050:報告
――ザナドゥ帝国領、帝都ザナドゥにある権威の象徴とも言うべき煌びやかな宮廷。帝国全土の財がそこに集結していると言っても過言ではない。
柱の一つとって見ても一目瞭然だ。落ち着きのある文様が細部まで彫り込まれ、光沢が出るまで丁寧に磨き上げられている。その一本の美を追求するのにどれほどの時間と労力、そして財を使用したというのか。一般市民には想像する事も出来ないだろう。おそらく一生に稼げるだけの資金を注ぎ込んだとしても、その柱一本も完成させる事が出来ないのではないのだろうか。そう彼らに突きつけるかの様に宮廷の全てが堂々と聳え立つ。
他国や国民に権威を見せ付けるという意味では、この宮廷を上回る様な場所は大陸全土何処を探しても見つからないだろう。
だがこれだけの代物、当たり前だが完成に至るのも長い年月をかけている。当然、国家予算――ひいては国民から集めた税もここに当てられている為、こういった権威の主張を理解出来ない市民にとっては少なからず不満もあったかもしれない。
だがこれに表立って反対する者は一人としていなかった。
それは何故か。
一つが帝国民の総人口に起因する。
ザナドゥ帝国の領土はリアルアースにおいて最も巨大で、それに比例して人口もかなり多い。つまり人口が多い分、一人当たりの税量が軽いのだ。無論、だからといって人民の為に使われる税が少ないかと問われると答えは否である。
何故なら帝国の特徴の一つは完全なる実力主義社会。より崩して言えば、直向きに邁進し成果を上げる者には恩賞を、努力を怠る様な無能には何一つとして与えられる物など存在せず――つまるところ民のための税は、然るべき者にのみ使われるということだ。
そして何よりも、ザナドゥ帝国において女帝の言葉は絶対である。
彼女こそがザナドゥ帝国の在り方であり、象徴であり、法であり、基盤であり、言葉であり、強さであり、支配者であり――全てである。
この帝国の頂点とも言うべき存在に誰が抗議出来るというのか。
そんな女帝の権威は謁見の間においても存在していた。
その場に普く存在する全ての物は何一つ取っても超が付くほどの一級品。しかしその点だけ見れば他国にも同程度の空間はあるだろう。
だが他国例を見ない、特筆すべき物がそこにはあった。
通常、こういった場においては支配者が鎮座する玉座というものが存在する。王が鎮座するに相応しい煌びやかな玉座。王の威厳をより知らしめる為の立派な物が。
しかしここ帝国においては、その玉座の在り方が普通ではなかった。
玉座と聞くと、普通は一人用の豪華な座具を思い浮かべるはずだ。しかしそこにあったのは三人以上は腰掛けられる様な広いソファの様な造りをしていた。無論、権力の象徴としての機能を失わないように、金細工での装飾は勿論、上張り地も丁寧に鞣されて艶があり、腰掛ければ沈んでいくような柔らかさが見るだけでも伝わってくる。
もはや「座る」というよりも「寝転ぶ」という方が用途として合っているような玉座――と呼ぶべきかどうかは判断しかねるが――だ。
そしてそこに腰掛ける事を許されているのは、この帝国においてたった一人しかいない。
「……なんだいその様は?」
特注の玉座に寝転んだ大柄な女性が息を吐き出す。その場にもくもくと広がる煙は片手に持っているキセルによるものだろう。一体どれだけの量を吸っていたのかは分からないが、この広い室内が曇る程の煙が蔓延していた。
薄っすらと目視出来る女性の姿は前に記した通り大女という言葉が相応しい。と言っても筋肉で構成されている訳ではなく、脂肪によって肥大化した――ではあるが。
その大きな体を紫のドレスで包み、胸元からは大きな谷間が覗かせる。眼の周りは全体的に化粧され、体型さえ整っていれば妖艶と呼ぶ事も出来ただろう。
しかしどれだけ言葉を飾ろうとも、その女性から取れる印象は肥満であった。
だがこの帝国に彼女の外見を馬鹿にする愚か者など一人として存在しない。何故ならばこの女性こそ帝国の頂点、女帝マダム・ベラトリクスなのだから。
そんなマダムの視線の先で首を垂れているのは、彼女に仕える帝国四神の一柱、“玄武”マリアナ・ヴェンデッタである。
「……申し訳ございません。森林国アハムテヘトの侵略に失敗しました」
失った片腕に手を当てながら、マリアナはより深く頭を下げる。無表情ながらも内から溢れる自信が彼女の魅力の一つであったのだが、デレピグレオ達と戦った時のような覇気は一切見られない。
むしろどこか顔は強張って、小さな雫がつぅーと彼女の頬を撫でる。
彼女の内に渦巻くもの――それは恐怖だ。
あの時デレピグレオから感じた未知による恐怖ではなく、マダムの氷の板のような冷たい視線が奏でる純粋な畏れ。
マリアナは自身の声が震えなかった事を内で励ましながら女帝の言葉を待つ。
「失敗しておめおめと逃げ帰ってきたわけかい」
更に煙が室内に充満する。
言葉の端々から苛立ちと失望が感じ取れた。
「……申し訳ございません」
「……まあいいさね。あんたが失敗するぐらいだ。余程の事があったんだろう。報告を聞かせてもらおうか?」
「はい。まず第一目的であるステライドを帝国の管理下に置いた後、第二目的であるアハムテヘトを囲む結界の解除をすべく、番台を二十体率いて森林国へ侵入しました。そこで森林国の王であるアスタ・バレッジ=ズ・アナスタシアを発見したのですが、そこで想定外の邪魔者が介入してきました」
マダムは顎を動かし続けるよう促す。
「型番PF82、個体名フランです」
「……ああ。かなり前に急に信号が消失して行方知れずになったアレか。だがアレが邪魔するってのはどういうことだい?」
「情報が少ない為断言は出来ませんが、おそらくは何者かにプログラムを書き換えられたかと。完全に森林国に与していました」
「ふぅ〜ん? けど今更アレが出張ったところで、お前には敵わないはずじゃないかい?」
「はい。最終的には外部からプログラムを掌握して機能停止に追い込みました。再起動コードも上書きしたので問題なしなったかと」
「それなら失敗の原因は他にあるというわけかい?」
「はい」
その返事にマダムはまた煙と共に深く溜め息を吐き出した。そして暫く両目を閉ざしたかと思えば、少しの間を置いてゆっくりと瞼を広げる。
そこにあったのは冷徹な瞳。マリアナはその瞳を目にした瞬間、突如身体のバランスを崩し、その場に勢い良く倒れこんでしまう。
「……いいかい。あたしゃ今不機嫌なんだ。要点だけをはっきりと喋りな。結局、お前が、失敗した、原因は、何なんだい?」
首すらも動かす事がままならぬ体勢で、マリアナは床に擦り付けた頬を必死に動かす。
「……で、デレピグレオ。ガリバ族の、デレピグレオ。その男に敗北して……しまいました…………!」
そこでようやくマリアナの身体が自由になる。すぐに倒れた体を起こしマダムの前に跪く姿勢へと戻す。
「負けた……? お前が?」
「……はい」
「ガリバ族のデレピグレオ…………。ふぅ〜ん? エルダーの王都侵攻戦の時にもしゃしゃり出てきた部族の長、か」
マダムが記録を読み込みながら煙を吸う。
「第四世代をも退ける力……ヒューマンにしちゃ規格外だね。ちょいと調べる必要有りか」




