030:守り神様
すたすたと歩く少年の背を追うデレピグレオは、少し違和感を感じていた。
というのもまるで行き先が見えないのだ。
道なき道を歩き、上り、下り、回り、ときに引き返しと、全く目的地が掴み取れない。一体どこを目指しているというのか。
緑広がる長閑な道で、デレピグレオは後ろから声を放る。
「聞きたいんだが……道に迷ってたりしないよな?」
僅かに浮かんだ可能性を口にする。
これはデレピグレオの勝手なイメージではあるのだが、王という立場の者はその多忙さ故、中々城の外に出る事は無いのではなかろうか。だとすると、居住地の外の――それも自然入り乱れたこの天然迷路をアスタが覚えているとはどうにも思えない。
さっき道を引き返したのも、単純に道を間違えたからなのではなかろうか。
小生意気でプライドも高そうなアスタの事だ。中々言い出しにくいというのもあるのだろう。
デレピグレオはそう予測する。しかしアスタの様子は変わる事もなく、むしろ淡々と返事が返ってきた。
「そんな訳なかろう。我はこの国の王だぞ」
「なら一体どこに向かっているんだ? 進む方向に一貫性が無さすぎて気になるんだが」
「ふん。やはり気付くか」
「……どういう意味だ?」
「貴様が察している通りだ。我は別にどこかを目指しているわけではない」
そうアスタがぴしゃりと言い放つ。
それは話が違うだろう。デレピグレオは追求するかの様な視線を彼の後頭部へとぶつけた。
「おいおい……。“守り神様”とやらに会わせてくれるんじゃなかったのか?」
「何を早とちりしているかは知らんが我は約束は守る。……と、この辺ならいいか」
アスタは周囲を見渡しながらようやく足を止めた。
居住区から離れた人気のない場所である。
「ここに“守り神様”がいるのか?」
「……聞くが、王は常に城の中にいると思うか? 商人は常に店番をしているとでも? 調理師が調理場で生活しないように、"守り神様”が常に同じ場所にいるとは限らないだろ?」
当たり前だとアスタは言う。
確かにその通りだ。アスタの意見は間違いなく正しい。
泉 宗吾としてゲームをしていた頃は、プログラムの中でしか存在しないキャラクター達が、不規則な行動をとるという事は無かった。
殆どのキャラクターは常にそこに存在し、イベントでも起こらない限りは彼らの出現位置が異なるという事は無い。そういったゲーム時ならではの凝り固まった思考が未だ残滓として在った事にいかんいかんと首を振る。
「そりゃそうか。……なら“守り神様”とやらの居場所なんてアンタも分からないんじゃないのか?」
「ああ、分からん」
即答するアスタの発言にデレピグレオは吃驚する。
「――だが、“守り神様”をここに呼ぶことは可能だ」
そう言うと、アスタはポケットの中から小指程度の小笛を取り出した。音色を調節出来るような空気穴は無い。吹くだけの単純なものだ。
アスタはそれを咥えると、優しく筒へと息を通した。
笛音は響かない。いや、より正確に言えば音が出ていない。少なくともデレピグレオの耳に届く音は無かった。
しかし変化は訪れた。
一吹きの風に揺られて木々が騒めく。まるで二人がいるこの場だけに誘われたかの如く。
「……来られたぞ」
そしてカサカサと木の葉を鳴らす音にアスタが顔を上げる。デレピグレオがそれに気付いたのもほぼ同時であった。
(……マンドリル?)
木の枝の上でジッとこちらを見下ろすその姿に、デレピグレオは記憶にあった動物の名を連想する。それがもっとも適当な名称だろう。
鼻筋は赤く伸びており、その両脇を青白い縦縞が入っている。髭は黄金色で、見た目からして色鮮やかな特徴は泉 宗吾が知っているそれと遜色無い。
唯一違いを挙げるとすれば全身の毛並が褐色ではなく、黒と緑の班模様となっている点ぐらいだ。
そうジッと観察するデレピグレオの横で、アスタが恭と頭を下げる。
「“守り神様”、わざわざお越しいただきありがとうございます」
そこにアスタ特有の生意気さは存在しない。それだけその存在を崇めているという事なのだろう。急な態度の変化に少し驚くが、よくよく考えれば当然と言えば当然かもしれない。
何せ目の前の存在は、森林国に結界を張る文字通りの守護者なのだから。他国から自分達を守ってくれるかの存在を敬わぬ者などアハムテヘトにはいないだろう。
その一人であるアスタを優しげな瞳が包みこむ。
「……ふぅむ。久しぶりじゃの。幼き王よ」
「ご無沙汰しております」
「ヒョヒョヒョ。前におうた時よりも面構えが一丁前になりおったわ。と言っても一人前とは言えんがの」
「それは手厳しいですね」
「ヒョヒョ。そういえば親父の跡を継いで暫くじゃが、上手く国を治められておるかいの?」
「なんとか尽力しておりますよ」
「それは重畳。この森はおんしらにとっても儂にとっても大切な住処じゃからのぉ。くれぐれも木々や草花の健康観察は欠かさぬ様に頼むぞ」
「ええ、勿論です」
「して、今回は珍しい客人も連れている様じゃが……?」
年輪を刻んだ穏やかな瞳が、今度はデレピグレオへと向けられる。
「――おんし……プリミティブじゃな」
そして一発でデレピグレオの正体を看破した。
これにはデレピグレオも吃驚である。
この世界ではプリミティブはとうに絶滅した種族。仮に存命だとしても、ヒューマンとプリミティブの外見的特徴というのは服装以外に存在しない。
内包された能力――例えば魔法が使えるか否か、身体能力の比較等で見分ける事は可能だが、“守り神様”と称される存在はそれすら見る事なく言い当ててしまった。
見事な慧眼である。
「すごいな。判るのか?」
「ヒョヒョヒョ。そりゃ伊達に五百年生きとらんわい。幼き王よ。もしや用があるのはこやつかの?」
「その通りです」
「ヒョヒョ。成る程のぉ。して、おんしは儂に何の用じゃ?」
「まずは自己紹介させてもらおうか。俺の名はデレピグレオ。アンタの察し通りプリミティブだ」
視界の端でピクリとアスタが動く。
「それで確か――“守り神様”だったか?」
「そうずっと呼ばれとるのぉ。じゃが別に好きに呼んで構わんぞぃ。一応儂にも斑狒々という種族名はあるがの」
(……狒々? マンドリルって、ヒヒ属ではなかったような気がするが……)
そんな些細な疑問に首を傾げるが、重要なところはそこではないので特に突っ込まない。
「種族名? なら他にアンタみたいな奴がいるって事か?」
「寡聞にして存ぜぬ――じゃな。永い間生きておるが、同族に会った事はないの」
「なら何で自分の種族名を知ってるんだ? 誰かに教えてもらったって事か?」
「いいや。記憶にないのぉ。じゃが不思議なことに知っておる。魂に刻まれたとでも言えば良いのじゃろうか? 生まれた時から儂は自分の正体を知っておったというだけじゃな」
「そうか。ならアンタ固有の名称はないのか?」
「ないのぉ。『守り神』、『猿』、『アンタ』と呼ぶ者によって様々じゃ」
「そうか。特に気にしていないならば好きに呼ばせてもらおう」
「構わぬよ。……それで? 儂の名前が聞きたかった訳でもあるまい? おんしは儂に何を尋ねたいのじゃ?」
「では単刀直入に聞くが……アンタ、オートマタを知っているのか?」
次の更新は来週火曜日也。
最近頻度遅れて申し訳ないです。仕事が……仕事がぁ……。




