034:老夫婦の幸運
しかし鎧の男は老夫婦の叫びを無視して剣を振り上げる。
あと三十年も若ければ――無鉄砲だった頃の男性の感覚が少しでも残っていたならば――足も竦まずにいたかもしれない。
男性は迫り来る刃の鋭利さに死を覚悟して歯を震わせる。
女性は愛する旦那に迫る死を予感し、恐怖のあまり叫ぶことすら出来ない憐れな旦那に代わって瞳を潤わせ悲鳴を上げた。
もう助からない。
次は彼女が。
今度は私が。
ただ散歩していただけなのに何故こんな目に合わねばならぬのか。そんな疑問を抱く事すら出来ずに、二人は短く己の死を悟る。
「させるか!」
直後、男性の双眸に映ったのは一矢の如く現れし小さき影。
それは一秒後には上半身を両断していたであろう剣を振り下ろそうとしていた鎧の男の頭を勢い良く蹴り飛ばす。
意識の外より蹴られた鎧の男は、なす術なく地面を転がり倒れる。
首元を狙った激しい飛び蹴り。下手すれば首の骨が折れていてもおかしく無いだろう。
思わず男性は鎧の男を目で追ってしまいそうになるが、すぐにそれは引き止められる。
「無事だな。お前たち」
「あ、あなた様は……」
老夫婦は思わず目を疑った。
何せそこにいたのはこの国を統べる王、アスタ・バレッジ=ズ・アナスタシアであったからだ。
アスタは困惑する老夫婦に命令する。
「早くここから逃げよ。そして皆に伝えるのだ。“守り神様”の結界をくぐり抜けた者がいる。人数は少ないが、皆安全確保の為、すぐ屋内に避難するように、と」
「け、結界が……⁉︎」
「で、ですが陛下は……?」
「結界も我の事も心配するでない。それよりも早くここから離れろ!」
アスタはそう叫んで老夫婦から視線を外す。
向き直った方にいるのは鎧の男。倒れ方といい、蹴られた部位といい、間違いなく無事では済まないだろうと思われたのだが、男は平然と立ち上がりアスタを視界に捉える。
「解析……解析完了。目ノ前ノ人物ヲ、アスタ・バレッジ=ズ・アナスタシアト断定。全ユニットヘ信号ヲ発信……完了」
兜の下で点滅する黄色い光。なんとも不気味である。
遠ざかっていく老夫婦らの足音を確認し、アスタは鎧の男を睥睨する。
「貴様……誰の許しを得てここまで来た?」
「アスタ・バレッジ=ズ・アナスタシアヘ告ゲマス。無駄ナ抵抗ヲセズ、結界ノ解除ヲ行ッテクダサイ」
「阿保か。そんな事するはずないだろ」
「繰リ返シマス。無駄ナ抵抗ヲセズ、結界ノ解除ヲ行ッテクダサイ。サモナケレバ攻撃シマス」
「やれやれ。会話も出来んとはな。断ると言っているだろう。それに我自身が結界を解除する事は出来んからな」
「……アスタ・バレッジ=ズ・アナスタシアヲ拘束スル為、攻撃行動ヘ移行。攻撃ヲ開始シマス」




