと自分たちに合ったペースでやりたいんだよ。そういうガツガツした感じじゃなくてさ……」
「世界平和をガツガツやらなくてどうするんですか!」
「けどさ……楽しくないことって続かないと思うんだ俺……」
「狂ったんですか! 魔王討伐に楽しいも楽しくないもないでしょ!!!」
けれど勇者様は私から目をそらしてこう言いました。
「イシュカ……おまえと魔王討伐するの……息苦しいよ……」
私はその言葉を聞いた時、まるで暗闇に落ち込んでしまったかのような気持ちに襲われました。
信頼していたはずの仲間。生死をともにしてきたみんなの心が、私と同じではなかったということがショックだったのです。
もう一度ドルパさんたちの方を見てみました。相変わらずうわごとを言うばかりで私を見ようともしません。
私はここでやっと理解しました。
私はもうここにはいられないのだ。
私は追放されてしまったのだ。
魔王討伐エンジョイ勢から。
胸は苦しく、目頭は熱くなって、私は今にも涙をこぼしそうになっていました。
けれど私は泣くことはしません。
「……わかりました」
ぐっとこらえ、震える声で勇者様に告げます。
「今までお世話になりました……」
勇者様とドルパさんたちにも丁寧に頭を下げてから、私はテントを出ました。
それからというもの、私は自分の荷物を背負い、暗く、魔物の跋扈する森を、独りぼっちで歩きました。
なんと惨めなのだろう。
なんと悲しいのだろう。
魔法を学ぶための厳しい修行時代ですらこんな気持ちになったことはありません。こんなにも惨めで、哀れで、絶望的な気持ちになったのは、お父さんにトイレぐらい一人で行ってきなさいめんどくさいなと言われたあの夜以来です。
私はあの夜と同じように暗闇を独りさまよっているのです。
仕方がないので私は歩きました。
私に再びこんな悲しい気持ちを味あわせた魔王に対する憎しみをあらたにし、独り魔王城へと歩を進めたのでした……。
森の中にある大きな岩の上に私は座っていました。
薄目を開けてはいますが何も見てはいません。深い深い無意識から覚醒した私は、辺りが薄明るくなっているのを感じました。
もうすぐ夜明けです。
私は瞑想をやめて立ち上がって伸びをしました。お師匠様との修行時代、瞑想を教わりよくやっていたものです。頭がスッキリします。
それだけではなく、時に私の中の私が消失し、まるでこの宇宙と一体になったような感覚が、消失したはずの私の中に広がり、まるで世界の全てを理解できたかのような気持ちになれる時もあります。
それは私の魔法のアイディアに役立ったものですが、そんな話をお師匠様にすると、「えっ、マインドフルネスって頭をスッキリさせるためにやるものだけどあなたいったい何を見たって言うの⁉︎ 大丈夫⁉︎」とビックリしてたのをよく覚えています。
まあなんにせよ深い瞑想によりスイッチング・ウィンバックをキメることで勇者パーティーから追放された悲しみを心のスミに追いやった私は岩を降りました。
それからまた森を歩きました。辺りのいびつな木々は、日の昇らぬ薄明かりの中で黒い輪郭としてだけ見えています。
黙々と歩くことしばらく。森が途切れ、崖の上に出ることができました。
眼下には灰色の平地が広がっています。くすんだ色の草や枯れた小木が、申し訳ていどにちょぼちょぼと生えているだけの、寂しい光景でした。沼地……ほどではありませんが、湿った荒野のように見えます。
そしてその上……ちょうど崖の上にいる私の目線と同じ高さでしょう、遠く空中に、魔王城がありました。
太陽が地平から顔を出し始め、朝焼けに染まった空。その中に、浮遊リングにより浮かんでいたのです。
ついに私はたどり着いたのです。魔族の王の居城へと。
と言ってもまだかなりの距離があり、下の荒野を進まないといけません。
第一、魔王城は宙に浮いていました。私が仮にまだ勇者様と行動をともにしていたなら、この先あの下へと行ってから、どうやって城へ入り魔王と戦うのだろうと、仲間の誰か、あるいは全員が首をかしげたかもしれません。
しかしその時の私はそんなことよりも、美しい朝焼けに心を奪われていました。澄んだ空気のなか、魚のウロコのような雲は静かな紫色から徐々に暖かな色へと変わっていく。私はそれに見とれていたのです。一日が始まる。あらゆる人が、命が目を覚まし、活動を始めるのです。
「朝……か。誰かを殺すには最高の時間帯ですね」
独り言を漏らしつつ私は背中の大荷物を下ろしました。
大きな袋。私はそこに自分の装備を全て入れています。袋の口を開き、中からすっかり装備を地面に並べました。
袋の中身のほとんどを占めていたのは、両肩と腰のベルトで背負うバックパックです。今まで袋をリュックとして背負ってきたのに、そのリュックの中にもリュックのような物が入っているのは我ながら滑稽だと思います。
他は魔法の杖を何本かと、ボール状の魔道具がひとつ。アーチの形をした魔道具。円形のバックラー。それから太く長い筒が四本。
まずはバックパックに魔法の杖を挿していきます。
右上側に長い杖。
左上側に、ボール状の魔道具。
その真ん中に、一般的な長さですが太めの杖を二本並べて挿入。
後ろ側に、小枝のように細い杖を六本束ねて筒状にしたものを、留め具によってはめ込みます。
それから四本の太い筒を、バックパックの四隅の角に一本ずつねじ挿れていきます。私がこれを背負った時、虫の羽のように後方へと広がって見えるでしょう。
そして最後に、アーチ状の魔道具。これは長めの魔法の杖を湾曲させたものです。杖に沿って、等間隔に六つの小さな球が取り付けられています。これを、アーチが上にくるように、バックパックやや後ろに装着しました。
バックパックはこれでよろしい。
次は三脚を組み立てます。
三脚は脚の一本が長く、残り二本はその三分の一ほどの長さ。まるで鳥の足みたいな形です。短い二本が魔王城の方向に向くよう立てました。
