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古代文明人の生き残り  作者: 十良之 大示
第1章:生き残った一族
6/58

005:恋の決着はあっさりと

次話から更新の間隔が遅くなる予定です。

隔週一回は最低限更新予定ですが、余裕があればどんどん更新していきます。

ご容赦ください。

 これがダメージ。

 口に広がる鉄の味に涙したい気持ちを抑えながら、冷静に自分の状況を俯瞰する。



(やっぱ〈散弾槍〉が来るのを知りながら、あえて受けようとしたのは失敗だったな。予想通りとはいえ、想定以上のダメージだ)



 ともあれ絞りに絞った勇気から好奇心を満たす事には成功した。いくら絶望的なまでのレベル差があるとはいえ、ゲーム時であればリデスカーザの一撃でデレピグレオが沈むという事はない。もっとも、別のスキルによる複数の重ね技となれば話は違うが――それがこの世界でも立証できたという事はデレピグレオにとってかなり有益な情報だ。


 もしも直撃を受けたのがデレピグレオでなく、非戦闘員のようなものが相手であれば体に風穴でも空いてしまうのだろうか。そんな余計な事に興味を抱きながらゆっくりと立ち上がる。


 だが好奇心を満たす為の代償は大きかった。

 体を支えるだけでも激痛が奔る。(いずみ)宗吾(そうご)であれば間違いなく泣き叫んで転び回っていたに違いない。現に正直なところそうしてしまいたい気持ちがある。だがそれでも笑っていられるのは肉体も精神もデレピグレオとして浸透してきたからなのか、はたまた大量に分泌されたアドレナリンがそうさせるのか。

 何にせよ、まだ戦えると自分に言い聞かすだけの余裕が残っているのは有難い。



(わざと攻撃を受けたのにそれでノックアウトとか最低にダサいしな)



 実現せずに済んだ無様な己の姿を想像し、思わず笑みが零れる。



「随分と良いモノを受けちまったな。やはり最強のプリミティブはリデスカーザだ」



 本来であればその言葉に恍惚としたところだろうが、流石にリデスカーザもそう単純ではない。



「……デレピグレオ、今のわざと避けなかった。何故だ? リデスカーザの攻撃を受けても平気だと、リデスカーザを侮辱したいのか?」

「何度も言ってるだろ。俺は心の底からお前が最強だと思っている」

(事実、そう願って作成したNPCだからな)

「けど俺はそんなお前に負けてやるわけにはいかない。何故だか分かるか?」



 リデスカーザは答えない。自分が真に最強であるならば、勝って当然の筈。デレピグレオが言うには経験の差らしいが、とてもそうは思えなかった。経験の差などではない、圧倒的な差がデレピグレオとの間に感じられた。

 それを知りたかったのだ。

 黙ったままデレピグレオの答えを待つ。



「俺が男で、そしてお前達の族長だからだ」

(まあ単純に負けず嫌いってのと、リデスカーザに居なくなってもらったら困るってのが本音だけど)



 当然そんな情けない本音を口にすることはなく、外面だけでも堂々と言い放つ。



「護るべき者……男…………女……」



 ぽつりとリデスカーザが何か呟いたような気がした。一応聞き返してみるが反応はなかったので、デレピグレオの気のせいだろう。



「さて、そろそろお楽しみも終いとするか」



 そう言ってデレピグレオは武器を構える。今度は防御ではなく攻勢に出る構えだ。膝を屈め、振り抜ける程度に槌を持ち上げる。遊びはもうない。この一撃で決めるつもりだ。勿論〈木霊打ち〉の威力を知った以上、それ程強力なスキルを放つつもりはない。



(大怪我でも負われてしまっては困るからな)



 自尊心の塊とも言えるリデスカーザに手加減など怒りの種だろうが、今後の為にもどうか許してもらいたい。

 そんな事を思いながら、一瞬の隙を窺うようにリデスカーザを捉える。

 大腿筋がその瞬間が来る時をジッと見守り、槌を支える上腕筋が命令が下されるその瞬間をまだかまだかと内側で震えていた。

 あとはデレピグレオの呼吸が整うのを待つのみ。そして――



「敗けを認める」



 ――勢い余ってずっこけた。



「ぺっ、ぺっ! 砂が……って、へ…………?」



 今何と言った?

