016:天幕にて
王金同盟が成された翌日、ガリバ族主要の面々は族長の家に集っていた。
こうして全員が一堂に顔を合わせるのは実に数日ぶりだ。
数日程度なら久し振りという感覚には程遠いかもしれないが、色濃い別行動をとっていたデレピグレオにとって、こうして顔見知りだけが周囲に居てくれるのは精神的にも安心を覚える。
自分が作成したNPCの顔ぶれに一呼吸置いて、デレピグレオは喋り始めた。
「皆、よく各々の役割を果たしてくれた。お陰で無事にベルンシュタイン王国との同盟も成立した」
デレピグレオは心の底から皆を労う。
間違いなくこれは一人の力では成さなかった事だ。
改めて自分が作ったNPC達を誇りに思う。
しかし労いの一言目で早々に、そのNPCの一人から疑問が投げつけられてしまう。
「だがよぉ、お頭。今更だがあんな弱っちいヒューマン共と手を取り合ってメリットなんかあるのか?」
心底呆れたようにプティッチが口を挟む。
その言葉には普段デレピグレオに全面賛成してくれるヌッヌウでさえも、プティッチの言葉に賛同している様子であった。
「たしか前にお頭は数の暴力に呑まれちまうみたいなこと言ってたけどよぉ、正直、あの程度なら万が相手でも取るに足らねえぜ?」
プティッチは「なあ?」と他の面々にも顔を向ける。
「その点についてはプティッチの意見は正しいな。
俺も王国最強の一角であるヒューマンと対峙したが、うちの連中でも彼女位の実力はあると見た。
仮に王国と戦争したとしても、数では劣れども戦力的に圧倒していると断言してもいいだろう」
「リデスカーザも同じ意見だ。
あいつらの中に強そうな奴はいなかった」
「リデオぬぃざロゥグ……バレてオリナガァ」
「え、えっと……外に出てないから分かんないです」
幹部達が順番にプティッチの意見に賛同を重ねていく。
出来ればデレピグレオも「確かに」と頷きたいところだ。
何せ報告によると、ヌッヌウの〈幻魔法IV・睡魔の蝶〉により万を超えるヒューマンが抵抗に失敗して戦闘不能に陥ったとか。
この報告によるデレピグレオの感想は「は?」の一言であった。
何せデレピグレオの知る〈睡魔の蝶〉は精々五十名程度を対象とする範囲魔法であったはずだし、レベル差があっても状態異常発生確率は高くて七割程度。
それが万を超える敵全員に通用したとなれば、確率論は一体どこに旅立ってしまったというのか。
デレピグレオの知る常識とは明らかに異なっている。
だが、だからといって折角段階を追ってわざわざ同盟を成立させたのだ。「弱いからヒューマン滅ぼそう」ではただの蛮族に成り下がってしまう。
プリミティブに生まれ変わったとは言え、流石にヒトとしての理性までは手放すつもりはない。
少なくとも道徳心はまだ捨てていないつもりだ。
皆の疑問を一身に受けながら、デレピグレオは全力で脳をフル回転させる。
「……確かに、な。五百年も過ぎたせいか、ヒューマンの脆弱さは俺も予想外のところではある。
だが俺は何も力の是非で手を取り合おうとしているわけじゃない」
「うむ。族長殿の事だ。そうだろうな」
「てこたあ、ヒューマン共と同盟を組むのには別の意図があったってことか?」
「ああ。その通りだ」
自信満々に言い放つデレピグレオの言葉に、口々から感嘆の声が漏れる。
勿論、そんな深いところまで意図しているはずもないので、今から必死にでっち上げるわけだが。
(いや、待てよ……。そういえば――)
意味深に笑みを浮かべてデレピグレオは続ける。
「まず最初の理由だが――リザ。
王城で少し引っかかった言葉があったんだが覚えているか?」
「引っかかった言葉?」
うーん、と眉間に皺を寄せリデスカーザは王城内での記憶を漁る。
しかし残念ながら思い当たるものはない。
リデスカーザは大人しく首を横に振った。
「そうか。フィットマンはどうだ?」
「おそらくだが――『リアルアースには昔、二つの種族があった』――という件のことじゃないのか?」
「流石だな。その通りだ」
そこまで話したのに、未だにリデスカーザは首を傾げていた。
おそらく連中の話に欠片も興味を抱いていなかったのだろう。
この三名以外はその場にいなかったので仕方ないのだが。
デレピグレオは改めて事の詳細を皆に分かりやすく説明する。
「王国のヒューマン達の話を聞く限り、どうやら俺達プリミティブという種族は今の世の中に殆ど認知されていない」
「それは前に兄様が言ってた、私達が五百年前に滅んだ種族だからですよね?」
「ああ。だが同時に俺達以上に認知されていない種族がいる」
「……成る程な。ようやく族長殿の言いたい事が見えてきた。
つまり――オートマタだな」
「正解だ。どうやら連中、オートマタという種族が存在した事実すら知らないらしい。
歴史を辿るのを生き甲斐とするウォルターですら、オートマタという言葉に聞き覚えがないらしいからな。王国民全員が知らないとみて間違いないだろう」
「だがよぉ、それが今回の件と何か関係があんのか?」
「やれやれ。大有りに決まってるだろう」
未だ話の方向性が見えてこないプティッチに対して、フィットマンがデレピグレオに代わって説明する。
「オートマタは前に族長殿が話していたように、最も警戒すべき種族だ。
もし仮に俺達プリミティブのように絶滅したというのであれば気にする必要もなかっただろうが、残念ながらそういった話はなかった。
いや、それどころか存在そのものが認知されていないというのは奇妙な話だとは思わないか?