この三脚の上に魔法の杖を設置します。その杖は私の所持品の中で最も長く太い物。折りたたみ式で、三つにたたんで荷物袋の中に入れておいたものです。
私はその折りたたみ式魔法の杖を一本の形に伸ばすと、三脚の留め具にはめました。
先端は魔法城に向いています。杖以外にも三脚用の望遠鏡と分度器があるのでそれを装着。
私は三脚の杖を操作する前に、バックパックをよいしょと背負いました。それからバックラーを左腕に装着。
魔法の杖はあと二本。一本はバックパックに上から挿し込みました。最後の一本はまだ地面に置いておきましょう。
私は三脚の杖に取りついて、望遠鏡を覗きました。
魔王城がよく見えます。分度器で距離と角度を図り、三脚杖の先端がやや上を向くよう調整しました。
「よろしい。大変よろしいです」
また独り言を言ってしまいました。まあいいでしょう。いずれにせよこれで魔族は終わりです。城の向こうから昇ってくる太陽は魔王が最後に見る朝日となるでしょう。
私は三脚杖の左脇に立ち、寒い冬に耳を温めるためのイヤーマフのような形の耳栓を頭に装着。それから杖から伸びているグリップを握ると、魔力を込めます。
そして、グリップにある引き金を無言で引きました。
––––ドズゴーーーーーーーン!!!!!!!!!
大音響とともに杖の先端から火球が発射されました。
それは目にも留まらぬスピードで飛んでいくと、浮遊リングではなく城の外壁に着弾し、爆発を起こしました。
「あれ、外れちゃいました」
私はもう一度望遠鏡をのぞき込み分度器で角度を調整。杖先端をさっきより気持ち下に。
そしてもう一度ファイア。
––––ドズゴーーーーーーーーン!!!!!
私と三脚の立つ地面に勢いよく砂埃を巻き上げつつ、再び杖が大絶叫。
今度はちゃんと浮遊リングに命中しました!
私はそれからも自分の顔を望遠鏡と分度器の間で行ったり来たりさせながら射撃を続けます。
この魔法の杖は武器屋さんで売っているようなものではなく、私の手作りです。
通常の火球を発する杖はたしかに敵を倒すだけの十分な火力を発揮できますが、いかんせん炎なものですから、発射した後は風圧の影響を受けて思ったような速度を得られません。
避けられてしまうのです。ですので私ども魔法使いは、戦士や武闘家のような前衛の戦闘員に敵を引きつけてもらい、彼らが攻撃を加えて敵が弱り足が止まったところを狙う必要があります。
この三脚の大きな杖はその問題点を改善したものです。炎が風の影響を受けるというのであれば、まずは風を切り裂く形状で射出すればいいと私は考えました。というわけで私はまず土属性の魔法で弾頭を作り、その中に火属性の魔力を込めて射出するという方法を考えました。我ながらイノベーションにあふれているんじゃないかと思います。瞑想の効果ですね。
そうやって魔王の首を獲りたい一心で作ったのがこの大口径魔杖です。
ただの石を飛ばすのではありません、放射状に無味無臭の毒をまき散らす呪いの石を用いています。
その石は圧力がかかればかかるほど硬化していくという大変不思議な性質を持つ石で、かなりの貫通力があります。え? そんな石の近くにいて自分は大丈夫なのかって? 修行により呪いを無効化する魔法を会得したのでノープロブレムです。
というわけで私はひとしきり大口径魔杖により呪石の砲弾を浮遊リングにブチ込む作業を繰り返しました。黙々とした孤独な作業でしたが寂しくはありません。私の心には魔王の死ぬ様がありありと浮かんでいたのですから。敵がいるから孤独じゃないだなんて皮肉ですね。
そうこうしているうちに私の側から見える浮遊リングが全損しました。
魔王城は魔導による浮力を失い傾き始めました。それから時を置かずして落下。
荒野に泥を跳ね上げて、魔王城はついに墜落したのです。
遠く荒野に落ちた城を望遠鏡で観察しました。
ぐじゃぐじゃにひび割れ倒壊しています。
「やったか……?」
落下の衝撃と城の崩落で内部の魔族どもは全滅したのでしょうか、ずいぶん静かです。そうだとすれば私の思惑どおりであり、大変イージーなゲーム……いや、いましたいました、魔族です、門のような所とか、窓からもどんどん出てきます。
いやはやこれはいっぱいいますね。何匹であの城の中で暮らしていたのでしょう、仲のよろしいことです。城の中から這い出てきた汚らしい魔物どもはしだいに荒野を埋め尽くし始めました。
これはもう万単位でいるんではないですかね。知らんけど。
魔物の顔ぶれは非常に多様性に富んでいて、オークとか、ラミアとか、キマイラとか、牛の頭してバトルアックスを持ったマッチョとか、とにかく化け物のダイバーシティという風情でした。
その中のオークの一匹がこちらを指差しました。どうやら私がその場を動かず大きな音を立てて射撃していたものですからソッコーで位置がバレたようです。オークたちはお友達にも声をかけあってこっちを指差しています。私も手を振っておきました。まあこの距離では見えないでしょうが。
魔物たちの一部がこちらへ進軍してきました。
私は大口径魔杖の向きをやや下に動かして、荒野へ向けて砲撃を開始。こっちへ向かってくる魔物たちがゴミのよう舞っているのが見えます。
一方的な攻撃でした。
ただ、このままずっとこうしていられればよかったのですが、そうもいきません。大口径魔杖の杖身が赤くなってきたのです。
撃ちすぎたようです。大口径魔杖は私の魔力を効率よく伝導しなおかつ増幅もしてくれるのですが、そのぶん負荷が大きく、火力も大きいものですから、あまりに撃ちすぎれば熱がたまり、杖身が変形して曲がってしまうのです。
私は煙をあげる大口径魔杖を放っておき、地面に置いていた最後の杖を掴みとりました。
これは私が戦闘の際メインで使う愛用のロッド。私の身長よりちょっと長いのが難点ですが、まぁ近接戦闘をしない魔法使いが長さを云々する意味もないのでこれでいいのです。