 戦闘の緊張感も一気に霧散し、呆けた顔でリデスカーザを見上げる。


 仮面をしていても分かる――いや、白を基調とした仮面だからこそと言うべきなのだろう、これまでにない程に顔が赤らんでいるのが分かった。

 それ以外に分かった事は、口の中に未だ残る血液が砂と混じり合って舌触りが最悪だということのみ。


 正直、リデスカーザが何と言ったのか理解が追いついていない。



「すまん。俺の聞き間違いだろうから、もう一度何と言ったか教えてくれ」

「だから、リデスカーザ、敗けを認めると言った」

「……はい?」



 ますます訳が分からない。というよりも彼女の性格上、それだけはないだろうと初めから予想していた。にも関わらずこれは想定外の事である。

 彼女の創造者として性格の全てを把握していた気でいたが、まるで彼女が何を考えているのか理解出来ない。


 そう混乱するデレピグレオに追い打ちをかけるかのように、リデスカーザは髑髏の仮面を徐に外した。

 その下にあったのは恥じらいを持つ女性の表情。(いずみ)宗吾(そうご)が創り出した理想の女性の姿だ。だがそんな抱き締めたくなるような表情は、創造者である彼の記憶のどこを探しても見つからない。

 新たに見出した彼女の魅力に、先程までとは別の意味で胸の内が熱くなる。



「…………ぁ」



 言葉が出ない。

 見惚れる、というのは正にこのような状況を指すのだろう。初めての経験に形容し難い感情が、彼の中で一人渦巻く。


 そんなデレピグレオの感情を無視して、リデスカーザがゆっくりと彼に近づき膝を落とす。

 そして二人の距離が約一歩分まで来たかと思えば、リデスカーザの腕がデレピグレオの胸倉を掴みかかり、残されていたはずの距離を消失させた。


 強引に押し付けられたのは柔な唇。

 デレピグレオは自分の身に何が起きているか理解出来ず、ただ目を丸くする。

 ただ口と口を押し付けあうだけの子どものようなキス。だがその時間は永遠かと錯覚させる程甘美にして永く、皮膚を(くすぐ)る鼻息が、現実へと徐々に誘った。

 心臓の音が異様に煩く感じる。



(…………え?)



 ゆっくりと離れていく潤んだ瞳。白い吐息の奥で、紅く染まった女性の頰。

 よく知っているはずなのにまるで知らない彼女の仕草に、つられてデレピグレオの頰も赤くなる。



「えっと……?」

(なんて言えば良いんだ? てか今の何? キスか? いや、キスだよな? 俺が無理矢理奪った? 逆か? え? いや、待て。なんで俺? ……夢?)



 掛ける言葉を探すどころではない。激しく頭の中が混乱する。


 そんな狼狽した男の姿が面白かったのだろう。リデスカーザが小さく笑った。



「デレピグレオ、強い。そしてリデスカーザも強い。女は強い男に惹かれる。だからデレピグレオ、リデスカーザと一緒になる。子を成して、ガリバ族を永遠のものにする」



 そして今度はにかりと満面の笑みでデレピグレオを魅了する。



「…………は⁉︎ 待て待て待て! 少し落ち着け。お前、それがどういう意味か分かっているのか? 俺と子どもをつくるだのどうだの」

「知ってる。惚れた男と女が一緒にいると天から子どもを授かる。そして女の腹から産まれる」

「いや……なんか色々と指摘したいところはあるが、それ以前の問題だ。つまりそれは俺と夫婦としての契りを交わしたいと言っているようなものだぞ⁉︎」



 もちろんデレピグレオとしては外見が理想の女性であるリデスカーザに何か文句がある訳でもないが、些か性急すぎやしないだろうか?

 一体どう転がってそのような結論に至ったというのだろう。



「……デ、デレピグレオは…………その、嫌……なのか?」



 不安げな上目遣いがデレピグレオへと向けられる。



(それ反則だろぉぉぉっ!)



