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狼さんのシェルター  作者: 日下部 弓
2/2

No.2

 がやがやと騒ぐ市場。鳥みたいなとんがったくちばしを持つひとや、指が六本あるひと、四つん這いのひと、いっぱいいる。

 「色んなひとがいるね」

 「そもそも人じゃないけどねぇ」

 そのくらいわかってる。人間じゃないってことくらい、見た目でわかる。それに売っているものもだって、人間が食べるものじゃない。人間が使うものじゃないもの。

 「わかってるしぃって顔だね」

 「そんな顔してた?」

 「してたしてた。あ、ほら見て、人間の丸焼き」

 「ひゃっ」

 とっさに目をつむり、目を隠す。見たくないし、怖いし、母さんたちにも見ちゃいけないっていわれてきた。

 「冗談だよ。そんなに怯えなくても良いじゃん」

 「悪い冗談ね!」

 ぺしっと背中を叩いてやった。ブリッツさんは、くはは、と笑った。そして、人間は知能があるから奴隷だろ、食い物にはならないよ、多分、と呟いた。

 「あれは薬屋さん?すごい色のものがある」

 「あぁ、あれは薬。ま、正確に言うと毒だけど」

 「どく?良いの、普通に売って?」

 「一回死んで生き返るっていう方法があるんだ。人間には到底できないよねぇ」

 「へぇ。そっちは布屋さん?糸も売ってる」

 「お前んとこで言う手芸屋。みゆ、裁縫は得意?」

 「私?うーん、どうかなぁ。人並みにはできるはず」

 みゆ。自由と書いてみゆと読む。

 「わ、服屋さん!すごーい、大きいね」

 「色んな生き物がいるからね。その分色んな服がある」

 服屋に駆け込もうとしたら、視界の端に人集りが見えた。

 紙切れを持ったひとたち。その紙切れには5000、と書かれていたので、おそらくお金。大きな声で何かを怒鳴っている。

 「せり…?」

 この目で見たのは初めて。何が売られてるのかな?

 宝石?綺麗なドレス?豪華な絵画?それとも?

 人混みをかき分け、何が売られているのか確かめに行く。

 「はい、8600万!8750万!」

 本物のせりのようだ。誰もが見られるよう、木で出来た高台の上には、それはそれは美しい。

 ……人間の女がいた。

 「わ、わわ、押さないで!」

 金髪の、白い肌。二つの青い目には涙が溜まっていた。麻で出来ているだろう服は、とても粗末だった。

 「9000万!どうだ?!」

 手を伸ばせば、手が届くかも!あの人を助けなきゃ!

 「お姉さん!こっち!」

 小さな声で、できる限り彼女の耳に声が届くよう手を伸ばす。ぴょんぴょんと跳ねる。彼女の視界に入らなくちゃ。

 「お姉さん!!」

 気づいた。私と目が合った。そしてすぐに私に言った。

 「あのね、手錠のせいで、行けない」

 「おい、何話してんだ、人間の分際で」

 お姉さんは黙り込んでしまった。でも、口の動きで、私に、助けて、と言った。

 これがこの人の悲鳴だ。悲鳴を聞こえないフリするのは、許せない。

 「今助けます!」

 手錠を外すには、鍵、もしくは鎖を切るものが必要ね。鍵を盗むのは流石に…。透明になるマントとか、薬とかあれば良いんだけど。

 そうだ、売ってるかもしれない。この商店街で!

 「ブリッツさん?ブリッツさーん!!」

 人混みを再びかき分ける。

 「あ、みゆ!探したぞ」

 「ねぇ、透明になれるマントとか、薬とかない?」

 「あることにはあるけど、一部を除いて禁止されてるんだ。ほら、盗みとか多発しちゃうし」

 駄目か。じゃあ、鎖をちぎれそうなものはどうかな。

 「鉄とか切れるものは?」

 「ん~、あるよ。でも、もし急いでるんだったら、溶かした方が速いかもね?」

 「そうなの?」

 「うん。それに今おれ持ってるし」

 鉄を溶かせるらしい薬が入った瓶を、私の前で揺らす。

 「使って良い?」

 「もちろん。はい、どうぞ?」

 「ありがとう!」

 なんでそんな薬持ってたんだろう?分からない。でも、お陰で彼女を助けられそうだ。

 「あーもう!この人混みイライラする!どうにかならないのかな?」

 「あっちからなら早く行けそうだよ?」

 ブリッツさんが指さす方向には、ひとが集っていない場所があった。そこからまっすぐに走ればすぐに行けるかも。足の速さは、一度だけ運動会のリレー選手に選ばれたことがあったから、少し自信がある。

 急いで走る。助けなければ。ここにお姉さんに味方は、たぶん私しかいない。走る。走れ、私。メロスと同じように、親友、ではないけれど、ともだちを助けるため。彼女の悲鳴を、ないがしろにしてはならない!

