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古代文明人の生き残り  作者: 十良之 大示
第1章:生き残った一族
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009:族長と国王

 ベルンシュタイン王国の象徴とも言うべき巨大な塔。入城してみると分かるのだが、他国のそれと違って意外と贅沢の色が少ない。

 その理由はいくつかあるが、一番大きな理由は王が見栄を張る為に使うべき税を国民に還元しているからだ。これは国民にとっては大変喜ばしいことだろう。税を無駄にしないという意味でも、民の気持ちを汲み取ってくれているという意味でも。だが視点を変えて見れば、残念ながらそれは何もメリットばかりではないのだ。


 他国の人間を招くにあたって、城の内部は王の威厳を具現化する鏡の役割を担う。これが質素だと他国に舐められても仕方がない。つまり王の威厳を保つ為には必要不可欠な装飾品なのだ。


 しかしここの城主はそれを一蹴してしまう。

 ――王が魅せるべきは威厳ではなく偉大さであり、そしてそれは同時に物によって推し量るものではない――と。


 世に言う名君とはまさにこのような人物の事を指すのだろう。尤も、それは民の生活に安寧と発展をもたらさなければただのうつけ者に成り果ててしまうのだが――かの王は決してお飾りとはなり得ない。


 彼が即位して数年。国は建国以来の繁栄期を迎える事となる。農作物の収穫量の増加。労働者の賃金の改善。治水工事の完遂。未開拓の地の有効活用。国内犯罪の減少。国が抱えしあらゆる問題が順次綺麗に片付いていったのだ。王の手腕を疑う者などこの国には一人としていまい。


 誰かが言う。かの者は生まれついての君主であると。


 アルクライム・フォン=ウィンゲーツ・ベルンシュタイン。


 女性のように腰まで伸びた長髪は、乙女が羨むであろう艶と滑らかさが混在しているのが触れずとも目に見えて確認できた。一本一本が艶やかに揺られ、およそ男性に存在しないはずの色香が見え隠れしており、王が呼吸をするだけで肩に下りた長髪が花粉のようにそれを撒き散らす。


 確かに手入れを欠かす事はないが、細く整えられた眉も、まるで未来を見通すかのような慧眼も、高い鼻も、透き通るような肌も――全ては先天的に与えられたもの。


 王族に相応しい豪華なローブも、着るものが違えばまた数段映えるというもの。男性に相応しい言葉ではないかもしれないが、「美しい」という一言以上に彼を表現するに相応しい言葉は存在しないだろう。


 赤と金の細工で彩られた煌びやかな玉座も、彼が使用しているときは一段と輝いて見える。どんな宝石を身に着けようが彼という原石に敵うものはない。彼こそが美なのだから。

 つまり彼の住まう王城にこれ以上の輝きは必要としていないのだ。


 天より二物も三物も与えられし存在。しかしそんな存在でも悩みの種は必然と存在する。



「……さて、どうしたものか」



 言葉とは裏腹に、然程困ったと感じさせない溜息を吐きながらアルクライムは玉座から家臣らを見下ろした。


 玉座の正面、幅にして大人二人が縦に寝転んでも余りある程巨大な絨毯が出入口へと向かって敷かれており、それを踏まないギリギリのところで道を作るように文官達が左右に分かれて並んでいる。王の零した言葉を皮切りに、文官達は各々隣立つ者と問答を繰り返す。


 その内容は王の零した悩みの種。避けられる様子のない帝国との戦争についてだ。


 アルクライムの唯一の欠点を挙げるとするならばまさにここだ。――他者からの妬みである。

 実際に王国と帝国との関係が崩れたのも、急激に発展する近隣国である王国を帝国が恐れてのこと。


 民の生活が豊かになったお陰で民の生活を危険に晒す。まさに皮肉とはこういう事なのだろう。

 もちろんアルクライムとて、こうした未来を見据えていなかった訳ではない。むしろ見据えていたからこそ帝国と繋がりある有力な貴族の力を借りて何とか戦争を避けようとしていたのだが、叶ったのは精々開戦までの時間稼ぎだけであった。

