000:後悔と覚醒
ありがたい事に仕事が忙しいので、更新は隔週一回程度を予想しております。
余裕があれば週に一回、ゆくゆくは毎日更新していけるよう頑張りたいところ。
一つの小説として、読者の皆様に楽しんでいただけると幸です。
ゲームに求めるものは何か。
ゲーム業界はこの答えを持ちながらも常にこれに悩まされてきたに違いない。
単純な話、なぜゲームが小学生からいい年した大人に至るまで人気を獲得できたのか。それは単純に「面白いから」という事に他ならない。だがこれはゲームに限った話ではなくスポーツや趣味にも同等の事が言えるはずだ。だというのにゲームが好きと答える人間は年々減少傾向にあるどころか増加の一途を辿るばかり。
だがそれも当然であると然るべきなのだろう。
何故ならゲームは他の娯楽と違って、気軽に遊べる上に物凄いスピードで進化し続けているのだから。
例えば画面の鮮明さ。ゲームが発売された当時では色数も少ないデフォルメされたドット絵が、年月を経る毎に写実絵なドット絵となり、ロゴ自体はシンプルであるものの3D化を成功させ、徐々に色味や質感のバリエーションが広がっていく。
これによりより万人受けするようになったゲームは、今まで獲得出来なかった者からの票を獲得することに成功したのだ。
勿論それだけではない。
ゲームがより身近なものとなったのも一つの要因だろう。昔は電話が持ち運べるようになっただけでも快挙であったというのに、今では小学生でさえスマートフォンを所持する有様。インターネットさえ繋げればいつでもどこでも身軽にゲームを楽しめる時代となったのだ。
もちろんゲームをする為だけの専用機器もあるが、ゲーム機といえば既に十を超える種類が販売されており、ソフトを数えれば優に千は超えるだろう。そして消費者はそこから自分に合ったものを探す事が出来るのだ。オンリーワンだったものから好きなものを選ぶ事の出来る自由を得たのも人気の一つかもしれない。
しかしここで問題が起きた。
選ぶ事が出来るようになったからこそ、人は贅沢を覚えてしまったのだ。それこそ現代人ならば「糞ゲー」と批評するようなものでも、昔ならば絶大な人気を誇っていたというのに。
だが今はそのような時代ではない。
「面白い」というのは満足感を得たという結果の一つであり、それを手に取った動機ではないのだ。
つまり今の時代、消費者に選んでもらう為の「動機」が必要なのである。
とはいっても万人に受けるようなゲームが今後誕生することはないだろう。何故ならば数多くの選択肢を有しているのは機械ではなく人間なのだから。
ゲームのジャンル一つとっても、アクションが好きな子と嫌いな子。RPGが得意な子に苦手な子。パッケージの絵に惹かれる子に受け付けない子。何を選ぶにしてもそれが人間である限り全員が異なる考えを持つ事こそ自然なのだ。
だからこそ難しい。
つまりゲーム業界が考えるべきは『多くの人間がゲームに求めるもの』を追求する事なのである。
そして遂に【RBGC】というゲーム会社が一つの結論へと至った。それ即ち『もう一つのリアル』
コンセプトそのままであるが、ゲーム名は【2nd real】
プレイヤーは【Real Earth】という世界に降りたち、思うがままにもう一つの人生を謳歌するというエンディングのないMMORPGだ。
これは既存するMMORPGと一線を画す代物で、日本だけに止まらず世界中で絶大な人気を誇っている。
というのも斬新なのはそのシステムだ。特に画期的なのはRQシステム。これはオンラインを通じて他者に依頼を持ちかける、あるいは請け負う行為で、受注者はゲーム内通貨を対価に様々な仕事に従事する事を可能とする。ここまではどのゲームにもありそうな内容だが【2nd real】の面白いところはここからだ。
