025:売り言葉に買い言葉
「……少しよろしいですかな?」
するとバルボロが徐ろに面をあげる。
「デレピグレオ殿は帝国との戦争で、王国を勝利へと導いてくださった方の代表です。彼らがいなければ我が国が今回の様に森林国へ物資を援助する事も出来なかったでしょう。
流石に国として保証出来ませんが、一個人としては陛下が仰るような危険は無いと申し上げます」
「ふん……バルボロよ。貴様が言いたいことは分かった。だがいくらこいつの身元を保証しようが関係ないのだ。
さっきも言ったように我がこいつに協力する理由がない」
アスタはきっぱりと言い放つ。
これは相手がベルンシュタイン王国の国王であったとしても、彼は言葉を曲げなかっただろう。不機嫌そうな顔がデレピグレオを射抜く。
しかしデレピグレオはそこに可能性を見出した。
睨んでくるアスタをニヤリと受け流す。
「ならば協力する理由があれば教えてくれるんだな?」
「……何だと?」
アスタの眉間に皺が集まる。明らかに不機嫌の割合が増えてきていた。
それでもデレピグレオは気にも留めずに口を動かし続ける。
「そういう話だろ? あんたの言い分は」
「貴様……っ、さっきから誰に口を聞いているのか理解しておるのか?」
「たしか、アスタ・バレッジ=ズ・アナスタシア陛下だろ?」
「ぐっ……! 分かっておるならば何故媚びんのだ! 我は国王であるぞ!」
アスタは勢い良く立ち上がり、怒りを露わにする。
確かにアスタの言い分は至極当然だ。子どもとはいえ、アスタは国の頂点に位置する人物。
そんな対象に敬語を使う事は極々自然である。森林国に属していなくとも丁寧な口調を心掛ける事が普通のはずだ。
だがデレピグレオの意見は違っていた。
「俺は敬語が苦手でな。ベルンシュタイン王国の国王に対してもこんなもんだったぞ」
然も然も当たり前感を前面に押したてて話すが、前述は真っ赤な嘘だ。
生真面目な日本人として生を受け、会社の従順な犬として働く事数年。ゴマをするのも十八番である。
しかしそうしないのは泉 宗吾としての肉体を捨て今の肉体に至り、図体ばかりか気もデカくなったというのもあるが、もっと言えばガリバ族の族長として振る舞おうと意識している部分が大きい。
(ロールプレイのないゲームなんてやっぱつまらなかったしな。……今は現実だけど)
「それにいくら身分が高いと言っても、礼節も弁えんようなガキに尽くす礼儀はないんでな」
「〜ッ!」
「で、デレピグレオ殿。流石にそれは無礼が過ぎ――」
「上等だ貴様! 目に物見せてくれる!」
遅過ぎたバルボロの注意も虚しく、とうとう憤慨したアスカの怒声によって搔き消える。
(折角フォローしたのに、これでは目的を果たせませぬぞ……? 一体どうするおつもりだ?)
心配そうに様子を見守るバルボロを他所に、デレピグレオは不敵な笑みを崩さないままアスタを物理的にも見下ろしていた。
まるで待ってましたと言わんばかりに、安い挑発を連発する。
「ほう。目に物……ねぇ? お前みたいな小さな子どもに何ができるんだか。衛兵でも呼ぶのか? 『ひっ捕らえろー』って。
他人任せだが、子どもに出来る事と言えばそれぐらいだろ?」
「どこまでも我を侮りおって……! そんな事せずとも我が直々にお灸を据えてやるわ!」
「そりゃ面白い。だがどうやって俺を懲らしめるつもりなんだ? その小さな体で俺と戦おうって?」
「その通りだ。貴様、我を見くびり過ぎておるようだが、これでも我はこの国で二番目に強いのだぞ!」
「そのナリで強いと豪語されてもなぁ……。ちなみに一番は誰なんだ?」
「……この国におる学者だ」
それを聞いてデレピグレオは「あぁ……」と微妙な顔を見せる。心なしかアスタも不服そうに言葉を漏らしているように聞こえた。
彼がこの国一番の実力者という点に対しては、両者ともに思う事があったのだろう。
雑念を払い、アスタは続ける。
「……だが今なら奴とて我の相手にもならん! つまり、今この国で最強は我なのだ!
その我に喧嘩を売った事、すぐに後悔させてやろう!」
「それは楽しみだ。しかし争う前に一つだけ約束してもらうぞ」
「約束だと?」
「ああ。俺が勝ったらさっきの頼みを聞いてもらう。でないと俺は喧嘩してやる理由もないからな」
「……ふん。いいだろう。だが我が勝ったら額を床に擦り付けて謝罪してもらうぞ。それも貴様の自尊心がズタズタに引き裂かれ、我の胸中が晴れるまでな! ハァーッハッハッハ!」
勝利を頭に描いたのだろう。喜びを顔に浮かべたアスタは愉快に笑い声を響かせる。
「ああ。それで構わん。で、どうやって勝負するんだ? 本当に決闘でもするのか?」
「当然だ。勝敗を決するのにそれ以上の方法はなかろう?