眼下の魔族軍はもう少しで私のいる崖の下までやってきます。そうなる前に崖を降りることにしました。
崖は目もくらむような高さで落ちたら即死はまぬがれないでしょうがなーに鹿にくだれて私にくだれない道理はありません。
背中のバックパックから魔力操作によりマジカルパワードフットを伸ばしました。バックパックの下から二本の折りたたみ式器具が足の下まで展開。先端は雪国の山岳民族が移動に使うような、短いスキー板のような形状。
その上に足を乗せて立ちました。
ただのスキー板ではありません。この魔道具はゴーレム精製の技術が転用されていて、これに立てば脚力がアシストされ普段より力強く歩くことができます。
さらにそれだけではなく、板の下には幅の広いベルトをぐるりと一周させた、無限軌道がとりつけられています。回転する金属製のベルトが石や岩を乗り越え、泥を蹴散らし、どんな悪路であろうとしっかりと私を前へと運んでくれるのです。マジック・クロウラーと名づけた魔道具です。
「マジック・クロウラー、発動!」
気合い一閃、足のパワードフットに魔力を注入。
無限軌道も走行を始め私の体は前に動き始めましたが、それはそれとして私もえっちらおっちら足を動かして歩きます。私はせっかちなのです。
そうして崖の縁までいき、右手の杖と左手のバックラーをしっかり握ると、
「いきますよーっ!」
切り立つ崖を駆け下りました。
それはもう飛んだり跳ねたり、パワードフットの運動性能、衝撃吸収能力とマジック・クロウラーのグリップ力にものを言わせ、岩肌に足をかけると同時に飛び降り、足を引っかけてはまた飛び降りと、そうやってひょいひょいと下降します。
下の荒野まではまぁあっという間でした。
着地したとき泥がべチャリと跳ね上がります。
前方を見やれば、同じく泥を跳ね上げながら、多種多様な魔物たちが、おぞましい怒号を上げつつ、私めがけて殺到してきています。叫びが大気を、走る足が大地を震わせ、そのため荒野に、どこか恐ろしい、うわーんとした轟音が、絶えず響き渡っていたのです。
その叫びと揺れとが、私に迫ってきています。足元もグラグラと揺れてきました。
その恐るべき光景は、まさに人類の命運を賭けた戦いにふさわしい様相を呈していると私には思われました。
魔族の群れが一枚の壁となって今まさに私の眼前に……あの筋肉ムキムキの猛獣の前に、ちっぽけなイシュカは、あっという間に飲み込まれてしまうのではないかと思われました。
……みたいな脳内朗読を入れつつ、私は腰を落とし、左手のバックラーを魔物どもへ向け構えました。そこに魔力を込めます。
「マジカル超電導シールド、展開!」
まぁいちいちこうやって声を出すのはたんなるノリです。私の声と共に、バックラーに取り付けられていた五つの魔石がそれぞれ飛んで散開しました。
魔石は、魔族たちから見れば私がすっぽり収まるぐらいの広さまで飛んで静止。
そして氷魔法による低温を発生、五角形の冷気の壁を作り出しました。
私はバックラーにさらに魔力を込め、冷気の壁に雷魔法により電流を流します。
すると、小さなバックラーは、大きな光の盾となりました。
私は光の五角形シールドの底辺を地面スレスレまで下げて構えると、列をなして迫りくる魔族に突進しました。
ドドド。ドドド。大きな大きな足音を立てて私に襲いかかる魔物の群れ。ついに私は、光の盾でもって、その暴虐の壁に触れたのです。
「ウギャーッ!!!」
「ギョワバーッ!!!」
触れたそばから焼け焦げて吹き飛んでいく魔物。
物というものは、それぞれある温度より冷えてしまうと、電気が流れやすくなるという特徴があります。というわけで私は氷属性の魔石によって空気を冷やし、そこに雷魔法をブチ込むことによって高密度の雷の壁を作っているのです。
高密度の雷壁はたとえドラゴンのブレスであろうと一切通しません。ドラゴンを探して五回ぐらい実験したことあるので証明済みです。
これぞ華奢な私をして、仲間を守る強固なタンク役たらしめる、マジカル超電導シールド。
もっとも悲しいことにもうその仲間はいませんが。いずれにせよ超高密度の雷撃に触れたことで、無謀な突撃を繰り返す魔物どもはどんどんバーベキュウと化していきます。特に今ちょうど吹き飛ばした牛頭の魔物なんか、美味しそうな匂いをさせていますね。
そうやって雷の盾でもってよいしょよいしょとシールドバッシュを繰り返し、私はずんずん直進していきます。
「オノレ人間メー!!!」
「死ニサラセオドリャー!!!」
「ハイタツバノマントケヨ!!!」
辺りには魔物どもが口々に叫ぶ呪詛の言葉と、断末魔の悲鳴と、肉の焦げつく音が混じり合い、血と闘争のハーモニーが響き渡っています。
どだい死というもの、命の終わりというものは、静謐であるべきだと私は常々考えているのですが、まあこやつら魔物にそういったヒューマンの品位を求めること自体、無理難題というものかもしれないわけで、逆にこの轟音こそが、命の煌めき、生のエネルギーの転換したものだと考えるならば、今荒野で我々が行なっている狂騒こそ、何物と比較することもできない、生の証明と言えるかもしれません。
とまあそんな哲学的な気分に浸りつつよいしょよいしょ、ふんすふんすとシールドバッシングに勤しんでいたわけですが、このままでは芸がありません。
というかキリがありません。
おそらく万はいるだろう魔族さんたちが、前面の盾に触ってくるのを待つだけでは終わりが見えません。私はせっかちなのです。
というわけで、私は右手に持っていた長めの魔法の杖の先っちょを、右斜め前方へと向けました。
そちらの方にも魔物がウヨウヨひしめき合っているのが見えます。化け物どもは口からよだれが垂れているのも忘れたまま、棍棒や爪を振りかざし突進してきています。
それへ向けて、魔法の杖に魔力を込め。
発射。
––––ビガー!!!!!
