014:勝利の報告
今日は少ないです。
賽は投げられた。あとは結果を待つのみ。
だと言うのに、デレピグレオの背中では汗が滝のように流れ彼の体温を著しく奪っていた。
(そりゃNPC達の事は信用してるけど……本当に勝てるのか? 今更ながら超不安になってきたんだけど!)
ウォルター及びフィットマン考案の作戦は間違いなく理に適っている。
デレピグレオもそれに納得したし、NPC達も「問題ない」と自信満々に頷いてくれていた。
(けど流石に万の軍勢の中に放り込まれたら、いくら高レベルとはいえ無事で済まないんじゃないか?)
数の暴力という言葉もあるぐらいだ。
デレピグレオがそう不安になるのも無理はない。
確かに、王国最強の一角であるリリリラという女性とフィットマンの試合を眺めて「あ、なんだ。この程度で最強なんだ」と肩透かしくらったのは記憶に新しい。
けれどいくら敵が雑魚の集まりとは言え、ここはデレピグレオの知るゲームの世界とは別物。
実際にデレピグレオの知るスキルの仕様も変異している。
ゲーム時では防御力が攻撃力を一定より上回っていれば1ダメージすら与えることが出来なかったが、この世界でもそうとは限らない。
というより現実世界で生きてきた泉 宗吾にとって、ナイフが皮膚に突き当たれば簡単に肉が削がれるイメージしか沸かない。
(いや、リザとの一戦でも俺の体に風穴が空くことは無かったし大丈夫とは思うんだけれども――)
現実世界での人生の方が長い分、どうしても現実世界での常識がイメージに先行してしまう。
そこでチラリとすぐ傍に立っているリデスカーザの方を見る。
髑髏仮面の奥でどんな表情を浮かべているかは分からないが、平坦に閉ざされた口元を見る限り一抹の不安すら抱いているように見られない。
恐らくは仲間達の勝利を確信しているのだろう。
「どうした?」
「ああ、いや。何でもない」
「……そういえばお二人はどういったご関係で?」
戦争の真っ最中とは思えぬほど静かな空間。二人の些細な対話をきっかけに、玉座に座るアルクライムが会話を切り出す。
「というと?」
「いえ、随分と仲が良さそうに見えたのでね」
「そうか。一応俺たちは夫婦という関係だな」
「『一応』とは何だ!」
「す、すまん。ついこの間の事だったからな、言葉の綾だ」
「がるるる……!」
「はははは。やはりそうでしたか。とても良くお似合いです」
爽やかな笑顔で二人の仲を祝福する。
「そういう――失礼、今更だが陛下とお呼びした方が良いのか?」
「いや。私のことはアルクライムと呼んでもらって差し支えない。もう既に同盟国の仲だからね」
「そうか。ならばアルクライム殿、そういうアンタはどうなんだ?」
一国の王を「アンタ」呼ばわりした厚顔無知な男に周囲の文官達は騒めくが、流石に声を大にして批判する者達はいない。
デレピグレオ達は今や同盟国――と言って良いかは分からないが――自らの国王が認めた対等な立場の人間なのだ。
流石に村規模の人口と聞かされると納得したくない部分もあるが、アルクライム自ら許可している為、これ以上彼らが口を挟む事ではないだろう。
尤も、これがガリバ族の族長であるデレピグレオ以外の者らの発言であれば批難したに違いないが。
そんな文官達の顔色を察してか、アルクライムは特に気にした様子もなく話を続ける。
「残念ながら独り身でね。婚約者はいるんだけどこの戦争の最中だ。それよりも内政に目を向けたいというのが本音かな」
「俺は百に満たない集落を管理しているだけだからアンタの立場を理解することは難しいんだが、やはり国王という立場は相当なプレッシャーがあるんじゃないか?」
「……そうかもしれないね。けどその実やり甲斐もある。
少し傲慢かもしれないが、私がこの地位に即位してから国力は増強され、民達の生活も向上したと自負していてね。
自らの努力が国に還元されると嬉しくなるんだ。
デレピグレオ殿もそうではないのかな?」
「……そうかもな」
プレイヤーだった頃の気持ちを思い出す。
小さな集落から始まったガリバ族。
資源を集め、人材を集め、ようやく軌道に乗り始めた頃にヒューマンの襲撃により壊滅させられ、その苦難を乗り越えてまた金樹海という新天地でガリバ族を復興させて――。
少しずつ自分が手掛けたものが形になっていくと、充実感や満足感といった感情が込み上げてきた。
だがそれは所詮、独り善がりなゲーム感覚でしかない。
アバターに身を移した今では、そこに込める想いというのがまるで異なる。
(今ではNPC達にも完全に意思があるし、もう俺一人の問題じゃない。そう思うとかなりのプレッシャーだな……)
改めて自分の置かれている現状を再認識し、漠然とした感覚でしか観ていなかった国王という存在の大きさを実感させられる。
「……誰か来る」
不意にリデスカーザの視線が扉の奥へと向けられる。
その僅か数秒後に扉が勢い良く開かれた。
入ってきたのは王国の人間だった。
予告なく扉を開け放った男だが、それを気にする
事もなくゼェゼェと肩で息をしながらアルクライムの前で跪く。
「ほ、報告! 報告!」
激しい動悸に襲われながらも、男は目に涙いっぱい浮かべながら必死に言葉を形にする。
「聞こう」
「は! さ……作戦成功! 作戦成功!
