047:猛攻
「やれやれ。人を勝手に殺すなよ」
敵対しているはずの二者が全く同じ反応を示している事に対し、デレピグレオが複雑そうな表情で戯けてみせる。
この程度では死にはしないという余裕の表れなのかもしれない。少なくともマリアナには挑発行為であると感じ取れた。しかし今この時は怒りよりも驚きの方が勝る。
(な、何故まだ生きている⁉︎)
身体には火傷の痕が、羽織っている衣服も若干の焦げ跡が目立つ。間違いなく攻撃は直撃したはずなのだ。しかし被弾した割にはあまりにもダメージが少ないように思える。
そもそも本来であれば火傷では決して済まない。肉は燃え尽き、血液を沸騰させ、骨身を露出させる。それぐらいの威力を備えているはずなのだ。
仮に番台へ放ったとしても、大破損は免れまい。
しかしデレピグレオについたのは小さな火傷痕のみ。衣服すら焦げ跡はあれど燃え尽きてはいない。
デレピグレオは愉し気に嗤った。
「さて……よくもやってくれたな」
背筋にぞわりと悪寒が走る。
自我が芽生えてから未だかつて味わった事のない感覚に、マリアナは困惑した。
デレピグレオが、一歩、また一歩と距離を縮める毎に焦りも一層増していく。
「と、止まれ。それ以上近寄るとまた攻撃する」
これは決して脅しではない。
掌を男に向け、マリアナはデレピグレオの接近を拒む。
「お〜怖い怖い」
しかしまるで脅しが効いていない。それどころか言葉に反して、その口調や表情はとても愉快に踊っていた。
「けどもう俺はこの森を護る為に体を張ったりはもうしないぞ? さっきのを撃ち込もうが遠慮なく避けさせてもらう」
「……そんな事をすればこの森が焦土となる」
「だな。けどまあ俺には命をかけてまでこの森を護る義理はないからな。別に構わないだろ?」
尋ねられ、アスタは首を縦に振る。
「……ああ。構わん」
そう口にはするが思うところはあるのだろう。複雑そうな表情を浮かべていた。
しかし自国の者でもない者に「森を護る為に身を呈してください」などと誰が言えようか。ましてや、それが国王ともなれば尚更だ。むしろ、先程避けられたであろう攻撃をデレピグレオは既に自らを盾として受け止めてくれたのだ。
感謝こそすれ、先程の発言を薄情だなどと責め立てる事など出来るはずもない。
デレピグレオはアスタの返答に満足気に頷く。
「――と言うわけだ。悪いがもう遠慮なくキミを破壊させてもらうぞ」
その台詞は傲慢とも取れるだろう。しかし目の前の男は間違いなく、その口に見合うだけの実力を兼ね備えている。
マリアナは翳していた右手をゆっくりと下ろした。
「……やれるものならやってみるといい」
そう吐き捨てて、マリアナはデレピグレオ目掛けて吶喊する。
今までの記録から分析すると、近距離戦を避けたいのが本音だ。番台を一撃の下に撃墜させる規格外の腕力。近付き過ぎて反撃を食らうよりも、距離を取って攻撃し続けた方が勝算の高い――賢い戦闘方法だと言えるだろう。
しかしそうしなかったのは二つ理由がある。
まず内蔵エネルギーの枯渇。第一・第二機能の使用にはそれぞれ膨大なエネルギーを消費する。特に高圧縮火炎弾は最もエネルギーの消耗が激しい。直撃の可能性が低い敵にこれ以上使用するのは得策ではないだろう。
加えて、動力源の補給には一度帝国に戻る必要がある為、戦闘後の稼働時間を計算した場合、これ以上高火力の内蔵兵器を使用することは躊躇われるのだ。
そしてもう一つはもっと単純な理由である。
彼女のオートマタとしてのプライドが邪魔をした為だ。
もしも彼女が第二世代以前、つまり自由意思が設けられていなければこんな事考える事もなかったであろう。しかし彼女にはオートマタとしての矜持がある。
それは酷く単純なもので、自身がヒューマンよりも優っているという自尊心。これは本来であれば否定されるものではなかったはずなのだ。
