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星の傷痕  作者: 大航
第一章 **
9/27

3-1.成功者

 ――朝、今度は遅刻しないように一番早くに起きた。

もちろん筋肉痛は酷く、身体は思うように動かせない。でも人間って不思議なものだ。

こんな環境に三日も浸かれば身体は自然と慣れていく。

一週間もすれば飯をお代わりする余裕すら生まれていた。


 山の散歩はすでに日常になっていた。

それでも部屋の仲間に追いつくことすら難しいが、バテて座り込むことはなくなっていた。


 この施設では基礎体力のほかに様々なことを学んだ。

銃の知識、医療知識、射撃、陣形、語学、無線など数えれば切がない。

考える暇もないまま次の工程に進んでいく、学園とは違う緊張感、

座学でさえ一秒たりとも気が緩む暇はなかった。


 苦手な語学の座学が終了するチャイムが鳴った。

白衣の男が部屋を出て行くと、俺はすかさず机の上に頭を押し付けた。


「あ~疲れたぁ」

「ナナは真剣に授業聞きすぎじゃん?」


 隣の席に座っているシロウが話しかけてくる。

押し付けている机の冷たさが気持ちいい、考えすぎて沸騰気味の頭が冷静になってくる。


「うるせぇ~まったくわかんねーんだよ」

「ははは、ナナは真面目すぎるな」


 シロウはまるで余裕綽綽とばかりに脚を組みながら笑っていた。

椅子の足を浮かせて一本の足だけでバランスを取って遊んでいる。

そんな遊ぶ余裕すらあるシロウに訊いてみた。


「シロウはわかるのかよ」

「俺? 全然わかんねぇ」

「はぁ?」


 俺は呆れながら言葉を返す。


「なら勉強しないとやばいだろ」

「勉強……なんで?」

「だってテストとかあるんじゃないのか?」

「ほんとお前は真面目だよなぁ。こんな座学なんてあいつらの暇つぶしでしかねーよ」

「あいつらって……」


 そのときガラリと扉が開いた。白衣の男と、もう一人同じ白衣を着た男が部屋に入ってくる。


 二人で教卓に立つなんて珍しいな――。


 白衣を着た男の一人が口を開いた。


「えーここのクラスは、明日の十一時より模擬戦闘を開始する。これより明日の定刻までは準備に当てるべし」


 部屋の中の七人が歓声を挙げた。

俺は何がなんだかよくわからず、白衣の男の声にひたすら耳を傾ける。


 そんな中、一人の男がドスの聞いた声を響かせた、アルフレートだ。


「おい、相手は誰だ?」


 辺りが静まり返る、白衣の男は手元にある資料を見ながら言葉を返した。


「資料に書いてある、俺は何も言えない。あとはお前らで想像しろ」

「……報酬は?」

「それも書いてある、一週間の休暇と一人五十万だ」

「気にいらねぇな。五十ってことは四百あるってことか。分配はこちらで任せて貰おう」


 リーダーを名乗るアルフレートの提案に誰も異を唱えることは出来なかった。

みんな萎縮してしまい、気だるそうに机に肘を付いた。


「好きにしろ」


 白衣の男たちは二人して部屋を出て行った。するとアルフレートは皆を呼び集めてこういった。


「おい小僧。明日お前は余計なことするんじゃねぇぞ」

「え?」

「弱兵一人で全滅するなんてこたぁ、よくあることだ」


 小僧って俺のことかよ――。


 周りの顔がニヤリと微笑んだ。

さっきまでのやる気のない表情は一変し、皆アルフレートの言葉に耳を傾けている。


 どうやら俺にも報酬が出ることが気に入らなかったみたいだ。

それにしてもこんな形で皆の士気を上げれるのか。


 なんだかなぁ――。


 足手まといになるのは分かっている。しかし、俺も習った知識や技術を試してみたい。

そんな気持ちが湧き出ていた。でも皆との力の差は歴然だろう。

なぜなら俺は元々学生で、こいつらは軍隊あがりだからだ。

たった一週間やそこらで埋められるものではない。


 俺は少し離れたところで、資料に目を通した。


「おいおい、こりゃなんの冗談だ?」


 アルフレートが呆れた声をあげた。俺は固まっている集団を横目に見ながら流し読みする。

資料には模擬戦闘の対戦の名がたったひとつだけ書かれていた。


「相手は一人かよ、こりゃ楽勝だな」

「でも一人ってことは相当数の罠が仕掛けられてるぞ、工兵の出番だな」


 皆が資料にある情報を元に、あーだこーだと様々な発言をし始める。

流石は軍隊あがりという事だろうか、俺には想像も出来ないことだらけだ。


 ふう――。


 俺は資料をたたんで席を立った。


「おい、小僧。どこに行くんだ?」


 アルフレートが俺を呼び止めた。


「帰って寝ようと思った」


 アルフレートがギラリと俺を睨み付けた。

険悪な雰囲気があたりに漂ったが、すかさずシロウが口を挟んだ。


「あっはっは。おいおい、拗ねてんじゃねーよ」


 シロウは立ち上がって俺の肩に手を乗せてくる。

シロウが笑ったおかげか、周りの人たちも笑い始めた。


「あ、俺みんなの装備を申請してくるよ。いつものAタイプでいいっすか?」


 シロウがアルフレートに向かって訊いた。アルフレートはわざとらしく溜息を吐きながら、


「餓鬼のお守も大変だな、シロウ。Aタイプでいい、よろしく頼む」

「了解」


 シロウはそのまま俺の腕を掴んで教室を出ていった。

シロウに反発することもなく、俺も一緒に教室を出た。

カツンカツンと廊下に足音が響く中、シロウが口を開いた。


「おいおい、どうしたよナナ」

「どうしたって……」