「アギャーーーーーー!!!??」
「オバアァァァァーーーーーッッッ!!!!!」
杖の先から青白い閃光が走り、魔族の戦列を貫いていきました。
これぞ私の愛用の装備、荷電粒子魔法の杖です。
この世の中には目には見えないとても細かな粒がありまして、私はそれを魔粒子と呼んでいます。
魔粒子とひと口に言っても色々あるのですが、とにかくそのうち二種類の魔粒子をそれぞれ杖の中で加速し、同じ速度になった瞬間発射すればあら不思議、光とほぼ同等の速度で直進する高熱ビームとなります。
この荷電粒子杖には持ち手の近くに二つのドラムを取りつけていて、そのドラムにそれぞれ異なる属性の魔石を装填しています。この二つの魔石が、二種類の魔粒子の素なわけですね。
私は正面左からくる魔物を盾で焼き、正面右の魔物を荷電粒子杖で溶かしていきます。
「ギャーッ!!!」
「ひょんげ〜〜ッ!!!」
さらに背中に背負ったバックパックの、右側の太い杖も使っちゃいましょう。
これは杖と言うより半円の長い板を二つかぶせて楕円の筒にしている形状なのですが、これに魔力を込めることで、少しだけ板が上下にスライドして開きます。
真正面に先端を向け、発射。
––––ビギューンドッカーーーーーン!!!!!
「ウンギャーーーーーッ!!!!!」
「アバラバラバラ〜ッ!!!!!」
前方、やや遠くの方で大爆発。魔物たちがバラバラと宙を舞いました。
背中の右の杖は、電磁加速杖です。
土属性の魔法で作り出した金属を雷属性魔法の電磁力で撃ち出すもので、それはそれは速度と威力があります。
ただ、崖の上で使用した大口径魔法杖と比べると破壊力では劣るのですが、まああの大口径魔法杖は反動が強いのでこういった接近戦では使いたくないのです。あと音がうるさいし。
私は超電導シールドで左、荷電粒子魔法杖で右、電磁加速杖で正面の敵を薙ぎ倒していきます。
「ナンジャコイツハ〜! バケモノカッ!」
「ト、トメローッ! 魔王様ノトコへイカセルナ〜ッ‼︎」
「ヤメンカイコラー!!!」
「ビギャーーーーッ!!!」
「ブギャーーーーッ!!!」
怒号。
悲鳴。
爆ぜる土。
巻き上げられる泥。
飛び散る血。
舞う手足。
私はただただ黙々と、それらのものが雨のように降り注ぐ荒野で戦いました。
話す相手もいません。
声をかけ合い、かばい合い、励まし合う仲間も。
今日のイシュカは独りぼっちです。
それでも構わない。
私は独りでも戦えるのです。
仲間なんて……。
「死ネヤーッ‼︎」
急な叫びに我にかえった時には、すでに間合いに踏み込まれていました。
緑色の肌をした大きなオークが、いつの間にか右側面後方に回り込んでいて、巨大なバトルアックスを構えていたのです。
それが横薙ぎに打ち込まれてくるのが見えました。右手の荷電粒子杖は前へ向けています。だから側面のオークに向けるには間に合わない。
私の脳裏に、かつての、夜明け前まで一緒だった仲間たちの顔が浮かびました。
ああ、そうだ。
こんな時、いつも勇者様がかばってくれたんだった。
そうやって、イシュカ、危なかったな、そう言ってくれたっけ。
でももう勇者様はいない。
バトルアックスの冷たい鉄が、私のお腹にめり込み……、
「ブッギャァーーーーーッ!!!??」
と同時にローブの一部が爆発。オークが吹っ飛んでいきました。
私は荷電粒子杖を一度左手の肘に挟んで、空いた手でローブをはたいて言いました。
「ふう……危ないところでしたね。爆発反応装甲ローブがなければ即死でした」
そう。
私のローブには、幾つかの四角い魔法板がタイルのように縫いつけられているのです。
これは爆発反応装甲ローブと言いまして、これに衝撃、つまり敵の攻撃が加えられた場合、自動的に火属性の魔法が反応して爆発。それにより敵の攻撃エネルギーを押し返し衝撃を軽減することができます。
それだけではなくローブ自体にも魔法ケブラーという強靭な繊維が編み込まれているので、刃物の攻撃を通すことはありませんが。
ローブに斧を打ち込んだオークは、爆散した装甲の破片を顔面に受けて明後日の方向へ吹っ飛んでいってしまいました。あのぶんでは即死でしょう。打ち込まなければやられなかったのに。
「ナ、ナンジャアコイツハァ……!」
「オークノ一撃ヲ受ケテ無傷ノ人間ナンテ……!」
「頭オカシイヨ……!」
いやはやうっかりしていました。
これまでは仲間たちが死角のサポートをしてくれていたので、爆発反応装甲の出番はなかったものですから、いつの間にか私はそんな日常に慣れきり、側面に注意を払う警戒心を失っていたようです。
いや、よく思い出してみると、以前一回だけ装甲に攻撃されて、爆発した破片が戦士のドルパさんに直撃したこともあったような……。
いやまあそれはいいでしょう。すぎたことです。いずれにせよイシュカは少しばかり、他人の優しさに甘えすぎていたようです。そのため背面対処用の魔法の杖を発動し忘れていました。こいつぁうっかりです。
というわけで私はあらためて、バックパック後部に尻尾のように取り付けておいた、六連装魔法杖に魔力を込めます。
六本の細い杖を束ねたものです。魔力を込めると同時にその六本が、高速で回転し始めたのを振動で感じました。
そして発射。
––––ヴラ!!!!!!!!!!
