エピローグ
アキがファールでもらったフリースローを決めてから、相手の攻撃が始まった。
「みんな、点数は勝ってるよ! ここから先輩たちの攻撃も激しくなるから、引き締めていくよ!」
アキが声を張り上げる。それは仲間たちに向けて、というよりも相手チームに向けてだろう。
先輩たちは、少し気まずそうにしていたが、すぐにボールが渡された。
ああ、別に加減しなくてもいい。
「おい、亮! 速く――!」
先輩の一人が慌てた様子で叫んだ。
亮という先輩が、動くより先に、俺がボールを奪った。
そのまま流れるようにドリブルをして、ディフェンスにきた人が飛ぶのにあわせ、後ろに後退しながらシュートを放った。
まずは一回。これ以上アキの負担を増やさないためにも、点数を稼ぐ必要がある。
実質五対四になるのだから、ディフェンスを考えてはいられない。
相手の反撃を奪うのは、さすがに無理だった。
アキはゆっくりと下がりつつ、みんなに指示を出していく。
それでも、素人のディフェンスでは時間稼ぎが精いっぱいだ。
俺がディフェンスに戻り、シュートしようとした相手の前をふさぐ。
「もう……戻ってきたのかよ!」
彼はすぐに別の仲間にパスを出すが、その動きは目線で読んでいた。
受け取った仲間がシュートモーションに入るように動きを若干遅らせてから、俺は飛び上がる。
シュートされたボールを弾き、アキに渡す。着地と同時に、走り出す。
誰もいなかったので、さっさと点を決めに行く。
「はやっ――!」
相手の反撃に、さすがに間に合わず決められる。こちらの攻撃は失敗で、相手にボールを奪われる。そして、また決められる。
予想通り点数の取り合いとなる。
だが――負けるつもりはない。
さすがに、付け焼刃のスタミナで体の限界近い動きを繰り返すのは、疲労が大きい。
アキのためにも、ぶっ倒れるつもりで足を動かし続ける。
俺の唯一の友達たちの関係が進むのなら、友達として背中を押さないわけにはいかない。
ボールを受け取った俺は、二人を抜き、横に跳ぶようにしながらボールを投げる。
ゴールを揺らし、何とか入る。
汗をぬぐいながら時間を見る。
残り三十秒。これで、同点だ。
相手がパスをだし、慎重に攻めてくる。これが最後の攻撃になる、と相手は思っているようだ。
俺は、視界の端で動いた林くんを見る。……ありがとな。
彼が激しいディフェンスで距離をつめる。タックル、とまではいかないが、その迫力はすさまじい。
俺にばかり集中していた相手にとっては、予想外だったのだろう。
生まれた隙に、俺がボールを奪い取る。
キュキュッ、というシューズの音が体育館に響く。周囲の歓声が耳に飛び込んできたところで、俺はふっと息を抜いた。
最後を決めるのは俺じゃないんだよな。
初めから決めていた。この場の主役はアキだからな。
突っ込んでいた俺に合わせ、アキも前に来ている。
いつでも、シュートはできる姿勢だな。
俺はシュートするふりをしつつ、後ろてでアキにパスする。
完全にフリーだったアキの口元がわずかに動いた。
礼なんて別にいらないっての。そんなこと言って、外すなよ?
俺はシュートモーションから体勢を直せるほどのスタミナはなく、そのまま倒れこむ。バスケットゴールを揺らし落ちてきたボールが俺の顔面に落ちた。
……いてぇよアキ。
○
球技大会は終了だ。
最後はアキの華麗なシュートで終わった、ということでみんなの記憶に根付いていることだろう。
俺は特に誰かの意識に残ることはない。試合が終わってすぐ、アキが保健室に運ばれたこともあって、みんなアキが痛い中頑張って試合をしていたのだと気づいたからだ。
怪我は美談になりやすい。ますますアキの人気が集まってしまったな。
現在後夜祭という名のバーベキュー大会に参加していた俺は、適当に座りながら串焼きを食べていた。
保護者参加型の軽い懇親会でもある。
俺が近くで休んでいると、ナツがやってきた。
「お疲れ様です先輩、部長たち見ませんでしたか?」
「そういや、あの二人はどこにいるんだ?」
「先輩も見てないんですね? それじゃあ、探しに行きましょうか」
俺は痛む体を必死に動かして、立ち上がる。
……若いって素晴らしいね。こんなに早く筋肉痛になるとは思わなかったぜ。
ナツとしばらく歩く。まだ、後夜祭は始まったばかり。先ほど、アキが実行委員としてあいさつをしていたので、まだ合流していない可能性もある。
「どこに行ったんでしょうかね? 人気の少ない場所にいるとは思いますけど」
アキの告白現場を目撃する。そのためだけに二人を探していく。
「あっ、見てください先輩っ! いましたよ!」
中庭の奥のほうにある木々の間。そこにアキと部長がいた。
俺たちもこそっと近くに隠れる。
「おまえ、近い」
「見つかっちゃいますよ」
楽しそうに体を寄せてくる。
……まあ、そうだな。ここでばれたら台無しだ。
「声聞こえそうですか?」
「静かにしていれば、って感じだな」
耳をすますと、二人の会話がかろうじて聞こえた。
「それで、あの二人はどこに行ったのかしらね?」
