010:腕試し
鉾槍はその形状から多彩な技を繰り出せる反面、それに特化した武器と比べると扱いづらさに難がある。
飾りもなく突きや叩くに特化した槍と比べるとどうしても重心がズレてしまうし、純粋な斧と比べれば叩き斬るだけの重量を自分で補う必要がある。鉤となる部分も引っ掛ける深さが浅く出来ているのであまり意味を成さないだろう。
だがリリリラは当然の事ながら鉾槍の性能を100%以上発揮することが出来る。槍よりも鋭くに、斧よりも重く、鉤よりも正確に。扱えぬ武器を持つ程、彼女は愚かではない。
しかし彼女が武器の性能を100%引き出す事など殆ど皆無であった。と言うのも、戦闘が激化するより早く決着が着くのが殆どだからだ。
叩く、切る。
これだけで大抵の戦闘は終わりを告げる。しかしいつ以来だろうか。それだけで終わらぬ戦いが久々に起きようとしていた。
長物であるはずの鉾槍が残像だけを残し、幾千と振るわれる。通常であれば細切れだ。皮膚は剥がれ、肉は削ぎ落ち、骨は断たれる。そこに人が生存出来る余地はない。
だがその矛先となっているはずのフィットマンは平然とその剣戟を撃ち落とす。それもただの一歩と両足を床から離すこともなく。肉に届く前に悉く打ち払われていった。
争い事とは遠い位置にある文官達の目には、どう防御しているかなど理解する事も出来ない。ただ無数の火花と空気を叩く金属音だけが彼らに伝わってくる情報の全てであった。
(こいつ……口だけじゃねえ!)
認めたくないが認めるしかないだろう。リリリラは目の前の男の評価を数段階引き上げる。
「荒削りだがうちの連中と良い勝負が出来るんじゃないか? それでもまだうちの連中の方が勝つだろうが」
「あァン⁉︎ なんだそれ、舐めてんのか⁉︎」
「俺が告げるのはいつも事実だけだ。そんな事よりもいいのか? 背中がガラ空きだぞ?」
「背中だァ?」
男の言葉の意図が理解出来ないまま両手を振るおうとするが、すぐさまその意味を理解する。
「づゥ……ッ⁉︎」
背骨が軋む音が届くと同時に、リリリラは大きく仰け反り飛ばされてしまう。気付けば正面に捉えていたはずの男の姿はなく、あったのは床とキスするコンマ一秒手前の未来認識のみであった。
咄嗟に空中で身をよじるが受け身には間に合わない。無様に何度も床を転がりながら、ようやく回転が止まる。
倒れた時に唇を切ったのであろう。とん、と赤の一雫が床へと垂れる。
「てめぇ……。一体何しやがった?」
地を這いながらも忌々しそうにフィットマンを睨む。
「言っただろ? 背中がガラ空きだったから背後に回って蹴っただけだ。いくら目の前に敵がいるからといって背後の警戒を疎かにするなど二流もいいとこだぞ。
まあ我が族長クラスにもなれば、相手を誘う罠としてわざと警戒を解く事も出来るだろうがな」
すぅ、とフィットマンの視線が彼らを統べる男へと向けられる。王国最強であるリリリラを前に注意を他に逸らすなど余程警戒する必要がないという表れなのだろう。
デレピグレオもふっ、と笑いを零していた。
信じられない。
怒りよりも驚愕がリリリラの感情を支配していた。
リリリラが着ている甲冑は、黒曜鉄という黒曜石をいくつかの工程を経て鍛えられた特殊な金属で出来ている。その性質は鉄よりも軽く、鉄よりも硬いという戦士には嬉しい一品。
だというのに、あろうことか目の前の男はそれを着込むリリリラを蹴り飛ばしたと言う。背中に奔った衝撃が鎧を越して伝わったものだとすれば、一体どれ程の脚力で蹴ったというのか。
もしかすると――。
「一応言っておくが、俺の靴に鉄板が仕込まれているなどという事はないぞ」
「チッ。だろうと思ったぜ」
淡い期待も――元より雫程度でしかなかったが――膨らむより早く弾けてしまう。リリリラは激痛に叫ぶ背中に鞭打ちながら、ゆっくりと立ち上がる。
