No.2
がやがやと騒ぐ市場。鳥みたいなとんがったくちばしを持つひとや、指が六本あるひと、四つん這いのひと、いっぱいいる。
「色んなひとがいるね」
「そもそも人じゃないけどねぇ」
そのくらいわかってる。人間じゃないってことくらい、見た目でわかる。それに売っているものもだって、人間が食べるものじゃない。人間が使うものじゃないもの。
「わかってるしぃって顔だね」
「そんな顔してた?」
「してたしてた。あ、ほら見て、人間の丸焼き」
「ひゃっ」
とっさに目をつむり、目を隠す。見たくないし、怖いし、母さんたちにも見ちゃいけないっていわれてきた。
「冗談だよ。そんなに怯えなくても良いじゃん」
「悪い冗談ね!」
ぺしっと背中を叩いてやった。ブリッツさんは、くはは、と笑った。そして、人間は知能があるから奴隷だろ、食い物にはならないよ、多分、と呟いた。
「あれは薬屋さん?すごい色のものがある」
「あぁ、あれは薬。ま、正確に言うと毒だけど」
「どく?良いの、普通に売って?」
「一回死んで生き返るっていう方法があるんだ。人間には到底できないよねぇ」
「へぇ。そっちは布屋さん?糸も売ってる」
「お前んとこで言う手芸屋。みゆ、裁縫は得意?」
「私?うーん、どうかなぁ。人並みにはできるはず」
みゆ。自由と書いてみゆと読む。
「わ、服屋さん!すごーい、大きいね」
「色んな生き物がいるからね。その分色んな服がある」
服屋に駆け込もうとしたら、視界の端に人集りが見えた。
紙切れを持ったひとたち。その紙切れには5000、と書かれていたので、おそらくお金。大きな声で何かを怒鳴っている。
「せり…?」
この目で見たのは初めて。何が売られてるのかな?
宝石?綺麗なドレス?豪華な絵画?それとも?
人混みをかき分け、何が売られているのか確かめに行く。
「はい、8600万!8750万!」
本物のせりのようだ。誰もが見られるよう、木で出来た高台の上には、それはそれは美しい。
……人間の女がいた。
「わ、わわ、押さないで!」
金髪の、白い肌。二つの青い目には涙が溜まっていた。麻で出来ているだろう服は、とても粗末だった。
「9000万!どうだ?!」
手を伸ばせば、手が届くかも!あの人を助けなきゃ!
「お姉さん!こっち!」
小さな声で、できる限り彼女の耳に声が届くよう手を伸ばす。ぴょんぴょんと跳ねる。彼女の視界に入らなくちゃ。
「お姉さん!!」
気づいた。私と目が合った。そしてすぐに私に言った。
「あのね、手錠のせいで、行けない」
「おい、何話してんだ、人間の分際で」
お姉さんは黙り込んでしまった。でも、口の動きで、私に、助けて、と言った。
これがこの人の悲鳴だ。悲鳴を聞こえないフリするのは、許せない。
「今助けます!」
手錠を外すには、鍵、もしくは鎖を切るものが必要ね。鍵を盗むのは流石に…。透明になるマントとか、薬とかあれば良いんだけど。
そうだ、売ってるかもしれない。この商店街で!
「ブリッツさん?ブリッツさーん!!」
人混みを再びかき分ける。
「あ、みゆ!探したぞ」
「ねぇ、透明になれるマントとか、薬とかない?」
「あることにはあるけど、一部を除いて禁止されてるんだ。ほら、盗みとか多発しちゃうし」
駄目か。じゃあ、鎖をちぎれそうなものはどうかな。
「鉄とか切れるものは?」
「ん~、あるよ。でも、もし急いでるんだったら、溶かした方が速いかもね?」
「そうなの?」
「うん。それに今おれ持ってるし」
鉄を溶かせるらしい薬が入った瓶を、私の前で揺らす。
「使って良い?」
「もちろん。はい、どうぞ?」
「ありがとう!」
なんでそんな薬持ってたんだろう?分からない。でも、お陰で彼女を助けられそうだ。
「あーもう!この人混みイライラする!どうにかならないのかな?」
「あっちからなら早く行けそうだよ?」
ブリッツさんが指さす方向には、ひとが集っていない場所があった。そこからまっすぐに走ればすぐに行けるかも。足の速さは、一度だけ運動会のリレー選手に選ばれたことがあったから、少し自信がある。
急いで走る。助けなければ。ここにお姉さんに味方は、たぶん私しかいない。走る。走れ、私。メロスと同じように、親友、ではないけれど、ともだちを助けるため。彼女の悲鳴を、ないがしろにしてはならない!
