episode1
──私はちょっとした化物を見ている。
その化物の姿は人間、それも女性らしい。
身に纏っている物は男性の、それも貴族が着るような上等な衣服で、見慣れない白い靴を履いている。
その容貌は怜悧な魅力に満ちており、一切の変化がない表情はみしろ彼女のチャームポイントのようにも思える。体付きも申し分なく、女性的だが野性的な強かさもあり、なにより白に近い象牙の肌と、腰ほども黒の艶髪がなんとも映える。
そんな美人なのだが、しかし現実というのはどうにも夢を見せてはくれない。
「強いな」
仲間の一人がポツリと漏らすが、おそらくそれはこの場における全員の気持ちを代弁している。
その女が行っている行為は、言ってしまえば魔物討伐だ。それも最弱、ともまでは言わないが余程の事がなければ負けないゴブリンと呼ばれる子鬼を相手にしている。奴等は手先はそこそこ器用で、運動能力もそれなりなのだが、いかんせん。脳みそがすっからかんなので案外子供でも罠で討伐できたりするのだ。
ただしそんな殆ど脅威となりえないゴブリンなのだが、他種族の女子を孕ませる事で戦力の増強と、なにより数の補充が容易という恐ろしい特性を持つ。1匹のゴブリンに女性が一人攫われると、9日後には20を超える大群となってまた襲ってくる。攫われた女性が実力のある冒険者なら、その特性を引き継いだ個体まで現れる始末だ。その為害悪と判断され、発見次第討伐推奨されているのだが。
そのゴブリンが、現在無数の死体となって女の周囲に散乱していた。数としては2~30はいたのだろう。
中にはホブゴブリンまで存在しており、脅威度は通常とは比べ物にはならないだろう。
なにせホブゴブリンは頭は悪いが、しかし多少強い程度の冒険者ならば十二分に撲殺できる、……筈なのだが。その女からするとそれすらもどうやら手ぬるい相手でしかないらしく、たったの一発で討ち倒していた。その際に腕が発光したのはなにかの能力だろうか?
ただしこれだけならただ強いだけの人間だろう。
だから私が化物だと思ったのはまったく別の事だ。
私が有する能力の一つには<看破>が存在する。これは相手の情報を視覚的に見抜くと言う能力だ。
その能力を用いて女性を視たところ、──私は化物だと思ったのだ。
【名前】ERROR
【種族】ERROR
【職業】ERROR
【能力値】▼
【筋力】ERROR【耐久】ERROR【敏捷】ERROR【器用】ERROR【魔力】ERROR【幸運】ERROR
【能力】ERROR
【称号】ERROR
【装備】ERROR
【所持金】0ギル
──ERROR。
これは隠蔽しているわけではなく、純粋にその情報が存在しない場合にのみ現れる情報だ。
それが出るという事は、この世界に存在しないと言う事になるのだが、しかし目の前にしっかりと存在している。
これは有り得ない。そんな事が有り得る筈がない。
神々に存在を認識されない存在、それは一般的に化け物であるとされている。
つまり彼女はまさしくそれなのだが、──しかし私と契約している癒しの精霊が安全であると言う判断をしている。精霊は神々と繋がっている為にその判断は間違える事はまずない。そして危険がないと判断しているのならばそれを信じるべきだろう。
仲間に言うのは、……余計な混乱を与えそうだからやめておこう。
「あ」
唐突に、女性が倒れた。
特に攻撃を受けた様子はない。しかし倒れた。
スーツに損傷はないことからおそらく傷等もないだろう。なのに倒れた。
どうしたどうしたと街道から離れ、そのまま確認に行く仲間達に思わず頭を抱えながら、「おいお人好し共いい加減にしろ」と泣きたくなったがともかくこの場に自分だけ残るのは後々面倒な事を言われかねないと急いでいくと、
──ぎゅるるる、ぐぎゅるるごごご。
奇妙な音が、女を中心に響いている。
先行していた仲間が全員どうしようと言いたげな顔でこちらを見ている。
この音はなんだろうと女を見るが、何かをしている様子はない。
ならばこの音はなんだろうかと近づくと、──ちょっと、呆然する事になる。
「食べ物、用意してやった方がいいかな?」
今回ばかりは流石の私も哀れすぎて何も言えない。
とりあえず肉でも焼いてやればいいだろう。恩を売れば利用する事もできるかもしれないしと、とりあえず<隠遁>で姿を隠しながら様子を窺う事にした。
◆
────おかしい。
戦う直前、いや戦っている最中でさえ腹など空いていなかったのに。
何故か戦いが終わった瞬間に強烈な飢餓感が襲いかかってきた。
あ、あかん。これはあかん。……飢餓感ってこんなに辛いもんなんやね。
と言うかほんとうに何が起きた。殴った瞬間に腕が光って思わずハァ? みたいになった途端にこれである。もしかしてさっきの謎発光となにか関係があるのかこの空腹?
ああ、それにしても動けん。意識もなんか薄ぼんやりとなっているような、……うん?
