これは限りなく……
ドロシアはこほん、と1つ咳払いをしました。
「ジャスミンさんはレイモンド公爵子息を誑かすのに成功したようね。ティルスも最近ターゲットにされるようになったみたいでね、まんまと引っかかったのよあの人は」
はあ……とため息をつくドロシアは、とても儚いお姫様のようでした。中身は意外としっかりしていますけど。
「私としては別にどうぞご勝手にってところなんだけど、一応政略結婚なわけだし勝手に婚約解消したりするわけにもいかないでしょう? 破棄するにしても証拠は必要だからある程度は泳がせたいのだけれど、何を勘違いしたのか、廊下ですれ違うたびにジャスミンさんが勝ち誇ったような顔をするのに腹が立っているのよね。」
おう……自分に酔いしれちゃってるタイプですか?
『私は可愛いからモテモテなの! みんな大好きだから、婚約者なんていう壁は愛の力で乗り越えられるの!』
とか言っちゃうタイプですか? 皆さんやめときましょうね、絶対黒歴史になりますよ。って、ジャスミンさんの場合はそれどころじゃないでしょうね。いろいろと制裁を加えるつもりなので。
「……皆様、ご自分の立場というのをお忘れになっているのでしょうか?」
ごもっともです、ベロニカ様。
「友人としてのお付き合いに関しては我が国は比較的寛容ですが、異性としてのお付き合いは厳しく教わってきたはず。それに従われないというのは、それほどの覚悟を持たれているのか、若しくは……」
「いや、多分頭が回っていないんだろう」
「……ですわよね」
まあ、これは私にしか分かりませんけれど、乙女ゲームの攻略対象なんて客観的に見ればみんな阿呆なだけですからね。悪役令嬢はしっかり断罪、攻略対象は婚約者ではない人といちゃいちゃしててもお咎めなしどころか祝福されるだなんて、ゲームってそういうところ甘いですよね。その方が売れるんでしょうけど、悪役令嬢としてはえらい迷惑ですよ。
「そういえば、私ジャスミンさんが転入した次の日からやたらと彼女に絡まれてるんですよね」
私がそう呟くと、みんなが一斉に私の方を向きました。いやいやみんな落ち着いて。
「……ユリアさん、そういうのはもっと早めに言ってよね」
「ああ、それでしたら私も似ていますわね。よく分からないことを叫んでいたりしましたわ」
「! ベロニカ、ジャスミンさんが何を言っていたか覚えていない?」
「え? えっと、『なんでエドワーズは落とせないの!? こんなのシナリオにはなかった!? ジークハルトも全然甘やかしてくれないし何なの!? 運営に苦情を言っとかないと……』だったかしら? 他にも何か言われたのですけれど、この一言しか覚えていなくて……ごめんなさい」
「……そっか。大丈夫だよ、ありがとう」
……やっぱり、ヒロインも転生者でしたか。しかも、よくある暴走する系の転生者ですし。せっかく仲間ができたと思ったのに残念です。まあある程度は予想していましたが。
「ねえジェシカ、オスカー伯爵子息も落とされたの?」
「……多分な。最近やたらとジャスミンさんに媚を売るようになった。というより、あれは餌付けされた犬のようだった」
「……よほど、ですのね」
「ああ。もとより恋愛感情など抱いていない相手だったが友人としては見ていた。だがもう無理だな」
ジェシカは何でもないことのようにさらっと言いました。実際、あまりどころかほとんど気にしていないのでしょう。
「ね、ねえ。私、みんなにまだ言ってないことがあるの」
少し震えた声で、ヴィオラがそう言いました。
「言ってないこと?」
「うん。あのね、私__」
いじめられているみたい、なの。
その場の空気が凍りつくこと数秒。
「ノートがいつの間にかぐしゃぐしゃになってr「ごめんねちょっと行ってくる!」……え?」
「待て待て早まるなユリア!」
「離してジェシカ! 今すぐ制裁しに行く!」
「落ち着いてくださいましユリアさん!」
「今行ったら多分完全には仕留められないぞ! もう少し我慢しよう!」
……いやなんか1人物騒なんですが。
何とか落ち着きを取り戻した私でしたが、ふとあることに気が付きました。
右手を挙げて、呟いてみました。
「そういえば、最近教科書やたらと失くしてるような……買い直したけど」
またしても空気が凍ります。
ですが、今度は少し違いました。
ベロニカが同じようにすっと右手を挙げました。
「……実は私、お父様が誕生日毎にくださった名入りのものをいくつか失くしてしまったのです。絶対に無くさないようにしていましたのに……」
ジェシカも同じように……ってこの流れ……。
「……私は物がなくなった覚えはないが、気が付いたら廊下で頭からびしょ濡れになっていたことがあったな。私は寮に住んでいるし丁度入浴の時間だったから気にしていなかったのだが」
ドロシアも、ですか……。
「……私は……そうだ、何回か足引っかけられたな。逆に向こうが転んでいたが」
……それはどのように反応すればいいのやら……。
「ていうかドロシア、足引っかけられたんだったら顔見えてたよね? ジャスミンさんだった?」
「当たり前でしょう。じゃなきゃ今ここで言っていないわよ」
……ドロシア以外は犯人が確定していませんけれど、この学園の中でそんなことをするのは1人だけでしょう。というより、そう思いたいです。みんな貴族としてきちんと教育されている、そう信じたいです。
示し合わせたわけでもないのに、自然とみんなが口を開きました。
「「「「「限りなく、黒に近い(わ)」」」」」
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