「オワギャーーーー!!!」
「オゲェーーーーッ!!!」
首だけでちょっと振り返ってみると、六連装魔法杖から連射される小さな火石弾により、魔物たちが細切れに寸断され、血煙をあげて弾け飛んでいる光景が目に映りました。
おぞましい唸りをあげる六連装魔法杖が、やはり尻尾のようにゆらゆらと揺れながら、魔物を蹴散らしているその大きな火花も。
この六杖回転式キャノン魔法杖、実はあまり見てなくても敵を狙ってくれます。自分で操作する必要はありません。
バックパックの左側に大きな球を取り付けているのですが、この中には私が生成した人工精霊サラマンダーが入っています。この人工サラマンダーが敵の気配を感知、六連魔法杖を操作し勝手に迎撃してくれるのです。
これぞ私が瞑想によりイノベイトした、CIWS(クローズ・イン・ウィッチクラフト・システム)と名付けた魔法です!
これで私のお尻はもはや死角ではありません。密集し混雑しているのをいいことに痴漢行為を働こうなどと考える困ったさんは死あるのみです。
ただ問題は……。
「ワイバーンダ! ワイバーンヲ出セッ!」
遠くの方の魔物たちが叫んでいるのが聞こえました。
そのすぐあとに、上空に眩しい光を感じ、私は思わず顔を上げましたが、
「あっ!」
と叫ぶと同時に盾を斜めに傾け、それを傘にするようにしゃがみます。
直後に爆発音と、盾に衝撃!
ワイバーンです!
双頭の竜が六匹ほど、上空を旋回しています。その高所から私に対して火球を吐き、対地攻撃を行なっているのです。
「グワハハハ、サスガノ貴様モ高イ所カラノ弾幕攻撃ニハ手モ足モ出マイ!」
「オイ、自分ノ手柄デモナイノニ威張ッテル場合ジャナイゾ、離レナイト俺タチモ危ナイヨ?」
「ウン、ソウダネ」
ワイバーンたちは息つく暇もなく、火球を連続的に吐き出してきました。絨毯爆撃です。
たしかにこれでは盾を構えるので精一杯で、とても荷電粒子魔法杖を上へ向ける余裕はありませんでした。おまけに後ろのCIWSは、取り付けアームの問題で上方向へ直角に向けることはできません。
このまま時間がいたずらに過ぎれば、マジカル超電導シールドの魔力が切れて、ちっぽけなイシュカは一巻の終わりでした。
というわけで私はバックパック上部に取り付けた二本の対空高射魔法杖に魔力を込めました。
二本の高射杖は、互いにピストンするように動きながら、ドンドコドンドコと火石弾を空へ打ち上げます。
「ギャオーン!!!」
「アッ、ワイバーンガヤラレタ!!!」
「ハヤッ!!!」
上空からの対地攻撃が一時的にやんだので私は立ち上がりました。六匹は全て撃墜し、魔王城の方からさらにワイバーンが無数に飛んでくるのが見えましたがこの私に高射魔法杖ある限り無駄なあがきというものです。
いっそこの場から動けなくとも、私にはまだ戦う方法はあるのです。
というわけで私はバックパック後方の、上部にアーチ状となっている魔道具に魔力を込めました。
「フェアリー・オービット、起動!」
掛け声と共に、アーチに搭載されていた小さな球が空中に射出されました。
球は全部で六つ。
それらは虫のような透明な羽根が生えていて、それにより私の周囲の空中を、距離を取って周回しています。
魔物たちの頭の上です。魔物は宙を巡る球を、ぽかんと口を開けて見上げていましたが……。
その球から発された細い熱線。次々と魔物たちが貫かれていきます。
「ビギャーッ!!!」
「べギャーッ!!!」
「ボギャーッ!!!」
あの小さな球は精霊術の応用です。
大自然のマナを集め球に閉じ込めることで擬似的な妖精を作り出し、それによって敵を攻撃させる魔道具なのです。
ただの球のように見えて一応は妖精なので、自律的に攻撃行動をしてくれます。
これにより私は戦闘中に敵を見るために顔をあちこちと向けて首の筋を痛めたりする必要はありません。私に刃向かう者は勝手に死んでいくのです。私自身もよく知らないうちに。
「さあ、あらためていきますよ!」
それからというもの私は、超電導シールドと荷電粒子魔法杖、電磁加速杖にCIWSと高射杖、そしてフェアリー・オービットを駆使し、果敢に戦いました。
「グギャーッ!!!」
「ボエーッ!!!」
幼い頃、暗闇を恐れたちっぽけなイシュカはもういません。
仲間から見捨てられ、独りぼっちになったとしても、くじけたりなんかもしません。
「ノギャーッ!!!」
「オゲロロロロ!!!」
爆風と土くれが肌を叩き、それがどれほどローブを汚しても、私はただただ歯を食いしばり、勇気を奮い起こして、
「タ、タスケ……!!!」
「ウゲッボギ」
人類の平和を守るため、魔物どもの悲鳴を聞きつつ、あとこれらの魔法杖は残念ながら非常に魔力を消費するのでバックパックの四方に取り付けたマジカルパワー・プロペラントタンクを一本ずつパージしながら戦い続けたのでした。