 有力ではあるが万能ではない。力を持ちながらも自らの力不足を嘆く様は、臣下からすれば歯痒さ以外の何物でもないだろう。だからこそ臣下の前でそのような無様を晒す真似はしないが、流石に開戦が間近ともなれば悠長に構えている事もできまい。


 故に臣下の知恵を借りるべく、国を補佐する者ら一同をこの場に集わせたのだ。



「国力の向上も軌道に乗ったばかり。やはりここはいくつか条件を呑んでも帝国との停戦交渉に持っていくべきでは?」

「ならん! ここで折れれば帝国が図に乗るのは目に見えておる。一つ叶えばまた一つと、何かと武力でものを言うようになるに違いあるまいぞ」

「だが帝国には一騎当千と名高き四神なる者らがいると聞く。戦争になったとしてこれに勝る者が我が国にいるかとなると……」

「それを言うならこちらには“ベルンシュタイン王の神器”と呼ばれし御仁が二人もおるではないか」

「だが――」

「でも――」

「それは――」



 終わらぬ問答が丁々発止と過熱していく。



「静粛に! 国王陛下の御前ですよ」



 そこに一喝を入れたのは王の側に控えし、全身を白でコーディネートしたウォルターであった。両手から発せられた短く乾いた音が辺りに静寂を蘇らせる。



「ありがとう、ウォルター。ところでキミ個人としては今後どうすべきだと思っているのかな?」



 “王国の天秤”――ウォルター・リューネット。

 この国で唯一アルクライムを上回る頭脳を持ち、政治においては決してメリットとデメリットを計り間違える事のない超一流の為政者である。彼を頼るということは他ならぬ王自身がお手上げ状態であることを示していた。現状を把握していたつもりだが、改めて現在王国が陥っている現状を再認識させられた。臣下の者全員に多かれ少なかれ動揺の色が浮かび上がる。



「……実際のところ、戦う以外の選択肢を取るべきではないでしょうね。こちらがいくら繁栄をもたらそうと懸命に種蒔きしようとも、かの皇帝は種が芽吹き過ぎないように搾取しに来るでしょう。仮に戦争を回避したところで、今後同様のケースが発生する可能性はかなり高い」



 ウォルターが粛々と進める中、先程のように反論を投げる者はいなかった。それだけ宰相という立場の者が落とす言葉とは、まるで重みが違うという事なのだろう。



「やはりそうなるか。ならば戦ったとして勝機はどれ程だと考えるのかな?」



 皆の視線が一同に集う。結局のところそこなのだ。

 戦争には金がかかる。命がかかる。国の経済が多かれ少なかれ傾くことになる。例え勝利が約束されていようともその事実に変わりはない。特に襲われる側――得ることのない戦争とは無駄な出費であることに違いはないのだ。つまり戦争を起こさない事こそ賢い選択肢の一つ。


 しかしそれが避けられない戦争であるならば確実に勝利を収める事こそ第一の目標となる。負ければ全てを失い、勝てば失う物は少なくて済むのだから。

 故に勝機の見えない戦いに身を置くべきではないということをここにいる誰もが理解している。だから慎重にならざるを得ないのだ。


 皆の緊張を一身に受け止めながら、ウォルターは静かに自らの考えを下ろす。



「国境付近で開戦した場合、勝率はほぼゼロでしょう」



 即座にダンッと床が鳴り響く。


 全員の視線がウォルターと対称の位置に立っていた女性へと向けられた。

 ウォルターと相反するかのような漆黒の甲冑を身に纏っており、床を鳴らしたのは彼女の持つ鉾槍(ハルバート)によるものだろう。柄を握る手には明らかに力が込められており、彼女の表情が怒りを示していることは疑いようもなかった。



「そいつはちょっと俺の力を軽視し過ぎなんじゃねえのかぁ?」

「まさか。“王国の刃”である貴女の実力を重々鑑みての結論ですよ」

「ほほう……つまりそれは俺に喧嘩売ってるって事でいいよなぁ、あァん⁉︎」

「その短絡的思考については成長すべきだと思うけどね」

「やれやれ。よさないか、二人共」



 また別の論点で苛烈さを増そうとする二人に、アルクライムが制止をかける。



「リリリラも怒るのは分かるが少し待ってくれないかな」



 アルクライムの言葉にチッと舌打ちするも、“王国の刃”ーーリリリラ・ミニッツハーゲンはすごすごと引き下がる。



「それで、ウォルター。その理由を聞かせてもらっても?」

「当然彼我の戦力差を考えた結果です。攻められる此方側と攻めて来る相手側、兵の差だけでいえばこちらの方が上回るでしょう。全勢力をこちらに向けた場合、帝国は他に隣接する国からの攻撃に耐えられなくなりますからね」



