048:反撃
「……愚か」
デレピグレオが慌てて距離を取ろうとするが、マリアナは決してそれを許さない。
「あー、くそっ! 離れろっての!」
「嫌。絶対にあなたを休ませない。これで終わらせる」
「あーそうかい。だがこんだけ近いとキミにもリスクが伴うって分かってるのか?」
獲物を狙うような視線がマリアナを突き刺す。野性味を浴びた猛獣よりも悍ましい。幾度と無く目の前の男からこの寒気にも似た重圧を浴びせ続けられなければ、間違いなく臆して引いてしまっていた事だろう。
しかし屈辱とも言うべきその経験がマリアナに次なる一手を授けていた。
「確かにあなたの攻撃も私に届く距離。けど――」
マリアナの腰から何かがぽとりと落ちる。小さな筒状をしているが、それが何かはまだ分からない。
さらに言えばこれが故意に落とした物なのか、偶然落ちた物なのかも分からない。ただ確実に言える事はデレピグレオの視線がそこへと集束したという事。
――それこそマリアナの狙い通りとも知らずに。
マリアナが落とした物の正体は閃光手榴弾。
それは役割を果たすべく、爆音と眩い閃光をもってデレピグレオの視力を一時的に奪いにかかる。
「うがっ⁉︎ くそ、また……ッ⁉︎」
両眼を覆い、デレピグレオが悲鳴を上げる。
「あなたの視力さえ奪ってしまえば、もう反撃も出来なければ攻撃を回避する事も出来ない。とても単純。これであなたの出番はおしまい」
「まずい――っ⁉︎」
デレピグレオが両目から手を離し、咄嗟に防御の姿勢を取ろうとするがもはや無意味だ。
目の前の男からはもはや何の脅威も感じない。
マリアナは今まで通り、目の前の敵を粉砕すべく拳を叩き込む。
「――が、はッ……!」
鍛えられた腹筋が簡単にくの字に折れ曲がり、初めてデレピグレオが苦痛に喘ぐ。
本来であればこの一撃で沈んでもおかしくない。しかしこれまでの情報を集積するに、目の前の男はこれだけでは倒れないとマリアナは確信する。だからこそ手を緩める事はない。
「まだ終わらない」
無防備なデレピグレオの全身に、マリアナが遊びなく拳を繰り出す。
未だ暗闇から脱することの出来ないデレピグレオにこれを防ぐ術は当然ない。一発一発がデレピグレオの体力を大きく奪う。
「ぐッ!」
――打打打打打打打打打打打打打打打打打打!
拳が突き刺さる度にデレピグレオの上半身が大きく揺らぎ、その度に赤い飛沫が四散する。マリアナの顔にも返り血が付着するが、彼女は全く気に留める事もない。
視点はただ一つ。限られた時間で確実に倒しきる。この思いがマリアナの暴力を継続させた。しかしそれでも倒れない男に、再び苛立ちと焦りを感じ始めていた。
「……しぶとい!」
「っ……ハッハ! くそ痛え!」
殴られながらデレピグレオは嗤う。
「――けどそろそろ時間切れだ」
開かれた双眸に真紅の灯火が宿る。
その瞬間、肉体感覚を遮断したはずのマリアナの体温が急激に降下したかのような感覚に見舞われる。
「え……⁉︎」
風貌だけでない。纏う感覚までもがまるで違う。
迸る朔風にマリアナの動きが強制的に制止させられた。
時間にして正に刹那。膨大な時間の流れのその僅かな間に、男の獰猛な殺意がマリアナに牙を剥く。
最初に変化に気付いたのは二人の戦闘を眺めていたアスタであった。アスタは両目に映った光景に思わず言葉を失ってしまう。
アスタの視線は二人の上空にあった。
始めシルエットのみのそれは、すぐに色味を帯びて全容を表す。
それは――細い一本の腕。
誰のものなのかは語るまでもない。しかし一部始終を見ていたアスタにも信じ難い光景であった。
千切り取ったのだ。マリアナの腕を、デレピグレオが。
それも刃物を使用して切断した訳ではない。
速すぎて断言は出来ないが、突き出したデレピグレオの腕が一瞬でマリアナの腕を捥ぎ取り飛ばしたのだ。
アスタのすぐ側にぼとりと落ちたマリアナの腕の断面がそれを物語る。乱暴だ。そしてダクダクと淀みなく溢れる血液と肉身の奥から、マリアナがオートマタである証拠とも言える骨組みが姿を見せる。
遥か後方で落下した自身の腕を確認し、マリアナもようやく自身の身に起きた暴力に気付かされた。痛覚も遮断した弊害――いや、激痛に悩まされずに済んだと思えば幸運とも言える。
失った右腕と転がる右腕を交互に見返し、ようやく言葉を零した。
「嘘……」
あり得ない。そう口にするのは簡単だ。しかし現実に指先に下す命令は既に届かない。ピクリとも動かぬ自身の腕に現実を突きつけられた。
「――さて、終わりだな」
いつの間にか瞳の色が元に戻ったデレピグレオが勝利を確信し、言い放つ。
「……あなたは本当にヒューマン? ガリバ族とは何者なの?」
「知りたきゃ得意のネットワークで検索してみたらどうだ? まあ知ったところでもうキミはここで破壊させてもらうけどな」
「…………分かった。ならもうおしまい」
残ったマリアナの片手がぷらんと垂れ下がる。
「へえ。潔く諦めたか。なら遠慮なく破壊させてもらうとするか」
「……やっぱり愚か」
「うん?」
小さく呟いたマリアナの声が拾えなかったのか、デレピグレオの動きが一瞬止まる。
その一瞬がマリアナにとっての命綱。
デレピグレオにとっての痛恨のミスとなる。
カランと鳴り響く音。
それはつい先程見たばかりの形で――
「しまっ――」
弾けた光の中にデレピグレオの声が搔き消えていく。
徐々に光度が落ち着いた後、その場に残っていたのは呆然と立ち尽くす二人の男と、地面に転がる一人の男と一本の腕だけであった。
和牛ーーーー!
……あ、すいません。独り言です。
いつも読んでいただきありがとうございます。やはり更新は日月辺りに偏りつつありますね。最低でも一週間に一度は確実に更新できる様頑張って参ります。
どうぞ今後とも楽しんでいただけると幸いです。




