036:マリアナ戦その壱
先手必勝。
相手の実力が判断出来ない時は無闇に突っ込む事なかれ。ただし先手を奪われるのも好手ではない。
結局のところ、自身の性格に合わせて行動すれば良い。これはアスタが師事した男の言葉だ。そしてアスタの性格上、待つという行動は性に合わない。
帝国四神という地位に置かれるという時点でかなりの実力が備わっているのは理解している。ならば先手を打ち、そこで敵の戦闘スタイルを見極めれば良いだけの話。
だがそれ以上にアスタを激情に突き動かしたのは、目の前の少女がアスタの師、バース伯爵の仇であるという事実だ。
内心でグツグツと沸き立つ怒りがここに来て爆発する。
「食らえ!」
真っ向からの一撃。〈透し・霆〉
見た目が少女だからといって、アスタの拳は怯む事なく突き進む。
「電気を纏った攻撃。これはもう報告に受けている。対抗策は既にある」
淡々と言葉を紡ぐマリアナはゆっくりと手のひらを広げて、アスタの拳を受け入れる。
一瞬アスタは躊躇うが、今更勢いを殺すような真似はしない。受け止めるつもりであれば遠慮無く叩き込むだけだ。
パシッと乾いた衝突音が奏でられ、アスタが電撃を撃ち込む。
先程と変わらない。
電撃はマリアナの全身に迸り、彼女を体内から攻撃する。
「無駄」
しかしマリアナは平然とした表情でアスタの目を見返す。そして掴んだアスタの拳を引き寄せると、そのまま力任せに地面へと叩きつけた。
「ガハ――ッ!」
突然の衝撃に肺の中の空気が全て体外へと押し出されてしまう。ただの一撃でこの様だ。加えてマリアナが無防備を晒したアスタを踏みつけて、彼の自由を奪う。
およそ少女の外見からは想像も出来ない様な重量感。まるで巨大な岩でものし掛かっているかのような感覚だ。
ミシミシと骨が軋む音が体内で響く。
「電気は全て地面へ逃がした。無意味」
「くそッ……、一体どうやって……?」
「言ったところであなたは理解出来ない。それよりも、宣言通り時間はかからなかった」
「ぐあああッ!」
「結界を解く方法……あなた達が“守り神様”と呼称する存在はどこ?」
「だ、誰が教えるものか!」
轟々と拳に炎を纏う。
だが遅すぎる。胸を圧迫していたマリアナの脚が、いつの間にかアスタの手首を踏みつけて動きを封じる。
「ぐっ……!」
「無駄。あなたが喋らなければ住民を順番に殺すだけ」
「ば、ばかな真似をするな! “守り神様”の居場所は我以外に知らん! そんな事をしても無駄だ!」
「でもあなたを脅迫するには利用できる。私たちもなるべく無駄は省きたい。これだけの人員で森中を探索するのは手間。だから貴方が口を割ればすぐに済む。住民にも手を出さないと約束する」
「くそっ……」
マリアナが淡々と紡ぐ言葉の前に、無力感が一層アスタを襲う。
(これが実戦……。千どころか百にも満たぬ相手にまるで手が出ないとは……。何て我は無力なのだ!)
自身の力不足を強く嘆き、情けない己の姿に憤慨する。
そして瞳には自然と涙が浮かんでしまう。
王としての責務も果たせぬままに、国も、民も、帝国に搾取されようとしている。このままで良いはずがない。
だがのし掛かる絶望が自らを縛り上げ、体が言う事を聞いてくれなかった。
「どうする? 話す? 話さない?」
突きつけられる選択。
もはや何が最善かも分からず頭が真っ白になってしまう。
だが唐突に体の自由がアスタに戻る。
突然の轟音。地面から伝わる振動に、思わずアスタは目を広げた。
「誰?」
いつの間にかアスタから離れたマリアナもそれを捉える。
アスタとマリアナの間に割って入るように現れた存在。アスタの眼前にあった両足をゆっくりと上へと追った。
「ふん。俺様を知らんとは……貴様、モグリだな」
そう笑って言い放つ男の声は、無力感に押し流されそうになっていたアスタにとって救いの声であった。
この国で最も頼りになる男。
この国で最も無謀な男。
この国で最も強い男。
この国で最も馬鹿な男。
アスタが現れたその男の名を口にする。
「フラン……!」
「よお、王様。楽しそうじゃねえか」
「ふん。そう見えるならその眼球、新しいのに取り替えた方が良いのではないか?」
憎まれ口を零しながら、アスタはゆっくりと立ち上がる。
「相変わらず偉そうな王様だ。折角助けてやったってのに」
「当然だ。我は王だからな。そして偉そうなどとお前にだけは言われたくはないわ」
「そうか? で、ウチの王様を甚振ってくれたテメーはどこのどいつよ?」
フランの視線が少女へと戻る。
ギラギラと光らせる眼光は怒りによるものだ。身内の者が傷つけられて笑っていられるほどフランはお人好しではない。
フランから発せられた殺気が、目の前の少女に向かって浴びせられる。