それはゲーム内通貨をネット上でポイント交換する事を可能とし、このポイントを消費する事で専用カタログ内より様々な景品と交換する事が出来るのだ。さらにこのポイントは運営を通して仮想通貨への交換も可能となっており、これはネトゲ廃人にとっては堪らないシステムといえるだろう。これだけでゲーム内にて社畜となるプレイヤーも多いはずだ。
そして次に挙がるとしたらその有りがちな世界観に加えた完全な種族格差だろう。
いくらもう一つの人生とはいっても、世界観が現実と差異もなければそこに醍醐味は生まれない。故にこの手のゲームで多いのはファンタジーもので多く存在するエルフやドワーフ、悪魔に天使といった有名かつ空想上の種族の存在だ。しかし【2nd real】にはそういった種族は存在せず、あるのは三つの文明のみ。
まずは一般的な旧文明人となる『ヒューマン』
リアルアースでは彼らがその大半を占めており、最も人間らしく栄えているのが彼らだ。能力に突出したものはないが、魔法や剣技、錬金術などファンタジーならではのスキルを覚える事が出来るので、プレイヤーからは圧倒的な人気を誇っている。
また生活範囲も広い事からRQシステムの恩恵を受けやすいので、そこに重きを置いているプレイヤーの殆どは間違いなくヒューマンを選んでいるのが現状だ。
次に古代文明人にカテゴリされる『プリミティブ』
時代の流れに取り残されてしまったヒューマンと言ってしまってもいいかもしれない。この種族のモチーフとなっているのは原始人なのだから。
能力値も知能が圧倒的に低く、文明水準はこの世界において最も底辺に位置する。
ヒューマンのように国家が存在することもなく、世界各地でいくつかの部族に分かれて少数での生活を送っているので、RQシステムの恩恵も極小といえるだろう。腕力や俊敏性、知覚能力といった戦闘能力はヒューマンを上回り、稀に古代スキルを保有する個体が生まれることもあるが、前述にある理由と後述にある理由により最も人気のない種族である。
そして最後に新文明人である『オートマタ』
ある科学者により設計された意思を持つ自動人形である。能力値は他二文明を寄せ付けない程に凌駕し、当然科学技術においてもプレイヤーからは「公式チート」と批判される程、埋めようのない差が存在する。ただし他の文明人と違い動力源を定期的に補給しなければいけない手間があったり、稀に発動する科学者の強制命令には必ず従わなければいけないので、束縛されたくないプレイヤーからは敬遠されてしまう。それでも戦闘面ではプリミティブを寄せ付けないことから人気ランキングでいえば第二位となった。
そして何より画期的なのは、この【2nd real】には世界初のRDSシステムが備わっているという点に他ならない。
これは専用機器を頭や四肢等に装着することで、仮想空間の中であたかも自由に体を動かす事が出来るという体感型ゲームの枠を何世代も飛び越えた代物なのだ。
故に『もう一つのリアル』
人気が爆発しない理由など何一つとしてないだろう。
そしてここにも【2nd real】の虜となったプレイヤーが一人。
泉宗吾、二十七歳。見た目通りの凡庸な男で、中企業で馬車馬の如く働く独身の会社員である。四年と半年前、つまりこのゲームが一般開放される少し前から先行プレイを続けていたベテランプレイヤーだ。ちなみにこのゲームに割く時間が長過ぎる事で口論となり、三年前には当時付き合っていた女性と破局している。
だが彼に後悔などない。それ程までにこのゲームの魅力は元カノのそれを凌駕しているのだ。
しかし今現在、泉宗吾はある一点において数年前の出来事に後悔をしていた。
「なんだってプリミティブなんか選んじまったんだろうな……」
プレイヤーは基本、現実に無いものをゲームに求める傾向にある。これは泉宗吾も例外ではない。男が憧れる分厚い胸板、女を包み込む事のできる逞しい両腕、理想の身長に達しなかった僅かな高さ。野性味を纏いながらも引き締まった精悍な顔立ち。お茶目さを感じさせる三つ編みされた三本の顎髭。
どれも彼が持ち得なかった理想の姿だ。