というわけでそうこうしているうちに魔物が全滅しました。
荒野には、動くものが、私とフェアリー・オービットのみになってしまいました。
ブゥン、とした小さな音を立てて舞う、六個の擬似妖精。
見渡す限り辺り一面に、絨毯のように敷き詰められた魔物の死体。
風がひゅうと吹いて、それっきり静かでした。
私は焼け焦げた肉と血の匂いを、深呼吸がてら吸い込み、
「物が焼ける匂いはいい。勝利の匂いがします。勝利のね」
そう、誰にともなく呟いたのでした。
さて、マジカルパワー・プロペラントタンクも残すところあと一本となりました。
それでもまだ戦いは終わっていません。
まだ魔王の姿を見ていないのです。私の戦いはこれからだ!
そう心の中で息巻いてから、マジック・クロウラーで魔物の死体を踏みしだきつつ魔王城の方へ向かいます。
最初魔王城は砂埃が厚く、薄く黒い影としてしか見えませんでしたが、私が近づくにつれ晴れていきました。
そして、その晴れた砂埃の中に、魔王がいたのです。
頭から山羊のようなツノを生やし、甲虫の装甲を思わせる漆黒の鎧を着た、長い黒髪の男。
魔王はわざわざ城の中から引っ張り出したのか、荒野に玉座のような派手な椅子を置いて、そこに腕組みしてふんぞり返っていました。そのすぐ脇には黒いローブを着てメガネをかけている骸骨が控えています。どうも側近っぽいですね。
私はマジック・クロウラーの進行を停止させました。
魔王は玉座から立ち上がり、地の底から響くがごとき重々しい声で、こう言いました。
「よくぞここまでたどり着いた、人間のゆうしゃ……」
別に最後まで聞く必要はないでしょう。私は電磁加速杖の魔弾を無言で玉座に撃ち込みました。
––––ドッカーーーーーン!!!
こうして悪は滅んだのでした。
可愛らしくも勇敢な魔法使いイシュカは魔王城に背を向け、国へと帰ることにしました。そうして彼女は、末永く幸せに暮らしましたとさ––––、
「待てやーッ!!!!!」
急に声がしたのでびっくりして振り返ってみると、風魔法か何かで振り払ったのか急速に爆煙が晴れた中で、魔王が鼻息も荒くこちらを睨んでいたのです。
彼の足元には粉々になった骸骨が転がっています。
「人が挨拶をしとるやろうがお前、えー⁉︎ それをお前、最後まで言わせずお前……」
「まだ息があるのですか?」
「そらお前……愚かな人間よ教えてやろう、我が漆黒の鎧はデビライトと呼ばれる鉱石から作られた魔の鎧……! 通常の武器では傷ひとつ負わぬのよ……ククク……聞くがいい、この鎧は」
––––ビー!!!
というわけで私は荷電粒子杖の方を撃ち込んでみました。
「あっつあっつ!!! 聞いて! まだ話してるから! だからね、このデビライトの魔王鎧は、強力な魔法障壁をまとってるの! だから魔法攻撃も通らないの! 今それ説明してやろうと思ってたのに!」
たしかに今撃った荷電粒子魔法は、魔王の鎧に触れると同時に、散り散りに拡散してしまいました。
ただ熱いは熱いのか魔王もちょっと胸の辺りをはたいたりピョンピョン小刻みに飛んだりしてはいますが。
「せっかく人が親切で……!」
「そんなものは撃ってみてからでもわかることじゃないですか」
「いやそれはそうであるけどもね、説明を聞いてれば魔力を無駄にせずによかったのではないかなってね?」
「ごたくは結構です。魔王よ、私はあなたに会うためにここまでやってきました。ついにあなたが死ぬ時がきたのです」
私はそう言って、荷電粒子魔法杖を投げ捨てました。
マジカル超電導シールドの雷壁も解除。
そしてバックパックの右側に上から手を伸ばし、最後の魔法の杖を引き抜きます。
この杖は、棒に沿って刃が取り付けられた、剣型の魔法杖です。私はそれを両手で持ち、先端を魔王に向け構えました。
「愚かな人間めがァ……我が鎧には武器は通じぬと言ったはずだァ……せめてちゃんと言えてた話ぐらいは記憶しておいてほしいなァ……悲しくなるぞォ……それでは人間よ、あらためて我の力を思い知るが」
マジック・クロウラーを走らせ突撃! ひと息に間合いを詰め、振りかぶった魔法剣杖を……、
「コミュニケーションが嫌いなのか貴様ァ!」
打ち下ろす魔法剣杖に対し魔王は右腕を上げ、ガントレットで防御。火花を散らして食い止められた魔法剣は、たしかに言うとおり魔王を傷つけることはかなわず。
「無駄だと言っておろうが! 我が鎧を砕けるのは勇者を見出す伝説の剣のみ! なぜならあの剣は、魔王鎧と同じデビライトでできておるからだ! 貴様のごとき凡庸な魔法使い風情がひとりで挑むのはうぬぼれというものだァ‼︎」
––––今明かされた伝説の聖剣の真実!
