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prologue

作者の雪之進といいます。

この作品は<脳筋系自称TS女子による迷宮探索(仮)>の書き直しとなります。

内容はプロットが消滅した影響で序盤は大幅に違います。ご了承ください。

 ──ふと、気が付いた。

 そこは広大な草原だ。ゲームか小説の挿絵のように、いっそのこと幻想的な非現実な光景。 

 温かな風に白い花弁が舞っている。伸び放題の芦は朝露を日差しに晒している。空の青さは万国共通、本日は快晴なり。

 うん、此処は何処だろうか。少なくとも日本ではないよね、日本じゃないと思う、日本ではある筈がない。だって日本にこんな場所が残ってるなんて思えないもの。田舎出身の私ですら、地平線が見える草原なんて素敵な光景知りゃしない。

 かと言って外国に行く予定なんてありゃしないんだけど。そもそもパスポート持ってないんだよね。まあ、その前にどうやって此処に移動したんだろう、って疑問を抱くべきなんだろうけど。……うん、何がどうなったのやら。

 こういう時は頼りのケータイさんに頼むとしよう。確かズボンに入れていた筈、筈、筈、……ない。

 と言うかケータイ以外も色々となくなってる。財布もないし免許証もない。いつも通りの草臥れたスーツの胸ポケットに入っているタバコとライターだけが妙に虚しい。

 そうして、全身を確認していて、ふと、気が付いたのだけど、なんか視線が低い、気がする。なんというか、違和感があるんだよね、この視点に。さながらゲームの操作キャラクターを変更した際のカメラワークの視点位置のごとく、奇妙な違和感だ。


 ──なにか、おかしい。


 そう思って、首筋へと手を伸ばす。いつも通りの、どれだけ注意されても治らなかった癖。

 だけどその時普段とは違う事に気が付いた。──キューティクルめっさ良くね?

 なんかしっとりしとる。と言うか髪の毛バカみたいに伸びてないッ!?

 ううむ、それなりに長く生きてきたけれども、こうも不思議な事が起こるとは……。

 お、落ち着け私。こういう時、落ち着いて空でも見上げるとしよう。現実逃避していれば多少は落ち着きが取り戻せるさ。そうして、太陽に手を翳しながら見上げ、


《GYAAAAAAOOOOーー!!!!》


 大きな、真っ赤な蜥蜴が背中から翼を生やして飛んでいらっしゃった。

 岩石を削り出しかのような分厚く、雄々しい翼が羽ばたくたびに地上まで吹き付ける強風に髪がふわふわと動いて、──ドラゴン? え? マジなん? ハリウッドの現場にでも迷い込んだ? いや、ハリウッドでもありえへんってあんなんッ!!

 そのドラゴンが飛び去ったのを見送りながら、私はなんとも言えない気持ちで溜め息を吐いた。

 いや、本当に此所何処やねん? 少なくとも日本どころか地球ですない気がするんですが。

 もう、やだ。お家帰りたい。お布団何処、ご飯何処、今日やるアニメなんだっけ?

 しばらく現実逃避気味に呆然と空を見上げる。もうあのドラゴンは存在しない。

 ゆっくりと移動し続ける雲の流れを見送りながら、少しづつ現状を整理していく。

 そして、考えていて、わりと重要な事をようやく自覚する。──どうやら私はこの場で目を覚ますまで何をしていたのか覚えていないらしい。


 そもそも私の記憶はあやふやだ。いや、あやふやというか、欠け落ちている?

 名前は覚えている。しかしその名前に関連する一部の情報以外が欠落している。例えば私が好んでいた趣味趣向ははっきりと覚えているんだ。世間一般でオタクと呼ばれる類の人種であり、アニメや漫画が大好きだったし、小説は給料日に必ず一冊は買っていた。ネット小説は毎日読んでいたし、コミケに行きたいと思ったものの、時間の都合で結局行けずに泣いた事も数しれない。

 反面、その手の趣味やら知識やら以外はもう駄目だぁ、おしまいだぁ。

 悪ふざけはともかくとして本当にどうしようもないのだ。自分がどう言う人間なのかは分かるのに、じゃあ自分はどう生まれて、どんな風に生きていたのかと考えると途端に何も思い出せない。