まるで意図的に隠されているかのようだろう?」
「意図的に隠されていたら何か問題なのか?」
「勿論大有りだ、戦士長殿。
何故連中、我々のように歴史が語る事もなかったのか。
それはまず間違いなく意図的なものと判断していいだろう」
「わざわざそんな面倒な事する必要あんのか?」
「そうだな……。例えばオートマタという種族の特徴を隠蔽する事で、敵対時の対策を練られないようにしているという可能性も考慮できる。
仮にオートマタという存在が露見しても、その規模が分からなければ対応にも困難を極めるだろう。
事実、オートマタという存在を知る我々でさえ、そういった情報がない今、迂闊に行動する事は出来ない」
「あ、だから兄様は王国と同盟を結んだんですか?」
「あん? どういうことだ?」
「えっと、もしオートマタがまだ健在していて、敵対の可能性があるなら味方は多い方がいいんじゃないかなーって」
「成る程。つまりは俺たちの盾として利用出来るかもしれねえってことか」
「……そこまで彼らを非人道的に扱うつもりはないんだがな。ま、それにどこから情報を得られるか分からないんだ。
情報源は多いに越した事はないだろ?」
ここまで説明が成った事で、ようやく皆の目に納得の文字が浮かんだ。
補佐役として活躍したフィットマンに心の中で賛辞を送っておく。
「加えて、だ。文化が違うという事は、それだけ俺達と使用している物も異なるという事だ」
そう言ってデレピグレオは留守番梟に保管させていた土産を取り出す。
突如デレピグレオが垂らした長方形の布に全員の視線が集まる。
「兄様、それって何ですか?」
「これはな、布団というやつだ。俺達で言うところの藁床だな」
「悪いがお頭よぉ……、んなヒューマン共が使ってる藁床なんざどうするつもりなんだ?」
「勿論使うに決まっているだろ?」
「はぁ⁉︎ ヒューマン共が使うような寝具をか?」
プティッチは心底信じられないといった様子で目を丸くする。
その反応だけでも、彼がどれだけヒューマンという人種を下に見ているかが窺えるというものだ。
デレピグレオは「やれやれ」とプティッチに向き直る。
「その反応は早計だし、何よりいい加減失礼だぞ。
仮にも同盟相手なんだ。尊重しろとまでは言わないが、せめて馬鹿にするような発言だけは控えるようにしておけ」
「け、けどよぉ、お頭……」
「まあお前が実力主義者なのは知っているが、彼らの物作りの文化はハッキリ言って俺達よりもずっと先を行っているからな。
ほら、クルティ。持ってみろ」
デレピグレオはそう言って、更に小さな長方形の織物をクルティに放る。
「わ……。すごいふかふか……」
「枕というやつだ。寝るときに頭に敷く。睡眠の質を高めてくれる道具とでも思えばいい」
デレピグレオから紡がれる説明をBGMに、クルティは体験した事のない優しい感触に頭を埋める。
どうやらかなり気に入ったようだ。
「俺と一緒に城に寝泊まりしたフィットマンとリザならこの布団と枕の気持ち良さが分かるだろ?」
「知らん。リデスカーザは床で寝ていた。
そもそもこんな物あったのか?」
「悪いが俺も同じだ」
「え……?」
予想外の返答にデレピグレオの思考が一瞬停止する。
「あ、確かに部屋にあったのはベッドだから少し形状は違うか……いや、でも床で寝るって……」
ベッドは各部屋に一つ用意されていたというのに何故使用しなかったのか。
現代人として生きてきた泉 宗吾としては当たり前でも、生まれた時から古代文明人の彼らにとっては未知の産物ということなのだろう。
未だプリミティブという人種の特徴を掴みとれていない自分に、いかんいかんと考えを改める。
「ま、まあ文化が違えばそれも仕方ないか。
ならば今夜にでも布団と枕を試してみるといい。と言ってもまだ二人分しか手元にないから、最初はクルティとリザに渡しておこう。
また明日にでも感想を聞かせてくれ」
「う、うん」
「分かった」
「……んで、結局この布団とやらが俺らにとって有用なのか?」
「別に寝具に限った事ではない。
正直な話、俺達よりも彼らの方が製作技術は圧倒的に上だ。王都を見て回ったクルティ以外の者なら分かるだろうが」
煉瓦造りの建物。
上下水設備。
種類豊富な料理。
用途に合わせた多様な服装。
決してプリミティブには真似できない技術ばかりが揃っていた。
真似しようとも知識と知能が足りずに失敗するであろう事は目に見えている。
だが現代人として生きてきた泉 宗吾としては、こういった当たり前の技術や設備を出来るだけガリバ族に取り入れたい。
(だってその方が快適なんだもん!)
心の中で本音を叫ぶ。
「成る程。族長殿はヒューマンの技術をガリバ族にも取り入れたいと考えているのだな?」
「その通りだ。といっても全てをヒューマンみたいにしたいわけではない。
あくまでも便利なものは取り入れ、俺たちにとって不要と判断するものは取り入れるつもりはない。
全て取り入れてしまってはプリミティブとしてのアイデンティティが損なわれてしまうからな」
「了解した。ならば俺としても特に反対する事もないな。
皆もどうだ?」
「ああ。問題ねえ」
「ですです」
「別に構わない」
「オゴェ……ず」
「理解してくれて助かる」
皆の賛同を得た事で、デレピグレオはようやく肩の荷が下りたと一息つく。
「じゃあ次に――再度、俺たちの今後の方針について話し合う事にしよう」




