《第五章》あの日→十六時二十三分
八月十六日、俺はお祖母ちゃんの家にあった甚平を着て家を出た。
あの日と同じ、格好で。あの日のままの姿で。
だけど俺の心だけはあの時とは違う。
車に引かれ、あの日あの時を思い出し、何の奇跡か戻ってきた俺は。
何年経とうが忘れなかったあの時と変わらない気持ちを胸に。
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屋台の並んだ境内を、祭りの喧騒を抜け、俺は彼女の待つあの花畑へと向かう。
高鳴る鼓動を抑えながら、火照りそうな頬を抑えながら。
「ごめん、待たせちゃった?」
「ううん!待ってないよ!」
夕日の照らす彼女はいつもと変わらない格好で、いつも見てきた笑顔で、そこに立ってた。
「さ、いこ!りゅーじ君!」
「うん、いこ、ひまわりちゃん」
俺はそういって彼女に右手を差し伸べる。
彼女はその手を見て、一瞬わからなかったようだが、直ぐに理解して顔を赤くした。
「え、えっと、あ、あの・・・」
「ほら、いこ?」
「・・・うん」
真っ赤な顔をした彼女の繋がれた左手はひんやりとしていた。
真っ赤な顔をした俺の繋がれた右手は、熱すぎはしないだろうか
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「わー!りんご飴!!美味しそう!」
「たこ焼き!!いい匂いがするね!」
「焼きそば!焼きそば!ジュージュー焼く音が凄い!」
ひまわりちゃんはさっきまでの赤い顔はどこへやら、祭りの喧騒と共にはしゃいでいる。
その無邪気な様子に俺は暴走しそうになる心臓を必死で抑えながら、引っ張られていく。
「ねね!りゅーじ君!祭りって楽しいね!」
「そうだね。・・・俺もこんなに楽しいのは久しぶりかも」
「んー?なんか言ったー?」
「ううん!なんでもないよ!ほら、次見にいこ!」
「うん!」
あの日、苦手になったお祭り。それはこうやって自分の気持ちに気付いた後でも変わらなかった。
だけど今は、こうやって右手を引っ張ってくれる彼女が隣に居る今は。
お互いに顔を見合わせて笑顔になる。
心臓が勝手に鼓動を強く刻んでいく。
古典的だが、このまま時が止まってしまえばいいのに、と。
そんな油断をしていた。してしまった。
「あら、隆司、どうしたの。『一人で』」
そんな母の声。
そして彼女は、ひまわりちゃんは、俺の手を離した。
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