022:天災との再会
バルボロ達が寝泊まりする予定の場所は入国してすぐ近くにある宿屋。そこまでデレピグレオが引き返した時には、日はすっかり沈む目前であった。
「おお、デレピグレオ殿」
宿屋前でデレピグレオに気付いたバルボロが顔を向ける。
「ご苦労様。仕事は終わったのか?」
「いや。馬車が使えないというのは存外不便でして。明日も仕事となりました。そちらの調べ物はどうですかな?」
「順調――と言いたいところだが、その事で少しバルボロ殿に協力してほしくてな」
「ほう。私でお手伝い出来る事であれば喜んで協力しますぞ」
「ありがたい。実は色々あってこの国の王に会いたくてな」
「それはまた……唐突ですな。一体何故?」
「俺が知りたい情報を持っている者の居場所をこの国の王が知っているらしくてな。それを聞きに行きたいだけだ」
「成る程。そういう事でしたか。でしたら明日、私達と一緒について来ていただけるとお会い出来るかもしれません」
「ん? バルボロ殿は既に会っているのではないのか?」
「いえ。本来であればご挨拶する予定だったんですが、急用が入ったらしく謁見が叶わなかったんですよ。
明日は時間が作れるはずだと聞いているんですがね」
「そうか。なら丁度良い。それでは俺も明日、同行させてもらおう」
「了解です。では明日共に参るとしましょう」
「ああ。感謝する」
快く引き受けてくれたバルボロに礼を述べ、デレピグレオは宿を確保しに一旦別れる。
バルボロ達が利用する宿屋はどうやら満室らしく、別で探さなくてはいけないらしい。元々彼らとは滞在期間中は別行動する予定だった為仕方ないだろう。
他に探すのが面倒であれば相部屋という手段も可能らしいが、正直デレピグレオとしても気を使う相手と共に寝泊まりするのは精神衛生上よろしくない。
(フラン相手に心身ともに擦り減ったからな……)
やはり休養を取る時ぐらいはゆっくりしたい。
次第に暗くなっていく蔓の道、そんな事を考えながら歩を進める。
(そういえば最初に訪れた酒場。あそこも確か宿泊出来そうだったな)
店内構造を思い出し、つま先の向きが変わる。
あの店は良かった。酒もそうだが食事も申し分ない。それに店主もかなり親切。
最悪宿泊不可であっても、食事を取って宿屋の場所を尋ねれば良いだろう。
複雑な緑の道を迷い無く進む。
目的地に到着したのは完全に日が落ちた頃であった。
空から零れる星の光が森中を照らし、窓から溢れる光もあってか想像していたよりも暗くない。
付け加えるならプリミティブという種族は夜目が利くからだろう。集落にある地下練習場の方がずっと暗いぐらいだ。
あとはログハウスから漏れ伝わる喧騒のせいで、気分的にも明るく感じるのだろう。
(まあ酒場と言えばこのぐらいの時間から活気沸いてくるものだしな)
自然と浮かぶ昼間の静けさを思い出しながら、デレピグレオは扉に手を掛ける。
「オラオラー! 俺様に挑戦する奴ぁ、もういねーのか?」
そして静かにその扉を閉めた。
(…………さて、他んとこ探すか)
そう踵を返そうとした瞬間、デレピグレオの思い虚しく扉は再び勢い良く開けられる。
「お、やっぱ兄ちゃんじゃねーか! んなとこ突っ立ってねーで入ってこいや!」
「いや、人違い――」
「親父ー! 酒追加だ!」
「やっぱこいつ人の話聞かねー⁉︎」
デレピグレオのステータスをまるで無視して、強引に酒場の中へと連行される。
「ん? あんた昼間の――」
「……ああ。昼間はどうも」
昼間と同じカウンター席に腰掛けて店内を見渡す。
デレピグレオが寄った時と中の様子は大違いだ。
数ある席の殆どは埋まっており、喧々囂々たる夜の酒場へと変貌している。
中でも突出して喧しいのは、デレピグレオを引っ張って早々に騒ぎの渦へと戻った男――フランであった。
というより奴が騒ぎの中心だ。
出来れば精神的に疲れるので暫く会いたくなかったというのがデレピグレオの本音であったが、有力な情報を提供してくれたという点においては感謝せねばならない相手。
こうして短期間で再会した事に喜ぶべきか、嘆くべきか。
複雑そうにデレピグレオは空笑いする。
「その分だとあの阿呆に会えたらしいな」
「……お陰さんでな」
「久しぶりに奴の顔を見たが相変わらず騒がしい野郎だよ、全く……。
