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古代文明人の生き残り  作者: 十良之 大示
第2章:森林国アハムテヘト
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028:勝敗が決して

 バルボロの判決と同時に、デレピグレオは掴んでいたアスタの手首を離す。


 アスタは浮いた数十センチ分の高さから無事に着地して、黙ったまま数歩デレピグレオから距離を取った。

 初めて出会った相手だが、かなりの負けず嫌いである事は察する事が出来た。こうして顔を背けたのも、悔しさが残る表情をデレピグレオに見せたくはなかったのだろう。


 だがそれもほんの数秒の出来事。

 すぐにアスタは振り返って、最初と変わらぬ不遜な態度でデレピグレオを睥睨(へいげい)する。



「ふん。たしか……デレピグレオとか言ったな」

「ああ」

「確か貴様、我が国の“守り神様”に会いたいとか言ってたが理由は何だ?」

「ただの個人的な質問だよ。聞いた話じゃ、そいつは俺の知りたい情報に通じているらしいからな。別にとって食おうなんて話じゃないから安心してくれ。それとも約束を反故にでもするつもりか?」

「フン。その様な真似はせぬ。王として相応しくないからな」

「そりゃ助かる。ならば俺もガリバ族の族長として最低限の礼儀は尽くそう」



 そう言ってデレピグレオは胸に手を置くと、アスタに対して深々と頭を下げた。

 突飛なデレピグレオの行動に、アスタもバルボロも少し面を食らってしまう。



「アンタに対する先程の無礼を謝罪する。許してくれ」



 その真摯な態度に浮かぶ瞳の色は、とてもさっきまで一国の王を餓鬼だ何だと揶揄(やゆ)していた男のものとは思えなかった。

 比喩なしに人を見る目が変わっている。


 と言うのも、これがデレピグレオの狙いだったからだ。

 さっきまでの度を越して礼を欠いた態度は所詮、アスタから交換条件を引き出す為のものに過ぎない。詰まる所、分かり易く言えば挑発だったという訳だ。

 ただ本音も多少織り交ぜていたので全部が全部という訳でもないのだが、それは明言する必要もないだろう。

 お陰で演技する言葉が本音を物語っているかの様に聞こえたはずなのだから。


 口調は敬語とは程遠い無骨なものだが、最初と違って苛立ちは覚えない。

 その瞬間、アスタもデレピグレオの意図をようやく理解する。



「……チッ。まんまと乗せられたという事か」



 別の意味でアスタは怒りを覚えるが、最初の様な不快感はない。

 むしろ体を動かして冷静になったからか、自身の態度も反省の余地ありと心の中で(いまし)める。



「まあいい。それで……“守り神様”に会いたいという話だったが少し待て。先約がいるからな」



 アスタの視線がバルボロに向けられる。

 確かにその通りだ。デレピグレオが取った行動は横入り以外の何でもない。デレピグレオは無言で頷き、了解を示す。



「では一度下に戻る。付いて来い」



 アスタが先導し先程の部屋へと戻る。

 そして小さな体を椅子に置いて、アスタは再びバルボロに言葉を掛けた。



「――さて、遅くなったがベルンシュタイン王国の使者、バルボロよ。まずは遠路遥々ご苦労だったな。

 お前たちの支援のお陰で、我が国の状態も多少回復が見込めるはずだ」

「礼には及びませぬ。互いに帝国と敵対する国同士。帝国の侵攻をこれ以上許さぬよう尽力するのは、隣国としても必要な事ですから」

「だとしてもだ。国として貴国には感謝を伝えさせてもらうぞ」

「ありがとうございます。ところで差し出がましいかもしれませぬが、森林国の情勢は現在どうなっているのでしょうか?」

「可もなく不可もないと言ったところだ。ステライド領は奪われたが、奴らがこの森に立ち入る事は不可能」

「それは“守り神様”のお力によるものでしょうか?」

「その通りだ。敵意を持つ相手の進入一切を阻む。……だが、我が国の国境を侵した帝国四神の一柱“玄武”とやらの勢力は巨大でな。

 非常に遺憾ではあるが、奴らを追っ払うだけの戦力が足りん」

「意外だな。アンタの性格なら全軍率いてでも奪還戦に臨みそうなものなのに」



 横からデレピグレオが割って入る。

 本来であれば王の会話に横入りするなど失礼に値するのだが、アスタは最初の様に怒ることもなく受け答える。



「確かに出来る事ならば我もそうしたい。だが誓約によりそれは適わんのだ」

「誓約?」

「ああ。ずっと以前から我が一族と“守り神様”との間で結ばれた誓約。これがある限り我は森の外に出る事が適わんのだ」

「何だ、その誓約ってのは?」

「要約すれば、我がアハムテヘト一族が森の管理を任される代わりとして、“守り神様”が外敵から森を守護するというものだ」

