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第十五話


「……ユキ、あなた大丈夫?」

「……ジェットコースターに乗りたいと言っていたから乗ったけど、ダメだったの?」


 部長とアキが滅茶苦茶俺を心配していた。

 俺はベンチに座り、額に手を当てていた。


「……いや、そんなことはないんだが。久しぶりに乗ったのと、睡眠不足が原因かもな」


 はっきりと言うのなら、酔ってしまった。

 俺の隣に座ったナツが小さく息を吐く。


「仕方ありませんね。部長、アキ先輩。私がユキ先輩を見守っていますから、二人で回っていてくれませんか?」

「……え?」


 ナツの提案に、部長の表情が引きつる。

 それは、アキも同じだった。


「……い、いや。僕が残ろうか? ナツちゃんと部長で見て回ったらどうだい?」


 アキが怯んでいる姿は珍しいな。


「いえいえ。そもそも、昨日私がユキ先輩と色々話していたのも寝不足の原因かもしれませんからね。ってことは、私の責任でもありますから」


 そういったナツが部長を見ると、部長は決意を固めたような顔で小さく頷いた。


「アキ。ユキはナツに任せましょう」

「……まあ、そうだね。ごめんねナツちゃん。それじゃあ、復活したら連絡ちょうだい。それと、何か欲しいものがあったら買ってくるよ?」

「おう、了解だ。ちょっと休んだら合流する」


 俺は額に手をあて、それからベンチに深く腰掛けた。

 二人が歩き去ったのを見てから息を吐く。


「俺っておまえに昨日連れまわされていたから、睡眠不足だったんだな」

「それは先輩たちに気を遣わせないための嘘ですよ。……ユキ先輩。ガチで酔いました?」

「……ガチだ」


 もともと、こういって別れる予定ではあった。

 ただ、俺は自分の想定よりも酔ってしまったことに驚いていた。


 昔はこんなんじゃなかったんだがな。

 いつこんなに弱くなってしまったのか。


「三半規管ってのは大人になるにつれて成長していって、酔いにくくなるはずなんだがな……立派な大人の俺がどうしてこんなことに。子どものときから乗り物に酔ったことないんだぞ?」

「退化してしまったのではないでしょうか?」

「んなわけねぇだろ……あー、悪い。ちょっと横になりたいから、どいてもらっていいか?」

「はい」


 微動だにしないナツ。

 

「聞いてた人の話?」

「ベンチ硬いですよ。寝るには不向きではありませんか?」

「地面で寝ろって? もっと硬いし汚れるぞ?」

「それでは、あちらの芝生エリアはどうでしょうか?」

「嫌だよ。ベンチで寝かせてくれ」

「だから、いいですよ。ほら、枕貸してあげます」


 とんとん、とナツが自身の太ももを叩いた。

 いやいや。俺は周囲を見て、思わず頬が引きつる。


 この通りはそれほど人はいないのだが、はっきりいって恥ずかしいものだ。

 さすがの俺にも羞恥というものがある。だがナツは、とんとんともう一度太ももを叩いた。


「あちらの男女がやっていましたので、一度やってみたいと思ったんですよね」


 ナツはそういってある方を見た。

 ……マジでカップルっぽいのが膝枕をしていた。

 多少、そういうのに憧れがあるといえばそうなのだが――ここで、ナツにやってもらうってか?

 さすがの俺でも多少の羞恥心はあるぞ?


「先輩」


 そういって笑うナツは少しだけ恥ずかしそうである。それと少しだけ、申し訳なさそうな顔でもある。

 恥ずかしさを感じるのならやるなよ、とは思ったが、もしかしたら彼女もそれなりに心配しているのかもしれない。


 昨日連れまわされた、わけではないが結構夜遅くまでナツは俺の部屋にいたし。

 もしかしたら罪悪感を抱いているのかもしれない。

 俺も座っているのが苦しくなってきたので、横になることにした。

 

「それじゃあ失礼するな」

「……はい」


 俺が横になり、ナツの足に頭をのせる。

 スカートの裾を少し引っ張り、ナツが俺を見てくる。


「どうですか先輩?」

「ベンチで寝るよりは、柔らかいな」

「そ、そうですか」


 軽く閉じていた目を開ける。

 ナツの頬は見間違いではないほどに赤くなっていた。


 そんなに恥ずかしいなら提案しなければよかったのにな。

 俺もこの先できるかどうかわからないので、今のうちに堪能しておこう。

 

「先輩、睡眠不足って……やっぱり昨日色々私が話したからですか?」

「いやまったくもってそんなことはないから気にすんな」

「……本当ですか?」

「ああ。ただただ、俺が興奮して寝れなかっただけだしな」


 気を遣ってそう言っているわけじゃない。

 興奮して寝れないなんてのは久しぶりだ。好きなゲームの発売日前くらいしか経験がない。

 テスト期間とかはさっさと夜寝れるのにな。


「先輩にとって、久しぶりの遊園地みたいですからね。楽しい思い出になってくれればと後輩なりの思いやりです」

「優しいな」

「二度と行く機会ないかもですし」

「優しくねぇ」


 にこっと笑ったナツを見ながら、ふと思う。

 ……アレだな。

 俺が膝枕にあこがれていた一つは、そこから見える胸ってどんな感じなのだろうか、という純粋な疑問があったからだ。

 だが、ナツに関して言えば、顔がよく見えるだけだ。あまり参考にならないな。


 ただ、なんというか落ち着ける。今くらいの季節ならまだいいが、夏にはさすがに熱そうだな。

 軽い深呼吸を繰り返し、目を閉じて体を休める。


 それから少しして、体を起こした。


「よし、体調戻ったわ。二人と合流するか」

「……あっ、その先輩。合流する前に何か一緒に乗りに行きませんか?」

「ん? まあ、別にいいが何かそんな乗りたいものがあったのか?」

「乗りたいものがあるわけではありません」

「それじゃあなんで?」

「今の状況で乗りたいだけです」

「はぁ……?」


 俺が首を傾げると、ナツは俺の手を掴み歩きだす。

 そうして連れていかれたのは、コーヒーカップだ。


「……まさか、俺が弱っている今仕留めにきたのか!?」

「さあ、どうでしょうか?」


 穏やかな微笑がどこか怖い。

 それでも、さすがに俺ももう酔わなかったが。

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