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古代文明人の生き残り  作者: 十良之 大示
第2章:森林国アハムテヘト
24/58

023:腕相撲

「フン……ッ!」

「むん……ッ!」



 互いの呼吸が机上でぶつかる。

 爆発的に膨張した筋肉が、その勢力を誇示し維持しようと睨み(せめ)ぎ合い、宿主から更なるエネルギーを得ようと要請する。


 ――序盤、力は完全に拮抗していた。


 二人の自重(じじゅう)に軋む机の音が野次馬達を盛り上げる。



「す、すげえ! あいつのパワーに耐えてやがる!」

「ああ! 今までの勝負じゃ一瞬で決着だったのによ!」

「こりゃ分からんぞ。面白くなってきやがった!」



 わいわいと観戦を楽しみながら酒を進める。

 だが見世物と成り果てた二人の心境はそれどころではなかった。



(おいおい冗談じゃねえぞ……っ! プリミティブの俺にヒューマンが腕力で互角だとか有り得ないだろ!

 しかもこっちはレベル300だぞ⁉︎)



 デレピグレオは気張りながら、目の前の男の評価を数段階引き上げる。

 正直なところ、王国や帝国のヒューマンを観察した結果、この世界のヒューマンはさしたる脅威にはならないだろうとたかを(くく)っていた。

 このお遊びにおいても「ちょいと傲慢なフランの鼻でも軽くへし折ってやろう」と、本当に軽い程度でしか思っていない。もっと言えばストレス解消の為に。


 だというのにどうした事か、一瞬で着くはずだった決着が一向に見えてこない。むしろ自分が負ける可能性を筋肉を伝って示唆されてしまう。


 幾ら何でもこれでは無様過ぎだ。

 同じガリバ族の者達が見ていないとはいえ、族長として売られた喧嘩に負けるのは沽券にも関わる。

 デレピグレオは相手にペースを奪われぬ様必死に食らいつく。



(うおぉぉぉぉぉ⁉︎ き、聞いてねえぞ。(あん)ちゃんがここまで強いなんざ……!

 ヤベェ。気ぃ抜けたら負ける。マジでヤベェ!)



 一方のフランはデレピグレオの想定外のパワーに直面し、顔から脂汗が滲んでくる。


 脳裏に浮かぶ自分の敗北――。

 いけない。絶対に駄目だ。

 負けるなど絶対にあってはならない。


 何故なら賞金など用意していないのだから。

 しかし万が一の姿が脳内を横切ったことで、体温が急激に奪われていく。



(……落ち着け。勝てば何の問題もねえんだ。それに俺様が負けるわけがねえ!)



