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古代文明人の生き残り  作者: 十良之 大示
第3章:リデスカーザの英雄譚
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056:推測憶測

 ガリバ族の朝は早い。

 馬鹿でかい鶏の鳴き声が必ず定時に金樹海全域へと鳴り響く。一々煩いので、ガリバ族全員を動員し鶏狩りに赴いた事もあったのだが、残念ながら目標は発見できず終い。一体どこで鳴いているのかと首を傾げたのは、まだ記憶に新しい。しかし慣れればそう問題にもならなかった。むしろ急に朝の知らせが途絶えてしまうと、今なら逆に戸惑う可能性大である。


「そうか。もう朝か……」


 デレピグレオは三つ編み上に結んだ自身の顎鬚を弄りながら、ここからでは見ることのできない天幕の外へと思いを向ける。

 これでもう丸二日眠っていない。

 元々デレピグレオの目元には大きな隈があるが、今日ばかりは睡眠不足も祟っているのだろう。いつもと少し雰囲気が違って見えた。主に不健康そうな意味合いが強くなっている気がする。

 デレピグレオを気遣ってか、同じくデレピグレオの天幕の中に待機していたフィットマンが言葉をかける。


「族長殿。今日は俺たちに任せてもう休んだらどうだ?」

「いや、そういう訳にはいかん。元はと言えば俺がリザに伝達するのを忘れていたことが原因だ」


 デレピグレオは自身の愚かさを悔いながらそう答えた。

 そう、元を辿ればデレピグレオがリデスカーザに外で活動するという予定を告げていなかった事が原因なのだ。とは言っても、あくまでそれは根っこの部分で、その芽を引き抜いてしまった要因は別にある。その問題の発端である男が、肩身狭そうに自身の巨体を縮こめながら申し訳なさそうに口を開く。


「本当にすまねえ、おかしら。まさかこんな事になるたぁ思ってもいなかったんだ」


 ボーボーに生え伸ばした手入れされていない髭を弄りながら、巨体の男――プティッチが目を伏せる。


「全く……。戦士長殿も短絡的すぎるが、お前もいい加減揶揄うのを自重したらどうだ?」


 ガリバ族の族長であるデレピグレオに代わって、フィットマンが呆れながら続けた。


「大体、お前には族長殿からちゃんと連絡が来ていたんだろう? それを何故勝手な憶測を入れて戦士丁殿に吹き込んだんだ?」

「だってよぅ、その方が面白くなるかな~って……」


 まるで反省していないかのような言動に、フィットマンはまた大きくため息を吐き出した。


「あのなあ――」

「あ、あの! そんな事よりもねえ様を見つけることの方が先決です!」


 ヒートアップしそうになった二人の会話を、可愛らしい声が宥めに入る。ガリバ族の幹部の中で最も幼い少女、クルティだ。兎を模した毛皮の帽子耳を不安げに垂らし、勢い良く介入したはずの表情が静まる空気に耐えかねて恐る恐ると瞳を潤す。


「……よね?」


 そんなオドオドした上目遣いが周りの大人たちの心に直接訴えかける。健気に説得しようとする少女の姿に、大人たちは顔を見合わせた後、皆一様に息を漏らした。


「すまないな、クルティ。気を遣わせてしまって」

「あー、悪かった。確かにあの猪女を見つけることが先決だな」

「は、はい!」

「それはそうと族長殿、『風雅の音色エレガンス・ベル』は使用したんだよな?」

「ああ。もしまだ金樹海の中にいるとすれば集落の方角ぐらいは分かっているはずだ」

「戦士長殿の足の速さを考えれば、転移が起ころうとも運が良ければここへ戻ってこれる可能性はある。しかし丸一日以上反応が無いところをみると、未だ金樹海の中を彷徨っているか――すぐには戻ってこれない場所にいる可能性が高いな」

「おいおい。アイテムも無しに金樹海の外に出たってのか? ここに到達するのも至難の技だが、外に出るってのも同じぐらい難しいだろ? いや、おかしらのアイテムで集落の方角が分かっている以上、ここに戻るより外に出る方がむしろ難しいんじゃねえか?」


 プティッチの言葉に皆が「うーん」と唸る。

 デレピグレオがこの中心、つまりは金樹海山頂に集落を築き上げる以前は、広大である以外に何もないフィールドでしかなかった。あるのは完全無周期の無作為ランダム転移という特殊な環境であるという事だけ。その為、金樹海全域を探索するには転移を阻害させる消費アイテムを所持したり、いつでも金樹海の外に脱出できるようなアイテムの所持が必須となる。しかもそのアイテムは課金でしか入手不可能で、もっと言えば金樹海全域を探索したところで、財宝が眠っているわけでも特殊なアイテムが褒美として貰えるわけでもない。つまりはただ転移するだけの場所でしかないのだ。このプレイヤー泣かせの仕様からプレイヤーからは『課金山』と蔑称されている。

