026:魔法格闘術
(だ、だが我とて本気を出せばその程度出来るはずだ! ……今まではその機会がなかっただけで。
万を超える敵を相手に単身で勝っただと? フン。我なら十万でも戦う事ができるわ!)
そう自分に暗示を掛け、無理やり足を稼働させる。
勿論、負けず嫌いから出た根拠のない自信という訳ではない。
見かけだけで言えば口生意気な子どもという印象を受けるが、内包された実力はその口に見合っていると言ってもいいだろう。
森林国の元ナンバー2ともいえるバース伯爵は、個としてはフランに劣るが、こと戦争において彼の指揮力の右に出る者はいない。一時は“戦争の申し子”とまで謳われた人物である。
そしてそれに唯一追従するだけの実力を持つのが、彼の教えを受けたアスタであった。とは言っても実際に戦場に出る機会はなかった為、あくまでも訓練による評価でしかないが。
それでもこの成人にも満たぬ歳でそれだけ評価されるという事は、彼もまた天才と称される部類に入ると言っても良いだろう。
そしてアスタはそれを理解していた。
今より幼き頃に病に両親を奪われ、悲しみや寂しさを紛らわす為に自らを鍛え続けた。自らの地位に胡座をかかず、むしろ持てる権力を持ってして国の実力者達に師事を仰ぎ、強く在ろうと努力を重ねた。
その成果は自他共に認める程である。
故に荒唐無稽なガリバ族の強さとやらを耳にしても、何とか自我を保つ事が出来たのだ。しかしなまじ知識がある分、それがどれだけ異常な事かも理解してしまう。
一般人の感覚で言えば、一対一ならばとにかく殴れ。一対二であれば知略を用いろ。一対三となれば迷わず逃げろ、といった具合に多対一においては無謀であると言われている。
兵士であれば一対十に勝てば見習い。一対二十ならば隊長級。一対百を可能とする者は英雄と称される。一騎当千なんて言葉もあるが、それは英雄の中の英雄――選ばれた者だけだとアスタは教えられてきた。
事実、戦争で万を相手にする事はあっても、一人で千を屠ったなどという英雄譚を耳にした事はない。
故に万という数がどれだけ荒唐無稽な話であるかは頭の中で理解はしていた。だが実際の戦を知らぬアスタには、どうしても頭の片隅でそれを可能とする自分の姿を映して観てしまう。
いくら優秀と言えども、まだ精神的にも子どもであるという弊害だ。
だが裏を返せば怖いもの知らずとも例えられる。
現に先程まで不安に押しつぶされそうであった体も、徐々に体温を取り戻し、ぎこちない笑顔を浮かべる程度には回復していた。
(我は強い。強いのだ! こんな無礼者に負けるはずがない!)
力強く段差を踏み、ようやく上階へ到着する。バルボロの謁見を許した階層の二つ上である。
広さはどこも同程度なのだが、その部屋だけは明らかに雰囲気が異なっていた。
部屋一面は白く塗られており、先程まで香っていた木の匂いというのは存在しない。床や壁も木が持つ特有の柔らかさや硬みも無く、室内を歩けばコツコツと音が反響して聞こえてくる。
「ここはフランに言って作らせた我専用のトレーニングルームだ。ここならば暴れても外に被害が及ぶ事はない」
「ふーん」
試しにとデレピグレオは壁をコンコンと小突いてみる。確かに強度だけで言えば、ガリバ族の集落にもある訓練場よりは頑丈そうだ。
「まあそんな暴れる事もないだろうし問題ないか」
(……我を倒すのにそう苦労はしないとでも言いたいのか。本当に忌々しい奴だ!)