 そう、それこそ──性別すらも分からない。

 現在の体付きは女だ。だが、記憶の中で私が女であった証拠がなく、同時に男であった証拠もない。

 だが、自分の思考は間違いなく男に近い事は自分自身で理解できている。

 そして、一つだけ覚えている、忘れられない単語がある。意味の分からない、けれど大事な単語。


〝ティオ〟


 瞬間、脳みそが煮え立った。 

 痛みと共に一瞬だけ奇妙な幻覚が見えた。

 すぐさま消えたそれを思い出すことはどうにも難しい。何を見たのかすら定かではないのだ。思い出すのは諦めよう。ただ、その単語を呟くと、妙に、こう、愛おしく感じるのは何故だろうか?

 とりあえず、今度は思考をまとめるためにもう一度空を見上げる。

 太陽は未だに燦々と輝いているが、少しばかり傾き始めた気がしないでもない。ううむ、このあたりが何処か分からない以上、この場に留まるのは得策ではないかもしれない。獣に襲われるなんて真っ平御免だ、その可能性を潰すためにも、とりあえず適当に歩くとしよう。街道が見つかれば見っけもん。もし見つからなくてもいい寝床があるかもしれないしね。




 それからしばらく草原をただ歩き続ける中、ふと、誰かの視線を感じる。

 ネットリとした、何処か嫌らしさを感じさせる欲情した視線。

 それが右斜め前方に存在している事に、ようやく気が付いた。

 視線を遠くに見せれば街道らしき場所を馬車が走っている。あそこまで行けば安全だろうと考えていたんだけど、なる程ね。

 確かに街道に近付いたからと言って安全だという保証はないわ。街道の方が獲物が多いのなら、その周辺にいた方が狩りの効率も上がるだろうし。

 さて、相手はいったいなんだろう。


「ゴブッ」「ゴブ」「ゴブゴブ」「ゴブ?」「ゴブアッ!!」

「ゴブン?」「ゴブ、ゴブ」「ゴバ!」「グブ!」

「ホブゴブ、ホブホブ!!」

「「「ゴブッ!!」」」


 あ、うん。

 これ程までに分かり易い言葉があるだろうか。

 風に紛れて聴こえてくるゴブ言語、最早語るまでもなく分かり易い。

 芦の隙間から除く緑の皮膚は保護色となっているものの、しかし身にまとっているボロ布等の色が違いすぎて意識すると判り易過ぎた。

 どうにも私をどうにかしようと話し合っているのだろうけれども、しかしあそこまで分かり易い会話をしていて逃げられると思わないのだろうか。

 そんなアホすぎる集団を凝視しているのに気がついたのか、ひょっこりと、こちらを見つめてくる無数の円な瞳。

 緑色の肌に醜悪な顔、小汚い格好に錆だらけの武器等々。そんなダメそうな奴等の集団の中で一回り大きいリーダー格だけは、何処か小奇麗な格好をしているが、しかしなにより、その服装がスカートという視覚的な兵器だった事には気が付かない振りをした。

 多分、おそらく、間違いないだろうけれども彼等はゴブリンと呼ばれる種族だろう。

 RPGに置いて最弱な立場に置かれる事も多いその存在の起源は元々は妖精やらなんやらと言われているのだけれども、この場所においてはどうにもそんな要素は期待するだけ無駄らしい。

 

「ゴブ」

「……なんだ」


 思わず返事をすると、周囲の奴等と相談し始めるリーダー格。

 もしかして私はこんな緊張感も欠片もない状況で襲われるんだろうか。……襲われるんだろうなぁ。

 

「ホブゴブッ!」

「「「ゴブッ!」


 やっぱりねー。

 ただ立っているだけなのだが、自然体のままで臨戦態勢が整っている事に少し驚く。もしかしたら私ってこういう事を日常的に行ってた人間なんだろうか、なんて疑問が浮かんできた。まあ、今はあんまり関係ないのですぐさま思考放棄したんだけどね。

