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古代文明人の生き残り  作者: 十良之 大示
第1章:生き残った一族
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011:罠の臭い

 防衛都市ハッタンは帝国領における国境線だ。

 故に街としての機能は少なく、都市と呼ぶよりは軍事拠点と称した方が正しいかもしれない。

 都市に住まう大半の者は軍人であり、飾り気のない利便性を追求した構造となっているのだから。


 その中でも特に特徴的なのは七メートルを超える巨大な壁だろう。

 ハッタンを囲むようにして築かれたそれは、難攻不落というのに相応しい。事実、ただの一度たりとも防衛都市ハッタンの国境線を侵した国など有りはしない。


 むしろ、ザナドゥ帝国領に隣接するベルンシュタイン王国の領土を年々侵さんとする攻勢拠点として役割を果たしているくらいだ。


 それでも大きく国境線を食い破ることがなかったのは、王国が誇る兵士の多さ。加えてザナドゥ帝国にその気が無かったというだけに過ぎない。


 ザナドゥ帝国としては、隣接する王国の国力を多少なりとも削ぐ事さえ叶えばそれで良かったのだ。

 侵攻する側とされる側。

 どちらの方が精神的にも兵力的にも楽かなど語るまでもない。


 勿論完全に都市を落とすつもりであればおよそ三倍以上の兵力は必要であると言われるが、帝国は王国にそうさせないだけで十分なのである。


 だがそれも今日(こんにち)までの話。

 これまでは帝国領に隣接する他国との小競り合いが激化していたのだが、つい先日に帝国四神と称される英傑の働きによりようやく決着がつけられた。

 つまり、いよいよ王国に攻め入る準備が整ったという事だ。


 その一柱“白虎”エルダー・ストラップが、外壁の上で不敵に微笑んだ。



「いよいよねぇ♡」



 喉太い声が小さく映る王都ベルンシュタインへと向けられる。

 風になびく白金の髪(プラチナヘアー)、淡い桃色に塗られた小さな唇、白く細い脚を魅せる扇情的な服装。

 どれも女性であれば妖艶と感じるのに事欠かない外見だ。

 だが残念ながら、周囲にいた兵士らが欲情する事はあり得ないだろう。


 なぜならその逞しい声から想像できるように、エルダーは女性ではなく男性なのだから。


 とは言っても、細身の背格好からは女性と勘違いされても仕方がない。事実、世間一般に美顔と称される顔と声、あとは平らな胸を除けば、間違いなく女性のそれと変わりないのだから。



「部隊の編成はどうなっているのかしら?」



 髪をかきあげながら、エルダーは副官である部下に視線を移す。



「予定通り攻勢軍は四万、防衛軍は五千の編成です」

「うーん。王都を本気で攻め落とすには少し不安な数ね」

「ですが今回の戦ではストラップ殿が陣頭に立たれるのです。我が方の勝利は揺るぎないかと」

「あら、嬉しい事言ってくれるわね。けれど敵を侮るのは良くないわ。王国には“刃”に“天秤”と呼ばれる豪傑が二人もいるんでしょ?