「まだ戦うつもりなのか?」
「あァん⁉︎ あたりめぇだろうがよぉ!」
リリリラは再び鉾槍を構える。
「やれやれ。勇ましいお嬢さんだ」
「オラァ!」
真正面からの袈裟斬り。無意味だ。
重量差のあるはずの剣に簡単に捌かれてしまう。これはこの僅かな時間でリリリラも痛感していた事だ。だがリリリラの狙いは初撃で決める事ではない。一撃でだめなら二撃目、二撃目で通じぬのならば三撃目、三撃目で届かぬのならば四撃目――。あまり趣味ではないが手数の多さで押せばいい。
「……なるほど。確かに一撃の威力を殺してでも蓮撃で攻める方が効果はあるな。しかしこれでは先程の二の舞だと思うが?」
「だろうな! けど……これならどうよ!」
〈重ね打ち〉
リリリラの攻撃がフィットマンの剣を叩く。結果は何も変わらない。反対に弾かれて終わりだ。しかしリリリラのスキルがそれを許さない。
「む……?」
パキンッと短い音を奏で、フィットマンの持つ剣が半分に折れる。欠けた刃は後方へと弾け転がっていく。
リリリラが放ったのは、触れた回数に応じて触れた対象に一定のダメージを与えるスキルだ。このスキルは必要以上のダメージを与える事が出来ない代わりに、触れただけでもダメージを与える事のできるというのが利点だ。普段であればこんな回りくどいスキルを使わずとも一刀の下に敵は足下に倒れる為、ほぼ死蔵していたスキルだったのだが――まさか使う事になるとは。喜ぶべきか、悲しむべきなのか。
だが戦闘はまだ継続している。後でも思考出来る事に一々一喜一憂してはいられない。
リリリラは一気に畳み掛ける。
〈鎌鼬〉
斬撃が空を貫き、風の刃となってフィットマンへと襲い掛かる。触れれば鎧をも切り裂く一撃だ。
「まだまだァ!」
〈鎌鼬〉〈鎌鼬〉〈鎌鼬〉〈鎌鼬〉――!
鉾槍が幾多と振るわれ、その度にフィットマンの首を刈る刃となって邁進する。
「ふむ。これで打ち払うには少々心許ないか」
だがフィットマンの姿勢は変わらない。
押し寄せる殺意をまるで気に留める事もなくそう呟くと、高速の刃の嵐をまるで散歩するかのように闊歩する。
「何だと⁉︎」
驚愕である。
回避されるイメージはあった。だが後ろに跳ぶでも横に避けるでもなく、ただ前に進んで回避するとは誰が想像出来ようか。二人の距離はゆっくりと縮まっていく。
「ちぃッ! 何から何まで舐めやがって! ……だが刀身の折れた剣で何が出来るよ⁉︎」
「そうだな。例えばこんな事とか」
そこで初めてフィットマンが踏み込みを見せる。ブンと腕を振るい、彼の手から折れた剣が勢いよく放たれた。しかしその軌道は明らかにリリリラから逸れている。
「へっ。おいおい、どこ狙って――」
明後日の方向へ飛空する剣を嘲笑うかのように一瞥する。だがその一瞬の隙が命取りであった。
ほんの少し、刹那にも満たない時間ではあったが、意識が他に逸れた事により完全にフィットマンが視界から消失する。
(不味い!)
自らの一瞬の過ちを叱咤する暇もない。フィットマンを見つけねば終わりだ。その焦りが一気に彼女の体温を奪った。だがそれすらも嘲笑うかのように、フィットマンはすんなりと彼女の前へと姿を現わす。攻撃する素振りもない。腰に手をかけ楽な姿勢でリリリラを見ていた。
――おちょくられた。
リリリラはそう思ったに違いない。一体何度沸点を迎えれば終わりが来るというのか。沸々と煮え滾る怒りがさらに視野を狭くする。鉾槍を握る手は今日一番に力が込められ、もはや目の前の男を叩き殺すことしか頭にない。
激昂と共にリリリラが飛び出そうとした瞬間だった。
リリリラが真横へと吹き飛んだ。
「が……ッ⁉︎」
蹴られた時ほどの衝撃ではないが、横腹を直接殴られたかのような痛みがリリリラの顔を歪ませる。
「一体何が……?」
またフィットマンに蹴り飛ばされたというのだろうか?