お姉さんを繋いでいる鎖が視界に入る。ひとびとは怒鳴り続けていた。どうすれば良いのか分からなかった私は、蓋は閉めたままで、鎖に瓶を投げ当てた。すると、バリン。甲高い音をたて瓶が割れた。
周りのひとたちは怒鳴ることに必死で、鎖が溶け始めていることに気づかない。鎖は少しずつ灰色の液体になっていく。そして、どろどろと垂れていく。
「切れた!お姉さん、逃げよう!」
高台から彼女は飛び降り、私に微笑んだ。
そして、ふたりで走り出す。追いかける彼らの怒鳴り声を後ろに。
「きっとすぐに追いつかれちゃう!どこか隠れる場所を…!」
なんてったって彼らは人じゃない。つまり、人以上のスピードで動く者もいるはず!
「みゆ!こっちだ!」
「ブリッツさん!」
私たちはブリッツさんが手招きしていた家に入り、戸の鍵を閉めた。
「はぁ、はぁ」
ひぃ、疲れた。
「ちょっと失礼」
ブリッツさんはお姉さんの手錠を素早く外した。
「ありがとう。貴方達のお陰で助かったわ」
お姉さんは目の端に涙を浮かべにっこり笑った。
「お姉さん、大丈夫?けが、してない?」
「えぇ。大丈夫」
「とりあえず、これを羽織っていてくれるかい?」
ブリッツさんが、私も着ている白い布をお姉さんに被せた。そして、私と同じように、ポンチョのようにした。
「ねえ、何があってあんなことになったの?」
「分からないわ。目が覚めたら牢屋の中にいたのよ。何も分からなかったから、言われるままついて行ったら…」
「ブリッツさん、これって…」
「奴隷か食材、だね。でも、体つきを見る限り、恐らく奴隷だろう」
「ちょっ!どこ見てんのよ、この変態!」
「人間の女の体に興味はないから安心して」
「なっ…!」
お姉さんは怒っていたけど、その後ほっと安堵するように、助かって良かった、と呟いた。
「それにしても、全く。みゆ、君は本当に馬鹿だね!」
「なっ、なんで?!」
馬鹿ではないはずなのに!
「良いかい、彼女は人間だとしても、売り物、だったんだよ?勝手に売り物を持って行ったらどうなるか分かるよね?」
「あ…つかまっちゃう!」
「そういうこと。でも、今回はサービス。おれがどうにかするよ。だから安心して?」
「本当?…ありがとう!」
「はいはい。今回だけだからね?」
よしよしと頭をなでられた。
「そうだ、お姉さん。私、古屋自由。自由って書いてみゆって読むの!よろしくね」
「おれは、ブリッツ・ヴォルフ・ヴァルキューレ。よろしく」
「私は、アンソニー・オルコット。アンと呼んで頂戴な」
「アンお姉さん?」
「アンで良いわよ」
アンがケラケラと明るく笑っている横で、ブリッツさんは、へー、ほー、って顔をしていた。
「アンソニーは、普通男に使う名前なんだけど。もしかして、君、男?」
「正真正銘、女よ。父が私を男だと勘違いしたらしいわ」
「ふーん。その名前、恥ずかしいと思ったことはないのかい?」
少し鼻で笑うように問いかけた。でも、アンは胸を張って誇らしげに返した。
「ないわ。親がつけてくれた名前だもの、どこを恥ずかしがる必要があるの?」
「いいや。ちょっと聞いてみたかっただけ。どこぞの誰かさんは自分の目の色が気に入らないみたいでね」
ブリッツさんが私をちらりと見る。
「だって、母さんは茶色なのに、私は真っ黒なんだもん。私、黒は嫌い」
「そうかしら?私は綺麗だと思うわ。だって、黒は何色にも染まらないのよ?」
「だから、いやなの。ひとりでいろって言われてるみたいで」
「大丈夫よ。私たちがいるわ。ね?」
アンはブリッツさんと目配せした。
「そうだね」
私は二人に同時になでられた。