第三十話
球技大会当日。
開会式ということで学校の校庭に集められた俺たちは、校長と球技大会実行委員長のあいさつを見守っていた。
我らが実行委員長は、こほんと咳ばらいを一つして、マイクを持った。
全校生徒の前に立つというのに、まったく緊張した様子はない。
それが、部長を意識するとたじたじになるんだから、よくわからない奴だ。
『今日はよく晴れて……っていうかた苦しい挨拶は不要だよね』
にこっとアキは微笑み、それから続ける。
『待ちに待った球技大会だね。みんな、一緒に頑張ろう! あっ、けどクラスごとに競うんだからみんな一緒っていうわけにもいかないか』
アキの言葉に会場に笑いが包まれる。
俺や部長が言ったところでこんな空気にはならないだろう。
日頃のアキがあるからこそだ。
『とにかく! 球技大会のあとは後夜祭でバーベキューだからね。たくさん食べられるように、今のうちから楽しもう!』
アキの挨拶はそれで終わりだ。ぱちぱちと盛大な拍手があふれ、別の教師がマイクを受け取り、流れを説明していく。
昨日トーナメント表が張り出されていたな。
確か俺たちの試合は結構後に行われるので、しばらく休みだ。
真っ先にあるのが、部長のソフトボール一回戦だ。
その次がナツのバレーボールだ。
挨拶を終えたアキが俺のもとに来る。
「球技大会実行委員は大丈夫なのか?」
「もうここまで来たらね。大会の集計はパソコン部の人にお願いして表計算ソフトを使ってやってもらうし、あとは細かい審判についてもその部活や顧問の先生に協力してもらってるからね。だいたいの準備は昨日で終わってるよ?」
交友関係が広いからそういうのを頼む場合もすぐにできるんだろうな。
「そんじゃ部長の活躍でも見に行くか?」
「そうだね」
というわけでソフトボールの試合を見に来た。
四番、満塁の場面で部長が打席にたっている。
相手の投手は顔面蒼白である。
腕を大きくまわし、ボール先攻の投球をしていたのだが……。
一球入った甘い玉にアジャストして、部長がバットを振りぬいた。
女子の力とは思えないほどボールがぐんと伸びる。……ボールの飛ばし方を知っている打ち方だよな。
まさに天才の技である。
普段ゲームしかしていない彼女だが、スペックは圧倒的だ。
ボールは外野の頭を超えた。足も速い彼女はそのままランニングホームラン……。
ホームにつく頃には、呼吸が乱れかけていた。……体力がないのだけが、欠点ってところだな。
「部長、すげぇな」
「……本当にね。ポニーテールにまとめてるの、凄い似合ってるね……」
「それは本人に言ってやれよ」
「……無理だよ」
ぼーっとアキが頬を染めて部長を見ていた。
運動着で髪をまとめている彼女は確かに綺麗だ
ただ、その表情は冷たい。ホームを踏んだ時も髪を軽く払い、チームメイトに一瞥もくれずベンチに戻っている。
……それで嫌われないのだからすごい。みんなからは恐れられている様子だ。
たぶん本人は声をかけてほしいんだろうけどな。ちらちらとみてアピールしているが、ダメでがくりと肩を落としている。
「部長ももうちょっと素直に話せばいいのにな。笑顔でも見せたら、多少は変わるよな」
「そうだね。……けど、今のままでいてほしいとも思う、かな」
アキの言葉に俺は首を傾げる。
「あれ、そうなのか? 意地悪じゃなくて?」
「じゃなくて。……だって、彼女の笑顔なんて見たらきっと好きになる人がたくさん出るよ。そうなったら……告白だってもっと増える。もしかしたら、その中には部長が気になっちゃう人もいるかもしれないからね……だから、今のままでいてほしいって、思ってしまうんだ」
「そんなに不安ならさっさと告白したらいいんじゃないか?」
「で、できないから困っているんじゃないか……っ!」
顔を真っ赤にしてそう小さく言うアキ。
きっと、恋愛している人にしかわからない苦しみなんだろう。
好きだけど、今の関係が壊れてほしくない、か。
けど、それを乗り越えられるほどの勇気がないと、きっと関係も長くは続かないんじゃないだろうか。
恋愛したこともない俺が言えることじゃない。
俺が口にできるのは、ただ、無責任な頑張れという言葉だけだ。
その後も部長が攻守で活躍したことで、部長のチームはあっさりと勝利する。
みんながハイタッチしている中、部長も試合が終わると軽く伸びをしていた。
試合が終わった彼女のほうに近づくと、部長が気づいた。
「あなたたち、来ていたのね」
「そりゃあまあな。一応部長だし、応援くらいはしておかないといけないと思ってな」
「ふふん、見事だったでしょう?」
自慢気に胸を張る部長。
運動着だと迫力がすさまじいな。そりゃあ絶世の美女と言われるだけある。中身こんなんだが。
褒めろ、と俺はアキを小突く。
「まあ、さすがにチームの四番を任されているだけあるね。かわ――かっこよかったね」
「……そ、そうかしら? あなたが素直に褒めるとか、今日は雨かしら?」
部長もちょっと照れている様子だ。
アキがそう言われ、羞恥の限界に達したような顔になる。
なので、
「次はナツの試合だろ? 体育館に向かおうぜ」
割り込んだ。せっかくいい雰囲気で終われたんだしな。
「そうね。その次はあなたたちのバスケだったわよね?」
部長がアキをちらと見る。俺は聞こえなかったふりをして、先を歩く。
「そうだよ」
「……ま、頑張りなさいね」
「……が、頑張るよ。ユキもいるんだし、何とかなると思うけどね」
アキが部長と二人きりで話すのに耐え切れなかったようで、俺に話題を振ってきた。
まったく。親友の気づかいを察してほしいものだ。
体育館にいくと、結構人がいた。各クラスの友人たちが応援に来ているといった様子だ。
俺たちも座ると、ナツがこちらに気づいた。控えめに片手をあげてきた。
「ユキ、呼ばれてるよ」
「俺か? 部長じゃないのか?」
「あなたでしょ?」
部長とアキにそう言われたので、俺も片手をあげて返す。
すると、ナツは嬉しそうに笑って、もうちょっと片手のふりを大きくした。
そんなことをやっていたからか、練習中の仲間のボールを背中に食らってる。
「あいつ、マジ間抜けだな」
腹がねじれるくらい笑っていると、ナツのサーブが真っすぐに俺のほうに飛んできたので、片手で受け止めた。




