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星の傷痕  作者: 大航
第一章 **
8/27

2-4.施設

「起きろッ!」

「うおっ」


 ドンと床を叩かれる。俺は飛び起きた反動で思わず頭をぶつけてしまった。


「いてぇ……何だよいきなり」


 俺は眼を擦りながら二段ベッドの上から見下ろした。

ベッドの下では急いで着替えをしている男たちの姿が見えた。


 ジリリリリリリと大きな音も聞えてきた。この音は聞いたことがある、非常ベルの音だ。


「火事か!」


 俺は急いでベッドを降りてオレンジ色のつなぎに袖を通した。

胸のファスナーを上げると、皆より少し遅れて部屋を飛び出した。


「何処へ行けば……あっ」


 部屋を出てすぐのところでシロウが俺を待ってくれていた。


「なかなか早いじゃん」

「何気取ってんだよ、早く逃げるぞ!」


 俺はシロウが居る方向へと脚を進めると、シロウは俺の少し先を走り始めた。

俺はシロウと並走しながら廊下を駆ける。


「何か勘違いしてるみたいだけど、俺たち一番最後だからな」

「マジか、やばい」


 俺は脚に鞭を打って更に速度を上げた。

階段を三段飛ばしで駆け下り、シロウを置いていくぐらい全力で走ったが、シロウは難なく付いてくる。


「そこを右に行けばグラウンドだぞ」

「わかった!」


 俺は更に速度を上げた。朝日が出ているのだろう、廊下を右に曲がったその先は光でよく見えない。

俺はその光目掛けて思いっきり走った。

 そして……分厚いタイヤのような塊にぶつかった。


「えっ?」


 俺はその反動で後ろに跳ね返ってしまった。

ごろごろと転がり、冷たい壁に頭を擦りつける。


「遅い! 遅すぎるぞ貴様!」

「え? あ、はい!」


 俺は思わず立ち上がってしまった。

俺の目の前には腕も脚も丸太のように大きく

、身体は大木のようでまるでボディービルダーのような筋肉質の男が立っていたからだ。

そして額には顔を覆いつくすような血管を浮き出しながら、俺を睨みつけてくる。


 な、なんだこいつは……化け物か――?


「番号!」

「え? え?」

「自分の番号ぐらい言えんのか!」

「は、はい。七十七番であります!」

「なんで遅れた!」

「え?」


 俺は目を細めて筋肉達磨の後ろを見た。

グラウンドには五十名近い男たちがオレンジ色のつなぎを着て整列している。


「お前は遅れた理由すら言えんのか!」 

「え、えっと……」


 筋肉質の男が俺を睨みつけてくる。背中にじんわりと汗が滲み始めた。

肌に張り付いたつなぎが気持ち悪い、しかし金縛りにあったかのように動けない。


 理由、理由――?


 俺は必死に遅れた理由を探すが、出てくるのは言い訳ばかり。

これでは目の前の男が納得するわけがない。

俺はひたすら睨み続けられることしか出来なかった。

すると筋肉質の男が俺の顔から少し距離を開けて舌打ちをした。


「ったく、新人だから何も聞かされていないのか?」

「あ、あ……そうです」


 俺は思わず相槌をうったが、


「馬鹿が! 貴様は言葉すらしゃべれんのか! 立派なその口で部屋の仲間に聞くことすらできんのか!」


 ぐわっと俺の頬を掴み、そのまま左右に思いっきり引っ張られる。


「あいてててて、すんまへん」

「情報収集は基本中の基本だ! 早く列に並べ!」

「ひゃ、ひゃい!」


 そういうとようやく俺の頬は開放された。

俺は急いで列の後ろに回りこんだ。走っている最中、周りの連中がにやにやと笑っている。


 くそっ、朝から思いっきり恥かいちまった――。


 俺はイライラしながら一番後ろに並んだ。

 さっきの男が壇上に立つと、皆の顔が引き締まり視線が男に集中した。


「諸君、おはよう」

「「「おはようございます」」」


 俺は思わず生唾を飲み込んだ。グラウンドにおいてある時計に目をやると、六時十分を指していた。


 こんな朝からなにをするんだ――?


 俺が身構えていると、聞えなれたフレーズが耳に届いてきた。


「いちにっさんしー」


 ってラジオ体操かよ――!