 理想の女性の――それもいじらしい仕草に保護欲を駆り立てられない男がどこにいよう。すぐにでも否定して抱き締めたい欲求が荒波となって彼の心を襲い狂う。


 だがそれでも自制心が働いたのは、族長としての、そしてデレピグレオとして女性の決断に軽い気持ちで乗るべきではないと自らを戒めるのに成功したからだ。

 尤も、別の見方をするなら「女性に恥をかかせるべきではない」と言われてしまうのだろうが、正直なところ現状の整理を第一に行いたいというのが本音の一つであった。



「嫌なわけがない。リデスカーザはその……俺が知る限り最も魅力的な女性だ」



 ストレートな物言いにリデスカーザの頰が重ねて色濃く変化する。



「だが、だからこそ自分をもっと大切にしてほしいと思う。

 俺たちが住んでいる世界はとても狭い。今後外の世界を知る機会も多くなるだろう。その外の世界を知った時、俺なんかよりもよっぽど強く、逞しい男なんて幾らでもいるはずだ。今は比較できる男の数が少ないだけで、外を知った時にはきっと考えも変わってくるぞ」

「いや。そんな事はない。リデスカーザはデレピグレオを認めた。男として、リデスカーザの強き旦那として!」

「なぁっ⁉︎ あーうーっそこまで言われると……流石に照れるな。だがまぁ、そうだな。もしもそれを知って尚、リデスカーザの気持ちが変わらないその時には……俺の方からリデスカーザに求婚したいと思う。だからそれまで少し互いに考える時間を設けないか?」

「……時間をかけてもリデスカーザの考えは変らない」

「分からんさ。まだ俺もリデスカーザも世界を知らないからな。俺程度の男と結婚しなくて良かったと思う日が来るかもしれないぞ?」

「…………」



 納得いかない。そんな目がデレピグレオを射抜く。



「ほ、ほら。俺はこうやってリデスカーザの問いに即答できない臆病者だし、そういう意味では全然強くなんかないだろ?

 それにお前が俺に抱いている気持ちはその……恋心、というんだったか? まだそれかは分からんだろ?」

「いや! リデスカーザ、デレピグレオに惹かれている。お前を想うと胸が熱くなる。これは恋というものだと聞いた。だから間違いない」

「へ? 『聞いた』って……誰から?」

「ガリバ族全員に」



 だから間違いない。そう念を押すかのようにグイッと顔を近づける。



(……あの時のグッジョブサインはそういう事かあぁぁぁぁ⁉︎)



 ここへ来る道中の住民達の生暖かい視線や、側近達のジェスチャーの意味をようやく理解する。見学に来なかったのもリデスカーザが告白する邪魔とならないよう気を遣っての事だったのだろう。



「な、なるほど。正直俺としてはリデスカーザが伴侶となってくれる事は凄く嬉しいし、願ってもない事なんだがーーひとつだけ教えてくれ。

 いつから俺の事を異性として見るようになったんだ? つい先日まで明らかに敵意剥き出しだっただろ?」

「この気持ちに気づいたのは昼間、デレピグレオの家だ」

「……へ? あんとき? 別に何もなかっただろ?」

「リデスカーザがデレピグレオに斬りかかろうとした時、デレピグレオが放った殺気。あの雄々しく猛々しい力の奔流に魅入られた」

(……あの時かよっ⁉︎)



 思い出したかのようにポッと顔を赤らめる。一体何度恋する乙女の表情を見せようというのか。



「そして闘争の中、デレピグレオの心の強さにも惹かれてしまった。単純に強いというだけじゃない。フィットマンが話していた男が女を護りたいという気持ちも理解できた。そしてその対象となる女の気持ちも今なら少し分かる。

 身体の痛みなら我慢できる。腕が千切れる。脚がもげる。それでも戦い続ける自信はある。――でも、リデスカーザの内に溢れるこの気持ちだけは我慢出来ない。何故だ? リデスカーザが弱いからなのか?」



 荒くなる息遣い。

 縋るかのような儚げな声。



「いや……それが普通だ。俺が言うのもなんだが、多分それが恋ってやつなんだろ」

「……そうか」



 好いた男に弱いと断言される程、彼女にとって酷なことはないだろう。自分を否定しなかった男の言葉にリデスカーザは安堵する。

 そして今度は弱々しかった目ではなく、どこか強がっているかのような瞳でデレピグレオを見つめた。



「…………?」

「…………」

「…………」

「……………………返事……」

「……あ、あー。そうか。そうだよな」



 恋のいろはも知らないはずの女性に、ここまでされて黙っているなど何て愚かなのだろうか。

 デレピグレオは情けないあまり、激しく自らを叱咤する。

 そして前の世界でも口にする事のなかったようなむず痒い台詞を、彼女の決意の代価として不器用に並べた。



「その……なんだ。じゃあ――俺と(つが)いとなってくれるか?」

「……! ああ!」



 待ち望んだ返事を手に入れて、ようやくリデスカーザは不安から解放される。普段見せる事のなかった弱々しい表情は既にない。初めてみせる全力の笑顔に、デレピグレオの心臓が遅れて何度も飛び跳ねた。