 当然の事を確認しながらウォルターは続ける。



「しかしいくら兵数だけ上回ろうとも、民兵を中心にした王国と洗練された帝国の兵士。少なくとも倍程度の差であれば簡単に覆されることになるでしょう。それはそこにいるミニッツハーゲン殿に、百の民兵が一斉に襲いかかろうとも擦り傷一つ与えられないのと同じように」



 そりゃそうだとリリリラも頷く。



「更に帝国にはミニッツハーゲン殿と同等、あるいはそれ以上とも噂される四神と呼ばれし者が存在します」

「俺の方が強いに決まってんだろうが!」

「……かもしれませんね。目の当たりにしたわけではないので実際のところどうかは推測の域を出ませんが」



 ただ、とウォルターは付け加える。



「つい先日、帝国南部にある森林国アハムテヘトのステライド領が帝国四神の一人によって侵略されたそうです」

「なんと⁉︎ あのバース伯爵が敗れたというのか⁉︎」

「そんな馬鹿な……。バース伯爵といえば戦争の申し子とまで言われた麒麟児だぞ?」



 ざわざわと騒ぎ立てる文官達にとどめを刺すかのように、ウォルターは更に付け加える。



「しかも侵攻はたったの三日。つまり帝国四神とは名ばかりの集団ではないという事。脅威度を低く見積もるのはこちらの命取りとなりましょう」



 三名を除く、その場に居た者らに絶望の色が伝染していく。先程とは違う意味で沈黙に陥るが、その空気は酷く重たかった。



「ということです。いくらミニッツハーゲン殿が強くとも分が悪いのはお分かりいただけたかな?」

「……チッ。わぁーったよ。だがそんじゃ尚更どうするよ? まさか籠城でも決め込むつもりか?」

「確かに籠城であれば戦力を分散させなくて済む分、ある程度戦う事はできるでしょうね。ただその場合、城下町に及ぶ被害は確実に甚大なものとなるでしょう。仮に勝利を収めたとしても大局的に見れば大敗となる。嗚呼、絶対にあり得ないね」

「チッ。それじゃいよいよ打つ手なしじゃねえか!」

「嗚呼、確かにその通り。私も()()()()()()()()()()



 その妙な言い回しに皆の目線が上がっていく。

 ウォルターがニコリと微笑んでいた。



「ほう……。ならば今は違うということかい?」



 アルクライムの期待に応えるかのように、ウォルターは鷹揚に両手を広げて答えてみせた。



「その通りです。陛下」



 そこに感じられたのは確かな自信。その全貌を未だ知らぬというのに、彼らからすれば十分過ぎる情報であった。

 おお、と希望の喝采が小さく響く。



「流石は我が天秤。それで、その方法というのは?」

「簡単な話です。国境にて戦争を始め、その間に別働隊が帝国の前線基地となる防衛都市ハッタンを叩く。それだけです」



 自信満々に答えるウォルターの言葉に、一同どう反応したものかと肩を落とす。



「……おいおい。頭に虫でも湧いたんじゃねえか? 流石にそれは悪手だって俺にも分かるぜ?」

「これは残念ながらリリリラの言う通りだね。戦力差があるのに戦力を分散させては逆効果だ。確かに防衛都市の兵力も一時的に低下するだろうが、ハッタンを落とす程の戦力を投入するとなると流石に攻撃する前に奇襲がバレてしまうだろう」



 つまり前提条件から奇策に成り得ないという事だ。

 しかしウォルターの表情は変わらない。



「確かにその通り。ですがいくつかの条件をクリアする事でその障害はなくなります」

「条件?」

「ええ。一つは戦力を分散し、尚且つ前線で時間稼ぎをするだけの戦力を置くこと。二つ目は防衛都市を落とすだけの戦力を集めること。三つ目は帝国にバレる事なのない人数だけで攻め入り、防衛都市に直接奇襲をかけること。これら三つさえクリアすれば先の作戦が機能します」