 さて、殺りますか。

 そんな事を思いながら、どうにも自分の思考が暴力的だなぁ、なんて、ちょっとセンチメンタラー。



 ◆



 草原の中で最弱と言われるゴブリン達。

 頭が悪く、動物的な本能も衰退している。腕っ節も弱ければ魔法の適性も殆どない。

 そんなどうやって生き延びているのかすら分からない種族なのだが、彼等には他の種族圧倒する力がある。それは数の暴力と圧倒的な成長速度。そしてなによりも他種族を孕ませる事でその種族の特徴を一代のみ引き継がせる事が出来る。

 この集団のリーダーでホブゴブリンがまさにそれだ。

 彼は魔法の才能豊かな冒険者が死にかけていた際に捕まり、その際に唯一孕まされた個体である。そのために魔法の適性が高く、そして知恵も多少だが回る。ただ根本的にアホである為に大事なところが決まらないと言うダメっぷりを発揮しているのだ。──それがまさしく今回の待ち伏せ失敗である。

 元々考えるのが苦手で動かずに息を潜めるのも種族的に無理。それだけでなく好奇心が旺盛な下っ端共の騒ぎ声ですぐさまバレてしまう始末である。

 しかし、今回退治した女は武装もしておらず、薄っぺらい布切れしかまとっていない。強者特有の空気も発しておらず、ならば大丈夫だろうと単純に考えて捕獲を命じた事が戦闘の切っ掛けなのだが。


「──脆い」


 重々しい音を響かせて、同胞が地へとめり込んだ。

 それを行った当人は、今し方踏み潰した存在に興味がないとあっさりと次の獲物に狙いを定めて一足飛びで前へと進んでいく。

 果敢に立ち向かおうとする手下に、待てと声を挙げるよりも早く、女の蹴りが炸裂した。

 それは武術的な物ではない。しかしその威力は武術のそれと大差ない。

 陥没した顔面の中で僅かに漏れる悲鳴のような音。吹き飛ぶような事にはならず、ただその場で崩れ落ちた同胞は最後まで何をされたか気付く事なく逝っただろう。

 速い、早い、疾い。とにかく動きがまるで見えない。

 緑の頭部が空を舞う、悲鳴を上げて縦に裂けた、おもちゃのように振り回されて空高くから墜ちた者もいる。一番残酷なのは半端に蹴られ、意識があるままに放置された同胞だろう。ただ苦しむだけしか出来ないそれに、親玉であるホブゴブリンは優しく首を折り眠らせてやった。

 これは勝てない。そう判断して手下へと逃走を示すのだが、しかし相手は怜悧だが、目が覚めるような別嬪だ。一部の手下はそのまま女に欲情したまま襲いかかってしまった。

 それはそうで時間稼ぎになると足早に逃げるホブゴブリン率いる数体の背後からは悲鳴が何度も上がっている。最後に振り向いた先には、片手でゴブリンの頭を握り締めて持ち上げ、そのまま顔面に何度も拳を振るっている女の姿。──関わるべきではなかったのだ。

 自分の責任だと泣きながら死んだ手下を思うホブゴブリンに、手下達はそんな事はないと声を掛け、直後の事だ。

 隣で必死に鳴いていた一体に何かがぶち当たり、突き抜けた。

 唖然とソレを見つめる隣でもう一度、もう一度と、手下が次々と同じように滅ぼされていく。

 まさかと背後を振り向けばやはり女が立っていた。手には幾つかの石を持ち、見せつけるように掌の上で軽く投げている。正確無比な一撃は、まさかただの投石だ。確かに恐ろしい武器ではあるが、だからと言って、どうしてそれだけで手下が死ぬのか。

 最早何もわからない。ただ女に対しての怒りがあるだけだ。

 腰に下ろしていた武器を取り出す。昔人間から整理品として奪った錆だらけの手斧だ。

 ソレを手に、ホブゴブリンは女へと突撃する。

 死は既に覚悟した。仲間は既に誰もいない。ならばもう女を殺す事に専念するだけだ。

 それなりにある距離は、女の一歩で冗談のように縮まった。弾けるような速度で迫る女に、憤怒を込めた手斧を振り下ろして、


 白銀が吠えた。

 交わる一瞬だけ見えた白銀の光、それがなんだったのか。

 自らの身体を見下ろしながら、ホブゴブリンは意識を手放した。

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