 もしかすると私達よりも強いかもしれないわよ?」



 帝国の切り札とも呼ぶべき一角がそんな事を言うものだから、副官は思わず苦笑いを浮かべてしまう。



「……ご冗談を。仮にそうだとすれば、今までの小競り合いですら我々は大敗を期した事になります。

 そうなっていない現状こそ、何よりの証明であると愚考いたします」

「さて、どうかしら? ……貴方はどう思う?」



 そこでエルダーの視線は、この場においてエルダーとは別の意味で異質な格好をした青年に向けられる。

 甲冑や武具を装備している様子もなく、とてもこれから戦争へと向かうような格好とは思わない。そこら辺の街中を出歩くような身軽な服装だ。


 しかしその外見はある意味正しいと言えなくもない。

 実際に彼は戦争に参加するわけではないのだから。

 丸眼鏡をキラリと太陽の光に反射させ、青年は笑ってみせる。



「んー、あっしが観た感じストラップはんの方が二人より強いと思うで。二人がかりならともかく。

 けど、どちらかは王様の警護に付くやろうし、結局はストラップはんの優位は揺るがへん思うわ」

「あら、かの溝鼠(ブラウンラット)のリーダーがそう断言するならそうなのかしら?」

「買い被りすぎでっせ。本来、あっし程度の人間じゃ、あんたらみたいな規格外の英雄の力量を推し量るのも烏滸(おこ)がましいぐらいや。

 勘弁したってください」



 溝鼠(ブラウンラット)のリーダー、マル・クラネシャスは困った感じに肩を竦める。



「ふーん? 随分謙虚な男じゃない。私の見立てでは、貴方もかなり強者の位置にいると思うのだけれど?」

「いや〜。かの“白虎”はんにそう言ってもらえるんは光栄の極みですな。けどさっきも言った通り買い被りすぎですわ、ストラップはん。

 あの二人と比較したら、あっし程度は足下にも及ばへん」



 戯けた様子がまたエルダーの目には好感的に映った。

 エルダーは「まあいいわ」と置いてそれ以上は追求せず、本題へと移る。



「それで、貴方が持ってきてくれた情報は正しいのかしら?」

「モチのロンや。王国軍は確実に兵を国境線まで出してきよる」

「なら籠城はないのね」

「絶対にあらへん。あの人らは市民の犠牲を防ぐ為に躍起になってはるからな」

「正しい選択ね。ま、民兵を動員している時点でその思想は矛盾してるわけだけど」



 そう皮肉を零す。



「でもこちらとしては有難いわね。憂いなくほぼ全軍を前線に投入出来るわけだし」

「……やっぱ“玄武”はんがステライド領を占領してくれたおかげでっか?」



 ザナドゥ帝国の南に隣接する森林国アハムテヘト、その国境線たるステライド領が帝国の支配下に置かれたのはほんの数日前の出来事だ。

 帝国に隣接する国の中で最も好戦的な国ではあったが、四神の投入により一気に沈静化。

 暫くは無闇に兵の命を散らすような特攻をしてくる事はないだろう。


 もしもステライド領が健在であれば、エルダーも王都ベルンシュタインへ攻め入れようとは思わなかったに違いない。

 それだけ彼もステライド領を統治していたバース伯爵という人間を危険視していたという事だ。


 だが同じ四神の一人がこれを討ったことで、安心して侵攻に専念出来るというもの。


 的を得ているマルの質問に、エルダーは素直に頷く。



「ええ。あの子が目を光らせてる内はもう南を気にすら必要はないでしょうし。

 万が一想定外の事が起きたとしても、ステライド領からこちらまで北上するにはそれなりの日数が必要になる。兵の再編に必要な時間は十分にあるからね」

「なるほど。だから今回は気兼ねなくスプラットはんも前線に出れるっちゅーことか」

「そういう事♡ 何なら貴方も前線に付いてきてもいいのよ?」

「それは流石に堪忍やで。あっしみたいな人間は戦場じゃ異物。役に立つどころか邪魔になるだけやさかい」

「あら残念。貴方が戦う姿も見てみたかったのだけど」

「元々あっしの仕事は情報提供までや。そっから先は加担するつもりはあらへんさかい」

「仕方ないわね。ま、向こうから全勢力を投入してくれる事を教えてくれただけでも感謝するわ」

「お互い様や。あっしらも王国が敗北した後にエルダーはんらに粛清されるんは恐いさかい。

 ちゃんと約束さえ守って貰えれば、こちらとしてはそれ以上に何も要求せえへんよ」

「ええ。安心して。約束は守るわ」

「なら安心や。それじゃ、あっしは役目も終わったさかいお(いとま)させてもらうわ」



 そう言って、マルは背を向けて何処かへと歩いていった。

 その気配が完全に消え失せてから、今まで口を閉ざしていた副官の男が静かに尋ねる。



「……よろしいのですか? あのような賊の言葉など鵜呑みにして」



 副官の不安は尤もである。

 あれが帝国が用意した間者であるならばともかく、得体の知れない男の言葉。信じろと言われる方が難しい。

 だがエルダーは愉しげに笑っていた。



「ふふ。いいんじゃない?」

「ですが――」

「まあまあ、そうカリカリしないの。真面目が過ぎると禿げちゃうわよ」



 人差し指を副官の唇に押し当てて黙らせる。

 これが美しい女性の仕草でもれば狼狽もしただろうが、副官の双眸に映るのは美青年なのだから反応に難しい。

 困った顔を浮かべる副官に、エルダーは更に微笑みを浮かべてみせる。



「貴方の不安も良く分かるわ。けど実際問題、私の見立てでも明らかに優勢なのはこちら側。

 もし何かしらの罠があっても食い破ってみせるわ」

「なら森林国のような他国と手を組んでいる可能性は?」

「ないわね」



 副官の不安を真っ向から否定する。



「あるとすれば軍に動きが見られるはずだし、動いていても結局は少人数。

 質で上回るこちら側が不利になるなんて事絶対にないわ」



 エルダーは力強く断言してみせた。

 ここまで言われたらそれ以上不安を口にするのは無礼というものだろう。



「分かりました。では私からはもう何もございません」