「可愛い過ぎだろ……」

「へ?」

「あ」



 思わず出た本音が、初々しい二人の間にぎこちない空気を生む。



「あーそうだ。仲の良い夫婦は互いを愛称で呼んだりするらしい」

「そ、そうなのか?」

「ああ。だから今後は俺の事を『デオ』と呼んでくれて構わない」

「わ、分かった。ならばデレ――デオはリデスカーザの事を何と呼ぶんだ?」

「え? 俺が決めるのか?」

「愛称で呼ぶという話をしたのはデオ」

「いやまあ確かにそうなんだが、こういうのって相手に呼ばせたい名前を……まあいいか。

 そうだな。リデスカーザだから俺みたいに名前の頭尾をとって『リザ』って呼んでもいいか?」

「リザ……。リデスカーザはリザ。分かった。それがいい」



 何度も自分の名前を確かめるように口にして、満足そうに微笑んだ。

 そこで一旦会話が途切れた。

 急激に縮めた互いの距離間をお互いに掴めていないのだろう。沈黙が続くにつれて、次に唇を開く難易度が徐々に上がっていく。



「……じゃあリザ、そろそろ戻るか」

「ああ。分かった」



 素直だ。

 普段なら憎まれ口の一つでも叩かれたのだろうが、棘が丸くなったということなのだろうか。ほんとある意味生一本な性格を愛らしく思う。

 髑髏を模った仮面を装着し直して、機嫌良さそうにデレピグレオの後をぴたりとくっついて行く。







「……おぉ、ご両人。意外と早かったじゃねえか」



 そう言って二人を出迎えたのは、冷やかす気満々に下卑た笑みを浮かべるプティッチをはじめとする側近達の姿であった。



「んで、結果はどうだったんだ?」

「デオの勝ち。リデスカーザの敗け」

「そっちの結果は分かってるっつーの。そうじゃなくてあっちの方だよ。……てか、ん? 今何かお(かしら)の事をいつもと違う呼び方をしなかったか?」



 短い言葉の中にあった異変を、プティッチの鋭い嗅覚は見逃さなかった。にやにやと揶揄(やゆ)する気満々の笑みが憎たらしく感じたのだろう。リデスカーザも初めて感じる屈辱とも羞恥とも思える感情に、ぐぐっと表情を歪める。そしてそれを見たデレピグレオが庇うようにして前に出た。



「まあ、そうだな。お前達には先に言っておくが俺とリザは夫婦の契りを結ぶ事になった。……と言ってもお前らはどうやら予想――というより、そっちへ持っていこうとしていたのだろうからリザの反応で分かったとは思うが」



 ぽんぽんとリザの頭に手を置く。



「はて? 何の事かは存じ上げないがそれは実に喜ばしい事だな。おめでとう族長殿、そして花嫁殿」

「お、おめでとうございます! (にぃ)様、(ねぇ)様!」

「をで…………っご」

「ああ、ありがとう。みんな」

「ちぇ。揶揄(からか)い甲斐のねぇ」

「ご期待に添えずすまないな。残念なことに俺はそんな可愛らしい男じゃない。それと、リザはもう俺の女なんだ。適度に(スキンシップとして)弄るのは構わんが、あまり苛めるんじゃないぞ?」

「わぁーってるよ。……って、オイオイ……」

「これはまた……珍しいものが見れたな」

「はわわ。(ねぇ)様、顔真っ赤!」

「ごぉ……らぬ?」

「それじゃ弄ってくれって言ってるようなものだぞ?」

「う、うるさい!」



 恋する乙女とはここまで人を変えるものなのだろうか。茹で蛸の様に仕上がった顔は、そこに居た全員に新鮮なものを感じさせる。


 デレピグレオに至っては、何度も目の当たりにしたというのに今すぐにでも彼女を抱き締めたい気持ちでいっぱいちなる。もちろん仮初めとはいえ、彼らに見せている外面を崩すへまは起こさない。

 コホンと咳払いをして昂ぶる気持ちを抑制すると、一度皆をデレピグレオの天幕へと先導した。


 幕を潜るとオウルが「おかえり」と首を嬉しそうに左右に揺らして出迎えてくれた。

 デレピグレオはオウルを優しく撫でると、持ち出した金剛石の槌(ダイヤモンドハンマー)をオウルに預ける。言わずとも主人の意向を察したオウルは、己が財宝保管庫(インベントリー)の中へと収納する為、パッと何のエフェクトもなく一メートル級の武器を消失させる。



