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古代文明人の生き残り  作者: 十良之 大示
第3章:リデスカーザの英雄譚
53/58

052:漂流

「……んぅん」



 全身に蔓延る倦怠感に苛まされながらリデスカーザが声を漏らす。

 一体いつぶりだろうか。微睡(まどろ)みから覚めるのを良しとせず、未だ双眸を閉じていたいと体が駄々をこねてしまう。訓練で全体力を消耗して寝入ってしまった時の様だ。

 しかしここ最近、それほど激しい運動をした記憶がまるでない。では何故こんなにも全身が気怠(けだる)いのか。曖昧な記憶を無意識のまま辿っていく。

 だがそこに答えは見当たらない。だが代わりとして、彼女の意識を覚醒させる声が耳元で囁かれた。



「あ、気がつきましたか?」

「…………ここは?」



 未だ寝惚けているのか、まるで覇気の無い声を漏らしながらリデスカーザはゆっくりと体を起こす。

 やはり先日の記憶は不鮮明のままだ。自分が何をしていたのかまだ思い出せない。しかし寝起きの頭でも視界に広がる光景だけは見覚えがないと断言出来る。


 何の飾り付けもない部屋。窓も無ければ家具もない。壁は粘土で塗り固められているのか粗さが見られ、尻の下には干し草で編んだ様な簡素なマットが敷かれているだけで、その下からは普通に砂利が散らばる地面そのものであった。


 そして心配そうにリデスカーザの顔を窺う一人の青年。



「良かった。もう丸二日も目を覚まさなかったので心配しましたよ」

「……ッ⁉︎」



 頭にターバンを巻いた青年の優しげな言葉を振り払い、覚醒したリデスカーザが飛び上がる。



「誰だ、お前!」



 驚愕と怒りに任せて声を荒げる。


 ――失態だ。ガリバ族の戦士長ともあろう自分が、まさか共に生きると決めた男以外の前で無防備を晒してしまうとは。いくら意識を失っていたとしても我が身の不甲斐なさに怒りが込み上げてくる。しかもここに至った経緯も未だ理解出来ていないのだから、そのもどかしさといえば堪らない。


 フー、フー、と警戒を露わにしながら、目の前の青年を睨み続ける。



「わわ! お、落ち着いてください。ぼくの名前はヒュー。漁に出ていた時に漂流するあなたを発見しここへ連れてきただけで怪しい者ではないですよ」

「漂流?」



 ヒューと名乗る青年の言葉を繰り返すが、さっぱり事態が飲み込めない。未だ困惑するリデスカーザに、また心配そうな表情が向けられる。



「ええ。覚えていないんですか?」



 覚えてない――そう言いかけて、リデスカーザは記憶を再度読み込む。



(たしか私はデレピグレオを探しに集落を出て、それから――)





 ◆



 後先考えず行動した結果というものは怖いものだ。リデスカーザは金樹海に入って数分後にそこに気付く。


 いつも持ち歩いている大黒猪の骨で作った槍だけは背にしていたが、水・食料といった必要物資を何も携帯していない。いや、そもそも金樹海の中は無作為(ランダム)転移が頻繁に発生する性質上、特殊なアイテムを用いなければ外に出る事は叶わない為、食料を携帯しようが時間の問題。本来であればヌッヌウなどの力を借りて、外に転移させてもらうべきなのだ。


 にも関わらず、アイテムを借りすらせず槍一本で単身金樹海に踏み込むというのは、いくら金樹海の中心に集落をおくガリバ族といえども無謀過ぎる。


 遅れてやってきた転移に、初めてリデスカーザはその後悔に気付かされた。



「…………しまった」



 急に思考が冷静に切り替わる。猪突猛進に動かしていた両脚もピタリと止まった。



「今から戻る……無理、か」



 全く見覚えの風景に、リデスカーザは早々に諦める。そうしている内にまた景色が変わったからだ。



「………………」



 暫くその場に留まり熟考する。

 アイテムはない。仲間に居場所を知らせることも、集落に戻る事も出来ない。水と食料もない。これは転移のタイミングが最悪でなければ何とか金樹海の中で調達出来なくもないが、運にかなり左右されてしまうだろう。