しかしフィットマンは先程と変わらない位置に立っており、そこから移動した形跡は見当たらない。
とそこで、床に落ちていた何かを発見する。刀身の無い剣。フィットマンが先程投擲した剣だ。
「まさか……⁉︎」
「気付いたか?」
コツ、コツ、と床を鳴らし、フィットマンは転がった剣を拾い上げる。
「俺の持つスキルの一つでな。投擲した物をその加速力が消失するまで自在に軌道を操る事が出来るんだ。死なない程度には速度も落ちていたし、まだ立つ事は出来るだろ?」
「糞ったれが……ッ」
「おいおい。仮にも女性なんだ。その言葉遣いはどうかと思うが?」
「うるせえ! 俺をとことんコケにしやがって……! もう許さねえ」
〈万能魔法・全能力向上〉
〈万能魔法・魔法力強化〉
〈炎魔法III・炎属性付加〉
〈炎魔法II・炎の槍〉
部屋の温度が急激に上昇しする。
「頭を冷やしなさい! ここは外ではないのだよ!」
流石に不味いと判断したウォルターが制止を呼びかける。だが怒れる戦士にもはやその声は届かない。
轟! とリリリラの鉾槍が炎に包まれて、更には空に浮かぶ炎の槍がフィットマンに狙いを定め、命令をまだかまだかと待ちわびていた。
「ふむ。確かに頭を冷やした方が良いな。見ろ、絨毯に火が燃え移っているぞ?」
「そんなこたぁどうでもいいんだよ。てめえさえギッタギタに出来りゃあよぉ……!」
ぎらぎらと炎と共に揺らめく色彩はもはや狂犬だ。目の前の敵に一泡吹かせるまでは絶対に止まりはしないだろう。観戦に徹していたはずの文官達があわあわと悲鳴を上げているのにも気付いていない。
「やれやれ。怒りっぽいお嬢さんだ」
だがフィットマンは更にと油を注ぐ。「もうやめてくれ」と嘆願する彼らの必至な訴えも見ないフリをして。おそらく彼自身は傷一つ付かないという絶対の自信の表れなのだろう。ただ同時に、城を彩る品々については関与しないと言わんばかりだ。
「――フィットマン。もうその辺でいいだろ」
しかしここで一人の男の声が二人の間に割って入る。
彼の長であるデレピグレオだ。
そしてその声のすぐ後には、この国一の権力者も続いた。
「リリリラもその辺にしたまえ」
「う……。だけどよぉ!」
「これは試合ではなく、あくまでも手合わせだ。決着までつける必要はないよ」
「けど俺はまだこいつを一発も殴れてねえんだぞ⁉︎ 舐められっぱなしで終われるかよ!」
「はじめに舐めてかかったのはキミの方じゃないのか? ならば次からは様子見などという真似をせず、初めから全力でやればいい」
アルクライムはぴしゃりと突き放す。
彼女に言い返す言葉は見当たらなかった。炎が霧散し、室温がゆっくりと帰還する。
「むむむ……」
「あ、それと……燃えた絨毯と損壊した床については、後日リリリラに修繕費を支払ってもらうからそのつもりでね」
「……えっ、なんで俺⁉︎」
「そりゃキミが壊したからね」
「いや、でもそれは……陛下の命令で」
「私は戦うことは命じたが、物を壊せと言った覚えはないよ」
「そ、そんなぁ……」
燃え盛っていたはずの|大炎(怒り)は見事に鎮火され、残り雫がリリリラの瞳からこっそりと零れ落ちる。終了だ。
二人を囲っていた風の障壁も静かに消えていく。
「どうやらウチの者が迷惑をかけたようだ。すまない」
「謝罪の必要はないよ。当初の目的は達成されたしね。失った家財については勉強料と思えば安いものさ」
「そうか。ではあんたの試験には合格したと考えてもいいのか?」
「ああ、勿論さ。むしろこちらからお願いさせて欲しい」
玉座から腰を上げて短い階段を下っていく。そしてデレピグレオの前まで歩み寄ると、スッと片方の腕を差し出した。
「ガリバ族、族長デレピグレオ殿。是非とも帝国の戦いに手を貸して頂きたい」
「……微力かもしれんが尽力するとしよう」
がしりと両者は握手を交わす。
書面を起こしての正式な契約ではない――が、あれ程の力を見せつけられた文官達にとっては奇跡の瞬間であった。形容しがたい高揚感がぶるりと全身を駆け巡る。
「ありがとう。では改めて本題に移る前に一つ、聞きたいことがあるのだけど構わないかい?」
「なんだ?」
「なに、先程フィットマン殿が口にした台詞が気になってね」
「あん?」
リリリラをはじめ、皆の頭に疑問符が頭に浮かぶ。
「流石は陛下! お気付きでしたか!」