「おいおい、馬鹿かてめえは! 何から何まで矛盾しちまってるだろうが!」

「嗚呼、そこに気づけたんだね。貴女にしては鋭いじゃないですか」

「喧嘩売ってるな? 今のは間違いなく喧嘩売ってるよなぁ、オイ!」

「落ち着いてくれ、リリリラ。……それで? キミのことだ。その条件をクリアするだけの何かを用意していたのだろう?」



 流石にここまでお膳立てされればアルクライムもウォルターの発言の意図が分かった。長年の付き合いだ。彼がこんな無意味な問答をしないという事を把握しているからなのだろう。その彼が用意してくれているであろう何かを頭に浮かべながら楽しそうにウォルターを見る。

 続いて文官達が希望の光を見い出すように再び顔を上げた。



「勿論です、陛下」



 今度こそ間違いない。不敵な笑みを浮かべるウォルターを見て、誰もがそう感じた。



「それでは入ってきてください」



 ウォルターの視線は出入口である扉へと向けられる。それにつられて皆の視線も誘導された。

 幾多もの装飾が施された扉がゆっくりと開かれて、外の光が取り込まれると同時に三つの影が姿を現わす。人である。


 ただしウォルターを除く全員が、思わず異形とも言うべき三人の姿に困惑の声が漏れ出した。しかし三人は気にすることもなく敷かれた道を闊歩する。


 一人が先頭に、二人は先頭の男を追従するように横に並んで歩を進める。


 文官達が一番恐怖を感じたのは後ろに並んだ内の一人だ。


 背格好からするにおそらく男なのだろう。というのも男の顔で性別を判断するには些か困難を極めたからだ。


 男にヒューマンらしい肌色はなく、あるのは(くす)んだ灰色に近い肌。のっぺらとした顔は立体を作るはずの鼻が削ぎ落とされている上に潰れているからだろう。辛うじて空いている穴だけがそこに鼻があったであろうことを証明していた。唇の存在も辛うじて気付ける程度であり、皺の代わりに剥き出しの頰筋肉の筋が彼の表情を形成している。笑ってもいるようで怒ってもいるようで、かと思えば表情が全く読めない無機質であるようにも見えた。瞳の黒点が大きいのも相まって、男の感情を読む事は難しい。

 三人の内最も敬遠しがちな顔立ちではあるが、逆に身に纏う服は軍服とも宮廷服とも思わせるかのようなジャケットに二角帽子という、最も親近感が湧くような格好であったのが唯一の救いである。


 逆に隣に立つ女性は背格好こそ普通の女性と何ら変わりないが、胸と腰周りだけを隠した扇情的な格好に、腕と脚に装備されれた防具と背中に携えた一本の石槍は彼女が戦士である事を伝えると同時に、この辺りのヒューマンでないことを物語っていた。口元を隠すことのない骸骨の仮面の奥では、黄色に光る球体がまるで獲物を見定めるかのように揺れ動く。揺ら揺らと靡く真紅の長髪は、まるで火の粉を散らす焔を連想させた。


 そしてその見慣れぬ格好の二人を先導する男の姿もまた異質。

 どちらかと言えば女に近い格好をしている。軽装な格好ではあるが、衣服の隙間から覗かせる筋肉質な身体に、無数にある傷痕は歴戦の戦士の持つソレだ。決して見掛け倒しではない。恐らく肩に巻かれた白い毛皮も彼が仕留めた獲物だったのであろう。その全てを平伏させんばかりの鋭き眼光が男の強さを物語っていた。眼の下に黒く塗られた隈が眼光の鋭さに相乗効果を齎している。