 しかしながら、専用アイテムを所持していなくとも金樹海の外に出る方法は二つだけある。

 まず一つは所謂『死に戻り』というもの。いずみ 宗吾そうごの知るゲームだった頃の世界では、プレイヤーが死んだ場合、祭壇と呼ばれる場所で復活する事になる。これならばアイテムを所持していなくとも金樹海の外に出ることが可能だ。


(だがリザはあくまでも俺が創ったNPC。プレイヤーと同様に祭壇で復活可能とは考えにくい。というか俺自身この世界で復活なんて出来るかどうか怪しいものだ。こればっかりは怖くて検証のしようもないからな……。それに金樹海に生息する野生の敵エネミーのレベルは最高でも60。リザが負けるなんてことは考えにくい。だとするとあり得るのは二つ目の可能性か)


 デレピグレオは自分の中で考えをまとめ、皆に告げる。


「……いや、確かにアイテム無しで金樹海の外に出るのは難しいが、別に不可能というわけじゃない。運良く金樹海の出入口付近に転移して脱出することが出来た者もいるからな」

「うむ。それに戦士長殿のことだ。未だ金樹海の中にいるならば木を大量に切り倒すなり、大声を出すなりして俺たちに気付かせる行動を取るだろう。だがヌッヌウ率いる捜索係の報告ではそのような事は起こっていない」

「ならやっぱ金樹海の外に出たってことか。なら行き先に先回りしとかねえといけないんじゃねえか?」

「そこについては対応済みだ。王国にも森林国にも頼んである」

「うむ。あとは報告待ちだ」

「じゃあよう、別にそんな深刻に考えなくてもいいんじゃねえのか?」

「……にしては報告が遅すぎるんだよ。仮に金樹海の外に無事出ているのであれば、既に誰かに接触していてもおかしくない程には時間も経過している」

「それに『風雅の音色エレガンス・ベル』の反応も無いのも不思議だ。あの戦士長殿であれば、族長殿が集落に戻っていると知れば再度金樹海の中へ踏み入ってもおかしくないだろう?」

「……そりゃそうだな」


 考えれば考えるほどリデスカーザの行方が遠のいていく。交し合う推測に三人は頭を悩ませた。

 唸る三人の空気に生まれた一瞬の沈黙。そこにクルティがおずおずと小さく手を上げた。


「あ、あの……」

「ん? どうした、クルティ」

「『風雅の音色エレガンス・ベル』の反応が無いことに関してなんですけど……ねえ様が寝ているとか、気絶しちゃってるとかいう可能性はないんでしょうか?」


 クルティの推測はまた三者の口を閉ざさせる。

 そしてようやく思考が切り替わってみせた反応が、「いやいや、ねえだろ」というものだった。


「……確かに睡眠中であればその可能性は考慮すべきだが、あれは一定期間ごとに何度も使用している。時間を考慮するに起きているはずだ」

「だな。それにあの暴力女が気絶するなんざ想像できねえ。この金樹海にあの暴力女を脅かすような存在はいねえしな。おかしらが言ってたオートマタが接触してきたってんなら話は別だろうがよぉ」


 プティッチの発言にデレピグレオの表情が曇っていく。

 それなのだ。デレピグレオの唯一の不安というのが。

 おそらくこの世界であればリデスカーザは間違いなく強者の部類に入る。おそらく彼女に勝てる存在を探す方が難しい程に。だが先日デレピグレオが戦った相手は、ゲームだった頃のオートマタよりもずっと強力な武器を所持した進化型だった。デレピグレオは持ち前の古代エンシェントスキルがあったから何とかなったものの、油断して受けてしまった攻撃は、この世界に降り立って一番無視できないダメージだった。

 リデスカーザの実力は信頼しているが、あのレベルのオートマタと戦った場合、戦闘の素人であるいずみ 宗吾そうごにその判断はし兼ねる。

 だからこそ徹夜で事に当たっているというのに――またデレピグレオの心に不安が押し寄せる。


「馬鹿……」


 横で呟かれたフィットマンの一言に、プティッチが慌てて言葉を付け足した。


「ま、まあ、あの暴力女がおかしら以外に負けるなんざ考えられねえし大丈夫だろ! もしかすると案外クルティの言う通り、急に出てきた虫とかに驚いて気絶してるだけかもしれねえからな! ガハハハハ!」

「で、ですです」

「だろ? なあ、おかしら。あの猪女に怖いものとか弱点とかねえのか?」

「弱点? そんなの別に――」


 と言いかけたところで、デレピグレオの脳に直接、ストンと何かが落ちてくる。それはみるみるデレピグレオの瞳に活気を取り戻させて――


「――いや、待てよ。そういえば――」



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