別にゲーム内の姿に不満があるわけでもない。肩に羽織った白狼の毛皮も赤熊の腰着も、古龍の骨と黒大蜘蛛の糸で織り成した籠手と長靴も、個人的に凄く格好良いとさえ思っている。
そりゃ文明人としての格好でない事は自覚しているが、ゲームの世界なのだから別に構わないだろう。
ではプリミティブのどこに後悔をしているのか。
答えは単純。プリミティブという古代文明人が限りなく不遇過ぎるからだ。
確かに潜在能力だけでいえば一点を除いてヒューマンを上回る。しかし国家に護られるヒューマンと違い、プリミティブは世界各地で細々と暮らす少数部族の総称。いくら個が優れていても総母数に差があり過ぎるので、集落を襲われでもすれば一たまりもないのだ。
それに集落の護りも所詮はヒューマンの真似事。精々寄せ集めた瓦礫や木々で囲いを作る程度なのだからどうしようもない。火攻めでもされれば、集落は立ち所に逃げ場の無い檻へと早変わりだ。人気がないのも頷けよう。
ただし救済措置として、プレイヤーが課金アイテムを購入する事で一定の防衛能力を得る事も可能だが、それでも大軍に攻め込まれ破壊でもされたら未来への投資は気泡に帰す事となる。一時期は課金アイテムで安心しきった集落をヒューマン勢が襲うというヒューマンコミュニティの中での勝手な虐めイベントもあり、泉宗吾もそれに泣いた内の一人だ。
膨大な時間と半月分の給与に相当する課金アイテムで護られた集落がたったの三日で落とされてしまった時には、その倍の日数で枕を濡らしたものだ。
しかしお陰で気付いた事もある。
それは『壊されたくなければ隠れれば良い』という極端な発想。
リアルアースは当然の事ながら消費者の期待に応えるべく随時アップデートされており、ただでさえ広大な大地も際限なく拡大し続けている。その中に泉宗吾が拠点として選んだ『金樹海』と呼ばれる場所があり、この樹海こそが彼の行き着いた答えである。
――通称『課金山』
金樹海は探索こそ無課金で出来るものの、数分に一度エリア内の何処かへ強制転移されてしまうという特殊な場所だ。これを防ぐには専用の使い捨て課金アイテムが必要となるのだが、肝心の転移の周期もバラバラで、転移したかと思えば一分以内に強制転移なんてこともザラにある。何個ストックしておけばマップ制覇出来るかなどという予想は難しいだろう。
またこの金樹海はこれまた専用の課金アイテムを消費するか、強制ログアウトもしくは死亡による方法でしか脱出する事は叶わない。前者は当然別途料金が掛かってしまうし、後者はレベルダウンとストック経験値消失というペナルティが課せられてしまう。
更に金樹海の中では世界地図の有効化は不可能。これをたったの十秒間有効にするにもまた別の課金アイテムが必要となるのだ。
つまりはこの金樹海を制覇する為に一体どれ程運営に貢がねばならないのか見当もつかないので、廃課金者も迂闊に手が出せないというのが本音であった。
しかしこのゲームをこよなく愛する一部のプレイヤーたちは我先に制覇せんと挙って金樹海に集った事もある。
勿論結果は見事に制覇完了の四文字。
ただし得られたものは何一つ無かった。
何故なら金樹海とはただの壮大なマップの一部であるだけで、隈無く探索したところで財宝が眠っている訳でもなかったからだ。
これには当然運営に対する批判もあったが【2nd real】のコンセプトは『もう一つのリアル』
つまり――全てに夢が詰まっている訳ではない――という一点張りで彼らを跳ね除けてしまったのだ。
これには賛否両論と分かれたが、探索に参加した殆どの者達は不満が募った事だろう。
だから金樹海、だから課金山ということだ。
この大探索の結果、金樹海に寄り付く物好きは殆ど居なくなった為、途方に暮れていた泉宗吾はそこに目をつけたのである。
誰も来ないからこそ潰される心配がない。
つまりはそういう事だ。
