元バックパッカーの私は。
それから数日が経ちました。
私とジークは、こ、恋人になったので、その……いろいろしました。いろいろが何かって? 絶対に言いません! いろいろされたんです! ジークがやたらとツヤツヤしていたとだけ言っておきましょうか。私は本当に大変でしたけど。
あとは、前よりも甘えん坊になったリリーちゃんといっぱい遊びました。ジークと一緒にいないときはほぼずっとリリーちゃんと一緒でした。相変わらずの天使ぶりで癒されました。
気が付いたらアンナちゃんやほかのリリーちゃんのお友達もたくさん来ていました。せっかくなので広場に行って鬼ごっこを知っているものを全部やったり、大縄をエンドレスでしていました。大人気でお母さん方にも喜ばれました。よかったよかった。
いつの日だったか忘れましたが、1度みんなで遊んでいたらうっかり日が暮れてしまって、ジークが捜索願を出しそうになっていたということがありました。まだジークがギリギリ『アイリス荘』を飛び出す前だったからよかったものの、危うく日暮れ時の街を騒がせてしまうところでした。
まだ完全に夜になったわけじゃないのに……と誰にも聞こえないように呟いたつもりがジークにはばっちり聞こえていたようで、半泣きになりながら私に説教していました。
「僕は、怖いんだよ。いつかまたリアがどこかに行ってしまうんじゃないか、連れていかれるんじゃないかって。どこにも行かないでほしいとは言わないし言えないけど、僕は、怖いよ……」
珍しく弱っているジークを見て、ジークには悪いけれど、どこか安心しました。ジークは、ちゃんと私のことを大切にしてくれているという純粋な気持ちと、私は彼をこんな風にできるんだという少し歪んだ優越感が入り混じっていました。それが決して外に出ないように、私は奇麗な笑顔を彼に向けました。心配かけてごめんね、と私にくっついて離れないジークに言いました。
それからその日は、どうしたんでしたっけ……そうだ、そのままジークの部屋で一緒に寝落ちしてしまっていました。辺りが明るくなってふと目が覚めたらジークが私をぎゅうっと抱きしめていたのでとても驚きました。起きた後も結局2度寝しましたけど。
そんな風にしてあっという間に時間が過ぎていきました。あまりにも前と変わらない毎日だったので、このままずっと暮らしていけたら……なんて思ってしまう日もありました。でも、そろそろ私も逃げ続けている訳にもいかなくなってきたようです。
「リア、いや……ユリア。さっき、僕に父上から手紙が来たんだ」
「……何て書いてあったの?」
「ざっくり言うと帰還命令かな。とは言っても、息子に会いたい父親が我慢の限界を迎えただけだから、そっちはあまり気にしないで」
(……ん?)
何やら聞き捨てならない内容が聞こえてきたような気がしたのですが、まあここはスルーしましょうか。またどこかで問い詰めましょう。
「ユリア、君が僕と一緒にいることはフレッド以外知らない。だからこれからもどこで何をしていてもいい。だけど、とりあえず今後のことをぼんやりとでいいから考えてみてくれないかな? 国に帰ったらいつまで隠せるかも分からないし」
「あ、それなんだけどね……私、帰ることに決めた」
「……え?」
「私、本当は貴族にはなりたくない。できることも少なくなるし、行動もある程度は制限される。だから、こうして街で暮らすことが夢だったの。だけど、そのせいで結構家がややこしくなるかもしれないって思って……私が家出したのは見ず知らずの王子様を姉の代わりにって婚約者にさせられそうになったからっていうのが大きいし、その問題は、その、解決したし……」
自分でも何を言っているのか分からなくなって、どんどん声が小さくなってしまいます。
恐る恐るジークを見ると、彼はとても優しく微笑んでいました。
「そっか、決めたんだね。ありがとう」
「でも私、戻ってどうしよう。1回こんな風に出てきちゃったから変な目で見られるよね……」
「大丈夫だよ、僕ができるだけ一緒にいるから。そうだ、このままの流れだと、ユリアは次期王妃だからね」
「……あ! そうだった!」
これははっきり言って、やらかしましたね……王子の婚約者かつ王妃というルートを何とかして回避しようとしたのに、元に戻ってきてしまいました。まああのときはジークがこんな人だって知らなかったですし、本当に知らない人の婚約者になるよりは大分いいはずです。次期王妃という言葉が重くのしかかってきていますけれど。
「よかったの?」
「うん、もういいかなって。諦めちゃった」
「ほんとに嫌なら無理しなくていいんだよ?」
「大丈夫。ここまで来たらもう私が頑張らなくちゃ」
「そう、じゃあこれから一緒に頑張ろうね?僕のお嫁さん」
「……!?」
悪役令嬢の姉が駆け落ちして私に全部丸投げしてきたけど、元バックパッカーの私は異世界を全力で逃げ回り、結局故郷に帰ることを決めたのでした。
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