 お姉さんを繋いでいる鎖が視界に入る。ひとびとは怒鳴り続けていた。どうすれば良いのか分からなかった私は、蓋は閉めたままで、鎖に瓶を投げ当てた。すると、バリン。甲高い音をたて瓶が割れた。

 周りのひとたちは怒鳴ることに必死で、鎖が溶け始めていることに気づかない。鎖は少しずつ灰色の液体になっていく。そして、どろどろと垂れていく。

 「切れた!お姉さん、逃げよう!」

 高台から彼女は飛び降り、私に微笑んだ。

 そして、ふたりで走り出す。追いかける彼らの怒鳴り声を後ろに。

 「きっとすぐに追いつかれちゃう!どこか隠れる場所を…!」

 なんてったって彼らは人じゃない。つまり、人以上のスピードで動く者もいるはず!

 「みゆ!こっちだ!」

 「ブリッツさん!」

 私たちはブリッツさんが手招きしていた家に入り、戸の鍵を閉めた。

 「はぁ、はぁ」

 ひぃ、疲れた。

 「ちょっと失礼」

 ブリッツさんはお姉さんの手錠を素早く外した。

 「ありがとう。貴方達のお陰で助かったわ」

 お姉さんは目の端に涙を浮かべにっこり笑った。

 「お姉さん、大丈夫?けが、してない?」

 「えぇ。大丈夫」

 「とりあえず、これを羽織っていてくれるかい?」

 ブリッツさんが、私も着ている白い布をお姉さんに被せた。そして、私と同じように、ポンチョのようにした。

 「ねえ、何があってあんなことになったの?」

 「分からないわ。目が覚めたら牢屋の中にいたのよ。何も分からなかったから、言われるままついて行ったら…」

 「ブリッツさん、これって…」

 「奴隷か食材、だね。でも、体つきを見る限り、恐らく奴隷だろう」

 「ちょっ!どこ見てんのよ、この変態!」

 「人間の女の体に興味はないから安心して」

 「なっ…!」

 お姉さんは怒っていたけど、その後ほっと安堵するように、助かって良かった、と呟いた。

 「それにしても、全く。みゆ、君は本当に馬鹿だね!」

 「なっ、なんで?!」

 馬鹿ではないはずなのに!

 「良いかい、彼女は人間だとしても、売り物、だったんだよ?勝手に売り物を持って行ったらどうなるか分かるよね?」

 「あ…つかまっちゃう!」

 「そういうこと。でも、今回はサービス。おれがどうにかするよ。だから安心して?」

 「本当?…ありがとう!」

 「はいはい。今回だけだからね?」

 よしよしと頭をなでられた。

 「そうだ、お姉さん。私、古屋自由。自由って書いてみゆって読むの!よろしくね」

 「おれは、ブリッツ・ヴォルフ・ヴァルキューレ。よろしく」

 「私は、アンソニー・オルコット。アンと呼んで頂戴な」

 「アンお姉さん?」

 「アンで良いわよ」

 アンがケラケラと明るく笑っている横で、ブリッツさんは、へー、ほー、って顔をしていた。

 「アンソニーは、普通男に使う名前なんだけど。もしかして、君、男?」

 「正真正銘、女よ。父が私を男だと勘違いしたらしいわ」

 「ふーん。その名前、恥ずかしいと思ったことはないのかい?」

 少し鼻で笑うように問いかけた。でも、アンは胸を張って誇らしげに返した。

 「ないわ。親がつけてくれた名前だもの、どこを恥ずかしがる必要があるの?」

 「いいや。ちょっと聞いてみたかっただけ。どこぞの誰かさんは自分の目の色が気に入らないみたいでね」

 ブリッツさんが私をちらりと見る。

 「だって、母さんは茶色なのに、私は真っ黒なんだもん。私、黒は嫌い」

 「そうかしら?私は綺麗だと思うわ。だって、黒は何色にも染まらないのよ?」

 「だから、いやなの。ひとりでいろって言われてるみたいで」

 「大丈夫よ。私たちがいるわ。ね?」

 アンはブリッツさんと目配せした。

 「そうだね」

 私は二人に同時になでられた。

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