それとも急に臆したのか? ならば違う方法を考えてやらんでもないが――」
「いや全く」
「……ふん。良い度胸だ。ならばついて来い。上に打って付けの場所があるからな」
アスタはそう言い残し、二人の横を通って先頭を歩き始めた。
すっかり蚊帳の外であったバルボロだったが、小走り気味にアスタに追い付くと、そっとアスタに耳打ちする。
「ほ、本当によろしいのですか?」
「……何がだ?」
「勝負の方法ですよ」
「何だ? お前も我の力を疑っておるのか?」
「と、とんでもございません」
慌ててバルボロは――社交辞令として――否定しておく。本音を言えば、森林国の王が強者であるなどと噂話にも聞いた事がない。
確かにさっき一度、特有の覇気を感じはした。しかしそれだけだ。
実際に戦っている姿を目の当たりにした訳でもないし、目の前の少年からはやはり自身の上官以上の強さを感じる事はない。
仮にアスタが強者の枠に埋まっていたとしても、デレピグレオたちガリバ族とは強さを測る尺度が違い過ぎる。
勿論あくまでもバルボロ個人の推測に過ぎないのだが、帝国に侵攻を許してしまっているところを見ると、可能性としては限りなく高いだろう。
まず間違いなく、アスタではデレピグレオに勝てない。
だからこそバルボロは憐れみにも似た感情に支配されて、ついつい口を挟んでしまったのだ。
「しかしデレピグレオ殿はガリバ族最強の戦士と聞き及んでおります」
「またそれか。そのガリバ族とやらで最強だからどうしたというのだ? 我もこの国最強だぞ!」
「よくお聞きください。彼の部下でさえ、たった一人で帝国数万と戦えるだけの実力者なのです」
「……す、数万?」
ごくり。
アスタの足がピタリと止まる。
「それも帝国四神“白虎”を無傷で捕らえるほどの、です」
「……て、帝国四神の一柱を無傷で?」
つぅと、アスタの頬に嫌な汗が流れる。
(……いや、落ち着くのだ。現実的に考えて有り得るはずがない。絶対に嘘――でなくとも多少なりとも誇張が混じっているはずだ)
「噂を耳にする限り、陛下もかなりの力を持っているかとと思われるのですが……その…………」
「……ふ、ふん! だからどうしたというのだ。我だってあの時、戦線に出ておればステライド領を奪われる方も無かったわ!」
これは半分本音だ。
当時はステライドにバース伯爵と呼ばれた領主が居た。戦争に強い彼の名は隣国にも知れ渡っており、ベルンシュタイン王国でも大勢がその名を耳にした事がある。
そんな彼が前線に立って剣を振るうのだ。アスタも元ナンバー2の実力者である彼には全幅の信頼を寄せていた。
だがその信用が話を拗らせる。
結果は周辺国も周知の通り敗北。バース伯爵は討ち死。それも善戦する事なく完全敗北したと聞いている。
だがそこに自分がいれば結果も変わったはずだ。少なくともアスタはそう思っていた。
しかし何万人も一度に相手をすると考えるとどうだろうか?
果たして数の差に押される事のないよう善戦出来たのだろうか?
帝国の侵略を払い除ける事が適っただろうか?
そもそもバース伯爵を簡単に打ち負かすような相手に、自分は戦えるのだろうか?
一度として戦争の経験を積んでいないアスタに、それらを断言するだけの確信はない。
故に強がってはいたが、どうしても言葉に揺らぎが見えてしまう。
それを紛らわせるかのように、アスタは再び足を動かし始めた。
「……出過ぎた真似を失礼しました。では私からはもう何もございません。陛下のご健闘をお祈り致します」
「う、うむ」
言葉を濁してはいたが、バルボロが言わんとしたことはアスタにも理解出来た。
本来であれば「お前も我をナメているのか?」と怒るところだったはずだ。しかし婉曲に伝えられた背後を歩く男の実力を想像し、アスタは今更ながら濁流の如く不安が押し寄せて来た。背汗が大量に溢れ出る。
(だ、だがそれがどうした! 我は強い。ずっと鍛えてもらってきたのだ。こんな男に出来る事ならば我に出来ぬはずがない!)
そう強く自分に言い聞かし、アスタは堂々と階段を上る。
しかし体は正直だ。一歩一歩が絞首台に上っているかのようで気が重い。
気は強いが、やはり精神は見た目通りの子どもに変わりはなかった。
しかし後ろに続く二人にそれを悟らせぬ姿勢は立派なものだ。
流石は国王であると称賛に値するだろう。
堂々と階段を上る小さな背に、二人は素直に感心するのであった。
次は12日更新予定です。