帝国四神の一柱である“白虎”を捕縛! 合わせて万を超える帝国兵も捕虜にし、防衛都市ハッタンにも我が国の旗が上がったとの事!」
一気に戦況を読み上げる男の言葉に、アルクライムは驚愕した。
「なんと……!」
目を見開き「信じられない」という言葉を零す。
いや、アルクライムとしてもこの作戦は成功させなければ王国の存続に関わってしまうので、成功を願ってはいたのだがあまりにも予想よりも早過ぎたのだ。
まだ兵が出陣してから一日も立っていない。
ようやく空が赤灼けに染まってきた頃だというのに、一体どうやって帝国兵を倒したというのか。
アルクライムはそばで語り合っていた同盟国の男に視線を移す。
「これもガリバ族の方々の実力という事ですか」
リリリラとの一戦で十二分に実力を評価していたつもりだが、まさかここまで圧倒的な戦果を上げるとは予想を遥かに超えている。
畏敬とも畏怖とも取れる感情がアルクライムの内で渦巻き、そんな彼らを統べる目の前の男に改めて戦慄を覚えた。
「いや、俺たちだけの戦果という訳でもないだろ。実際この作戦はリューネット殿が立てられたものだしな」
「確かにね。けれども彼の作戦を机上の空論としなかったのは紛れもなくガリバ族の方々の働きによるものでしょう」
確認するかのように伝令を届けた男へと視線を飛ばす。
「は! “白虎”や万を超える帝国兵を無力化したのもガリバ族の方々の活躍によるものと聞いております!」
その男の言葉により、今まで奇異の目でしか見ていなかった文官達の目の色が変わっていくのが分かる。
思わず口々に感嘆の声を漏らす者もいた。
「そうか。ならば力になって良かったと言っておこう」
そこでようやくデレピグレオの心臓が平常運転へと戻る。
まさかこうまで上手くいくとは。
いや、あまりにも自信満々な部下の手前、格好良く送り出したはいいが、現実世界との比較で勝手に不安の渦に飲み込まれていただけなのだが――。
しかしこれで改めて実感させられた。
この世界は紛れもなく泉 宗吾の知るゲームの世界と酷似している。
変に仕様が変わっている部分もあるが、ある程度はゲームだった頃のシステムを受け継いでいると言って差し支えないだろう。
といってもまだ部下達からの詳細報告を受けていないので、断言するのは危険だが。
「では我が国の兵士達とガリバ族の戦士方を迎える凱旋パレードの準備しなければね。
皆、帰還する戦士達をもてなす準備を」
「は!」
アルクライムの言葉に文官達がめいめいと動き出す。
「パレードか。やはり国王とは凄いな。
俺にはそんな事浮かばなかったぞ」
「……? 文化の違いがあるのは当然じゃないかい?」
「いや、そうでは――いや、そうだな。では俺の部下達も精々労ってやってくれ」
(特にプティッチはそういうの好きそうだし。俺達が同盟相手という良い宣伝にもなるだろうしな。
おそらくアルクライムもそのつもりだろうし)
「ああ、勿論」




