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古代文明人の生き残り  作者: 十良之 大示
第3章:リデスカーザの英雄譚
56/58

055:嘘

「が、っ……ぼッ……っ」



 苦しみに喘ぐ声。それはその場にいた誰よりも高い地点から落とされる。声の主の正体はリデスカーザの前に立ちはだかった口の悪い男だ。しかし今現在、彼は罵倒の言葉すら出せぬ状態にあった。口元からは唾液が垂れているが、それを拭う余裕もありはしない。男の両腕はその元凶である襟元、自分の体を持ち上げるリデスカーザの片手を取り払おうと必死になっていた。



「『いい加減にしないと』――なんだ? リデスカーザと戦うのか?」



 リデスカーザはつまらなさそうな口調で、さらに男を高く吊り上げる。


 ヒューは未だに目の前の光景が理解できずにいた。確かに女性としては筋肉があるし、戦士とも自分で言っていた気もするが、まさか成人男性を片手一本で軽々と持ち上げるような腕力を備えているとは誰が信じられようか。

 今こうして両目にそれを映していても、まだ幻でも見ているのではと自身の(まなこ)を疑ってしまう。

 だが苦悶の表情でもがく男の声が、ヒューを含め、その場に居た全員に現実であると気付かせる。



「はなっ、…………ぜ……っ!」

「……は! お、女! 今すぐその手を離せ!」

「…………」

「ひっ!」



 ようやく反応した仲間の男も、リデスカーザの目を見た瞬間に萎縮してしまう。誰かが唾を飲む音がハッキリと聞こえた。

 リデスカーザは何も答える事なく、パッとその手を放す。



「がはっ、ごほっ、ごほっ!」



 地面に落とされた男はその場で(うずくま)り、必死に呼吸を取り戻さんと体を揺らす。あと数秒でも解放されるのが遅ければ意識を失っていたかもしれない。最悪なら死んでいただろう。徐々に息を整える中、冷静にその可能性を悟った男の体温は急激に冷え始める。そんな男の体温を調節する様に、ようやく他の男たちも蹲る彼の元へと駆け寄った。


 リデスカーザはもはやその男たちに一瞥くれることもなく、見張り小屋の中へと歩を進める。

 そして数秒経って、リデスカーザに立ちはだかった男がようやく呼吸を完全に取り戻したタイミングで、再び彼女が小屋の中から姿を現した。その手にはヒューも見覚えのある壺――討伐隊に持っていかれたはずの、ヒューが作った三本触角魚の壺漬けであった。

 訳がわからず困惑してしまう。



「これ、お前が作ったやつだろ?」

「え、何故それがここに? それはぼくが討伐隊の方々に渡したはずの食糧では……?」

「知らん。そこの奴らに聞け」



 リデスカーザはその壺をヒューに押し付けた後、小屋の中から更に麻袋をいくつか取り出した。乱雑に地面に放った為、数個、袋の口から何かがゴロゴロとヒューの足下へと転がってくる。それらも同様に見覚えのある形をしていた。ヒューはその内一つを拾い上げる。



「それに砂利芋、緑棘株まで……。何で討伐隊の方達に渡した物をあなた方が所有しているのですか?」

「そ、それは国から支給されたものだ。お前たちのとは関係ない」

「同じ袋がまだ数袋中にある。たった六人に支給される量としては多過ぎるな。その壺も中にまだ三個あったぞ」



 リデスカーザが中の様子を確認しながら付け加えるように言った。



「う……」

「それにさっきも言った様に、この壺漬けはぼくのオリジナル料理。しかも討伐隊に渡した数と一致します。一体どういう事ですか? もしかして……」



 念の為、考え得る可能性を脳内で模索する。


 討伐隊が彼らに食糧を預けている可能性――先程自分たちの口から国の支給品であると話している。無い。

 彼らが討伐隊からくすねた可能性――皆無。

 その他の可能性――どれだけ彼らに都合の良い方に解釈しようとも、説明の付かない点が多過ぎる。



(だとするとやっぱり……)



 ヒューの中で考えないようにしていた疑惑が徐々に確信へと向かう。



「“砂漠の主”なんて、本当は存在していなかったのでは?」



 ヒューの言葉に見張りの男たちの目がハッキリとブレる。それが答えだった。ヒューの表情が見る見る険しくなっていく。



「そうですか。……はは。どこまで腐ってるんだ、あの男は……っ!」



 温厚そうに見えるヒューの口からドス黒い感情が漏れ伝わる。



「リデスカーザには分からんが、とにかくこれはやっぱりお前が作ったものなんだな?」

「……ええ。とりあえず話は村に戻ってからにしましょう。先にぼくたちの食糧を村に運び戻さないといけません」

「ま、待て!」

「……何でしょうか?」

「こ、これを渡す訳にはいかん!」



 もはや大義名分の後ろ盾もない男の台詞に、ヒューの心が揺さぶられることはない。むしろ虚飾にまみれた男たちに対し、明らかな怒りが灯り始める。ヒューはゴミを見る様な冷たい目で男たちを見た。



「何故ですか? これは元々ぼくたちの村の物です。“砂漠の主”を退治するという言葉が嘘だった以上、あなた方の役目も嘘――いえ、()()()()()()という意味では嘘とは言えませんが……もはやあなた達の物ではないはずです」

「くそっ! ならば……!」



 見張りの男達が腰に携えていた短剣を抜くや否や二人を取り囲む。少し前までのヒューなら酷く狼狽えていたに違いない。だが思惑を知ったヒューが動じる事はもはやなかった。冷ややかに男達の様子を窺う。



()くなる上は――!」

「『斯くなる上は』――何ですか?」



 ぴしゃりと男の言葉に被せ、遮る。



「ぼくたちを殺してみますか? ……出来ませんよね? だってこんな回りくどい方法でぼくを追い込もうとしているんですから。きっとあの男は無様なぼくの顔を眺めたいはず。だからこうしてじわじわと追い詰めるような真似をしていたのでしょう?」



 ヒューは確信を持って言葉を並べる。

 男たちの反応がその証明だと言っても良いだろう。言葉を詰まらせる男たちから視線を外し、その隙間をあっさりと通り抜ける。そしてふと立ち止まったかと思えば、少しだけ首を回して男たちに告げた。



「そうだ。あの男に伝えておいてください。近々会いに行く、と」



 それだけ残すと、ヒューは壺と麻袋を持って村の中心へと向かって再び歩き始めた。リデスカーザもその後に続く。



「……よく分からんが、あいつらはお前たちを騙していたんだろ? 叩きのめさなくていいのか?」

「ええ、構いません。……どうせ彼らの末路は決まっていますから」




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