そこで宗吾はありったけの金樹海専用アイテムを購入し、金樹海の最深部――つまるところ山頂に位置する場所で新たな拠点を構築した。
拠点自体は課金アイテムでしか作る事が出来ないものの、住民が増えると定期的に資源ボーナスが付いたり、襲われた時に味方として防衛戦に参加させる事が出来たりなど、その恩恵は大きい。一度潰されたからといって手が出せなくなる程財布の紐は固くないのだ。といっても現実では糊口を凌ぐ羽目となったが。
それに拠点を作成したプレイヤーには『帰還の腕輪』というアイテムが支給され、戦闘中でなければいつでも自分の拠点へと転移する事が可能となる。「こういった点はリアルじゃないのな」と独りツッコミを入れた事もあるが、拠点が金樹海の中だけに感謝するしかあるまい。
だが一方で金樹海から下界へ出る際に常に消費アイテムを消費し続けなければいけないという大きな問題となったのだが、そこは新たなアップデートにより実装された『転移の腕輪』という課金アイテムを使うことで解決出来た。
これにより泉宗吾は果てしない時間と資金を金樹海の拠点へと費やす事となる。
万が一に備えての巨大な防壁、居住地の充実化、有能なNPCの作成と育成。可能な事は全てやったつもりだ。それこそ相手がオートマタであっても――あくまでもプレイヤーが学生以下且つ十名に満たない少人数であれば――防衛するだけの自信はある。
何なら一度攻め込んでほしいものだ。
そう思う程度には以前の悔しさも解消されている。
だが――。
「誰一人として来ないんだよな……」
これこそが泉宗吾の後悔に繋がる文句である。
人気もなく出入りも殆ど無い場所に、自称難攻不落の要塞を築いたまでは良い。しかし金樹海に篭って暫く、下界――つまりは他のプレイヤーと一切コミュニケーションをとっていなかった。別にフレンドがいない訳ではないのだが、情報はどこから漏れるか分からない。新たな拠点が万全となるまでは誰とも連絡を取る気はなかったのだ。
幸いなことに金樹海の中にいる間は、フレンド画面より確認できるログイン状態の表示は非表示となる。外へ出る時はフレンドのログイン状態を確認しながら行動しているので、もしかするとフレンドからはこのゲームから引退したのではと思われているかもしれない。
だが折角磨き上げた拠点も自慢する誰かが居なくてはつまらない。自己満足だけでは彼の悦楽を満たす事が出来なかったのだ。
ふと視界右上に表示される時刻を確認する。
――【03:07:31】
「……もうこんな時間か。明日――てか今日は休みだけど、そろそろ寝るか。んで起きたらみんなに自慢しよう」
そう本日のお楽しみを予定すると、泉宗吾はメニュー画面を開き、ログアウトを選択する。
『ログアウト中です。しばらくお待ち下さい』
画面に浮かんだ文字を確認すると、ゆっくりと瞼を閉ざした。
(明日が楽しみだ)
久々のフレンドとの交流を瞼の裏に描き、一人妄想に浸る。きっと喝采を得られるに違いない。いや、それ以前にまだ活動していた事を驚かれるかもしれない。あるいは連絡が繋がらなかった事を迫られてしまうだろうか。
少しばかりの不安も感じるが、久々のフレンドとの交流自体が楽しみで、鼓動をウキウキと高ぶらせていく。
(こんな興奮状態で潔く寝れるかな?)
ついついそんな事が頭を過る。だがそのお楽しみの為にも一先ずはゆっくり安眠せねばなるまい。
ログアウトも終わった頃だ。
パチリと両目を開ける。もうそこに先程の文字は浮かび上がっていない。
雲一つなく煌めく星空の背景に、澄んだ黒が世界を覆っていた。
「もうすぐ朝なのにまだこんな星空が見えるのな」
綺麗に見下ろしてくる星空を双眸に浮かべ、ふと笑顔が零れてしまう。仕事のストレスから解放されて久々に心洗われる気持ちになった。
こんな星空の下で寝るのも勿体ない気がするが、今は体を無理矢理にでも休ませる事を先決せねばなるまい。来たる今日の日の為に。
そして泉宗吾は再び両目を閉じた。
――そして覚醒。
「……いやいや。何でやねん」