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古代文明人の生き残り  作者: 十良之 大示
第1章:生き残った一族
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001:ガリバ族の集落

 まず第一に野宿した覚えはない。でなければ星空を見上げるこの状況下は適切でないはずだ。もしかするとゲームしている最中に誰かが現実世界の自分を悪戯に連れ去ってドッキリを仕掛けている可能性も考えられるが、まずあり得ないだろう。

 そんな面倒で粋なドッキリを仕掛ける友人に心当たりはないし、何より部屋の鍵は実家にいる家族にすら渡しちゃいない。部屋に侵入する事自体不可能の筈なのだ。

 勿論鍵のし忘れというのを考慮しなければの話ではあるが。



「それにこんな格好で眠った覚えはないし、眠っている間に成長期を迎えたつもりはない」



 自分の臍辺りへと視線をやると、露出し幾多にも割れた深い腹筋。時代錯誤な獣の皮等で織りなされた衣類。



(……誰だよコレ)



 心当たりあるとすれば【2nd real】で操作する(いずみ)宗吾(そうご)の分身とも言えるキャラクター。

 ハンドルネーム『デレピグレオ』である。


 だとすれば見覚えあるのも納得だ。毎日使用しているキャラクターなのだから当然といえば当然だろう。



(でも俺ログアウトしたよな?)



 当然の事を再確認。

 念の為メニューを表示させ、再度ログアウトボタンを表示させようとする。



「…………」



 だが先程まであった筈のログアウトボタンが存在しない。

 というかメニュー画面自体が開こうとしない。



「どういう事だ?」



 虚空に泳ぐ自分の両手を帰還させると、一度ゆっくりと見つめはじめる。

 しなやかにのびる指先に、傷痕だらけの手の甲。明らかに現実世界のものとは異なる両手だ。火傷や切傷一つとっても其々にこのキャラクターに込められた設定があり、やり過ぎたと恥じたのも覚えている。紛れもなくゲームキャラクターのものに相違ない。


 しかし肌が感じる感覚というものはゲーム世界のそれとは決定的な差異があった。


 風が冷たい。

 胸に手を当てれば鼓動が聞こえる。

 髪を触れば指先にこそばゆささえ感じた。



(明らかに可笑しすぎる)



 いくらRDSシステムとはいえ、ここまで鋭敏な触覚の実現は不可能な筈だ。仮に可能だとしても戦闘行為があって当然のこの世界でそんな機能が有効化されてはゲーム中にショック死してしまうプレイヤーが出てきてしまう。

 それが証拠にダメージを受けた時にはその部位に振動がはしる程度の機能しかない。


 だというのにデレピグレオの感じる感覚は、人生で体験してきたそれと全く同様のものであった。

 試しに自分の頬を抓ってみる。



「……痛い、か。当然といえば当然だが……」



 確認出来た事柄が増えた分、ますます理解が追い付かない。

 デレピグレオは徐にその場で立ち上がる。


 いつもと異なる視線。これは(いずみ)宗吾(そうご)ではなくデレピグレオとしての目線の高さが反映されているからだろう。

 ゲーム時であれば違和感は感じなかった筈だ。しかし今は確実に肌で感じる五感のせいで、全く異なる景色が双眸に映っていた。



 ――現実だ。



 誰に諭されるわけでもなく、デレピグレオは静かにそう確信した。



(しかし一体どういう原理だ?)



 ログアウトを決定する瞬間までは間違いなくゲームの世界にいた筈だ。ログアウトに失敗した訳ではあるまい。処理メッセージも表示されていたし、何より五感がハッキリしている。確実にゲームの世界からは退出した。

 しかし今はよく知るゲームの世界に現実の魂――という表現が正しいかどうかは分からない――が確かにある。



「もしかするとログアウト直前にアップデートが成されて五感機能が実装――な訳ないか」



 そもそもアップデートとはソフトウェアをの内容をより新しいものにする、いわば設定の書き換え。ゲームの中で新システムの導入があっても、身体に装着した専用機器に五感を感じる機能を導入させるなど(いずみ)宗吾(そうご)の知る限りは不可能だ。


 意外と冷静に現状を処理しようとするのは会社で鍛えられた賜物とでも言うべきか、あるいは仕事で磨り減った心が感情に回す余裕がないだけなのか、ともあれデレピグレオは目に映る身近なものから確認していく。

 一先ずは自分が寝転がっていた場所からだ。



「ここは『祭壇』……だよな?」



 足下にある正方形の石床。そこには魔法陣のような紋様が刻まれており、地表からは少し高い位置に設置されている。これは全プレイヤーが馴染みの場所で、ゲーム開始時や死亡時における復活ポイントとして世界各地に存在する構造物だ。

