花の香る町
少女はこちらを見ていた。
「どうしたの?はやく外に出ようよ。まずは”7と9の神様”に会いに行かなくちゃ」
少女は、そうせかした。
僕は彼女に連れられるがままにその駅舎だった小さな建物から、外の世界に踏み出した。
外はまぶしかった。その光景は駅舎の中でみた窓越しのものより鮮やかだった。
僕は目が慣れるまでの数分間、きらきらしたまどろみの中をただ少女の後ろを追って歩いていた。
道すがらの雰囲気というものは幾分浮き足立って感ぜられた。そこらで客引きの声が響き、屋台が軒を連ねていた様子がうかがえたからだ。
「今、お祭りでもやっているのかい」
僕は少し前を行く少女にそう尋ねた。
「そうね、ここでは年中お祭りをやっているわ。ずーと、昔から。」
僕はそういう彼女の言葉を濁流の中に流れる葉をすくい取るように聞き取った。あたりがやたらうるさい。
目が明るさに慣れてくると、僕は小さな路地を歩いていることに気付いた。道の両脇は所狭しと出店が並び、ぎらぎらした食器なんかを売っている店を通り過ぎたところだった。
道は緩やかに上り坂で、自然と息が苦しくなってきていた。僕は小刻みに吸っては吐いてを繰りしては前を行く少女の、更に先にぼんやりと見えだした城を仰いでいた。どうやら少女はその城に向かっているようだった。
「あの城には何があるんだい?」
僕の質問に少女は歩きながら顔だけをこちらによこして答えた。
「神さまがいるのよ。ここに来たら、まず会いに行かなくちゃいけないの」
「そこまではどれくらいかかるんだい?」
「それはあなたが決めることよ」
「僕が・・・?」
「あなたの思い次第ですぐ着くこともできるし、あるいはずーと着かないままでいることのできるの。」
延々と僕は同じような小さな路地を足早に進んで、同じような花の匂いをずっと感じていた。
ぎらぎらした食器は必要ないくらい何件もの露店で売られていた。
「もう一度聞くけど、いつになったら着くんだい?」
「着かないってことは、あなたが会いたくないと思ってるということよ。変化を嫌うのね。あなた、こっそりこちらに来て、何にもせずにアチラに帰ろうなんて考えてなかった?」
「いや・・・そういうことではないけれど」
「普通だったらこのへんでお城の芝生に足が入ってる頃よ。それはあなたが特別新しいことを嫌うからかもしれないわね」
「そうかな・・・それより、ねえ、少し休みにしないかい?」
「なんかふつうの人なのね、あなた。いいわ、休みましょうか」
少女はそういうと進路を右にきり小さな店に入っていった。僕もそれに続いた。
入るや否や、少女は
「”ハ”をふたつ」
と店員らしき人に慣れたふうに言うと、奥の方の席に腰をかけた。
そして入口にあたりでウロウロしている僕に
「あなたも早くきたら?」と言った。
店内はとても古めかしい、木造造りのたたずまいだった。
「僕もそれを頂くのかい?その・・・”は”とやらを」
「そうね。とても元気がでるの。不思議な味なの」
そういうと彼女は僕の方をさっきの駅舎にいた時のようにじっと見つめてきていた。
僕はすこし決まりが悪い気がして、きょろきょろ回りを伺っては、店内でくつろぐ人の真似をして、ひじを机に尽き鼻の辺りに手をやったりしていた。
少女は尚もこちらを伺っている様子だった。
「なんだい・・・?ずっとこっちばかり見て」
「観察してるの。あなたのこと。面白いわ」
「じっと見られていると、すこし緊張するな。それに僕は君が考えているほど不思議なものじゃないんだ。」
「いいえ。不思議だわ。あなたの事を見ていると、あなたの考えていること全てわかるの。顔に臆病者って書いてあるわ。」
失礼な、と言いかけた。だけどやめた。こんな女の子に腹をたててもしようがない。
そんな事を考えていると、白っぽい麻生地のドレスを着た店員が盆に何かを載せてこちらにやってきた。
てっきり飲み物か食べ物が運ばれてくるのだと思っていたが、店員がもってきたのは葉っぱがまかれた棒だった。
「ではごゆっくり」
そういうと、また静かに厨房らしき処へ消えていった。
「これって、どうするんだい」
「知らないの?火でね、こうあぶって、そして吸うの」
女の子は棒の先っちょでテーブルにおいてあるランプの火をつつきそして、ストローでヨーグルトを吸っているかのようにそれを吸った。
「ほら、あなたもやってみたら」
僕は女の子をまねて棒をすってみた。
生暖かい煙が僕の肺を充満するのが感じられた。そして、その数秒後、今までに経験したことのないような感覚を覚えた。
「ねぇ、とても良い、もの、でしょ?」
女の子の声は一つ一つ曲がっているような気がした。
「昔の、ね、アンデスに上る人はね、こうやって、ガムみたいにしてね、葉っぱを噛んで、そして、心をリラックスさせたんだよ」
周囲の話声と彼女の声を聞き分けるのが困難だった。
それから、僕は恍惚とした気分の中、意識をその幻想のような所に置いて行ってしまい、はっきりとした記憶を部分的に失ってしまった。気づいたときには僕は通りの端でうずくまるように転がっていて、僕の顔を心配そうに女の子が覗いていた。
「あなた、弱い」
「ああ、ごめん」
「ここではね、心の弱い人は軽蔑の対象なの。あんなもんで倒れていたんじゃ、お店の人に迷惑がかかっちゃうわ」
「君も、僕の心を、軽蔑するのかい」
「いいえ。私は、一部はあなた側の人間だから、そんなことはしないわ。それより、こんな所じゃ嫌でしょ。今日はお城をあきらめて、どこかに泊まりましょ」
女の子は小さく笑って、そして僕に手をさしだした。