 やがて三人の脚は国王の下へと辿り着く。

 有無を言わさぬその圧倒的な存在感に、その場にいた誰もが呑まれてしまう。



「陛下、ご紹介致します。彼らが今回、先程提案いたしました作戦に協力していただけるガリバ族の方々です」



 静謐な空間で最初に切り出したのは、唯一彼らを先に知っていたウォルターであった。玩具を自慢する子どもの如く愉しげにそう語り出す。



「ガリバ族……? 聞いたことのない部族だね。キミたちは一体どこから来たのか教えてくれるかい?」

「金樹海だ」



 先頭に立っていた男が一言で答える。

 当然その直後には、堰き止めていたはずの堤防が瓦解したかのように疑問と暴言が濁流となって溢れ出す。



「う、嘘を申すでない! あそこは入れば最後、生きて帰ることの出来ぬ死の森ぞ!」

「そ、そうだ! 国王陛下の前で無礼であろう!」

「それに礼節も知らんのか! (こうべ)を垂れて跪かんか!」



 ぎゃあぎゃあと口々に罵詈雑言を男に浴びせる。溢れ出たものはもはや止まる事もない。彼らも相当切羽詰まっていたので大分精神にも負担がかけられていたのであろう。良い吐け口の出現に次から次へと暴言を投げ掛ける。


 だが場は即座に静まり返る。

 誰かが何かを発した訳ではない。ただ感じてしまったのだ。叫び声すら上げることの出来ない恐怖というものを。


 体中の体温が抜け落ちるかのような感覚。寒気が全身を震わし、冷や汗が滝のように全身を流れる。酷い者は歯をカチカチと鳴らしてその場にへたり込んでしまっていた。



 無事でいられたのはたったの六人。玉座に腰掛けるアルクライムと、その両脇に控えるウォルターとリリリラ。そして入場してきた三人である。



「二人とも、抑えろ。友好関係を築くかもしれない王国の方々に対して失礼だろう」



 先頭に立つ男がそう言うと、場にのしかかっていたはずの重圧がまるで嘘だったかのように掻き消える。



「ガリバ族の長、デレピグレオだ」



 先頭の男が名乗りを上げ、ジッとアルクライムを見据える。



「アルクライム・フォン=ウィンゲーツ・ベルンシュタイン。ベルンシュタイン王国の国王だ。よく来てくれたね。まずは折角来てくれた貴殿らに対し、臣下の者が行った無礼を謝罪させてくれ」

「構わない。こちらもあまり作法や礼儀を知らぬ者らの集まりだからな。無礼があっても目を瞑ってくれると助かる」

「構わないさ。先程デレピグレオ殿の言っていた事が真実ならば、貴殿らはこの国の民というわけではないらしいからね。楽にしてくれて構わない。さて、早速だが本題に移ろう。

 先程ウォルターが言っていたが、貴殿らが今回の戦争で王国に協力してくれる者達なのかい?」

「一応はそのつもりだ」



 アルクライムの眉がピクリと動く。



「……一応、とは?」

「当たり前だが慈善活動をしに来たわけではない。リューネット殿には話してあるが、仕事に見合った対価を用意してもらう」

「成る程。当然の流れだね。ちなみに貴殿の望む報酬とは?」

「まずは俺たちの集落がある金樹海へ無許可での侵入の禁止。次にガリバ族と貴国の友好条約の締結。後は仕事に見合った報酬をそちらで決めて用意してくれれば良い」

「……驚いたね。たったそれだけで良いのかい?」



 国の存亡がかかった戦い――それも窮地を救うという立場であるにも関わらず、デレピグレオが望んだものは余りにも欲が無かった。望めば更に要求する事も出来るだろうに。

 しかしデレピグレオはそれ以上はいらないとばかりにアルクライムの言葉に頷いて示した。



「了解した。ただ貴殿らへ命を預ける作戦にしてはあまりにも我々は貴殿らの事を知らなさすぎる。そこでどうだろう? 一つキミたちの実力を見せてはくれないか?」

「実力?」

「ああ。――リリリラ」

「待ってました!」



 ガンッと床を鳴らし、リリリラが一歩前に出る。



「リリリラ・ミニッツハーゲン。彼女は“王国の刃”と呼ばれし我が国最強の戦士だ。これから戦う帝国には四神と呼ばれし彼女に匹敵する人物が四人もいてね。彼女と互角に渡り合えるならば安心して私たちも背中を預けられるだろうということだ」