とりあえず昼間と同じもので良かったか?」
「ああ、頼む。……ところでアレは何してるんだ?」
アレというのは口にするまでもない。酒場の視線を一人占めしている男の事だ。
店主も察したかのようにため息を吐く。
「ああ、力比べだよ」
「力比べ?」
見ればテーブルの一つを占拠して、屈強な男がフランと手を掴み合っていた。
「ああ。腕相撲か」
見覚えある遊びにデレピグレオは納得する。
「あいつに勝てたら1Gなんだと。ちなみに挑戦料が20S」
「それはまた奮発した報酬だな」
この世界では1Sもあればパンが一個買える。つまりは泉 宗吾の金銭感覚で表すならば1S=100円といったところだろう。
そして1Gは10000Sと当価値。という事はフランが提示している額は向こうの世界で言う100万円という事だ。
「学者ってのはそんなに儲かる仕事なのか?」
「まあ国に貢献すればそれに見合った褒賞を得られるらしいが……見ての通りあいつは貯金も出来ない馬鹿だからな。
ああやって賭け事してんのも今日の食い扶持稼いんでるだよ」
「……なるほど。なら万が一負けた時、賞金はどうするんだ? 用意してるのか?」
「払えるわけないだろ」
店主は呆れたとばかりに言い放つ。
「おそらく全力で姿を晦ますだろうな。まあ負けるなんて事ないだろうが」
そうハッキリと言い切る店主に、デレピグレオは首を傾げる。
「ん、何でだ?」
「強いからだよ。学者なんて肩書きが嘘だと思うぐらいな」
「へぇ。随分と買ってるんだな、アイツのこと」
その言葉に店主が答える事はなかった。
ただ小さく笑みを零して、カウンターに酒と料理を並べる。
「おーい、兄ちゃん! 兄ちゃんもどうだ?
俺様といっちょひと勝負!」
「あー、遠慮しとく。丁度飯も来たところだしな」
「そう遠慮すんなって! 運動した後の方がメシも旨くなるってもんだ!」
体をカウンターに戻そうとしたところで、グイッと肩を掴まれる。
「ぎゃー! ほんとこいつ話が通じねー!」
全て都合の良いように解釈するフランの言動には度肝を抜かれてばかりだ。本当に人語を解しているのか不安になってくる。
無理やり勝負の席に引きずり込まれたデレピグレオは、袖を捲る目の前の男を見て再度大きなため息を吐いた。
「よし、兄ちゃん。挑戦料は20Sだぞ」
「……ほんと強引だな、アンタ」
半ば諦めたかのようにデレピグレオはおとなしく硬貨を机に並べる。
「よっしゃ! なら兄ちゃんにも見せてやろう。俺様の卓越した力を!」
そう息巻くフランの腕がパンパンに膨れ上がる。
確かに立派な力瘤だ。自慢したくなるのも無理はない。さぞかし膂力もそれに見合ったものに違いないだろう。
だが見た目だけでいえばデレピグレオも決して負けていない。むしろ素肌にいくつもみられる傷跡が、デレピグレオの筋肉を雄々しく物語る。傷一つ見当たらないフランの新品のものと比べると、どちらの方が凄味があるのは一目瞭然だ。
周囲の野次馬連中も思わず「おお……!」と口々に驚嘆を漏らす。
「ぬぅ……。改めて見ると中々立派なもん持ってんじゃねーか」
「そりゃどうも。ところで……俺が勝ったら本当に1Gなんだよな?」
「お、おう。まあ俺様に勝てればの話だが」
「よし。ならとっとと終わらせるか」
ズイッと机に置いた肘を滑らして、先にあったフランの手を握る。それに応えるかのようにフランが強く握り返す。
「良い度胸だぜ、兄ちゃん。たが俺様に少しでも勝てると思ってるならそいつは自惚れってやつだな」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるぜ。世界が広いって事をアンタに思い知らしてやるよ」
「言うじゃねーか、兄ちゃん。ならこっからは言葉じゃなくてお互いに腕で語り合おうじゃねーか」
「上等」
あまり気の乗らない勝負ではあったが、いざ啖呵を切れば高揚しているのが分かる。
おそらくフランの波長に合わせられてしまったか、単純に馬鹿とのやりとりが少し楽しくなってしまったからなのか、何にせよ場は成った。
互いに机上で視線をぶつけ合い、開始の合図を待つ。
「なら俺が……」
観衆の一人が二人の両手に手を置く。
そして二人の様子を横目で窺いながら、少しの間を置いて男は勢い良く手を離した。
「――始め!」
次の更新は8日予定です。