「ふふ、いい子ね」

「で、伝令! 伝令ー!」



 話がひと段落した瞬間、ドタバタと下から声を荒げて兵士の一人が階段を駆け上がってきた。

 兵士の男は息を切らしながらエルダーの前で跪く。



「あら、どうしたの?」

「王国軍が兵を動かし始めました!」



 兵士の報告に、二人の眉がぴくりと反応する。



「ふふ。予想よりも随分と早い出陣ね。それで……兵の数は?」

「はい。目算ではありますが、およそ七万程かと」



 それを聞いて、エルダーは僅かに首を傾げた。



「……王国全軍にしては少ないわね」

「ええ。確か王都だけでも兵士の数は十万はいたはずです」

「因みに王国内から増援の予兆は?」

「今のところは何も報告が入っておりません」

「ふーん? だとすると三万は王都内で万が一に備えてるって感じかしら。中々手堅いわね」

「恐らくはそうでしょう。流石に守備をゼロにするなんてことはないでしょうし」

「それもそうね。ま、残りが援軍に出てくる事も考慮して十万。……少し物足りないわね」



 そう戯けてみせるエルダーの言葉には流石に副官の男も言葉に困ってしまう。



「それはストラップ殿だからこそ言える言葉ですよ。

 我々からすれば絶望的な戦力差ですから」

「けどその数の差に狼狽していない時点で、貴方も一般人とは違うんじゃないかしら?」

「……それを言われると返す言葉もありませんね」

「ふふ。そういう素直なところは魅力の一つね。

 さーて、長話してここまで来られたら面倒だし、そろそろ私達も行きましょうか♡」



 エルダーは愉しげに砂煙が上がる方を見つめて、部下たちに指示を下した。








 ◇







 地上に出るとその数の差は一目瞭然であった。

 王国軍、帝国軍は互いに睨み合う形で陣形を組み、まだかまだかと開戦の緊張感に支配される。


 王国軍七万。

 明らかに両翼の開きが帝国のそれとは歴然とした差がある。

 もしも帝国軍が鍛え上げられた兵士ではなくただの民兵中心であったならば、視界の隅まで映る兵士の多さに圧倒されていたに違いない。

 個々の間には隙間もなく、僅かにあった間の奥にも新たな兵士の影が敷き詰められているのだから、むしろ気圧されない方が難しいだろう。


 だが一人として臆病風に吹かれる事がないのは、これまでの小競り合いが彼らに自信を与えていたからだ。


 数に差はあっても、質では決して劣ることがない。


 もちろん被害がゼロという事はあり得ない話だが、それでも小競り合いで大敗を期すような過去は存在していない。

 培った経験と記憶こそが、彼らの背を支える力なのだ。


 そして何より、今回の戦いでは今までと決定的に異なる点が存在する。


 帝国兵全員の視線がそこへと(つど)う。



「ふふ。数の差に嘆くような臆病さんはいないわね♡」



 皆の先頭、馬上からエルダーは満足そうな笑顔を魅せる。

 独り言のように呟くが、その声は帝国兵全軍にまで透き通り、彼らの鼓動を一瞬で鼓舞させる。



「みんな良い顔してるわよ♡」

「ストラップ殿」



 そこに副官が、同じく馬を操ってエルダーの傍へと歩み寄る。

 だがその視線の先はエルダーではない。

 エルダーもそれを察して、副官と同じ方向へと視線を飛ばした。



「ええ、分かってるわ。あれがきっと“王国の刃”……たしか――リリリラ・ミニッツハーゲンね」



 相対した事はないが、エルダーは直感でそれを感じ取る。


 遠目でも分かる。

 屈強な黒馬に跨り、それを重ね塗るかのような闇色の甲冑に身を包む女性。

 彼女の手に握られた――これまた黒を基調としたーー鉾槍(ハルバート)が彼女の存在をより巨大に映し出す。


 ただそこにいる。

 それだけで王国の兵士達に勇気という名の炎を灯していた。



「おそらくは」

「ふふ。初めて見たけど、確かに王国の切り札と称されるだけはあるわね。見ただけでゾクゾクしちゃったのは久しぶりだわ♡

 ということは“王国の天秤”さんはーー」

「残留三万を率いて王を護っているという事でしょうね」



 副官が言葉の続きを推測して述べ上げる。

 エルダーもそれに頷くようにして同意した。



「……けど(みょう)ね。“王国の刃”ちゃんからはギラギラした視線をずっと感じているのだけれど、一向に仕掛けてくる気配がないの。

 もしかして私達を誘っているのかしら?」



 エルダーの疑問に、副官も「ふむ」と様子を窺う。


 確かに少し変だ。

 もし本気で王国側もこの小競り合いを終わらすつもりならば、こちらの準備を待たずして一気に仕掛けてきてもいいはずだ。


 にも関わらず、王国軍はこちらの布陣を前に睨みを効かすだけで、開戦の雄叫びを発する様子はない。



「……何かの罠でしょうか?」


「地形的にも伏兵を置ける場所なんてないし、その可能性は限りなく低いわ。あるとすれば時間稼ぎ。

 もしかすると国内から援軍が来るのを待っているのかもしれないわよ?」

「ならば増援が到着するまで軍を出さないと思うのですが」

「それもそうね。なら“王国の刃”ちゃんの性格かしら? 後の先をとる受け型みたいに」

「……噂では先の先をとる猪のようなタイプと耳にしましたが」

「あら、そうなの?」



 確かにそれならば先程から今にも殴りかかってきそうな鋭い視線にも納得だ。

 言われてみればそれを必死に抑え込んでいるようにも見えてくる。



「ふふ♡ なら待たせちゃうのも悪いし、お望み通り私達から仕掛けてあげましょうか」

「よろしいので?」

「ええ。我慢は体に毒だもの。向こうにとっても、こちらにとってもね。

 それに――私も受けより攻めの方が性に合ってるしね♡」



 先程と変わらなく色っぽく戯けてみせるが、笑顔浮かべたその瞳の奥には獲物を狙う冷えた色が支配していた。



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