第十九話
アキという人間は人に好かれる術を知っている。
クラスで彼の周りから、人が減ることはほとんどない。
唯一あるとすれば、俺と話をしているときくらいだろうか。
「秋ー、今日の放課後一緒に遊ばねー?」
「じゃあ代わりに実行委員やってくれる?」
「うへー、それは勘弁っ!」
放課後。アキの周囲には男女問わずに人が集まっていた。
いつものリア充グループの面々だ。
そんな彼らをちらと見ながら、俺は教室を出ていこうとする。
「あっ、部長たちには伝えておいてねユキ」
「ん、了解だ」
ひらひらと手を振って俺が教室を出る。
アキが俺に声をかけた瞬間、場の空気がしんと静まり返るのは何度体験しても笑ってしまいそうになる。
俺はもう教室を出たから知らないが、きっと今頃アキは俺について色々聞かれているんだろうな。
アキと俺はどう考えても住む世界が違う、と学校の生徒たちは皆思っているだろう。
スクールカーストと呼ばれる言葉があるようにな。
ただ、それを決めるのは結局は本人たちだ。
誰と誰がどうやって関わろうが、周りからすれば関係ないのが現実だ。
まあ、あまり気に食わない人たちもいるようだけどな。
廊下を歩いていると、向かいから男女が歩いてきた。
男女合わせて四人のペアである。その中にはナツの姿もあった。
球技大会実行委員は男女のペアで行われるんだったか。
アキが実行委員になった途端、女子連中がこぞって立候補したのは面白かったな。
各クラス代表者は男女一人ずつだ。四人でいるということは別クラスの生徒なのではないだろうか。
ナツは女子生徒と話しているが、時々男子生徒も絡んでいる。
見れば男子生徒は明るい雰囲気の人だ。
そんな彼と話しているナツも俺に気付いたようだ。ナツはしかし、いつも俺に声をかけてくることはしない。
学校では基本的に距離を置いておく。それがナツの中での決まり事らしい。
俺も別に積極的に関わるつもりはない。というか、家で散々面倒な絡み方をされるから、今くらいは落ち着きたかった。
「ユキ先輩。今朝も伝えましたが、部活に遅れますから部長によろしく伝えておいてくださいね」
……しかし今日はめずらしく絡んできた。
「ああ。わかった。実行委員、頑張れよ」
「はい」
にこっとナツが笑うと、彼らは驚いたようにこちらを見てきた。
なんだ?
今日は色々と珍しいことがあったな、と思いつつ俺は部室へと向かう。
別棟にある部室にたどりついた俺は、ゲーム部と書かれた部屋へと向かう。
もう部長はいるみたいだな。なんとなく気配がした。
部長と二人きりの部室というのは珍しい。
決して少ないわけではない。
……例えば、アキが誰かに告白されるとかでその対応で遅れることは確かに回数でみると多い方でもあった。
部室に入ると、部長は本を読んでいた。
カバーがつけられていて中身はわからないが、恐らくはライトノベルだろう。
ただ、背筋をすっと伸ばし、きりっとした表情で本を見ている姿はまさに文学少女然としていた。
そりゃあアキも惚れるよな、といわんばかりの美しさだ。
そんな彼女を見ていると、すっと部長は本にしおりを挟み、軽く伸びをした。
この学校で一番プロポーションが整っているといわれるその体を見せつけるような動きだった。
そうして、少し気の抜けた声とともに、部長はのびを終えてこちらを見てきた。
「あなたも一人で来たのね?」
「アキから聞いてないか? あいつも球技大会実行委員なんだよ」
「そうだったのね。知らなかったわ」
俺が席につくと、彼女は本をもう一度手にとる。
「今日は何かするのか?」
「とりあえず、あなたが編集してくれた動画を見ておこうかしらね」
「そうか」
部長から送られてきた動画を俺は昨日編集しておいた。
ユーチュー〇にあげられるように編集した動画を用意すると、部長はすぐにパソコン画面と向き合った。
俺もラノベを取り出して読んでいると、
「土曜日の遊園地のことなんだけど」
「どうした?」
「……その、ごめんなさいね。本当は二人で行く予定だったのではない?」
「俺たちが二人で? 別にそんな予定はないが」
ナツも二人にチケットをあげるつもりだったみたいだしな。