「森の管理?」

「ああ。この森は木々の一本、土や動物、草花に至るまで全てに生命が宿っておる。

 これらが病気にかかった時の対処や、絶対数のバランスが崩壊せぬよう常に管理しておるのだ」

「……そうか。そういうところにも気を配らなければいけないのか」



 デレピグレオは二人に聞こえない程度に小さく呟いた。

 ゲームだった頃には、そういったオブジェは常にそこにあるといった程度でしか認識していなかった。


 管理といっても「この木はこっちにあった方が見栄えが良い」だとか「ここにあったら邪魔」だといった具合に、移動させるか伐採等して資材確保の為の物体という概念しか持っておらず、アスタの話す管理とはまるで意味合いが違ってくる。


 そもそも木が病気にかかるなど、ゲーム時には存在していなかった設定のはずだ。いや、もしかするとデレピグレオが知らないだけでそういったシステムが実は備わっていた可能性はあるが、数年間プレイしてきてそういった現象は確認出来ていない。



(けど今はゲームとは違う……か)



 変なところでゲームぽかったり、変なところで現実的だったり、まだまだこの世界には未知で満ちている。

 そこで長く生活してきた者の言葉だ。ガリバ族の集落でもそういった現象が起こっても不思議ではない。



(念の為に留意しておく必要があるな。また帰ったらファットマンと相談しておくか)



 デレピグレオはそう心に留めると、再びアスタに視線を戻す。



「けど管理を任せられるだけで、外に出てはいけないって訳でもないんだろ?」

「ああ。だが万が一にも我が死ねばその誓約は破棄されてしまい、森林国は無防備になってしまうのだ」

「あー、なるほど。そりゃ無闇に前線に出る訳にはいかんわな」

「うむ。我に跡継ぎが()ればその者に誓約を果たさせれば良いのだが……」



 少し気まずそうにアスタは視線をズラす。

 アスタの恋人事情は分からないが、見かけ通りだとすればまだ婚約者すらいないのではないのだろうか。だとすれば世継ぎなどまだまだ遠い話。

 言い淀むところを見ると、おそらくそうなのだろう。

 デレピグレオはそれについてそれ以上踏み込む事なく、話を戻す。



「ならあのフランって筋肉屋を前に出すのはどうなんだ?」



 デレピグレオは昨夜の出来事を思い出す。

 ただの腕力比べではあったが、この世界では超常の域に立っているはずのデレピグレオと互角に渡り合うだけのパワーを備えていた。

 最高レベルである300に至っていたとしても、プリミティブに渡り合うヒューマンというのは聞いたこともない。



(奴の話によれば、森林国ではヒューマンとプリミティブが混在していたらしいし、混血によりヒューマンの基礎能力値が高まっている可能性はあるか。

 ……だが俺もレベル限界に達しても基礎能力値向上アイテムを使用して底上げはかなりしてきた筈なんだが……)



 納得できない部分も多いが隔世遺伝という言葉もある。

 もしかするとフランはプリミティブの血を特に色濃く継いでいるのかもしれない。


 ならば戦場に立っても目を見張る活躍をしてくれる筈だ。

 そんな期待を込めて提案であった。



「いや、それも出来ん」

「何故だ? アンタも奴の事は認めているんだろ?」

「……ああ。確かに奴は強い。だが奴は学者であり、この国の環境を守る第一人者でもあるのだ。

 万が一があっては我としても困る」

「だがフランの後釜くらいはいるんだろ? そいつらが居れば――」

「……ああ。育ててはいる。だが奴は文献など残しはしないし、奴の研究の殆どは馬鹿げた代物が多く、中々知識を得る機会が巡って来ぬのだ」



 呆れたようにアスタが頭を悩ませる。

 そういえばデレピグレオも初めてフランと出会った時には、大樹の中で焼き芋をするという馬鹿げた行為を見せられた。

 それを思い出し、頭を悩ませるアスタの気苦労に共感してしまう。



「……なら王の命令として、フランに指示してやればいいんじゃないのか?」

「我とてそれを考えなかった訳ではない。だがあの馬鹿は……まるで話が通用せんのだ…………」



 悲痛な胸の内を吐露し、デレピグレオは深く同調する。



「…………」

「故に奴が稀に調査に出る際には事前に報告させ、他の学者達を同行させるのが精一杯なのだ」

「だが昔からアンタの一族は森を管理してきたんだろ? 何か研究成果とか事例とか残していなかったのか?」

「もちろん在った――というのが正しいな。だがそれもつい先日までの話だ」



 どこか遠い目でアスタは淡々と紡ぐ。



「お前達が来る前、ちょいと馬鹿が馬鹿を拗らせてな。ここにある研究成果やら文献は全て紙吹雪となってどこかに散っていってしまったのだ……。しかもつい先日には小火(ぼや)騒ぎも起きてな。奴が保管していた資料も見事に黒コゲとなってしまった……」