 また拠点持ちのプレイヤーは有料で自分の拠点に専用の祭壇を設置する事も可能で、デレピグレオも当然必須オブジェクトとして設置している。


 地上であればどこにでも設置可能なのだが、なるべく神聖な場所として設置したかった彼は、四方を石垣で囲む事で隔離していた。ちなみに天井がないのは神々が天に輝く星々から降臨される事を考慮しての設計。勿論ゲーム時においても神々が降臨するなどというシステムは存在しないので、あくまでも彼が自分の世界観に浸る為に築いた設定によるものだ。


 そして内部の石壁には、象形文字だか楔形文字だか分からない面妖な文字が刻まれている。勿論世界観を作り込む為に適当に彫っただけなので、デレピグレオ自身何が彫られているかなど分かってはいない。いざとなれば後付けで設定する事も可能であるし、これは単純に雰囲気を味わう為だけのものなので、改めて深くは考えようとはしなかった。


 しかしこの特徴ある場所のお陰で、ここが自らの拠点『ガリバ族の集落』である可能性が非常に高くなってくる。

 となればここは金樹海の中。急な敵襲の可能性も低いはずだ。少しばかり心に余裕ができ安堵したお陰で、デレピグレオはまた別の焦点を得た。



(だとするとここには俺以外にNPCも存在するのだろうか?)



 デレピグレオの拠点にはプレイヤーたる彼以外のプレイヤーは存在しない。いるのは彼が創造したNPCのみ。

 勿論協力プレイとして一つの拠点を複数のプレイヤーの拠点として設定することも可能だが、前述の理由により他者は受け入れていない。


 ともかく自分が設定した構造物があるのだから、自分が作成したNPCが居てもおかしくないだろう。

 その考えに至ったデレピグレオは覚悟を決めて、石扉に手をかけた。


 (いずみ)宗吾(そうご)であればあまりの重量に1cm足りとも動かなかっただろう。しかし何故か彼は扉が開かないなどというイメージは一切浮かばなかった。そう考えたのはすんなりと扉が開いた後の事である。


 地面を擦り鳴らしながら、超重量の石壁は抵抗することなくデレピグレオの進行方向にゆっくりと開門される。



(まるで重さを感じない。まあ扉を開ける行為に腕力が必要なんて設定もないし、開けれて当然といえばそれまでだが――)



 確かに石造りの扉としてはまるで感じなかったが、力を加えたという実感は残っている。ゲーム内に無かったはずの重さは確かに存在するのだ。そんな些細な疑問を浮かべながら最初の一歩を踏み出した。


 祭壇を出た景色は予想内であり、予想外でもあった。

 思わずデレピグレオは言葉を失う。


 真っ先に両目が虜となってしまったのは、何よりも距離があるはずの夜空に燦く無数の星々。祭壇からも見てはいたが、遮る壁がない今の光景は先のソレとは比べようもない圧倒的な輝きがあった。街灯一つないこの一帯の闇を追い払う青と白の煌きに、感嘆の声がようやっと搾り出る。



「綺麗だ」



 余計な装飾語は必要ない。簡素ではあるがこれ以上に相応しい言葉などないだろう。地球にいた頃もこれ程壮大なものはお目にかかった事がない。

 デレピグレオは無限の輝きに目を奪われ、数秒の間その場で立ち尽くした。そして際限なく落とされた満腹感にようやく首を戻す。



「こっちはやっぱ俺が作ったまんまなのな」



 今度は見慣れた景色を前に安堵する。点々と設置されている大小様々な天幕。集落一帯を囲う木製の高柵に、監視塔として四隅にある(やぐら)。祭壇と隣接する精霊の泉。

 他にも拘りをもって作成した構造物がいくつもある。

 何一つとして欠けていない集落の様子に、デレピグレオは

 胸をなでおろした。

 つまりは勝手知ったる我が家だ。本当の意味で初めての場所ではあるが見知った場所である事に変わりはない。これが記憶と全く異なるものであったならば混乱の渦に飲み込まれて這い出る事が困難だっただろう。誰か特定の相手にというわけでもないが、そうならなかった事に感謝する。


 だがまだ安心は出来ない。集落の様子を一通り確認するまではおちおち眠る事さえままならないだろう。デレピグレオは集落全体を自分の認識と差異が無いか確認する為に、ゆっくりと歩き出した。