「珍しいな、あんな挑発されたくらいで怒るなんてよ」


 挑発ねぇ――。


「あーゆーとにかく仕切りたい奴は何処にでもいるんだよ。そして反発されるとすぐ拗ねちまうんだ。自分の思い通りに物事が進まないとイライラすんだよ」


「だからって、その捌け口に使われたら堪らないな」


 俺は小さく溜息を吐いた。

シロウがアルフレートのことをペラペラと話ているが、まったく耳に入ってこない。

俺の心の中にあるのは「面倒くさい」ただこれだけだった。


「こら」


 ポコッと頭を軽く小突かれた。


「何すんだよ」

「面倒でも聞いておけ。この施設じゃ気に入らないから出ていく、なんて事はそうそうできないんだぞ」


 その言葉に、俺はシロウの顔を少し見つめた。シロウの言葉はすべて俺を心配してくれている。

俺はなんだか自分が叱られている子供みたいに思えてしまい、ゆっくりと頷いた。


「わかった、次からは気を付けるよ」

「おう、頼むぜ。さて、着いたぞ」


 シロウはにっこりと微笑んで、目の前の扉に手をかけた。

部屋の中は迷彩服やヘルメット、それに靴底の分厚いブーツが何個も立てかけてある。


「なんだここ……」

「装備一式を扱っているところさ、必要なもんはここで発注するんだ。おーい」


 シロウが部屋の奥に向かって声を掛けた。

すると、寝ぼけ眼を擦りながら、下着姿の女性が顔を覗かせた。


「ふぁぁ……、なんだいシロウかい。何の用?」

「フィオさん、そんな恰好してたらすぐに襲われちまうぜ」

「あらそう? だったらシロウがあたしを襲ってくれるのかな?」

「い、いえいえ。滅相もない、俺はまだ生きていたいんで」


 シロウは首を何度も左右に振りながら、一歩二歩後ずさりした。


「ん? 誰それ、新人? 珍しいね~」


 フィオと呼ばれた女性が俺の顔を見つめた。

赤い髪の毛に赤い目をした綺麗な女性が、下着だけで俺に向かって来る。

ストライプのブラとお揃いのパンツに目を奪われる。俺は思わず目をそらした。


「お、こいつ目なんか逸らしちゃって~お姉さんの下着にドキッとしちゃった?」

「え、ええ……」

「なにこいつ、可愛いなぁ~」


 可愛いは褒め言葉じゃないんだけどな――。


 フィオは俺の頭をワシャワシャと撫でながら、ご機嫌よく口を開いた。


「あたしはフィオってんだ。ここの武器管理をしてるぜ」

「あ、俺はナナっていいます。この前入ってきました」

「ナナって本名?」

「いえ、名前は忘れました」

「ふ~ん」


 フィオはそういって俺の頭から手を離した。

先ほどまで機嫌がよかったはずなのに、今はなぜか神妙な顔つきに変わっている。


「ナナって若すぎじゃない? 歳いくつよ?」

「歳は二十二、前は玖国の自衛隊にいました」


 俺は咄嗟にシロウに習った嘘をついた。

俺は横目でシロウに目くばせすると、シロウも少しだけ口元を緩ませた。


「フィオさん、明日模擬戦闘があるからAタイプを頼むよ」

「なんだい、ホントに仕事で来たのかい」

「当たり前でしょ。今回は第七の廃ビルだから」

「はいはい、だから室内戦闘用の装備ね。日数は?」

「一日だけの予定だから、ライフキットはすべて無しで。その分無線はいいやつがいいな」


 シロウとフィオが流暢に話し始める。

俺はと言えば装備の知識は不十分で、玖国人なのに言葉の意味すら分からなかった。


「メインは?」

「標準のサブマシンガンで、あとエントリーツールを一式お願いします」

「そんなの無くても、銃で破壊して入ればいいだろ?」

「念のためですよ、念のため。爆発物は禁止だから必要ないです」


 シロウはそういって踵を返し、扉に手を掛けた。


「なら、明日の朝にまた伺います」

「あいよ~ナナちゃーん、寂しくなったらいつでも来てね~」


 俺は赤く火照った頬を見られないよう、足早に部屋を出た。


「お疲れナナ」

「ああ、俺は何もやってないよ」

「でも疲れただろ?」

「確かに疲れた」


 シロウが何気なく自販機の前に置いてある椅子に座った。


「模擬戦闘の内容は把握したか?」

「まだ全部読んでない」

「体よく言えば、ビル内に立て籠もっているいるテロリストの殲滅ってところか」

「テロリストって、相手は一人なんだろ?」

「だな、だから明日は楽なもんだ。元々与えられた休暇と給与なんだよ」


 なるほどな、だから俺だけ省きたいのか……でも――。


「大方みんな分かってんだ。だから明日は楽なもんだよ」

「そう言ってる割に、なんだか乗り気じゃないな」


 シロウは手を顎に沿え、少し首を捻りながら言った。


「厄介払いにも見えなくないんでね。俺は金を稼ぎに来たのに、こんな手切れ金じゃやってられねいよ」

「……考えすぎじゃないのか?」

「考えたくもなるね、もう自分の国もないんだ。次の就職活動のことを思うと嫌になるぜ」

「国が……」


 俺がそう呟くと、シロウは俺の肩をポンと一度だけ叩いた。


「一応資料に目は通しておけよ。それに自分の身の振り方もな」


 そういうとシロウは手を振りながら部屋へと歩いて行った。


「……深読みしすぎじゃないのか」


 でも、もし解雇なら俺も行くところなんてないんだけどな――。


 なんだか憂鬱な気持ちになってしまう。明日のことを思うと更に頭が痛い。

 俺はぼんやりと外を見ながら時が過ぎるのを待ったが、一向に眠くなれなかった。

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