その結果、二人で行くみたいな話もあがっていたが、ナツだって四人で行ったほうが楽しかっただろう。
「そう……それならいいのだけど。楽しめたかしら?」
「俺はな。部長はどうなんだ?」
「私は……そうね。どこかのバカがいなければ楽しめたかしら」
「そうなのか? アキもそれなりに楽しめたって言っていたんだが……そうか。次からアキは外したほうがいいか?」
ちょっと意地悪な質問をしてみた。
途端、部長はびくっとなってこちらを見た。ちょっと泣きそうな顔である。
顔には、「お願いだからまた誘って」と書かれている。アキもそうだが本当素直になれない奴らだ。
「そ、そんなことはない、わね。まあ、いないほうが落ち着けるけれど、部員全員で出かけるのは楽しかったわ」
「俺もだ。またどこかに行けたらいいな。部長いい場所知らないか?」
「……外にロクにでない私に聞くのかしら?」
「……悪かったな。アキにでも聞いておくか」
部長が少し落ち込んだ様子である。
「あなたは今時の高校生事情をどのくらい知っているのかしら?」
「アキとナツに無理やり聞かされた話は知っているが……それ以外はさっぱりだ」
「ええ、私もよ……私最近思うのよね」
「何をだ?」
「私ってもしかして、オタク趣味以外何も知らないつまらない人間なのでは? と」
「おっ、気づいたのか」
「ひ、否定してくれないのかしら!」
「いや、俺からしたらつまらない人間じゃないが、一般的な高校生基準だとダメ人間だろ? 俺もおまえも」
「……そのくらい開き直れるのなら、羨ましいわね」
「けど、俺は自分をダメな高校生とはおもってないぜ? 俺は自分のやりたいように、好きなことを好きなままで生きていくつもりだ」
どやっと胸を張る。
部長は少し考えるように視線をあっちこっちに向けてから、
「た、例えばよ? もしも将来誰かを好きになったときね。……相手はオタク趣味はもちろん、それ以外の知識も大量に身に着けているような相手だった場合……ほら、なんかつりあわないのでは、とおもって」
つんつん、と人差し指同士をあてている部長。
……おお、カワイイな。カメラでとってアキに送ってやりたいものだ。
「それなら、自分の趣味を相手に教えるのもいいんじゃないか? ほら、同じ趣味を共有するのも一つの恋愛じゃないのか?」
「そう、だけれど……やっぱりこう……それだけだと相手に失礼ではないかしら? 周りとの関係もあるだろうし……」
「恋愛ってのは一対一でやるものじゃないのか?」
「……そうね。そうだけど」
「それなら、周りの目なんて関係ないだろ。あとは本人たちが仲良くやれるならなんでもいいんじゃないか? 部長のように、オタク趣味を相手にとことん教えて、真のオタクに育て上げればいいんだしな」
「……ユキ。あなたってたまにいいこと言うわよね」
「たまにじゃない。いつもだ」
「だいたいいつも、適当なことしか言わないじゃない」
「知ってるか? 今の言葉、ちょうどセリフそのままパクらせてもらっただけだ」
とんとん、と俺が読んでいるラノベのページを見せると、部長が声を荒げた。
「やっぱりあなた適当じゃない!」
そう彼女が叫んだ時だった。部室の扉が開いた。
「部長、ユキ先輩。ただいま戻りました」
びしっとちょっとふざけたようなポーズを決めてナツが戻ってきた。
「アキはどうした?」
「実行委員長になったので、少し遅れるそうです」
「さすが、学校一番のモテ男だな」
「……そういうのを積極的に出来るのって凄いわよね」
「あっ、部長が珍しくアキ先輩を褒めましたね」
「ち、違うわ! 愚かね、と言いたいだけよ!」
「確かに! それじゃあ部長。一緒にアキに言おうぜ。愚か極まりない奴めっ! って」
「え、え!? そ、それはそのさすがに言いすぎではないかしら――?」
「だって、部長が言ったんじゃないですか。ささ、気合を込めてください」
俺とナツでからかうと、部長はもう慌てている。
こういう姿を部室外では見せないのが部長だ。
だから、皆、部長は冷たい人と思っているところがある。
この姿をみんなに見せれば、友達ももっとできるんじゃないか、とはいつも思っていた。




