《第七章》あの日→???
覚悟は、決めていた。
彼女は幽霊だと、知っていた。
いつも遊ぶときは突然現れたり。
木陰から出てこなかったり。
毎日同じ服装だったり。
触れたその手から、肌から、温もりがなかったり。
思い返せば沢山そう思える部分があった。
俺はあの日、その事を告げられたあの日。
得も知れぬ恐怖に負けて、逃げた。
一目散に逃げ、そして二度とお祖母ちゃんの家に、こちらに遊びに来ることが無くなった。
だけど今は。今は、あの時とは違う。
俺は大きく息を吸い込み、そして今度こそはと告げる。
「俺は、君が、ひまわりちゃんが、好きだ!」
「・・・え!?」
消えかかって見えた彼女の姿がはっきりと浮かぶ。
俺はこの十年間、伝えられなかった思いの丈を全てぶつける。
「幽霊だろうと、悪霊だろうと、妖怪だろうと、関係ない!俺はひまわりちゃんが好きなんだ!笑うと浮かぶえくぼとか、直ぐに照れて真っ赤になるほっぺとか、いつも元気で俺をひっぱってくれたその両手だとか、全部が全部好きだ!」
「え、え、あ・・・っ」
上を見上げていた彼女の顔が俺を見る。
濡れた彼女の両方の瞳から涙が零れる。
俺はそんな彼女に駆け寄り、抱きしめた。
その冷たい筈の彼女の肌が今はほんのり暖かい気がした。
そして抱きしめた胸元から彼女の震える声が聞こえた。
「わた、しも、すきぃ・・・りゅーじ君が、すき・・・っ」
降ろされていた彼女の両腕が俺の背中にしがみつく。
その強く回された腕に、俺は更に強く抱きしめ返した。
何分か、何十分か、はたまた何秒たったのか解らない時間の中。
彼女が俺の胸元から顔を離す。
元々の肌が白いからか、目元の赤さが際立って見えたが、いつもより少し不器用な笑顔を俺に向けてきた。
「・・・りゅーじ君の甚平びちょびちょにしちゃった」
「ううん、別に大丈夫だよ」
俺もうまく笑えてる自信は無かったけど、そう笑顔で返した。
抱きしめてきた腕はそのまま、顔を上げながら彼女は静かに、静かに俺に語りかけてきた。
「・・・私、多分、今日このまま消えるんだと、思う。」
「・・・え」
「何となく解るんだ、そういうの。だからね、今日、好きなりゅーじ君と一緒にずっと行ってみたかった夏祭り、いけたのすっごい嬉しかったんだ」
「・・・」
俺は彼女のその言葉に、何も返事が出来なかった。
胸が痛む。だけど彼女がひまわりちゃんが笑ってるのに、俺だけ、泣くことは出来なかった。
「どうしようも、無いの・・・?」
「・・・うん、ほら・・・」
彼女はそういって俺の背中に回していた腕を解く。
見えたのは、指の先から透明になっていく彼女の腕だった。
俺はその光景に、強く、強く彼女を抱きしめ返す。
「・・・いか、ないで・・・」
「・・・」
その漏れでた俺の言葉に胸元の彼女は黙って首を横に振る。
俺はその行動に更に言葉を重ねようと思った時、
甚平が、更に濡れていっている事に気付いた。
漏れ出そうになった声を噛み締め、俺は更に抱きしめる。
彼女が上を向く。
涙はもう隠していないみたいだ。
彼女の顔をよくみたいのに
何故だか俺の視界がぼやけてしまっている。
「ねえ、りゅーじ君・・・」
「な、んだ・・・?」
「ちゅー、して欲し、いな?」
お互いしゃくりあげながら言葉を交わしていく。
彼女のその言葉に俺は頷き、抱きしめた腕を解いて袖口で滲んだ視界を拭う。
彼女の姿が、だんだん透けていく。
「・・・ひまわりちゃん」
「ん・・・」
「大好き、だよ」
「私も、りゅーじ君の事、大好き」
触れ合った唇は、ほんの少し冷たくて、凄く温かかった。
そして彼女は、居なくなった。
そして俺も、瞼が落ちる。
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