 ならば残された道は一つだけ。

 リデスカーザは意を決して顔を上げる。



「……よし!」



 考えがまとまったところでまた丁度良く風景がパッと移り変わる。

 リデスカーザが取った行動は至って単純であった。

 走る、全力で。ただそれだけだ。


 いつもは狩っている獲物を見かけても今日ばかりは無視だ。脇目も振らず邁進する。

 無周期で発生する転移なぞ知った事ではない。とにかく金樹海の外、あるいは集落に辿り着くまでは両脚を止めるつもりはなかった。

 その決意通りリデスカーザは大地を蹴り、木々の間を縫い駆ける。


 一体どれだけの時間が消費されたのだろうか。空から注がれる明かりもいつの間にか消失し、天気も悪いせいか先は真っ暗。だが夜目の利くリデスカーザにとっては関係の無い事だ。とにかくこの森を突っ切る。それしか頭になかった。


 そしてリデスカーザの呼吸が徐々に荒くなり始めた頃、ようやく大きな変化が突如としてリデスカーザに降り掛かる。

 今宵何度目の転移かは分からない。既に景色が移り変わるのは慣れっこだ。だがその時ばかりは流石のリデスカーザも驚いてしまう。


 突如として広がる視界。全身に感じる開放感。一瞬、金樹海の外にようやく出れたのではと期待が膨らむ。そしてそれは実際に正解であった。ただし、彼女の望んだ形とは残念ながら少々異なる。



「な――」



 思わずリデスカーザは言葉を漏らす。

 開放感がただの浮遊感だったと気付くまでそう時間はかからなかった。

 ――崖だ。視界に映るのは滝が作る長い川の行く末、闇が溶け込んだ広い海。

 そう、金樹海の外に出る事は叶ったのだ。ただし、崖から落ちるという結果を伴って。


 リデスカーザは為す術なく重力に任せて落下する――。



 ◆




 ――リデスカーザはそこでようやく今に振り返る。

 ガリバ族の戦士長ともあろう女性が()()()()などと誰が想像出来ようか。ひた隠しにしてきた知られざる弱点。自身ですら忘れていたというのに無理に思い出した結果、己の内に羞恥心が一気に膨らんでいく。この場に仲間が居なかったのはある意味幸いである。


 とっとと思考を切り替えようと、リデスカーザはヒューに視線を向ける。



「……ここはどこだ?」

「ここはタロス。砂漠国ゴルゴンの最西端にある小さな村です」

「砂漠国?」

「ええ。ご存知ないのですか?」

「知らん。リデスカーザは王国へ行きたい。どこにある?」

「えっと……王国というとベルンシュタイン王国でしょうか?」

「そうだ。リデスカーザはそこに向かわねばならない」



 でなければデレピグレオを追うにも仲間を呼ぼうにも連絡を取る手段がない。

 しかしヒューはあっさりとそれを否定する。



「残念ですがそれは少々難しいかと」

「何故だ! いいから教えろ!」



 感情が高ぶったせいで口調が荒くな――ったわけではなく、元々リデスカーザはこういう口調だ。だがヒューは彼女の性格を知らない為、一瞬ビクッと肩を震わす。



「お、落ち着いてください。ちゃんと話しますから」



 ヒューは一先ず押しとどまったリデスカーザの様子に安堵してから、落ち着いた口調で説明を始める。



「ええと、砂漠国から王国へ向かうルートですが、王国は内陸国ですから基本的には陸路で向かうのが一番の近道です。そして陸路の中でも最も近いのは砂漠国の中心を突っ切るように進むのが手っ取り早いのですが、少々問題がありまして……」

「問題?」

「ええ。実は最近、“砂漠の主”と呼ばれる存在が活発に活動していて、別の町に渡ろうとした者達が毎回多大な被害を受けているそうなのです。その為、移動するにもかなりの危険が伴う為、砂漠国の兵士たちが“砂漠の主”を退治するまでの間は移動を禁じられており……」



