029:リデスカーザ、怒る。
広大な緑で覆い尽くされた世界――金樹海。
周辺国に住む者であれば知らぬ者などいない有名な場所である。
その名前の由来となる諸説はいくつもあるが、最も有力なのはその山のどこかには莫大な財宝が眠っているという説だろう。だが残念なことに金銀財宝が発見されたという事例は存在しない。所詮は眉唾ものだ。
しかし一方で、金樹海に纏わる噂話の中にも信憑性の高い――と言うよりも立証されている摩訶不思議な現象が存在する。
それは「金樹海に足を踏み入れた者は二度と外の光を拝む事がない」というもの。
実際に数百年の歴史の中で、金樹海を探索すべく何度も探検隊が派遣された事がある。だがその全てが行方知らずとなり、噂通り二度と金樹海の中から帰ってくる事は無かった。
森が人を食べたのだ。
誰かがそう口にした事を皮切りに、近隣諸国では誰も金樹海へ近付こうとする者など皆無となった。
今では親の言う事を聞かない子どもに対する脅し文句として使われる程だ。
しかしそんな金樹海の――それも頂上付近となる中心地には、一つの文明が存在していた。
それこそがガリバ族である。
族長であるデレピグレオを頂点に数え、五名の幹部に百にも満たないプリミティブの集団。
人知れずこの金樹海の中で生活してきた彼らの存在を知る者はまだまだ少ない。つい先日に、ようやくベルンシュタイン王国にその存在を認知させたばかりであった。
世界人口の九割強を占めるヒューマンと違い、彼らプリミティブは五百年前に絶滅されたとされる種族で、様々な点においてヒューマンと明確な違いがある。
その内の一つが服装である。
服の種類が無数にあるヒューマンと違い、プリミティブは運動性を重視した軽装を好む。簡素なものであれば、布切れのようなもので恥部を隠しているだけのものすら存在する。
これはプリミティブの特徴である知能指数の低さが原因となっているのだろう。つまりはヒューマンの様に機能性の高い服を開発したり、娯楽の一つとしてお洒落を意識したりする事が出来ないのだ。
だがここに住むガリバ族については少し特殊であると言ってもいいかもしれない。というのも、服装は確かに軽装ではあるのだが、使われている素材はボロ切れのような物ではなく遠目でも艶や光沢が確認する事が可能で、また直に触れてみればとても柔らかく縫い目も粗くない。
ハッキリ言って、ヒューマンが着用するものと遜色無い働きを備えているだろう。
唯一難点をあげるとするならば、デザインに遊びが無いといったぐらいだ。尤も、そんな事を気にしている者などこの集落には存在しないのだが。
そんなある意味で目立つガリバ族なのだが、中でも一際目立つ存在が数名。
その内の一人が髑髏を模した仮面を装着した女性だ。
真紅の長髪を風に靡かせて、仮面の奥にある黄色い球体がキョロキョロと辺りを見渡す。一体何を探しているというのか。
足早に歩を動かす度に、腰布の下からは臀部をピチッとなぞる短いパンツを覗かせて、脚部に装着された鋼鉄製のグリーブがカシャカシャと音を鳴らす。
急いているからかご機嫌斜めなのか、口元が少しムスッと尖っている様にも見える。
そんな彼女だが、ある人物を見つけるや否や小走りにその者の下へと駆け寄った。
「フィットマン!」
仮面の女性がその男の名を呼ぶ。
族長不在の間、集落の管理一切を担っている責任者だ。より正しく言えば、族長補佐兼外交官という立場にある人物である。
そんな重要な役割を担う地位にいる為か、彼の服装はガリバ族の中で最も文明的であると言っても良い。
まるで卸したての服だ。
基盤となっているのは軍服だろう。しかし無骨というより気品さを感じさせる様な上品な色合いをしたジャケットを羽織っており、上に合わせたズボンを揃える事で一層その深みを増していた。
また頭には二角帽子が被られており、桜の様な帽章がこれら一式を軍人色に染め上げる。
「……ん? ああ、戦士長殿か。一体どうしたんだ?」
深みのある低い声。
フィットマンがゆっくりと声のした方へと振り向く。
そこにあったのは酷く焼け爛れた怖ろしい顔だ。とても重低音の利いた格好良い声の持ち主とは思えない。
皮膚は無く、あるのは屍人の様な灰色の頬肉。鼻すらも削がれて無くなっており、二つ空いた穴だけがその存在を晒していた。
初めて彼を目にする者であれば目を疑うか、声に出して驚いていただろう。
しかしフィットマンに戦士長と呼ばれた彼女――リデスカーザにとっては見慣れたもの。特に不快感や恐怖といったマイナスイメージを抱く事もなく自然と彼に尋ねる。
「デオ、どこにいるか知っているか?」