というわけで私は魔法剣杖に魔力を込めました。
すると、魔王の腕を、ガントレットごと切断できました。
「ギャーーーーッ!!! 何でやねん!!!?」
「甘いですね魔王。この魔法の杖は付属する刃を高速で振動させることで斬れ味を上げる、超音波ヴァイブロブレード魔法杖なのです。いかにデビライトの鎧であろうと、この魔法の杖の前ではカステラに等しい」
「魔法の杖って、それ剣やないの!」
「遺言はそれだけですか? では死になさーいっ!」
私はさらに超音波ヴァイブロブレード魔法杖を魔王へと打ち込みます。
人類を脅かすクズ野郎の親玉である魔王とかいうドチンピラは、私の正義の魔法の前に、ハムのように斬り刻まれ……るかに思われました。
しかし魔王は首めがけて打ち込んだ超音波ヴァイブロブレード魔法杖を、猫のようにしなやかな動きで、背中を逸らし鮮やかにかわすと、その姿勢のまま私のお腹を蹴ってきました。
「うっ!」
と同時に爆発反応装甲ローブが爆ぜてダメージを軽減。装甲の破片は魔王を襲いはしましたが、デビライトの鎧で火花を散らしたのみで、どこかへ跳ね飛んでいきます。
「ククク! 剣はたいしたもので正直感心、いや正直かなり動揺しておるが、しかし肝心の剣技の方は追いついていないようだな!」
「うう……魔法の杖です!」
「そここだわるとこ⁉︎ うんまぁよいわ……いずれにせよその武器ではこれ以上我を傷つけることはできぬわー!」
魔王の残った左腕、そのガントレットから、鉤爪のような、黒い黒い刃が伸ばされました。
死の爪が矢継ぎ早に繰り出されてきます。私はすぐさまマジカル超電導シールドを展開しましたが、魔王の猛攻に防戦一方となってしまいました。
ガツン、ガツンと、力強い衝撃を受け、マジック・クロウラーすら地を噛むことはかなわず、泥をえぐって後退させられています。
高密度の雷盾は魔王の苛烈な斬撃を防いではくれていました。しかし魔王の言うとおり、あんまり運動が得意でない私(なにせトイレへ行くために走っているだけで転んでしまうような女の子ですから)では、この攻撃をかいくぐって反撃をするのは無理なように思われました。
「やはり無謀な挑戦だったな魔法使いの少女よ! 剣技に優れた勇者と一緒であれば、我の首を獲れたかもしれぬものを! 弱き者は素直に群れて傷を舐めあっておればよかったものをなァ! フゥーハハハハ!」
というわけで私は展開した超電導シールドの五つの魔石を使って魔王を捕まえることにしました。
ガツンと一撃攻撃を加えられたあと、盾を魔王の方へ手放すと同時に魔石を操作。五つ、いえ、盾本体も含めて六つとなった頂点は魔王を取り囲み、それぞれがつながり合い壁を形成。
三角柱の檻の出来上がりです。
その中に魔王を閉じ込めることに成功しました。
「あれっ、何これ出られな……」
「ふう。これでもう動けませんね」
「うっ……しかしこれでどうすると言うのだ! これは貴様の盾だぞ! 貴様も我を攻撃することはできなくなったではないか!」
「ええ。ですがその魔法の柱は高密度の雷でできています。それっ、ナムアミダブツ!!!」
私が魔法の呪文を唱えると、
––––ビリビリビリーーーッ!!!!!
三角柱の中で雷の嵐が吹き荒れました。
「フハハハハ、バカめ! 我が鎧には魔法攻撃は効かぬと言ったはず……こんなものは何のダメージにも……」
「ええそうですね。しかしあなたはさっきこう言ったはずですね? “あっつあっつ”……と」
「な、なにっ⁉︎」
「その鎧……魔法攻撃は通さなくても、別に気温の変化の影響を受けなくなるわけではないんでしょう」
「な、な……!」
「…………そこ、普通に暑いんじゃないですか?」
私が作った魔法の柱の中では、魔王めがけ電流が襲いかかっています。
たしかに鎧はそれを通してはいません。しかし内部で荒れ狂う雷は、中の空気を熱し……。
「あ、あああ……」
「燻製肉にしてあげましょう」
私は込める魔力を上げ雷を強めました。
「ギャーーーーッ!!! 暑いーーーーッ!!!」
三角柱の中から魔王の悲鳴があがります。
私はそれを聞きながら、ローブのほころんだ糸を千切ったりしつつ、三分ほど待ちました。
やがて叫びが弱々しいかすれ声になってきたので、魔石を盾に収容して魔法の柱を解除。
解放された魔王は地に膝と手をつき、四つん這いの格好となって喘いでいます。かなりぐったりとした様子でした。もはや汗すらかいていません。危険な状態です。
私はそれを見下ろしながら、超音波ヴァイブロブレード魔法杖を肩に担いで言いました。
「かなり体力を消耗したようですね。これでは次の一撃はかわせないでしょう」
「……ま…………ま、て…………」
「今こそ私の下着を濡らした代償を支払うのです」
「あ……あ…………」
もはや言葉を発することもできない魔王。それでも魔界を統べし邪悪の王は、震える足で体を支え、立ち上がりました。もはや何の抵抗もできない身となっても。
「さすがは魔王と言っておきましょう。それではとどめです」
マジック・クロウラーに最大戦速で地を蹴らせ、間合いを詰めた私。振り下ろした超音波ヴァイブロブレード魔法杖は、あやまたず魔王の左肩に食い込み、チーズのように斬り裂いてゆく。すれ違うように背後へと走り抜けた私はマジック・クロウラーを停止させると、片手で杖を頭上に掲げ、血を払うように脇へと振り。
魔王の断末魔を聞きました。
「なぜか爆発ーーーーーッ!!!!!」
––––チュドーーーーーーン!!!!!!!!!