 申し訳なさそうにヒューが俯く。だがリデスカーザはキョトンとした様子で、



「ならそいつを退治すれば良いのだろう?」



 そうあっさり口にした。

 これにはヒューも思わず言葉を失う。

 髑髏の仮面で顔を隠している時点で得体は知れなかったが、口にした言葉も正気を疑うようなものだ。百を超える討伐隊が数ヶ月前から行動しているというのに、未だ討伐どころか返り討ちにあっているというという噂を耳にしている。その為、彼女の発言は些か傲慢が過ぎると捉えられてもおかしくない。でなければただの馬鹿だ。


 しかしその強い口調からも読み取れるように、リデスカーザは本気でそれが可能だと確信していた。別に根拠がある訳ではない。ただガリバ族の戦士長としての誇り、そして最強で在りたいという強い意志が彼女にそう確信させる。



「ふ、不可能です! 大勢の討伐隊を動員しても未だ退治出来ない化け物を相手にするなんて! しかもあなたは女性じゃないですか!」

「お前は臆病者だ」

「え?」

「戦いに男も女も、子どもも大人も、戦士も村人も関係ない。あるのは強いか弱いか。そしてリデスカーザは強い。少なくともお前みたいに臆病じゃない」

「そ、それは……」

「それにリデスカーザには敵を殺すための武器が――」



 そう言ってリデスカーザは背中に手を伸ばす。

 ――スカスカ。



「ん?」



 ぽんぽんと今度は床に手を伸ばすが何の感触も得られない。それからぐるりと部屋を見渡す。



「あ、あの……どうかされたのですか?」

「リデスカーザの槍はどこだ?」

「槍? いえ、ぼくがリデスカーザさんを助けた時にはそんな物ありませんでしたが……」

「…………失くした?」



 仮面の奥で黄色の球体が僅かに揺れる。

 ヒューの目から見てもはっきりと分かる動揺だった。


 それもそのはず。何せリデスカーザが携帯する槍の中でも、あれは少々思い入れのある品。それを無くしてしまったというショックは大きい。


 その変化に恐る恐るヒューが声をかける。



「えっと、武器を失くされたのであれば尚更難しいのではないのですか? 討伐隊が“砂漠の主”を退治するまでの間、大人しく待っていても――」

「いや。武器が無くてもリデスカーザは戦える。案内しろ」



 そう言ってリデスカーザは勢い良く立ち上がる――が、すぐにふらりとバランスを崩してしまう。



「いやほら、まだ無理ですって!」



 慌ててヒューがリデスカーザを支える。



「だって丸二日は目を覚まさなかったんですよ? 何も口にしていませんから体力も底をついているんです。そんな状態で――いや、そんな状態でなくとも“砂漠の主”と戦おうなんて無謀過ぎるんですから、せめて今日明日ぐらいはゆっくりしてください」

「う、うるさい!」



 バッとヒューの手を振り払い、リデスカーザは壁にもたれかかる。



「ふぅ。リデスカーザさん。確かにぼくは臆病かもしれませんが、あなたみたいに無謀じゃないし馬鹿でもありません。その状態じゃ長くは持たない事ぐらい、自分が一番良く分かっているんじゃないんですか?」

「ぐ……」

「それでもあなたが砂漠を渡ろうとするのであれば、ぼくはもう何も言いません。ですが案内は謹んでお断りさせていただきます。何せぼくは臆病ですからね」



 (うやうや)と意地悪そうにヒューは頭を下げた。


 もしもガリバ族の方針として「無意味に敵を増やさない」という事が決まっていなければ、ヒューを脅してでも早速行動に移ったに違いない。実際に自分より弱いヒューマンに生意気な態度を取られるのは面白くなかった。だが残念な事に目の前の青年が言っている事も正しい。


 視界はまだ少々ボヤけるし、体も思ったように支える事が出来ない。腹からもぐぅ、と可愛らしい音が奏でていた。


 リデスカーザはグッと堪えて、そして大きな溜め息を吐き出した。



「……分かった。だが二日だ。二日経ったら案内してもらうからな!」

「あまり気は進みませんが分かりました。女性に一人で砂漠を歩かせるわけにもいきませんからね」


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