ふつふつと沸いてくる怒りを堪え、フランは闘志を滾らせる。
「それでルールは?」
「……どちらかが負けを認めるか、戦闘不能に陥ったら終了だ」
「了解。それでいい。だがしっかり約束は守ってもらうぞ」
「無論だ。貴様こそ覚悟しておくといい。我を怒らせた事、とくと後悔させてやるからな」
「ま、頑張ってくれ」
「……では僭越ながら私が立会人となりましょう」
距離を取る二人の中間地点に、バルボロが進みでる。
「……ん? 武器は使わないのか?」
「不要だ。我は魔法格闘術を体得しておるからな。貴様はその背中の棒切れを使っても良いぞ」
「いや、問題ない」
「ふん。後で負けた時の言い訳にでもするつもりか?」
「まさか。武器を使わずとも勝てると判断したまでだ」
自分が負ける事などまるで想定していない不遜な態度。不思議とバルボロはそこに傲慢さを感じる事は無かったが、それは彼の実力を知るからこそ。
その証拠に彼と初対面であるアスタの導火線は根元まで火が伝っており、今にも爆発寸前だ。
「この我を前にして本当に良い度胸だ……! 身の程を教えてやるわ!」
憤りを露わにして、アスタはデレピグレオを睨みつける。
彼の背にメラメラと燃える炎が見えるのはバルボロの目の錯覚ではないだろう。彼が具現化させた怒りという名の闘志だ。
禍々しく強烈で、およそ見た目通りの子どもが放つものとは思えない。
強者を前にした時の肌がピリつく感覚が、アスタという少年王の強さを闘わずして判断させた。
アスタはその凶悪なオーラを両の手に凝縮させる。
「……いくぞ!」
そして一呼吸の後、アスタはとても見かけ十代前半とは思えない、力強さと速さを兼ね備えた踏み込みを見せる。
目で追えぬ程の脅威ではない。だが瞬き一つの油断でもすれば、バルボロも回避する事は出来ないだろう。遠目で見てそれなのだ。
実際にアスタと対峙するデレピグレオの目にはどう映っているのかは想像に難くない。
だがデレピグレオは突っ立ったまま構えようともしない。
(まさか反応出来ていないのか⁉︎)
一瞬、バルボロの頭で不安が横切る。
そういえばガリバ族の強さは先の戦争で目の当たりにしたが、実際にデレピグレオが戦っているのは見た事がない。
族長だからといって一族全員より強者である必要はないし、もしかするとデレピグレオはそのタイプなのかもしれない。勿論体格からして弱いという訳でもないだろうが――と色々勘繰ってしまうが、すぐに余計なお世話だったと反省させられる。
ようやく反応したデレピグレオの手に、アスタの拳が次々と逸らされていく。
まるで武道の達人の稽古でも観ている様だ。
受け流す様はあまりにも滑らかで美しい。
たったの二、三撃。それだけでいくら拳を放とうとデレピグレオには通用しないと理解してしまう。
「チッ、避けるのが上手い奴め。だがこれならどうだ!」
アスタは懐に潜り込むようにして更に距離を詰める。そして白く輝く拳を一気に突き出した。
拳は炎を纏いて巨大化する。まるで巨人の腕だ。室内の気温が急激に上昇し、デレピグレオを捉えて爆散する。
壁に叩きつけられた炎は四方に仰け反り、そこでようやく散会した。
「ハーッハッハッハ! 我を甘く見るからこうなるのだ!」
手応えを感じたアスタは高らかに笑って勝利を確信する。
確かにまともに食らっては火傷程度で済まされない威力であった。
もしここが特別補強されていない大樹の中であれば、壁を燃やし尽くしていた事だろう。普通の人間ならば丸焦げだ。しかし炎の中から再び姿を現した影はアスタの予想を簡単に覆していた。
「ハーッハッ……は?」
予想外の姿に高笑いも中断してしまう。
両の目に映ったのは、焦げどころか火傷の痕一つもないデレピグレオの姿であった。
「……終わりか?」
少し落胆したかのようなデレピグレオの声に、勝利を予感していたはずのアスタの怒りが再燃する。
「しぶとい奴め。ならこれならどうだ!」
そう言って握るアスタの拳に紫電が奔る。
「くらえ!」
パターンは先程と変わらない。再び接近しての打撃だ。
当然動きが速くなったという訳でもないので、デレピグレオに直撃させる事は叶わない。先程と同じく手で受け流されてしまう。
しかしアスタにとって、どうやらそれが狙いだったようだ。
迸る電流が、接触したデレピグレオ目掛けて襲い掛かる。
人体に電流は天敵だ。少し痺れるだけでも上手く体が動かせなくなる。そこに肉体強度が口を挟む余地はない。
だが――
「何だと⁉︎」
アスタは打ち込んだ拳の感触を確かめた上でなお、驚愕を口に漏らす。
全身に走ったはずの電流はパリッと短い音を奏でるだけで、すぐにデレピグレオの肉体から身を引いてしまったのだ。
「……その程度で全力か?」
平然と言ってのける男が驚愕に固まるアスタを見下し、ゆったりと額に手を伸ばす。そして丸めた指の一本をパチンと弾いた。
「だぁ……ッ⁉︎」
額に広がる鈍痛にアスタは堪らず声を上げる。
(何だ⁉︎ 一体何をされたのだ⁉︎)
痛みに体の感覚が追いついていなかったが、ようやく自身に漂う浮遊感に気が付いて混乱する。
そして困惑が収拾するより早く、背を打ち付ける別の痛みにようやく自分がはたき飛ばされた事を理解した。
「ぐ……っ、き、貴様ぁ!」
「そう吠えるな。ただデコピンしただけだぞ。それよりも早く敗けを認めたらどうだ? 彼我の力量差も測れんほど馬鹿じゃないんだろ?」
「…………ッ!」
冷静に諭すような男の言葉が癪に触る。
アスタは忌々しそうに歯を食い縛るが、男の言葉が語っている事も事実だ。それを理解してしまうからこそ、自身の無力さにも苛立ちを感じてしまう。
ただのデコピンでこの威力。
手加減は余裕の表れなのだ。
(やはりバルボロの話は真実だったというわけか。くそっ! あの馬鹿以外にもここまでの規格外がいたとはな……)
アスタは額の痛みを誤魔化すようにゆっくりと立ち上がる。
次は14日也。




