雪ふる小さな村
豪雪地帯というわけではないけれど、良く雪が降る田舎町でのことだった。
畑ばかりの小さな村をぼたぼたした雪がおおう夜、僕は小さな無人駅の駅舎で登りの汽車を寒さに震えながら待っていた。
駅舎の中では、ぽつりと白熱電球が寒々しくつき、申し訳程度の暖房器具の中で小さな炎があたりを淡く照らしては、すきま風で小さくゆらいだりしていた。
最終列車の二つ前の汽車に乗る手はずだった。ここで僕の”病気”がまた出てしまった。何度も変えようと思ってきたのだけど、やっぱりこの怠惰に由来するところの悪癖は直ることがく、直そうとしては挫折する度に僕の自信というものは少しずつ欠けていくのを感じるのだった。
今は本日最後となる列車を昼間の後悔とともに待ち続けている。
携帯を見ると、時刻はちょうど0時を過ぎたところで、健気に電波が一本立っている状態だった。
寒さが僕の目を閉じさせようとしていた。
ちょっとだけ寝てしまおうという誘惑にかられた。汽車が来たら、物音か何かで目を覚ますだろう。そうでなくても、優しい車掌さんかなんかが来て、起こしてくれるだろう。
僕は、安楽的な未来観察によって睡眠の理由をこじつけ、そしてまぶたを閉じてしまった。
いくばくかの混沌の後、目を覚ました。何分間、何時間かも分からない、どれくらい眠っていたのだろう。窓の外を見ても、いまだに暗いまんまだし、雪も相変わらず降っている。長い時間は寝ていないように思われた。
携帯で時間を確認しようとポケットに手を突っ込んで、引っ張りだそうとした、その時だった。
「明かりが寂しいね・・・」
女の子の声がした。とても小さい子の。僕は少しの間固まってしまった。その声はもう一度言った。
「小さい明かりが、さびしいな。」
僕の座る椅子の向かいには女の子が小さくまとまって座っていた。石みたいにかたい木枠の椅子にである。
女の子は暖炉の中の小さな炎を見ながら、三度僕に言った。
「こんな小さな炎じゃ、なにも変わらないよ」
僕は困惑の中で小さく答えた。
「無いよりましさ」
「えー。逆だよおじさん。ヘンにこんなのがあるから、皆こんな小さな火をありがたがっちゃうんじゃない?ヘンに希望をもたせるからさ」
「でもやっぱり、無いよりましさ」
彼女は小さい手でノドの辺りをさすりながら、うーんと唸っていた。
しばらくそうして、そして、僕に唐突に質問をしてきた。
「おじさんは、なんでここにいるの?」
それはこっちのセリフだろうと思った。でも僕はなけなしの親切心で答えてあげた。
「汽車をまっているんだ。全然来ないんだ」
「それは本当に来るの?」
「わかんないな。実はもう行ってしまっているのかも。だからもう来ないかもしれない。でも、僕には待つことしかできないんだ。」
「へんなの。待つのやめちゃえば良いのに。おうちに帰ればよいのに」
「なんとなく・・・恰好がつかないんだ。小さい事だけど、こんな理由でまた家に帰るなんて」
「おじさんは、そんなことを気にして生きているの?」
「じゃあさ、一回こっちに来てみない?」
女の子は脈絡がなくこんなことを言う。
女の子はこちらをうかがっていた。
「こっちってなんだい?」
「”こっち”はこんな寒い所じゃないよ。もっと楽しくて、良い匂いの場所だよ!」
そう言うと、女の子は座っていた椅子から飛び降り、窓の方を向いた。
「そんなところ・・・ぜひ行ってみたいもんだ」
「えっ?行くの?行くのね?」
「どこへでも連れて行ってくれ」
「じゃあ行きましょう。そんなに遠くない所だから。すぐ着くよっ」
女の子は天井辺りを指さした。僕はつられて彼女の指さす方を見上げた。別に
何も変化はない。
「そのまま目をつぶって」
僕はもういい加減で素直だった。
僕は彼女の言う通りにした。
「心の中で鉄砲が3回なるのとコスモスが咲く様子を思い描いて。ゆっくりで良いよ」
やっぱり言うことを聞く事にした。
僕は広い草原に兵隊がいる光景を思い描いた。兵隊は3発、鉄砲を空に向かって
撃った。兵隊の足元にはコスモスの花が咲いていた。
そういった事を考えた。
何十秒か沈黙が続いた後、不思議なことに、不意に花の香りに包まれた。
なんだったかな、この香り。
「ついたよ、もう目を開けて良いよ」
いったい彼女はこの数十秒の沈黙のうちに何をしたというのだ。僕は半信半疑に目を開けた。
驚いた。辺りが明るくて、まぶしい。しかも、さっきまで僕を責めるように響いていた寒さが無くなっていた。ぽかぽか陽気の太陽が窓の外に見える。これはどういうことだろう。
僕はポケットにある携帯を取り出そうとした。携帯の電波を確認したかったのだ。
しかし、意に反してポケットにいれた僕の指先は携帯ではなく、くしゃりと丸められた紙に触れた。
とりだしたみると、こう書かれていた。
「携帯は少しだけ預かります。ここには必要のないものだから。」