それが魔王の最期でした。
邪悪な魔力の崩壊による爆風が、しばらくの間私のローブと髪をはためかせていましたが、やがてそれも収まり、また荒野には、死の静寂が訪れたのです。
私はほんの少しの間、ほんの少しでしたけれども、その寂寞の中に立って、これまでの長い旅に思いをはせました。
それから、
「ふう……誰かを殺したあとはオシッコがしたくなりますね」
そう呟いてから、パージしてそこいらに放置していたマジック・プロペラントタンクを拾い、元どおりバックパックにねじ込むと、国へ帰ることにしたのでした。
都へ戻り魔王を討ち倒したことを王様に報告すると、街中で祝勝の祭りが行なわれました。
ついに長きに渡る戦争に終止符が打たれたのです。街のそこかしこに国旗が掲げられ、家々の二階や三階からは花びらが投げられ、うかれた人々は外へと繰り出し、一日中喜びの歌を歌っていました。
私は王様から、国の英雄としてパレードを催したいと言われましたが、静かな田舎の村で育った私は騒がしいことが好きではないものですから、それはお断りし、報奨金をもらいお城の中でご馳走を食べるだけにとどめました。
あとは数日ほど、用意してもらった宿(王侯貴族用の一流の宿です!)で過ごしたあと、故郷の村へ帰ることにしました。
出立の朝、大荷物を抱え都の街壁門へとひとりやってきた私。
門内の広場には、すでに大勢の人々が行き交っていて、一日の始まりを感じさせるせわしない活気が満ちていました。
王府からお見送りをしてくれるという話は聞いていました。でも私はもう魔王を倒してやるべきことは済ませたと考えていたものですから、誰かに礼儀正しく愛想よくすることもただただわずらわしく、黙って都を立つことにしたのです。
都へくることはもうそうそうないかもしれません。でも特に名残惜しさも感じませんでした。私にはやはり静かな村と、お師匠様である魔女様の住む森が似合っているように思われました。騒がしい人々の合間をぬって広場を通りすぎ、ひとり門へと歩きます。
門の左脇に馬屋があるのが見えました。
馬に乗って帰られたら楽だろうなと考えながらそちらを見やっていた時、私は思わず足を止めてしまいました。
馬屋に勇者様がいたのです。
勇者様は、鎧を着ていませんでした。街の人が着るような平服で、いえ、馬屋の世話係そのもののような、粗末な服を着て、飼い葉桶から馬に草を食べさせているのです。
私がそこへ行って声をかけると、振り向いた勇者様はびっくりしたような顔をしました。
何をしているのですか。私はそう尋ねました。
勇者様は、転職したと答えました。
勇者様と仲間たちが魔王城に到達した時には魔王が死んでいて、それで仕方なく都に帰ったら、伝説の剣に選ばれておきながら魔王退治を人任せにするなど言語道断、剣は没収すると王様に怒られ、勇者を解雇され、だからここでこうしていると。やっとありつけた仕事だと。
勇者様は他の仲間たちのその後のことも(別にこっちは聞いてはいないのですが)教えてくれました。
戦士のドルパさんは、ドルパさんのお父さんと同じ大工となるため故郷へ帰ったそうです。つまんねー普通の仕事なんてダサくてやりたくねーしということで戦士になった、と以前ドルパさんが言っていたのをなんとなく思い出しました。
武闘家のリーさんは、「素手の時代は終わった」と言い残し、僧侶となって暴力のない世界で暮らすために、都を離れたそうです。
僧侶だったマリアさんは、危ないことはもうやめなさいとご両親に言われ、そのご両親が選んだ冴えない男性と今度お見合いをすることになっているとのことでした。
そういうことをうつむきがちに話す勇者様を、馬屋の親方さんが「サボってんじゃねーぞ新入りオラッッッ!」と怒鳴ったので、彼は首をすくめて返事をしています。
かつて伝説の剣に選ばれし勇者ともてはやされ、この街壁門から旅立った勇者様。
お仕事の邪魔になってもアレですから、私はもう立ち去ろうと思いました。その時、最後に勇者様はポツリとこう言いました。
「伝説の剣を持ってた頃は、せめて敬意ってもんがあった。だが今じゃ何もねえ。馬屋の世話係しか仕事がねえんだ」
またもや親方さんが怒鳴ったものですから、勇者様、いえ馬屋の世話係様は、小屋に入っていって馬の糞をスコップですくい始めました。
私はそれからもう声をかけることはしませんでした。
そうして振り返ることもなく、かつて仲間と共にくぐった街壁門を、今度はひとりで出て行ったのでした。
〜終わり〜