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少しだけ、さようなら。

 翌朝僕は早いうちに目が覚めてしまったので、支度を済ませた後そのまま下の階に降りた。

 早いと言ってもここの客はほとんどが早起きですぐに出かけて行ってしまうので、この時間が一番忙しいようだ。なのだが……


「おはようございます」

「……おはようございます。どうかされましたか?」


 降りて初めに見つけた女将に挨拶をすると、なんとなくぎこちない挨拶を返してくれた。まあいつもはこんな感じじゃないから仕方がないだろう。


「あ、もしかして昨日の子を?」

「と思ったんだが……まあ今日は特に予定もないし、ここでゆっくりさせてもらうよ」

「かしこまりました。それと、昨日の感じですと、お昼くらいまでは目を覚まされないかと……」

「あの後どうかしたのか?」

「実は娘が部屋にお邪魔をしてそのままのようで……」

「あー、そういうことか。まあ気長に待つことにするよ」


 そんな会話をした後、僕は部屋に戻って本を読んでいた。

 大分立った後、2階が少し騒がしくなってきた。だろうと思って外の声を聞いていると、どうやらユリアが起きたようだった。

 ふと時計を時計を見上げると、正午を過ぎたところだった。


(女将の予想が当たったな)


 内心少し笑いながら本を閉じ、1階に先に降りることにした。

 しばらくした後降りてきた彼女はなんだか疲れているようだった。女将の圧に負けてしまったようだ。

 周りが少しざわついていたが、彼らを無視して話しかけた。


 * * * * *


 それからしばらくして、僕とユリアはかなり仲良くなった。もちろん彼女は僕が誰だか分かっていないけれど。よく考えてみれば僕はユリアと話したことなんてほとんどなくて、ユリアに嫌われたらどうしよう……とばかり考えていたけれど、ユリアが、


「あんまり自分を否定的に言わないで。私ジークと一緒に何かするの、嫌じゃないよ」


 と言ってくれてとても嬉しくて、それからはもっと落ち着いてユリアと話せるようになった。

 宿屋の娘の世話と称してたくさんいろいろなところに行った。だんだん2人だけで出かけるようになった。

 僕は今まで以上にユリアのことが好きになっていった。ユリアも同じだったらいいのに……そんなことばかり考えるようになっていた。なのに……。


 祖国から、帰還命令が下された。


 内容は……まあ詳しくは割愛するが王族関係の業務だった。もちろん僕は帰りたくなどなかったのだが、あのフレッドにまで真剣な表情で諭されて、仕方なく帰ることにした。なんだか嫌な予感がしていた。帰ってこれなくなるのでは……という予感だった。送られてきた手紙には何も理由が書かれていなかった。

 ちなみにユリアには話していないがフレッドは僕の側近として代わりにいろいろとしてもらっている。ときどき変なこともするけど、仕事は早い奴だ。


(ユリアと離れたくないのに……)


 ユリアと離れている間、何かあっても僕が助けに行ってあげられない。もしユリアに何かあったら……考えただけでも恐ろしかった。だから、『アイリス荘』の主人と女将にユリアのことを頼んでおいた。せめて、僕が帰ってくるまではここに引き留めてほしい、と。

 必死になる僕を見て、夫婦は微笑んでいた。この夫婦のことだ、きっと僕の心の内を見抜いたのだろう。


「リリーと一緒にしておいたら大丈夫ですよ。リアちゃんも心配すると思いますし、早く帰ってきてください」


 そう女将は言ってくれた。

 ぎりぎりまでは街に残り、馬を替えながら最短で国に帰ることにした。

 そして、とうとう街を発つ日の朝になってしまった。

 女将に苦い顔をされながらこっそりとユリアの部屋に入った僕は、テーブルに抱えていた物たちをそっと置いた。

 彼女に宛てた手紙と、赤いゼラニウム。それぞれに隠した物と合わせて彼女はその意味に気付くだろうか?

 気付いてもらえなくてもいい。少しだけでも、彼女の心の中にいられるような気がするから。


「大好きだよ、ユリア。ちゃんと帰ってくるから……」


 なぜか僕の頬には一筋の涙が伝っていた。

 僕はそれをぐいっと拭い、フレッドと共に街を後にした。






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