「それで――早速だがフィットマン。首尾はどうだ?」

「ああ。住民全員には族長殿の意向を伝えてある。皆も特に反論はない。勿論俺たちもな」

「そいつは重畳。ならこれから情報収集の為の具体的な案を話し合いたいと思う。皆、適当に座ってくれ」



 と言っても族長たるデレピグレオが初めに着席せねば皆気遣ってしまうだろう。すぐに座ろうとしない皆の様子を見て、デレピグレオがまず玉座へと腰掛けた。それに合わせて側近達が順に床へと腰を下ろす。



「まず初めに、俺が今から話すのは俺の中で考えた草案でしかない。何か意見があったり、より良い提案のある者は遠慮せずに話してくれ」



 その言葉に皆が同意を示すように頷くのを確認し、デレピグレオは話し始めた。



「まずはそれぞれの役割に応じてチームに分けようと思う。まずは金樹海を探索するチーム。このチームの役割は金樹海の転移効果が有効になっているかどうかを確認する事と、金樹海にいる獣の狩りや果実等の食料調達だ。食糧庫にはまだ蓄えはあるが、備えあれば憂いなしというやつだな。ただ大人数だと動き辛いので、五、六人程度の少人数のグループとなって行動してもらう。

 そしてそれぞれのグループのリーダーとして、リザ、プティッチ、クルティがついてくれ」

「分かった」

「が、がんばります!」

「あいよ」

「三人には金樹海探索に必須となる『帰還の腕輪』と『仲間の印(パーティシンボル)』を渡しておく。オウル、三人に配っていってくれ」



 オウルは主人の命令に従い、三人の前にそれぞれアイテムを落としていく。

 三人の手の平に収まったのは銀の腕輪と、何の変哲もなさそうな木製のスタンプであった。よく見ると三人とも違う印で、リデスカーザのものは『❤︎』 プティッチは『♣︎』 クルティのものには『♦︎』がそれぞれ刻まれていた。



「知っているとは思うが『仲間の印(パーティシンボル)』の効果時間は三時間。定期的にスタンプを上書きするのを忘れないように。金樹海で山狩りなんて御免だからな」



 プティッチが肩を竦めるが、それはヘマをする訳がないだろうという気持ちの表れかもしれない。

 確かに見た目はどうあれ一流の戦士達に対して過保護過ぎたなと小さく笑った。



「次に周辺国の捜索チーム。これは俺とヌッヌウの二人でで行おうと思う。実は一度だけ『転移の腕輪』を発動しようとしたんだが、どういうわけか腕輪の効果が発揮されなかった。予想されるのは、現在金樹海の外は俺の知っている世界ではないという可能性だ。ヒューマンは頻繁に戦争を起こすからな。俺の知っている街が滅んでいるのかもしれない」



 なんて言ってみるが、おそらく原因は他にもあるだろうとデレピグレオは睨んでいた。

 いくら金樹海に引き篭もっていたとはいえ、デレピグレオは【2nd real】のサービスが始まる頃からプレイしている最古参のプレイヤーだ。渡り渡った村街は多く、転移の腕輪を使う時は優に百にも届こうかとするリストが存在していた。それら全てが滅んだとは到底思えない。

 ならばその転移先が存在しないとは別の理由が起因している可能性が高い。そこで考えられたのはこの世界に降り立ってからはまだ未踏の地であるからなのではという可能性。

 これならば一考の価値があるだろう。


 ゲーム時であればリストから選択するだけで良かったが、こっちでは転移先をイメージしなければ使用出来ないとすると腕輪の効果が発揮されないのにも納得がいく。

 ならば今後の不便をなくす意味でも、デレピグレオ自身が外の世界に出向くのは至極当然の選択であった。



「なら金樹海の外まで出るにはどうするんだ? まさか歩いて行くわけにもいくまい」

「それは大丈夫だ。金樹海から脱出する為の消費アイテムがあるからそれを使おうと思う」

「なるほど。それならば問題ないだろうな」

「ああ。それと一応念の為だ。ヌッヌウ、転移魔法で外の世界へ転移できるか試してくれ」



 そこで全員の視線がヌッヌウへと向けられる。


 本来であればプリミティブに魔法を使う才はない。だがNPC限定でプリミティブとしての能力をいくつか失う代わりに、魔法を修める事のできる超高価な課金アイテムが存在した。それを使用したのがヌッヌウである。


