053:タロス村の現状
ヒューさんの感情・背景が読み取り難いと思いますが、次話にて判明致します故あしからず。
「ではひとまず何か食べる物を持ってきますね」
栄養補給は大事ですからと口にしながらヒューは出入り口に掛けられた暖簾に手を伸ばす。何せリデスカーザは少なくとも二日間は目を覚ましていなかった。しかしそれもヒューが彼女を発見してからの日数に過ぎない為、もしかするとそれ以上の間、何も口にしていない可能性だって有り得る。
見る限り痩せ細った感じはなく、むしろ自分よりも引き締まった良い体格をしている為、すぐにどうこうなる事はないだろうが、やはり先程の様子を見る限りは体力の減少は著しい。あまり無理をさせるわけにもいかないだろう。
だが暖簾を潜るより早く、ヒューは背後から呼び止められてしまう。
「……リデスカーザも行く」
「え、ですがその体では――」
「リデスカーザは戦士だ。それぐらい問題ない」
リデスカーザがはっきりと断言する。その強い瞳に「これ以上口出しするな」と言われた気がした。
「……分かりました。では一緒に行きましょう」
それだけ告げるとヒューはようやく暖簾を潜り、リデスカーザもその後を追う。
砂漠国ゴルゴンの中でも海岸部に位置するタロスだが、あまり住み易い環境とは言い難い。
その例として挙げられるのが、まず一つ目に地盤の緩さだ。これは砂漠国の中では悩みの種として殆どの地域で共通する案件なのだが、ここタロスでは特に酷い。
これはやはり海が近い事が原因だろう。潮風に煽られる為、建造物の寿命は短く、また時には津波が村全体を襲う事だってある。その為、家は干し煉瓦を粘土で塗り固めたような簡素なものしか無く、当然だが雨風を凌ぐような窓やドアも在りはしない。他国と違い季節の変化が激しい訳ではないが、昼夜の気温差は大きく、特に夜間は身を寄せ合わなければ凍えてしまう程に寒い。残念ながら国全体木々が育ちにくい環境下にある為、焚き火を囲む事様な贅沢も中々出来はしない。そもそも焚き火に使う為の薪自体、他国の輸入品しか殆ど出回らない上に需要が高く、富裕層にしか購入出来ない様な価格帯につき、タロスに住まう村人に手が出る物でもないのだ。
そして二つ目。これは良く勘違いされるのだが、海沿いに住む利点としては海の幸を得る機会が多いのではと思われがちだが、実際のところそうではない。
そもそも先に挙げたように、木材で造られる舟を用意する事自体が村人には難しく、タロスでも漁師の真似事をしているのはヒューだけしかいない。
では何故ヒューは村人が入手不可能とも言える舟を所有しているのか。実はその舟、砂漠国ゴルゴンの現国王であるライズ・ゴルゴンに下賜された物なのだ。しかしヒューの胸中は穏やかではなかった。家を出てすぐの場所に停船してある舟を見て、ヒューの表情がみるみる曇っていく。
「どうした?」
「あ、いえ。なんでもありません。さあ行きましょう」
あまり見られたくない表情を見られなかった事に安堵しながら、いかんいかんと首を振って再び歩き出す。
ヒューが向かっている先は村人が共同利用する炊事場だ。これも海沿いに用意されている。と言っても屋根もない完全なオープンスペースで、用意されている物といえば潮風で痛んだ大きめの長机に、石で作られた椅子がいくつかあるだけだ。一応鍋や飯盒を掛ける場所は一箇所だけ設けられているのだが、肝心の火を生む助け木が無い為、殆ど使われた事はない。なのにそれが置いてあるのは、温かいご飯が食べたいという小さな村人達の願いが込められているのだろう。
その想いを理解しているが故に、ヒューはそれを見る度に胸が痛くなる。
だがそんな事、後ろにいる彼女には関係のない事だ。
ヒューは笑顔を作って振り返る。
「こんな場所で申し訳ないですが、少しここで座って待っていてください。と言ってもそんなに大した物も出せないんですけどね」
「構わん」
一番近くの椅子に着席したリデスカーザを見て、ヒューは早速作業に取り掛かる。向かったのはすぐ近くにある自分の家。別段他の家と大きさも造りも変わったところはない。勿論内観も殆ど同じで、先程の空き家と異なる点と言えば様々な形のした壺がいくつも置かれているという事ぐらいだ。
ヒューはその中から少し背の高い壺を持ち上げると、先程の長机の上に置き、併せて持ってきた皿をリデスカーザの前に並べた。そして壺の中に手を突っ込んで掴んだそれをサッと皿の上に盛り付ける。
(あ、しまった! そういえば他国では素手で料理を掴む風習が無かったと聞いたような――)
「……これは何だ?」
だがリデスカーザは特に気にした様子も無く、ヒュー同様に何の抵抗もなくそれを掴む。
ヒューは杞憂に終わった不安にホッと息を吐くと、彼女の問いに答える。