「おや、族長殿。こんな夜更けに何をしているんだ?」



 だがすぐに横から来た男の声に呼び止められる。


 夜闇からゆっくりと露わになっていく男の顔に、デレピグレオは思わず出そうになった悲鳴を全力で押し殺した。


 もしも現状を多少なりとも把握出来ていなければ声を上げて驚いたに違いない。何せその男の姿は異形であったのだから。


 皮膚は無く全体的に(ただ)れており、頰肉は露出し、顔の筋肉の筋という筋が皺となって顔面を覆い尽くしている。鼻は削ぎ落とされ潰れていて、唇も焼け跡のみでようやくその存在に気付ける程だ。端的にいって万人受けする顔ではないだろう。

 だというのにその男が身に纏う衣服はその顔に見合わぬもので、軍服をモチーフにした宮廷服を思わせる装飾のついたジャケットを肩に羽織り、桜を象る帽章のついた二角帽子がその存在に威厳を語らせる。



「――フィットマンか。驚かさないでくれ」

「それは俺の顔の事を言ってるのか? これでも今じゃ結構気に入ってるんだけどな」



 フィットマンと呼ばれた男は軽く笑ってみせると、デレピグレオの横に立って同じ方向を見据える。身長は帽子分を数えなければ同じ程度だが、並んで立つとおよそ同じプリミティブとは思えない格好だ。だが紛れも無く同種である事はデレピグレオ自身が一番理解している。


 何故なら彼は(いずみ)宗吾(そうご)が作成したNPCの内の一人で、ガリバ族における族長補佐及び外交官の役目を担っている――という設定だからだ。


 もちろん金樹海に拠点を構えて今の今まで外交など行った事ないし、NPCの設定とはあくまでもプレイヤーが自分の世界観に浸る為に定めた自己満足でしかない。いくらAIが発達しようともプレイヤーを相手にNPCが外交を行うなどまだまだ先の話だろう。

 しかしこの世界ではどうなのだろうか。


 デレピグレオは真横に視線を向ける事なく言葉を落とす。



「なあ、フィットマン。この集落におけるお前の役割とは何だ?」

「おいおい。今更何を……寝ぼけているのか族長殿は?」

「いいから答えろ。族長命令だ」



 フィットマンは首を傾げながらも、命令に従って口を動かし始める。



「……了解。俺の立場はあんたの補佐に、外交の第一責任者だ」

「ならガリバ族としてどこか別の村や国と外交を行った事はあったか?」

「ないな。そもそも別の集落ですら接触した事はない。それはここにずっといるあんたが一番知っているはずだぜ」

「……だよな」



 デレピグレオがぽつりと呟く。

 やはりここはデレピグレオがよく知る【2nd real】の世界で間違いないだろう。フィットマンの外交官という責務もゲーム時の設定を受け継いでいるに過ぎない。設定通りであれば超一流の外交能力を持つのだが、ここが金樹海の中心にある以上残念ながら確かめようはない。しけしその敬遠されそうな顔で外交官など務まるのか甚だ疑問なのだが、そう設定した過去の自分に聞いてみたいものだ。



「それよりどうした。眠れないのか?」

「ああ……。そうかもな」

「なら集落を一周見て回って来たらどうだ? 程よい疲れが眠りに誘ってくれるかもしれないぜ」

「……そうだな。そうさせてもらおう」



 フィットマンの言葉に同意し、デレピグレオは再び歩き出す。そしてフィットマンもその後ろに続いた。



「お前も来るのか?」

「族長殿の補佐も俺の役割だからな。迷惑ならここで待機しているが?」



 デレピグレオはほんの一瞬逡巡するが、すぐに申し出を受け入れる。



「いや、素直にその好意に甘えるとしよう。付いてきてくれ」



 他のプレイヤーも自分と同じ状況下にあった場合、この金樹海に攻め込んで来る可能性は限りなく低いだろうが、金樹海には猛獣の類である野生の敵(エネミー)が存在する。

 ゲーム時では拠点に直接乗り込んで来るという事はなかったが、変なところで現実と酷似する点がある以上絶対とは言い難い。

 最悪戦闘に陥った場合、デレピグレオはまだ戦う自信がないのだ。



(レベルだけでいえば問題ないんだろうけどな)



 これはレベルを最大値にした奢りなどではなく、設定が生きていると仮定した上での推測だ。

 金樹海に蔓延る敵のレベル上限は60。プレイヤーキャラクターのレベル上限値である300からするとずっと低い。そしてデレピグレオのレベルは最大値である300。それも有料転生システムにより何度もレベル1からやり直した事を考慮するならば累計レベルは1500にも相当する。もちろん能力値が大幅に向上するという事はないが、習得したスキルは引継ぎされるし、累計レベルによる新スキルの開放など、恩恵は様々。レベル1の低ステータスからやり直すとなってもお釣りがくる。


