王の心労~Lost My Hair~
「とんでもないことをしてくれた」
実の娘に向かって、王はそう言った。
この国には一つ禁呪指定された魔法がある。
『異界召喚』
術者の望むものを一つ、異界から呼び寄せる魔法。
かつてこの魔法は様々な影響を世界に与えた。
世界を救済するようなものから、逆に世界を混乱に叩き落とすものまで。
何も起きないこともあったが、概ね何かしらの影響を世界に与えてきた。
だからこそ、今から三代前の王はこれを禁呪指定とし、封印した。
それを初めて破ったのが王の目の前にいる第一王女だ。
彼女の右手は今、意識のない男の首根っこを掴んでいる。
それこそが彼女が召喚したもの。
突飛な行動をする娘ではあったが、なんでこんなことをしたのか。
王は理由がわからず尋ねた。
「……親父、出来心だった」
「……」
絶句した。
「お前は、本当に……」
王女は魔法の天才だった。
いくつか失伝した魔法も蘇らせている。
周囲はその才能を持ち上げまくった。
しかしそれでも天狗になることはなく、魔法の道をストイックに邁進していた。
その驕らない姿勢から、民衆の間ではトップクラスに人気がある。
しかし、王は知っていた。
実の娘が空前絶後の阿呆だということを。
というか、国の上層部はほぼ全員が王女が阿呆だと知っている。
何度もトラブルの尻拭いをしてきたからだ。
大臣の何人かは王女のために胃薬を手放せなくなった。
王も例外ではない。
王の頭髪が無くなったのは、王女の魔法が原因で戦争が起きかけた時のことだった。
「まあ親父、私の言い分も聞いてくれ」
「ほう」
王は胡乱な眼を向けた。
コイツはどんな言い訳をするつもりなのだろう。
さっき出来心とかほざいていたが。
王の心はささくれだっていた。
「親父、コイツな、割と幸せな家庭で育っていてな」
何故そんなことを知っているのか疑問だったが、王はいまさらツッコミは入れなかった。
本題の前に要らない情報でダメージを負いたくなかった。
「でもな、事故で家族全員ミンチになってな。コイツだけ生き残ったわけよ」
「……うむ」
「そんで、私が家族の蘇生と引き換えにコイツの魂を貰う契約をした」
私優しくね? 良い事したろ? なんて言わんばかりの眼を向けてくる娘に対し、王は頭を抱えそうになるのを必死にこらえた。
王は知っている。
この手の契約手法は暗黒大陸の悪魔がよくやっている。
断れない境遇の相手にほぼ一択の選択肢を突きつける。
そして代償は相手の魂。
王は娘に対してこの悪魔め! と怒鳴り散らしたくなる衝動を抑えつけ、王女に対して優しく尋ねた。
「……蘇生魔法に代償がいるのかね?」
「バカだな、私が代償いるような未完成魔法使うわけねーだろ?」
王女は慎ましやかな胸を張って言った。
「なら、魂は要らなかったんじゃないか?」
王は追加で尋ねた。
「いやさ、そこはノリ? 代償なくして命は救えん……みたいなキャラで話しかけちゃったから引っ込みつかなくなってな。ついでに召喚魔法も試したかったから連れてきちゃった」
王はただただ意識のない青年に申し訳なかった。
「それで、彼は元の世界に帰れるのだろ? 意識がないうちに戻してあげなさい」
「あ、ソレは無理。魂貰ったから、この世界から出たら死ぬわコイツ」
王の心はもう限界だった。一旦心を休める必要があった。
「……よし。一旦部屋に下がれ」
「おう。じゃなー」
王はその後、予定されていた仕事の全てをキャンセルして不貞寝した。
この後待ち受けているだろう騒動から逃げたくなったのである。
心労でこれ以上禿げるのは嫌だった。
どうせ起きたら辛い現実が待ち構えているのは知っていたが、夢の中の幸福には抗えなかった。
王が眠りについてから十分後、眼を覚ました青年と王女が原因で城中が大騒ぎになったが、それでも王は頑として眼を開けなかった。
翌日、内装が半壊した城で、王と大臣、青年と王女が一堂に会した。
『……』
王女以外が深刻に疲れ切った表情を浮かべている中、王はとりあえず、青年に土下座を敢行するところから始めた。
青年は無言で王の頭を踏みつけた。
これはケジメだった。
ゆっくりと足を上げた青年の足の形そのままに、王の頭からは毛が無くなった。