「それはぼくが作った三本触角魚の壺漬けです。少し味付けは濃いかもしれませんが、保存食としても有用なので基本的に漁で獲れた魚はこの壺漬けにしてるんです」
「ふーん?」
くんくん、と鼻に近づけて臭いを確かめた後、リデスカーザは躊躇なく一口で放り込む。
「……悪くはないな」
「それは良かった。少し好き嫌いの分かれる味ですので」
そう喋っている内に、リデスカーザの皿の上があっという間に平らになる。
「もう無いのか?」
ペロリと完食したリデスカーザが物足りそうにヒューへと尋ねる。
「すいません。実は最近、漁も不作続きで今日の分はこれだけしか出す事が出来ないんです。ぼくの壺漬けはタロスの村人全員にも配給していますから」
「配給? 他の奴らは自分で食材を集めに行ったりしないのか?」
「……少し前までは緑棘株や砂利芋など育てていたんですけどね」
「何だそれ?」
「水が無くとも育ちやすく、潮風にも強い野菜です」
「そんなのがあるなら何で今は育てていないんだ?」
「厳密には一応今も育てているんです。……ですがつい先日、タロスに派遣され討伐隊に『食糧を補給させろ』と根刮ぎ持っていかれまして、まだ収穫するまでに時間がかかってしまうんです」
「お前らの分まで渡す必要があるのか?」
リデスカーザの疑問も尤もだ。ヒューも理由を知らなければ間違いなくそう考えた。自分たちの先も見据えない馬鹿な行動だと罵ったかもしれない。
だがその責任の半分は自分にも有ったが故に、ヒューは自嘲気味に笑ってしまう。
「……ですよね。リデスカーザさんの仰る通りです」
少し俯向きながらヒューは続けた。
「ですがこれは仕方ない事。何せ王命なのですから」
「王命?」
「はい。砂漠国の現国王、ライズ・ゴルゴンの命令なのです」
「馬鹿かお前ら。王だか何だか知らんが、自分たちに利益のない命令に従う必要なんてどこにある?」
「そういう訳にもいきません。ベルンシュタイン王国などでは王も民も法の下では平等だと耳にした事がありますが、ゴルゴンにおいて王は法の外にいるのです。つまり王の命令には絶対遵守。あの男の反感を買えば最悪死刑の恐れもあります。……それに“砂漠の主”を退治するという大義名分もありますから下手に反論する事も出来ないんです」
ヒューは悔しさに拳を握り締める。
これも全て自身の未熟さが招いた結果なのだ。己の不甲斐無さに心底嫌悪感を抱く。客人の手前、それを顔に出すようなヘマだけはしないよう注意しながら。
だがその僅かに滲み出たヒューの無念を、詳細を知るよしもないはずのリデスカーザが察してみせた。
「お前らが本当にそれで良いならリデスカーザは口出ししない。だがリデスカーザは感じる。お前の目に灯る激しい怒り。本当はそいつに屈服したくないんじゃないのか?」
ヒューの中で一陣の風が吹き抜ける。
他国の者とは言え、一国の王を「そいつ」呼ばわりした女性の肝の太さには瞠目する。万が一にでも今の暴言が王の耳にでも入れば、たちまち厳罰に処せられてしまうだろう。そんな危険性を当人が気付いているのかいないのかは定かではないが、あまりに危険過ぎた行為だ。
だがヒューの心を震わせたのはそんな事ではない。それ以上に、今まで誰にも気付かせた事のない胸の内を言い当てられた事に感動してしまったのだ。
「な、何で……?」
思わず口にしてしまった一言に仮面の女性が首を傾げる。
「何がだ?」
「どうしてぼくの隠してきた感情に気付いたのですか?」
「お前は自分達の王の事を『あの男』と言った。実際に会ったことのある様な言い方だ。あとの理由はさっきも言った」
「たったそれだけで――」
「戦士なら目を見ればそいつの感情ぐらい読み取れる。読み取れない奴の方が変だ」
あまりに共感出来ない返答だった。しかし、表に出す事のなかったヒューの想いを拾い上げてくれた女性の言葉は万感胸に迫る。枯渇したと思っていた目元に潤いが満ちていくのを感じた。
(……ああ、そうか。やっぱりぼくはまだ――)
他人に改めて気付かされた自分の本音に、ヒューは目尻を指で拭いながら心の底から微笑んだ。
「どうした? 何故泣い……笑って? いる?」
「――いえ。リデスカーザさんは凄い方ですね。出会って間もないというのに、まるでぼくの心が透けて見えている」
「うん? お前が何を言っているのかよく分からないんだが?」
「フフ。何でもありません。ようやく自分が今何をすべきなのか見えてきただけです」
「よく分からないが――お前、さっきより良い目をしているぞ」
不思議そうに話す彼女の言葉を聞いて、またヒューは暫く忘れていたはずの笑みを溢した。
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