そこにくるくると楽しそうに舞い降りてきたのはガリバ族の者ではなく、彼らを連れてきたウォルターであった。
「実は彼ら……ヒューマンではないのです!」
「ヒューマンではない……?」
「そりゃどういうことだ?」
全員の視線がガリバ族の三人へと向けられる。
「改めて自己紹介させてもらおう。俺たちはプリミティブ。五百年前程に滅んだといわれている種族の生き残りだ」
「なんと……!」
一同が目を丸くする。
本来であればこんな与太話信じる事はないだろうが、“王国の天秤”がこうも嬉々として喋る理由がそこだとすれば納得するしかあるまい。それに文献によるとプリミティブとはヒューマンよりも優れた身体能力を保有するとある。
だとすると本気で無かったとは言え、王国最強であるリリリラを寄せ付けなかった実力も納得がいくというもの。皆、目の色が変わったかのように物珍しげに彼らを眺める。
しかしその中で理解の追いついていない者が一人。
「……ん? なんだよ、その……プリーーなんたらって?」
「プリミティブ。まさか……知らないのかい?」
「うっせ! 座学は嫌いなんだよ!」
「はぁ……。座学というよりも常識だよ」
「いいから教えろっての!」
「はいはい。いいかい? その昔、リアルアースには二つの種族があったんだ。その一つがプリミティブ。もう一つは私たちヒューマンだ」
「……ん?」
「おや? どうかされましたか?」
「あ、いや。何でもない。続けてくれ」
「そうですか。それでは彼らプリミティブについての説明から。プリミティブは総合的に能力が高く、身体能力で言えば我々ヒューマンを遥かに凌駕すると言われています。身を以て体験した貴女なら分かるよね?」
チッ、と小さな舌打が響く。
「ただ文献によると知能だけは低かったとされるんだけど……彼らを見ているとどうやら間違えて伝えられてきたのかな?」
辿々しい言葉遣い。先を見据えない行動。好戦的な態度。
そういった抽象的な特徴が文献にのっている彼らの習性だったのだが、ここに来るまでに実際に語らったデレピグレオを見ていると、とてもそうは思えない。
「いや。それは正しい。ただ俺たちが特殊なだけだ」
「ほほほう? それはまた一つ面白い事を聞きました。他に――っと、いけない、いけない。話を続けましょう」
コホンと一つ咳払いをしてウォルターは続ける。
「ただ彼らはヒューマンと違い魔法を使う事が出来ず、また部族ごとに少数で暮らしているので、時代が経つにつれぽつぽつとその姿を消していったんだ」
「あぁん? 認めたくねえがこんなに強いのにか?」
「ここでは強さは関係ありませんよ。一説によると流行り病で一気に数を失い、かなり弱っているところを帝国が一掃したとか。またある説では食糧難に陥って飢餓で滅んだとか。他にも自然災害とか色々説があるんだけど、どれが正しいかは未だに分かっていないのが現状だね」
「ふーん。なら何でコイツらは生きてるんだ?」
聞き辛いことをずけずけと踏み込むリリリラの心臓の太さには皆一様に瞠目する。だが有難くもある。
幸いな事にガリバ族の面々は特に気にした様子もなく、さらっとその事実を告げる。
「それが俺たちにも分からなくてな」
言葉を発したのは先程までリリリラと戦っていたフィットマンであった。戦闘時のような刺々しい雰囲気も無い。優しく語りかけるかのような口調である。
「久々に金樹海の外へと出てみれば勝手知ったる国でも無く、知らないうちに時間旅行というわけだ」
「ふむ……。それは金樹海が影響しているという可能性は?」
「いくつか検証を行ったがその可能性は低いと考えている。ま、原因が全く掴めていないのが現状だ」
「だから俺達も必死に情報を集める為にこうして外の世界を探索しているってわけだ。まぁ縁あってリューネット殿と知己になれて今に至るわけだけど」
「堂々と王国で情報を集めるなら我々の力を借りた方が何かと便利ですからね」
「……まぁ、そういう事だ」
「なるほど。そういう事なら先程デレピグレオ殿が提示した条件に加えて、私たちが協力出来る事は喜んで手を貸そう」
「感謝する。だがまずは目の前の火の粉を振り払う事からだ。改めて作戦の詳細を教えてくれ。俺達が精々派手に暴れられるようにな」
その一言は王国の者達からすれば正に活力を回復するに足る言葉であった。