 聞き覚えのある出来事であった。

 流石に同情するしかない。



「……それは何というか…………」

「……え、ええ。災難……ですな」



 必死に言葉を見繕い二人は言葉を並べた。

 余所事ではあるがあまりにも不憫だ。不敬ではあるが、その歳で苦労を背負う一国の王に同情の目を向けてしまう。



「……まあ済んだ事ではあるし、あんな馬鹿でも我が国にとって唯一無二の存在だ。故に奴を外に出す訳にはいかんのだ」

「まあ色々事情がある事は理解したよ」

「ですがアハムテヘト陛下、今後森林国はどのように動かれるのでしょうか?

 我が国としてもなるべく貴国の動向は知っておきたいのですが」

「確かにそうだな。援助してもらった立場として話しておかねばなるまい。と言っても暫くはこの均衡状態を保つつもりだ」

「……まあそれが妥当でしょうな。しかしその“守り神様”のお力はどれだけ信用に足るものなのでしょう?」

「どういう意味だ?」

「陛下の話を聞く限りでは『敵意を持つ相手を遮断する』というもの。では仮に砲撃や火攻めなど、意思を持たぬ武器の類が森に降り注いだ時にはどうなるのでしょう?」



 確かにそれはデレピグレオも気にはなっていた。

 あくまでも害悪を齎そうとするヒューマンに反応するだけのものならば、外から火矢を射るなどして炙り出す事だって可能なはずだ。

 もしそういった攻撃ですら結界が作動するというのであれば問題ないのだろうが。



「……本来であれば他国の人間に話す内容でもないのだが――まあいいだろう。ただし他言無用だ」

「無論です」

「そうか。ではバルボロよ。お前の問いに対する答えだが、お前が懸念する通りだ。

 そういった物理攻撃を阻む力は結界の効力にない」

「やはり……。では他国の者として無礼は重々承知ながら具申致しますが、この状態を維持するというのは些か危険なのでは?」

「分かっておるさ。ずっと森の中にいるのが得策でない事ぐらい」

「……失礼致しました」

「よい。だが我とてずっと黙っておるつもりはない。

 だからこうしてベルンシュタイン王国の使者であるお前とこうして対面する時間を設けておるのだ」

「それでは……」

「うむ。前々からそちらの王が書面で提案して来た話を呑むことにした。ベルンシュタイン王国と同盟を結ばせてもらおう。

 バルボロよ。お前もその返事が聞きたかったのだろ?」

「はっ! ありがとうございます。その返事を聞けば王も喜ぶ事でしょう」

「ふん。そこにいるガリバ族とやらの力を借りたとはいえ、帝国の侵攻を撥ね退けたのはベルンシュタイン王国が初めてだからな。

 悔しいがお前達から同盟の話が持ちかけられた時に喜んだのは我らの方だ。……物資の援助についてもな」

「それはここにいるデレピグレオ殿をはじめとするガリバ族の方々あってこそのもの。

 彼らがいなければ我々も森林国に援助など出来なかったでしょうから」

「……さっきも耳にしたが、それ程までにガリバ族とやらは強いのか?」

「ええ、それはもう。先程陛下が身を以て体験した通りかと」

「ふむ……。ちなみに貴様はガリバ族の中で一番強いのか?」

「まあ今現在は――とでも言っておこう」

「それはどういう意味だ?」

「いや、そんな深い話でもないからな。それよりも……話がまとまったのなら、そろそろ俺との約束も果たしてほしいんだが?」



 デレピグレオはひと段落着いたであろう話の腰を折って二人を見る。



「分かっておる。王として約束は守る。すまんがバルボロよ、お前はここまでだ。良き時間を感謝する。まだ暫くはこの国に滞在するのであろう? それまではゆっくりと羽を伸ばすと良い」

「ありがたきお言葉、感謝致します。それでは私はこれにて」



 バルボロは慇懃に頭を下げて退室した。

 バタンと扉が閉まって、再度二人の視線が交差する。



「それじゃ、早速案内してもらおうか」

「ああ。ではついてこい」



 飾り気のない対話を終え、それ以上は会話を続ける事なくデレピグレオは黙って先導するアスタの背をゆっくりと追っていくのであった。



次は18日也。

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