《第一章》???=八月十三日
「・・・覚めない。」
現実逃避というか一種の悟り的な意味で瞼を落とし、そして気付けばそのまま意識まで落ちていた俺だったが、目を覚ましても懐かしいお祖母ちゃんの家の天井に変わりはなかった。
遠くからヒグラシの啼く声が聞こえる。
おかしい、おかしい、とまどろみのような夢の様な意識から覚醒した今なら気付く。
触れている布団の感触、畳や線香の匂い。
おでこに当てられている溶けた氷嚢の温い水温。
夢にしてはリアリティが過ぎる。
そして俺は頬を抓る。
「いたい・・・」
古典的ではあるが一番効果的な痛覚による夢との認識方法を試すが、痛い。
自分の頬を抓った手にそのまま視線を落とす。
成人して数年たった男性の、俺の手はそこにはない。
そうして俺は夢と思っていた母親の言葉を思い返す。
『来年から中学生でしょ?』
理解が及ばない。だがそこにある事実が言葉として漏れ出た。
「小学六年の頃に、戻ってる・・・?」
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何故、だとか、どうして、だとか色々と考えてみたが頭の悪い俺には一切理由など思いつかなかった。
気付けば母と父、そして・・・
「どうだい、おいしいかぃ?りゅーくん」
もう会えないと思っていた筈のお祖母ちゃんと一緒にそうめんを啜っていた。
今が小学六年生だとすると、お祖母ちゃんはあと二年後に、亡くなる。
そして俺は今年を境に・・・おばあちゃんの家に行かなくなってしまった。
あの日出会った、あの少女に・・・
「あら、おいしくなかったのかぃ・・・?」
と、そこで俺の沈みかけた表情を見たお祖母ちゃんが心配そうな目を向けてそう話しかけてきた。
「隆司、まだ熱中症治ってないのか?」
父も心配そうな顔をして俺のほうを見る。
俺はその二人に慌てて笑顔を作る。
「大丈夫だよ、お祖母ちゃん、父さん。俺は元気だよ」
そう返すと、今度は母も揃って三人で怪訝そうな顔をする。
「・・・いつの間に『俺』なんて使う用になったんだい?隆司。」
俺はその母の言葉にハッとする。
つい慌てて返してしまったが、当時の俺はまだ「僕」と言っていた、らしい。
数年前の自分の一人称なんて覚えていない。
「それに、何だか喋り方が固い様な・・・」
「ううん!大丈夫だよ!学校で皆俺っていってて、俺もそう使おうと思ってね!」
父の言葉を遮りながら俺は急いで濃い味のつゆに漬かったそうめんを啜る。
何が起きたか解らないけれど、大好きだったお祖母ちゃんの家に
大好きだったお祖母ちゃんにまた合えた、それだけで俺はもう満足だった。
そして、何となしに目に入ったカレンダーの日付で俺の満足げな気持ちは全て吹き飛んだ。
『20○○年 八月十三日』
俺が少女と出会った、その日がそこに記されていた。
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