 精神を集中させ、勝利を頭にイメージする。



「……フ、フフ。まあまあやるじゃねえか、(あん)ちゃん」



 腕をぷるぷる震わせながら、フランはニカリと余裕を見せる。



「……あ、あんたも学者って言う割には中々強いな」

「あ、あたぼうよぉ……! 何たって俺様は世界一強えー男だからな」

「さ、流石にそれは自惚れすぎってもんだが、いよいよ学者って肩書きが詐称に思えてきたぞ」

「ハッ……! 完璧な俺様は何をやっても完璧ってことだ」

「ほほう? その割には随分と顔が引きつってる様だが?」

「馬鹿め。これは勝利を確信したからこその微笑みよ。

 (あん)ちゃんの方こそスゲー汗だぜ。気張った方だがそろそろ限界なんじゃねーか?」

「単純にアンタの手から伝わる体温が熱すぎて参ってるだけさ。必死なのはそっちの方なんじゃないか?」



 互いに牽制しながら隙を窺う。

 一瞬でも気を抜けば負けに繋がるだろう。

 口では余裕を保とうとするが、その実二人には余裕など欠片も残されていない。

 二人の腕が築く山頂が小刻みに震える。体力の削り合いだ。決着までまだまだ時間がかかるのではと観衆(ギャラリー)に思わせた。

 しかし戦況は目を離した一瞬で動き始める。



「ふ、ふん。じゃあそろそろ本気でいこうか――なッ!」



 フランの声に力が篭る。

 その瞬間、水平を保とうとしていた山が徐々に傾き始めた。



「ぐっ……⁉︎」



 勢いを増したフランの腕力に、デレピグレオの体も徐々に持っていかれる。

 だがデレピグレオとてこのまま負けを認める程、精神は惰弱ではない。



「……ナメるな――よッ!」



 向こうが先の体力を考えずに力を投入してきたのであれば、こちらもそれに応える準備はある。

 余裕の代わりに残しておいた余力の一部を注ぎ込み、一気にフランの腕を押し返す。

 もはや拮抗などと生温(なまぬる)い。優勢ですら弱い程だ。決着を着ける勢いでフランを攻め立てる。



「ぐおぉぉぉぉぉッ⁉︎」



 フランは落ち行く自身の手を眺めながら驚愕の声を漏らす。



「ふんっ!」



 だがこのまますんなりと敗北を受け入れる程、諦めが良い男ではない。机に手の甲がぶつかるギリギリのところで何とか持ち堪え、更にそこからスタート地点まで巻き返す。



「ハァ、ハァ……っ! ……ち、ちったあ良い夢見られたんじゃねーの?」

「まだそんな口が叩けるのか? そろそろ限界だろ?」

「馬鹿言え。俺様はまだまだ実力の半分も出しちゃいねーよ」



 そしてまたフランは優勢へと躍り出る。

 鼻腔を広げ、荒い鼻息が机を温める。



「チッ……! だがこの程度――」



 デレピグレオはガリバ族最強の基礎能力値を誇るNPCの姿を思い浮かべる。



(そういえば前にリザとプティッチも腕相撲してたんだっけか? ……まあウチのリザに腕相撲で勝てる奴なんざ、オートマタを除けば存在しないんだろうが――俺もリザの旦那としてそれなりってトコを見せてやらねえとな!)



 デレピグレオは余力を一気に注ぎ込む。

 もはや体力の削り合いは無しだ。持てる全力を()ってして、決着を見据える。



「リザにも遠く及ばねえよ!」



 腕だけではない。肩から全身を持っていく勢いでフランの腕を押し返す。



(ば、馬鹿な……ッ⁉︎ このままでは……っ!)



 自身の敗北する姿が脳裏に浮かぶ。



(マズいマズいマズいマズい!)



 徐々に敗北が近づく最中(さなか)、フランの脳内は必死に対策を模索する。

 だがそんな猶予残されてはいない。刻一刻と迫り来る机。

 誰もが勝敗が決したと思った瞬間――フランの身体が宙へと跳んだ。


 ゆっくりと失速する世界。

 デレピグレオは手から目を離す。

 そして真正面、双眸に映ったものは――



「危ねえ⁉︎」



 フランの両足の裏であった。

 デレピグレオは重心を逆へと崩しながら咄嗟に回避する。

 訳が分からない。決着を着けるはずだった力の方向も、逆へと流れた事で劣勢たる位置へと押し返される。



「隙有りィ!」



 さらにフランが体重を圧し掛かるがままに、体全体をデレピグレオへと浴びせかけた。

 もはや腕相撲でも何でもない。

 肘も浮いているし、この時点でデレピグレオの知る腕相撲ならば勝敗は決しているはずだ。だがフランの勢いが止まる事は無い。

 腕が繋がっている為、フランの体を避ける事が出来ないまま床へと押し倒されてしまう。



「だーっはっはっは! 俺様の勝ちだな!」



 フランが清々しい顔で勝利を宣言する。

 その勝ち誇った顔と馬鹿げた言葉に、思わずデレピグレオは声を大にして反論した。勿論怒りも乗せて。



「ざ、ざけんな! 明らかに反則だったろ!」



 確かに今この瞬間だけ見れば、手の甲が着いてしまったのはデレピグレオだ。しかしこれが適正なルールだったとは思えない。


 周囲の観客もデレピグレオの言葉に賛同するかのように次々と野次が飛ぶ。



「そうだそうだ!」

「今のは明らかに反則だろ!」

「反則負けだ!」



 どうやら周りもデレピグレオの味方となってくれたようだ。当然と言えば当然かもしれないが、罵声を浴びる当の本人は納得いかないといった顔で周囲を威嚇する。



「るせー! んなルール決めてねーんだよ! あるのは手の甲が地べたに着いた方が負けっつー単純明快な勝敗だけだ!」

(なんつー自分勝手な野郎だ……)



 もはや怒りを通り越して呆れてきた。言葉より先に溜め息が出てしまう。


 だが観客達は別だ。途端につまらなくなった見世物に酒が不味くなったとブチ切れ始めた。勿論怒りの矛先は言うまでも無い。もしかすると彼らが代わりに怒ってくれたお陰で怒りが霧散したのかもしれない。

 デレピグレオは心の中で彼らに感謝する。



「うおっ、なんだぁ⁉︎」



 そして波のようにフランに襲い掛かっていく客達の雄姿を映して、デレピグレオはゆっくりとカウンター席へと戻るのであった。


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