 しかし現代社会に生きる(いずみ)宗吾(そうご)に実戦の経験などありはしない。武器を手に取り戦う自信などある筈も無かった。


 つまり言ってしまえばフィットマンは護衛代わりという事だ。

 NPCのレベル上限値もプレイヤー同様に300。そしてフィットマンも当然の如くMAX値となっているので、護衛としては充分過ぎる程頼もしい。



「で、まずはどこへ向かうおつもりかな?」



 デレピグレオは「うーん」と唸る。



「とりあえず地下訓練所へ向かおう」



 そう判断したのは、あまりに時間が遅過ぎる――否、早過ぎる為だ。もう間も無く太陽が顔を出し、他の恒星の代わりとして碧々とした明かりを灯すならば、鮮やかに移り変わる外を見て回るのも一興かもしれない。しかし残念ながら陽が眼を覚ますにはまだまだ時間がかかるだろう。

 それに構造物だけでなく、集落にいる者達の様子を窺いたいデレピグレオとしては彼らが活動する時間にこそ足を運ぶべきだと理解しての判断である。



(俺の強さも測っておかないと不安だし)



 都合良く追従してくれるフィットマンにちらりと視線を送る。



「訓練所か。確かに身体を手っ取り早く動かせる場所といえばあそこしかないだろうからな」



 フィットマンは納得だと頷く。


 地下訓練所は祭壇よりやや東、デレピグレオの住居とは正反対の方向にある。天幕が密集した場所から少し外れた不自然に岩盤が隆起した縦穴の下、今二人が足を進めているのはそこだ。入口は狭く二人程度なら通れるだろうが、梯子を使う必要があるので実質一回で通れる人数は一人だけ。

 ここよりまた少し離れた場所には緩やかな坂となってこの洞窟に繋がる入口が存在するのだが、彼らの出発点から考えるとかなり遠回りになってしまう。

 それに梯子ルートは訓練所に直結するので時間短縮したい時にはうってつけの道順なのだ。


 もちろん今現在において時間が惜しい訳ではないし、むしろ時間を潰すためにもゆっくり歩む選択肢だってあった。

 しかしそうしなかったのは、ゲーム時代の癖とも言うべき名残によるものだろう。

 気付けばそのルートを辿っていた。



(思えば通常の入口って殆ど使ってなかったな)



 ふと梯子を下りながらそんな事を考えてしまう。

 ゲーム時代は仕事と趣味の板挟みだったので、どうしても時間効率を優先してしまっていた。しかし折角創った本来メインとなるべき出入口が使用されないのは可哀相だろう。帰る際には久々に利用することを静かに決める。


 訓練所といってもそれ程巨大な造りとなっているわけではなく、集落面積の約3割程度しかない。しかし訓練用器具が何一つ置かれていないので、体感的な広さとしては広いと感じるだろう。地中へ降り立つと、土で囲まれた小さな小部屋の扉を潜り、訓練所の中へと顔を出す。


 当然ながら地上の光を一切遮断する地中において照明代わりとなるものは、火の熱以外に存在しない。等間隔に壁に設置された突き出し燭台が松明の灯火を支え、密閉された空間を幻想的に誘っていた。暗過ぎるということはないが、かといって人工照明のように昼間以上の明かりがもたらされる訳でもない。


 しかし明かりがなくとも夜目の利くプリミティブからすれば、充分過ぎる光度であった。

 おかげで先客にもすぐ気付く事が出来た。


 訓練所の中心で舞踊する人影は二つ。


 内一つは女性だ。

 腰布こそ纏ってはいるものの、臀部と胸部をピチリとなぞっただけの軽装な格好は、思わず生唾を飲み込んでしまうだろう淫靡さが隠れる事なく溢れ出ている。また引き締まった筋肉は腹筋や力瘤を確かに主張するが、その実女性らしい細身も兼ね備えていて、魅力的である事に疑いの余地はないだろう。

 露出した肌は小麦色に焼けており、両腕と脚部にはプリミティブにとっては珍しい金属製の防具、顔には骸骨をモデルとした白のベネチアンマスクが装着されていた。

 この火の粉を散らすように束ねられた赤の繊維も彼女の大きな特徴の一つであり、正に(いずみ)宗吾(そうご)の欲望を体現したかのような女性である。


 赤の髪が揺れ動く度に、久しく運動を忘れていたデレピグレオの心臓が慌ただしくドキリと跳ねた。



(――リデスカーザ)