 ヌッヌウが魔法を行使する代償として失ったものは〈狂化〉のスキルとプリミティブとしての成長補正。そのせいで成長限界にいるにも関わらず、ヌッヌウは側近の中で純粋な能力値だけ見れば何段も劣る。だが魔法が使用できる分、戦闘面では引けを取ることはないだろう。


 ちなみに彼の見た目である片眼と腕の一本、そして喉に受けたダメージに関しては、実のところ元からだ。

 単純に(いずみ)宗吾(そうご)がそのように設定しただけに他ならない。



(だってそういう背景があった方が格好良いし……)



 だが直接彼を目の当たりにすると、どうしても負い目を感じてしまうのは仕方のない事だろう。いつしかこの世界で損失した彼の部位を回復――というよりも創造という表現が正しいのだろうが――する手段が見つかったのならば、優先してそれに取り組む事を一人胸の内で誓った。



「ニュメ…………ず」

「やっぱダメだったか」



 予想通りとは言え、残念と肩を落とす。

 というのもヌッヌウは側近達の中で最も新しく生まれたNPC。つまり金樹海に引き篭もる頃に作成したキャラクターである。

 当然、彼が外の世界を見て回った事はない。転移出来なくとも当然だった。



「だが俺とヌッヌウが金樹海の外を確認できれば、今後は転移を可能とする者が二人になるということ。それだけでも利点はあるし、何よりどちらか一方が危機的状況に陥った場合、最悪一人を残してでも帰還が可能だ」

「まあお(かしら)の力を考えるにそんな状況に陥る事はないだろうけどよ」

「いや、世界は広い。ヒューマン相手ならともかく、オートマタが出現した時には回れ右、だ。最悪の可能性は常に考えておくべきだろう。だからヌッヌウもそんな万が一が起こった時には迷う事なく帰還しろ。いいな? これは族長命令だ」

「ロォだんだァ、ドァールぅ……」

「そりゃお前の気持ちも嬉しく思うが……少なくとも今回ばかりは約束してくれ」

「ザァぁ……」



 捨てられた犬のような目で訴えかけてくるが、こればかりはデレピグレオも決断を曲げるわけにはいかない。

 どちらか一方が残る場合、生き残れる確率が高いのはやはりデレピグレオだ。少し前であれば様々な魔法を習得しているヌッヌウの方がとも思ったが、リデスカーザの一戦で大幅に強化されたスキルを確認済みだ。間違いなく現状生存率が高いのはデレピグレオだろう。


 それにデレピグレオは幾多ものアイテムを所持している。それらを使用すれば例えオートマタ複数に囲まれた状況下であっても逃げ切れる確率は高いはずだ。


 その確信から、己が身を顧みない忠義を示してくれるヌッヌウには悪いが――とその好意に反対した。



「あと残るはフィットマン。お前には居残りチームとして万が一に備えてもらいたい」



 ぶっちゃけ、デレピグレオを除いて知能の低いプリミティブをまともに指揮出来るのはフィットマンだけだ。

 それ以外は冷静な判断も出来ず暴走するのが目に見えている。それはガリバ族最強のリデスカーザをもってしても同じ事。

 戦闘面では信頼できても、こういった管理能力については疑問が残ってしまう。


 そしてフィットマンはNPC唯一ガリバ族の知能限界をアイテムや装備によって突破した側近だ。その値はヒューマンの賢者と呼ばれるであろう相手にも引けを取らない。故に族長補佐や外交官という役職に就いていた。もちろんこれは(いずみ)宗吾(そうご)が彼の世界観を満たす為だけに作った設定に過ぎないのだが。



「了解した。……と言ってもそれだけでは少し暇になるな。他にもやる事があるんだろ?」

「勿論だ。家畜の世話に畑仕事、居残る住民への戦闘訓練。集落の警備体制の確認やその他環境整備。……雑務ばかりですまないが俺が不在の間はフィットマンを族長代理に任命する。その権限の下でお前が思うように集落を発展させてくれ」

「おっとっと。そいつは責任重大だな。了解した。任されよう」

「よし。ならば後は細かい伝達事項だけだ。その後、特に意見がないようなら解散して明日に備えよう」


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