何故ならばマリアナはそうあれとして造られた個体なのだから、知能も力もスピードも、全てにおいてヒューマンを上回っていて必然。
――だというのに、ここに来てマリアナを尻込みさせる相手の出現。それが恐怖と呼ばれるであろう感情と気付き、彼女の恐怖は怒りへと塗り変わっていく。
だからこそ直接打ちのめさなければ気が済まない。
いくら自由意思が備わっているとはいえ、これはオートマタが本来あるべき合理的判断としては相応しくないだろう。しかしマリアナは自身に生じるこの矛盾にも薄っすらと気付いていた。
それでも抑止できないからこその感情なのだ。
怒り、憎しみ、焦り――様々な感情が入り乱れる拳がデレピグレオの顔面めがけて放たれる。
当たれば鼻骨が陥没する程度では済まないだろう。速度も推進力も質量も、只人が殴るのとは訳が違う。最悪は即死だ。しかし憎々しい男は首を横に傾けるだけで易々と回避してしまう。
だがマリアナに戸惑いはない。
横を過ぎ去ろうとしていたマリアナの動きが空中でぴたりと止まる。そして手足の噴射口を利用して体を器用に捻りながらデレピグレオを猛追する。
「お……⁉︎」
これにはデレピグレオも一瞬焦りを口にした。
マリアナの格闘術は正に変幻自在。地に足つけて戦うのはもはや古いと言わんばかりに、頭上から、背後から、側面から、正面から、死角から――強・弱・速・弱・弱・強・遅――自由自在に攻撃を繰り出す。
マリアナの持つ機能をフルに活かした格闘術である。完全にデレピグレオの周囲を支配下に置いていた。
並みの相手であればここに至るまでに間違いなく数度は殺されているだろう。
では並みの相手でなければ――?
デレピグレオが声をあげたのは一瞬。されどすぐにその動きに対応してみせた。
完全に死角を捉えたと思った攻撃さえも空を蹴り、意表を突いたかと思った攻撃すらも拳は実体を捉えられずにいた。
本来起こるはずのない光景に、マリアナは一層の焦りを覚える。
本当に目の前の男はヒューマンなのであろうか。もしかするとフランのように自分の知らされていない同族では無いのかと、あるはずのない可能性を模索してしまう。
だが仮にオートマタであったとしても、あの反応速度は明らかに異常過ぎる。
(けど……!)
だからどうしたというのだ。
マリアナの瞳に強い意志が灯る。
今更戦法を変える? ナンセンス。当たらないのであれば当たるまで攻撃を繰り出せば良いだけの話。
いくら動体視力や反射神経が自身を上回っていようが、スタミナまではオートマタを凌駕出来るはずがない。
マリアナは連撃を放ち続けたまま三番の機能も解除する。
マリアナに備わっている三番機能は第三世代オートマタ以降であれば全員に備わっている機能だ。これはヒューマン社会に溶け込む為につけられた機能で、ヒューマン同様の肉体機能を再現させる――いわばオートマタにとっての鎖のようなものだ。
これを解除するということは痛覚や疲労といった現象も遮断されるという事。即ち戦闘においての縛りが無くなったのである。
これにより動力源が尽きるまで無酸素運動を継続する事さえも可能になる。今までこの機能を使用しなかったのも、別途エネルギーの消耗が行われるからという理由によるもの。しかし一番と二番の機能と比べると消耗は少ないし、これを解放する以外は目の前の男を叩きのめす可能性が低いという理由から使用せざるを得なくなった。
だが逆に言えばこれによりデレピグレオを倒す算段が立ったという事。
その効果が徐々に出始める。
拳が命中しないのは変わらない。
だが余裕を灯していたデレピグレオの表情がいつの間にか消えつつあった。
デレピグレオも自身に起きた異変に気付く。
「……チッ、そういう事か!」
猛攻を掻い潜りながら瞬間的に吐き捨てる。