──クンクン、クン。
肉が、焼ける匂いがする。香ばしい、油の弾ける匂いがする。
距離はそれほど遠くはない。むしろ近い、これは近いぞ。
勝手に身体が跳ね上がる。くるりと見事なターンを決めて背後の匂いへと視線を向けて、
「あ、起きた」
とりあえず周囲に人がいるのに気が付いた。
……ぐぎゅるるる。あかん、なんかハズい。
しかし、現在目の前にいる人々の手に握られている肉やら、野菜やらに視線が定まらず、思わずその場で土下座する。それこそ、地面を叩き割るような勢いで。
「すまないが、食料を分けて頂きたい」
恥も外聞もどうでもいい。情けないとか思われても気にしない。今はとにかく腹に物を入れたいんだ。
そんな願いはあっさりと叶った。なんと私の為に用意してくれていたらしい。
なんて、なんて優しい人達なんだッ……!
渡る世間は鬼ばかり、なんて言葉もあるけど優しい人もいるもんだ。ありがてぇ、ありがてぇッ……!!
「感謝する」
焼けた肉を一つ受け取り、垂れる脂に気を付けながら口へと入れる。熱々の肉から溢れる肉汁が口内で弾け、固いが柔らかいと言う矛盾した感触が何とも心地いい。血と脂、そして何より肉から伝わるガツンッとした野性的な味は空腹で唸る胃袋を即座に満たしていく。
日本で販売しているような品種改良と言う過程を得た肉とは違う、ただただ純粋な肉の味。
けして美味いとは言えないだろう。食べられる為に育てられた肉と比べるとどうしても味という点では劣っている、と思う。少なくとも知識の肉はもっと美味いと主張している。
しかし、この野性的な味は活力に直接変換されるような力強さに満ち満ちている。喉元を過ぎれば腹の奥底で熱が生まれ、空腹というスパイスと共に幸福感と言う炎を燃やして私の心を蕩けさせる。美味い、美味いぞ謎の肉!
ああ、私は今、食事と言う行為にただただ純粋に感動しているッ……!!
「……なんというか」「あ、あわ、わわわ」「なんか、エロいな」「……無表情なのに」
なにか周囲が騒がしい気がするけどとりあえずブレイクスルー。
あれ、……ブレイクスルーってどう言う意味だっけ? まあ、スルーって事は無視するって意味でしょうから気にしなくてもいいかな。そんな事よりも肉だ、肉だ、焼肉だ!
焚き火にセットされた鍋で焼かれていた肉は気が付けば一つもなくなっていた。
合掌をして命と恵んでくれた方々に感謝の意を示すと、何故か赤い顔で目を逸らされた。……なして?
とりあえず誰かに声を掛けようかと思ったのだけど、しかしこうも熱い視線を向けられるとなんとも居心地が悪いもんですな。視線に気づかぬ女はいないと言うがどうやら本当らしいです。
これは話し掛けづらいと思っていたら、彼等の背後で顔を真っ赤にして背けながら、顔の周りを飛んでいる半透明な幼女に小言で何かを話しているお嬢さんを発見した。
格好はなんともファンタジー。ついでに言うなら私がやってたゲームにあるようなどう見ても有り得ない露出度高過ぎな装備ではなく、腰よりも少し下くらいまである頑丈そうな革鎧と言う格好である。ただし艶やか且つ肉感的な黒のレギンスと無骨な足甲と言う対比は非常にエロいです、はい。
あの人も何やら恥ずかしそうにこちらをチラチラと見つめているが、なんかちょっと警戒されているっぽいので一番信用できるんじゃないかな。いや、だってほら、エロい視線向けてくる奴よりはマシじゃね?
というわけで周囲の野郎と、何故か目を合わせてくれないにゃんこ少女の隙間を縫って、背後の女性に話しかける事にした。ちなみに周囲の人々はちょっと驚いていた。なして?
「助かった、礼を言う」
「え、いや、あの、私は、何も、と言うか、あの、……何故私に?」
「視線が辛い」
「視線、……って、ああ、成る程」
仲間達を見詰めて納得と頷いてため息を吐いている。
まあ、同じ、と言っていいのか悩ましいところなんだけど、とりあえず同性に向ける視線としては失礼だと思ったのだろう彼等に叱咤をしているのを尻目に見ながら、とりあえず空中に浮かんでいる幼女ちゃんを観察する。
白いワンピースに金の長い髪、くりくりとしたまん丸な碧の瞳が可愛らしいロリコン製造ストップなしの美幼女ちゃんはどうにもこちらに気がついているらしく手を振っている。なので手を振り返すと嬉しそうに微笑んでいた。かわいい、この子一時間幾らですか?
そんなやり取りをしていると背後の叱咤が終わったらしいので振り向いて様子を窺うと、半分位のサイズになった猫耳少女と、体操座りで黄昏る男共を前に言い切ったぜと言う清々しい表情で汗を拭う姿が。
「あ、お待たせしました」
「いや、感謝する」
とりあえずこの子だけはなるべく逆らわんようにしよう。