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狼さんのシェルター  作者: 日下部 弓
1/2

No.1


いつもと変わらない寝室。白い枕に掛け布団。お気に入りの狐のぬいぐるみをいつもと同じようにぎゅうっと抱きしめ、私は目を覚ます。

 いつもと変わらない。昔から使っている木目調の勉強机に、黒い、ガラス扉のついた本棚。その本棚に入ってる本だって、変わらない。図鑑、小さい頃好きだった絵本、タロットカードとセットになった説明書、漢字辞典、赤毛のアン。変わらない。変わらない。

 朝ご飯が置いてある。たいてい、私の朝食は食パン一枚か、シリアル。朝はあんまり食べないし、母さんも忙しいんだ。もぐもぐと食パンを食べ、甘いミルクティーをすする。この朝に飲む甘い、砂糖たっぷりのミルクティーが私のこだわり。自分のお小遣いを削ってでもアッサムの茶葉を買い、鍋で熱くなるまで牛乳を温め、その間にティーカップとティースプーンもレンジで軽く温めて、その中に茶葉をミルクでこす。そして更に砂糖を入れるのだ。朝から色んなものに、いつもこだわれる私は、我ながら幸せ者だと思う。だから決してデブ活とか言わないで。ちゃんと運動も、うんまあ、してるんだから。たぶん。

 「あっはっは、デブ活だねぇ。肥え太ったところをガブリと食っちゃおうかな?」

 「言わないでって言ったでしょ!悪い狼みたいなこと言わないで」

 この人だけが、いつも通りじゃない。私の幸せな朝に、今の所男はいらない。太るぞ、とか、デリカシーのない男の人は、特に!

 「どう、いつも通りかな?」

 「うん。気持ち悪いくらいに」

 私は、「へんなせかい」のシェルターに入れられた。何かが終わって、ここにいる。

 この人、ブリッツ・ヴォルフ・なんとかさんに、外には出ない方が身のためだ、と言われたから、外のことは知らない。きっとこの窓から見える景色と、外は違うんだろう。私のいつも通りはこの家の中だけなんだ。そんなことを考えたら、なんだかミルクティーが苦く感じた。

 銀色の長い髪を結ったブリッツさんは、いつも笑っている。でもその青い目には光がない。突然現れて、突然、というか都合が悪くなるといなくなる。不思議な、だけど何だか心配になるひと。私の周りにはいなかった、たくさん私に笑いかけてくれるひと。私を、幸せの裏でひとりにしないでくれるひとだ。

 「ごちそうさまでした」

 学校はない。外に出られないから、家で過ごす。バランスボールで遊んだり、本を読んだり。

 「ねえねえ、外ってなんで行かないほうが良いの?」

 「さあね、そんなに気になるなら外に行ってみれば?きっと理由が痛いほどわかるだろうよ」

 こうやっていつも質問に答えてくれない。いじわるなんだ。腹立つ。

 「でも、まあ機会があったら外に出てみようか」

 「そう言っておけば黙るとでも思ってるんでしょ、少なくとも7回は聞いたよ」

 「本当なのになぁ」

 「じゃあいつ?」

 「今度おれが来たとき」

 にこっと笑って、支度もしなくちゃだから、と頭をなでられた。

 「支度って、そんなに危険なの、外って」

 「怖いなら行かなくても良いけど?」

 「やだ、行く。絶対」

 「言うと思った」

 全く困ったお子様だなあと笑われた。恥ずかしいと思った。

 今思えば、家でひとと会話したのは久しぶり。基本ひとりで過ごしてきたから、あんまり家でひとと笑ったり、話したりしたことはなかった。父さんも母さんも、仕事が忙しかったみたいだから。まだ十年しか生きていないのに私は、ひとりに慣れてしまった。

 「まあせいぜい楽しみにしておきなよ。絶対外に出してあげるから」

 「うん!待ってる!」

 ちゃんといい子にしてるんだぞ、とブリッツさんはいなくなった。私しかいない空間ができる。この空間が一番嫌いだし、苦手。夜はぬいぐるみと、本がないと眠れない。小さい頃はひとりで眠ることが怖くて怖くて、よく泣いたそうだ。今更そんな昔話を思い出して、童話を読むように今に至るまでのページをめくるなんてくだらない。まだまだ私は長いんだ。私はまだ続く。もう終わった方が良いと思ったって、続いていく。本を閉じる瞬間がくるまでずっとぐるぐる回る。目が回る、でも回らないといけないんだ。

 今回りだしたオルゴールみたいに。誰かによって回り出して、ゆっくり終わりに近付く。その終わりに漠然と恐怖を感じるのは、みんな同じなんだろうなあ。終わりなんてなければ怖くなくなったりして、なんて。

 冗談。終わりがなくちゃ大切なものができないもん。終わりがあるから大切なものに気づける。

 難しいことを頭でぐるぐるしていたら、いつに間にか眠っていた。起きたら、ブリッツさんが私の顔をじっと見ていた。

 「おはよう」

 「おはよう。支度はできたの?」

 「うん。気持ちの準備ができたら、いつでも行けるよ」

 「行く!今すぐ!」

 「わかった。じゃあこれを被って」

 ぼすっと白い布を上から被せられた。そして、バッジで裾と裾を留めて、ポンチョのようになった。

 「いい?このフード脱いじゃあ駄目だよ」

 「わかった」

 普段はへらへらと笑っているブリッツさんが、いつになく真剣だったから破っちゃいけない約束なんだろうな、と察した。ぎゅう、とフードを更に深く被ってブリッツさんにしがみついた。

 「あは、大丈夫。そんなにおびえてたらもっと狙われやすくなっちゃうよ?」

 「狙われるって、何に?」

 「行けばわかるよ」

 私は玄関で久しぶりに履くくつに足を入れてその窮屈さに少し驚いた。

 「準備はOK?」

 「うん、大丈夫だよ」

 ふっと笑ったブリッツさんの手を握って、私たちは外に出た。

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