 デレピグレオは心の中で静かにその女性の名前を紡ぐ。

 (いずみ)宗吾(そうご)が最初に作成したNPCであり、フィットマンと肩を並べる程入れ込んだ――主に金をかけたという意味でも――頼もしい仲間の一人だ。


 外見は専ら作成者の性癖を欲望のままに詰め込んだもので、どんな外見にしろステータスに差が生まれるわけでもないのだが、彼女には様々な有料容姿(パーツ)を組み込んでいた。彼女の肉体における身体の隅々までもが(いずみ)宗吾(そうご)が一日を費やし手掛けた拘りであり、そこに一切の後悔は存在しない。むしろ残ったのは誉れと満足感だけだ。ゲームの中ではなく、こうして生身の両の眼に映すことで改めてその想いは強くなった。



(それに……プティッチか)



 リデスカーザと拳を交わしていたもう一つの影の名を心に出す。

 異様に発達した上半身は筋肉の塊で、皮下脂肪の存在を一切許す事はない。叩けど拳は砕け、切り刻もうとも剣は刃こぼれし、貫こうにも弾丸は音を立てて弾かれる。オートマタのチートとも言うべき攻撃力と防御性能に対抗するために創造したキャラクターである。勿論外見が能力値に影響される訳ではないので、見掛け倒しにならないよう育成に関しては戦闘面に特化している。とはいえ相対するリデスカーザのように金にものを言わせたNPCではないので、純粋な強さで言えば彼女より見劣りするだろう。

 だがレベルは当然の如くMAXではあるし、リデスカーザやフィットマン程でないにせよ手間暇と金はかけているので弱いという事は決してない。

 このキャラクターのコンセプトは悪であり、見開かれた眼は見るからに獰猛。髪は清潔感の欠片もなくボサボサで、髭の手入れも行き届いておらず自由にのばした状態だ。



「む……?」



 デレピグレオの視線に気付いたのだろう。

 巨躯を誇る男の視線が新たに入場した二人に向けられる。それに合わせて拳を繰り出そうとしていた女の動きもピタリと止まった。



「誰かと思えばお(かしら)じゃねえか。随分と早起きだなぁオイ。それとも俺様が気付かなかっただけで、外じゃすっかり朝陽が昇ってるのか?」



 乱暴な言葉遣いも設定通りだ。初めて耳にするはずのプティッチの声に、デレピグレオは思わず安心してしまう。



「いいや、まだ朝前だ。それよりお前の方こそどうした? こんな時間まで訓練なんてガラじゃないだろ」

「おお、全くもってその通りよ。俺様の夜は酒に始まり酒で終わるというのにこの有様。全く最低最悪の一日だぜ」



 プティッチはその元凶ともいうべき女に怨みの念を込めて睨みつける。



「賭けに負けたお前が悪い」



 だがそんな愚痴をリデスカーザは容赦なく一蹴する。



「『賭け』?」

「腕相撲。リデスカーザが勝てば訓練に付き合う。リデスカーザが負ければ晩酌に付き合う」



 辿々しい口調でリデスカーザは端的に事の推移を説明する。どういった経緯で腕相撲勝負となったかは理解出来ないが、デレピグレオは思わず呆れてしまう。



(おいおい。そんな純粋な力比べでリデスカーザに勝てる訳ないだろ……)



 確かに見掛けだけでいえば己が筋肉を主張するプティッチの方が力強く映るのは疑いようもない。だがこの世界において見せかけの姿など装飾品の一つでしかなく、腕が太いから腕力がある、小さいから素早さがあるなどという設定は存在しない。大事なのはそのNPCに内蔵されたデータ量だ。


 こと(いずみ)宗吾(そうご)がプロデュースしたガリバ族のNPCの中で、他の追従を許す事のない随一を誇るのが彼女である。


 一般にNPCのレベル最大値はプレイヤー同様に300であるが、リデスカーザには年始の高額福袋にて超低確率でしか当選しないNPCヒューマンとNPCプリミティブ限定の神話の秘石(ミソロジーストーン)を使用する事で、その限界値を引き上げていた。これによるリデスカーザのレベル上限値はなんと500。

 そしてデレピグレオの記憶が正しければリデスカーザのレベルは405。まだ限界値に到達こそしていないものの、純粋な能力値においては他のNPCどころかデレピグレオですら敵わない。いくらプティッチと言えども勝てる道理はないのだ。



「だがデレピグレオ、良い時に来た。プティッチに代わってデレピグレオが相手になれ」



 仮面のせいで表情は読めないが、口元が嬉々として吊り上がる。いつの間にか手に携えた石槍の先端を喉元に突きつけられたデレピグレオの率直な感想はこうだ。



「…………ぅん⁉︎」







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