 そんな無茶な。

 いくら無礼を働いた連中とはいえそれは酷い。そう言いたげな顔が文官達の間に浮かび上がる。


 何故リリリラが“王国の刃”とまで呼称されるのか。それは戦場を知らぬ彼らにもその理由を嫌という程刷り込まれていた。単純に彼女があまりにも強いからだ。

 王国では年に一度、武を高め合い、また埋もれた実力者を発見する為に武闘大会が開催される。リリリラはそこで常に頂点に君臨し続ける正に王国最強の存在。勿論武闘大会はあくまでも個人戦。集団戦における彼女の力量を確かめた訳ではないが、個と個の闘いにおいては紛れもなく王国を代表する人物であることに疑いの余地はない。その王国十万を超える人々の頂点に立つような女性と闘うなどとどれ程無謀な挑戦か分かっているのであろうか?


 そう言いたげな視線がデレピグレオに集う。しかしそれを気に留めることもなく、デレピグレオは淡々と返事した。



「成る程。確かにこちらに実力がなければこの作戦そのものが意味を成さなくなるからな。ではこちらからはーー」

「俺が出よう」



 デレピグレオが指名するより早く、もう一人の男が前に出る。



「なぜだ? リデスカーザにやらせろ!」



 恐らく自分の名を名乗ったのだろう。リデスカーザと呼ばれる女性が、何故か憤慨してもう一人の男を睨みつける。



「色々と理由があっての考えだ。それにたまには俺にも体を動かさせてくれ。でないと(なま)ってしまう」

「……分かった。フィットマンに任せよう。リザ、悪いが譲ってやれ」

「……分かった」



 渋々といった様子でリデスカーザが引き下がる。


 文官達の目から見ればさぞ滑稽に映ったであろう。まるで自分達が負ける姿など想像もしていないかのような振る舞いに。



「おいおい。俺を相手に随分と余裕かいてくれるじゃねえか。舐めてんだろ、明らかに俺のこと舐めてるよなぁ、オぃ⁉︎」

「いや。ミニッツハーゲン殿……だったな? 少なくとも俺は侮っているつもりはない。確かにこの中では強い部類に位置するのだろうが、残念ながら見たところ俺よりは弱い」



 ブチィっと太い縄のようか物が切れた音がした。

 勿論実際に何か物理的な物が切断されたわけではない。だが何が切れたかはリリリラの表情を見れば一目瞭然であった。



「よし殺す。絶対殺す。馬車に轢かれたような顔面をさらにぐちゃぐちゃに引き裂いてやる」

「それは困るな。こう見えても今ではこの顔も気に入っているんだ」

「ああそうかよ! ならもっと格好良く赤で化粧も添えてやるよ」

「それは怖い。時に……誰か剣を一振り貸していただけないかな?」



 フィットマンが困ったと両手を広げて周囲を見渡す。



「確かに素手では手合わせするどころではないからね。衛兵、済まないが剣を貸してやってくれ」



 王の言葉に従い、扉を護っていた内の一人が駆け足でフィットマンへと剣を手渡す。



「ありがとう。……フム、少し軽いが何とかなるだろう」

「おいおい。負けた時の言い訳でも考えてるんじゃねえよなぁ?」

「この剣のせいで負けた、と? フフ、面白い事を言うお嬢さんだ。仮に俺が素手であっても負ける要素は見当たらないから安心してくれ。俺が心配しているのは借り物の剣が折れないかどうかだけだ」



 その言葉を最後に、リリリラの理性は完全に弾け飛ぶ。



「不味いね。全員離れて!」



 ウォルターが即座に警報を発する。文官らもただならぬ気配を真近でひしひしと感じていたから行動は迅速であった。我先にと二人から急いで距離を取る。


 フィットマンの側にいた二人もいつのまにか壁際へと退避していた。周囲の者らが避難したのを確認し、ウォルターは魔法を発動させる。



 〈風魔法III(サードウィンドマジック)風の障壁(ウィンドウォール)



 白い風――と言っても透過率が高いのでほとんど透明ではある――が四方に出現し、フィットマンとリリリラの二人を隔離するかのように天井へと伸び上がる。



「準備出来たな。もう逃げ場はねえぞ」

「ほんと面白い冗談を言うお嬢さんだ。いいからかかってきな。たかだか一国の頂点に上り詰めただけに過ぎない()()()()()の実力というのを分からせてやるよ」




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