「どこ、だろうね」
どうやら部長たちも俺たちを探していた様子だ。
それでこんなところに連れ込むとか、アキの奴、なかなかオオカミだな。
「確か、部長も多少踏み入った話をするとか言ってたよな?」
「はい。……ただ、あっちは別に約束とかはしていませんでしたからね」
そこがアキとの違いか。
どちらにせよ、俺は全身の痛みを覚悟で頑張ったんだからな
お前も、男見せろよな。
「ねぇ、アキ。あなた足大丈夫なの?」
「え? ま、まあね」
「……大丈夫じゃないでしょ? まったく、本当に空気読むの得意よね」
それを見破っていたのか部長も。
アキが唇をぎゅっと結んだ。滅茶苦茶嬉しいようだが、それを必死に押さえている顔だな。
「けど、よかったじゃない。優勝できて」
「ユキのおかげだけどね」
「そう思わせる力を持っているのも、あなたの力じゃないの? その無駄に空気を読めるところとかね」
そうだ。
俺はアキでなかったらあんなに全力でやってない。
彼は少し優勝に納得がいっていない様子だったが、あれは紛れもないアキの優勝だ。
「そ、その部長……」
おっ。アキが頬をわずかに染めながら部長を呼ぶ。
「なにかしら?」
「実はその――」
そのときだった。
くーと可愛らしい音が響いた。
…………部長の腹の音である。
部長の顔はとたんに真っ赤になっていく。
「あ、あたしの腹じゃないわ!」
「他に誰がいるの!?」
「違うわよ! 今のはその――」
「確実に部長の腹の音だったね。まったく、どんだけ腹を空かせてるの? 肉の匂いにつられちゃったの?」
「だだだだだれがそんな犬みたいな! 別にバーベキューが楽しみでお昼を抜いたわけじゃないし! いつもつかっているトイレが空いていなかったから食事できなかっただけだし!」
「え、部長いつもトイレで……?」
「わ、わわああああ!? 何を言わせるのかしら! 最悪!」
叫びながら部長は泣いて駆け出した。
それを急いだ様子でアキが追いかけていく。
……なんて奴らだ。
見届けた俺たちは顔を見合わせ、どちらからともなく笑いだす。
「結局こうなっちゃうんですね」
「……だな。けど、まだしばらく二人を見られるっていうのはいいかもな」
「そうですね」
「そんじゃ、合流するか」
……今度から空いている昼休みは部長を誘ってあげよう。
そう胸に決意をして歩き出すと、
「合流の前に、少しいいですか先輩」
「なんだ?」
後ろから少し力強く腕を掴んできた。
「なんだ?」
「アキ先輩のために頑張る先輩は……本当にかっこよかったですよ」
不意打ちともいえるほどの笑顔でそう言われ、俺は思わずドキリとしてしまった。
……俺は頬をかく。やられっぱなしというのは癪だな。
そんな表情で、微笑まれ、恥ずかしくなった俺はそっと歩き出す。
「こう腕をつかまれたのは、二回目だなと思ってな」
「え?」
「あれから歩きスマホはやめたのか?」
「……えっ、先輩、まさか……」
ナツの驚いたような顔。その顔を待っていた。
「いつからかおうかと思って黙っていたんだよ。派手な高校デビューだな」
初めて見たときからずっと気づいていたが、高校デビューしたのだと指摘するのは本人に可哀そうだと思っていた。初対面のときは。
ただ、気にもしてない様子だったからな。
親しくなってからは、ここぞという場面で言ってやるための切り札としてとっておいたのだが……なんだか反応が予想違う。
ていうかナツも俺のこと覚えていたんだな。そのことに驚きが少しある。
「どうしたナツ?」
「な、なんでもないです! ほら、先輩! 部長たちに合流しましょう!」
今までに見たことのないほどの笑顔とともに、ナツは俺の手をつかんで走り出す。
彼女の耳は真っ赤だ、と思う。暗くなっているのではっきりとはしなかった。
……何かあったのか? 思い返してみたが、わからなかったが、機嫌がいいならそれに越したことはない。
それにしても、アキの奴め。
散々言っておいて、結局告白できないんだもんな。
部長に並んだアキが、あれこれと話をしている。部長の耳まで真っ赤になっていて、知らない! とばかりにそっぽを向いている。
あいつら、早く付き合っちゃえっての。
ちらと、ナツを見る。
「ナツ、少し話したいことがあるんだけどいいか?」
「え、なんですか?」
……世の中の人間が何かに願掛けをしたくなる気持ちが少しだけわかる。
俺はじっと彼女を見ながら、胸にあった気持ちを口にした。
新連載始めました!
痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました
戸高浩明はどこにでもいる普通の高校生。登校のために電車に乗り込んだ浩明は、そこで、美少女を痴漢から助ける。助けた彼女と駅で再会し、これから一緒に登下校してくれないか、と頼まれてしまう。困りながらも、放っておけなかった浩明は、彼女の頼みを聞き、共に登下校することになる。学校ではこれまでと変わらない距離感で、けど、登下校はいつも一緒。そんな二人の秘密のラブコメディー。