「族長殿? 族長殿ならば今朝方にマサイヤへと発たれたぞ」
「マサイヤ?」
聞き覚えのない名称に、リデスカーザは首を傾げる。
「王都ベルンシュタインより更に西へ進んだところにある街の名前だ」
「何故だ?」
「何故って……族長殿から聞いただろう? マサイヤから森林国へ物資を運ぶ馬車が出るから、それに乗って森林国へ向かう為だ」
「何だそれ? リデスカーザは聞いてないぞ」
「そうなのか? 族長殿は行く前に全員に直接話しておくと言っていたんだがな。俺の聞き間違いだったか……?」
「……ちょっと他の奴にも聞いてみる」
リデスカーザはそう言って、またキョロキョロと辺りを見回す。そして仮面の奥で焦点が定まると、小走りにその下へと向かった。
リデスカーザが見つけた影は三つ。
まずは三人の中で一番体積の小さい影。
ガリバ族に五人しかいない幹部らの中でも最も若く小さな女の子――クルティである。
草花で織られた可愛らしい服と短い翠の頭部に被った垂れ耳兎の帽子が特徴的で、保護意欲に駆り立てるような容姿をしている。しかし実際には保護してもらう程弱くもなく、リデスカーザが相手しても苦戦は免れない程度には強い。それでもリデスカーザにとっては可愛らしい妹の様な存在だ。
次にヌッヌウ。
身長は一般男性成人程度。だが決して健康的には窺えない。
何故なら彼には腕がなかった。隻腕である。
また彼は目も失っている。隻眼だ。
これらの無い部分を覆い隠す様に包帯が巻かれており、喉元にある深い傷跡を見ると痛々しい事この上ない。だがこれらは実際にダメージを負っている訳ではなく、生まれた時から備わっていなかったものなので、本人も周りも慣れているせいか特に不自由はしていなかった。
そして最後の一人が三人の中で最も存在感のある大柄な男――プティッチだ。
異常に膨張した上半身は筋肉の肥大によるもので、魁傑と表現するのにこれ程相応しい人物もいないだろう。口周りに茂った髭はその者の豪快さを示しており、獰猛な目つきが男の印象を強く決定付けていた。
そんな山賊とでも呼ぶに相応しい男の視線がリデスカーザを捉える。
「……げ。暴力女じゃねえか」
「姉様。ど、どうしたんですか?」
「三人とも、デオ、どこにいるか知っているか?」
リデスカーザの言葉に三者は一同に視線を合わせ、首を傾げる。
「え、えっと、たしか森林国に行くって兄様から聞きました」
クルティの返答に残る二名も同意を示す。
「てーかお頭は俺らには全員連絡しておいたって言ってたぞ? 聞いてなかったのか?」
「……聞いてない」
「ガッハッハッ! それってもしかして暴力女に愛想尽かしたんじゃねえのか?」
ゲラゲラと嗤うプティッチにリデスカーザの眼光が鋭く射抜く。
「……どういう意味だ?」
「だってよぉ、お前にだけ話をしてないってこたぁ、それなりの理由があるって事だろ? 嫁にだけ言えない理由ってのはズバリ他の女――つまり浮気だ」
「浮気?」
「簡単に言やぁ、お前の他にも特別な女を作るって事だな。お頭程の男となれば引く手数多間違いなし。普段暴力女と過ごす中、他で魅力的な異性が寄ってくりゃあ、そりゃあ心の安らぎとして他の女に靡いても仕方ねえだろ」
「なっ⁉︎」
「あわわ……! 大人の話です……」
「にゃラピ……ォんがテェ」
「だ、ダメだ! 許さない!」
「んなこと俺様に言われてもな。お頭もとっくに行っちまってるし、もうどうしようもないだろ。ま、普段の自分の行いを省みるこったぁ。ガッハッハッ!」
「……ならばリデスカーザもデオの後を追う。浮気を止める」
「へ? ……って、オイ⁉︎」
プティッチが制止するよりも早く、リデスカーザは一目散に走り出してしまう。行き先は言うまでもない。
「……お頭が持つアイテムを借りるかヌッヌウの魔法を行使してもらわねえと、金樹海の外に出れねえだろうがよ」
そう小さくなった背中に向けてポツリとボヤく。
金樹海は集落を除く全ての場所において無作為転移という力が働くようになっている。その周期も転移先も常にバラバラ。
これを回避するには特別なアイテムを使う以外に方法がなく、単純に金樹海の外に出る事も通常は困難なのだ。
勿論対応策は存在するのだが、アイテム以外に転移魔法を使うという手段しか残されていない。だがアイテムのほとんどは族長であるデレピグレオが管理しているし、転移魔法についてはヌッヌウしか使用出来ない。
だからすぐに気付いて戻ってくるだろう。そう考えて暫く消えていった影の奥まで視線を伸ばしてみるのだが、結局、その日の内にリデスカーザの姿を集落で目にすることはなかった。
次は22日也。仕事多し。つらたん。