 大きな溜息が漏れた、俺は皆に合わせて体を動かした。

ラジオ体操が終わると、皆で宿舎に戻って朝食のようだ。

俺は並んでいる列の中にシロウの後姿を見つけて駆け寄った。


「おい、シロウ!」

「お、よくあれだけですんだじゃん」

「汚いぞてめー、俺の横で一緒に走ってたくせに。お前も遅刻だろうが」

「はっは、俺は待っててあげただけだぜ。情報収集が出来ないお前のためによ」

「む……」


 そういわれると言葉に詰まってしまった。

あの筋肉質の男が言ったことは間違っているわけじゃない。

聞いておかなかった俺が悪いと言えば悪いのだろうが。


「それでも納得いかねぇ!」

「ま、何でも与えられてた学生にはわかんねーよな」


 またしても何も言い返せなかった。

こいつらの言っていることは概ね正しいと思えたからだ。

俺も頭の中では仕方がないと認めてしまっていた。


 俺は聞えないように小さく溜息を吐きながら、


「んじゃ、今日の予定でも教えてもらえますかね」

「いきなり実践できるなんて、適応力高いじゃん」

「こんな当たり前のことで褒められたくないね……」


 俺はそういいながらぽりぽりと頭を掻いた――。



 ――今思えば、俺は得に運動神経が悪いほうじゃなかった。

学園に生徒が少なかったのもあるが、走るのも早かったし、マラソンも苦手じゃなかった。

でもそれは全国大会に出れるほどじゃなくて、よく言えば万能、悪く言えば器用貧乏ってやつだ。


 でもいまは、


「まじかよ」


 カーブを曲がればぎりぎり見えていた仲間の背中すら見えなくなっていた。

季節は冬のはず、なんだが俺は顔にはべっとりと汗が噴出している。


 午前中の予定は重たい荷物を背負っての行軍だった。

三十キロほどの重たい荷物を背負って、これまた三十キロの山道をただただ歩く。

背負っている荷物が肩の骨に食い込んでいくようだ。

一度座ると二度と立てないだろう。俺は自分の膝に手を突きながら、大きく息を吸い込んだ。


「きっつう……」


 もう何十キロ歩いただろうか、いやまだ数キロなのだろうか。

こんなところで止まっていてはいつまで経ってもゴールにつけない。

俺は歯を食いしばりながら脚を前へ出した。


 よたよたと歩きながらようやく開けた場所へ出れた。

そこにはシロウだけが荷物を下ろして水筒の水を飲んで休んでいた。


「あんまりムキになんなよ、先は長いぜ」

「はぁはぁ……いまどのくらいだ?」

「まだ十キロも歩いてないぜ」


 俺はその言葉を聞いてへろへろと膝をついてしまった。


 限界だ、もう無理だって――。


「初日にしては頑張ったほうだ。連絡しておいてやるから休んどけよ」

「はぁはぁ……大丈夫、まだいける」


 俺は一度荷物を下ろして水筒の水を口に含んだ。そして荷物を背負って脚を前に出す。


「おいおい、身体壊しちまうぞ」

「はっは……やったぜ」

「?」


 俺の言葉にシロウは首を傾げた。


「一人抜いてやった」


 その一言にシロウはニヤリと笑った。

俺はシロウの少し先を歩いたが、すぐさま抜き返されてしまった。


「そんだけ根性あるなら大丈夫だろ、ゴールはもうすぐそこだ」

「はぁ、はぁ……なんだよ、嘘だったのかよ」


 どちらが嘘なんて考える余裕すらない。でも、シロウの嘘で少し身体が軽くなったような気がした。


 結局その日は山の中を一日中歩き続けた――。


――――

――



 ――夜、皆が寝静まっているころに目が覚めた。


「いってぇ……」


 身体中が筋肉痛だった。

身体の節々は異常なほどに熱を帯びており、とても寝付けるような状態じゃない。


「水が飲みたい」


 俺は音を立てないようにゆっくりとベッドから抜け出した。

洗面所に入って水を飲み干す。乾いたタオルを水をに浸して膝に巻いた。


 気持ちいい――。


 俺はそのまま洗面所のタイルに腰を下ろした。

しばらくそうしていると、耳にキィと何かが擦れあう音が聞えてきた。

俺は音のほうへと目を向ける。


「あれ?」


 開いている、部屋と廊下を結ぶ扉からは微かに隙間が見えた。


 確かあそこはカードキーが必要だったはずだけど――。


 白衣の男がカードキーを使って扉を開けていたのを思い出す。

普段開いているなら気にすることもない扉だが、いま開いている事実が気になって仕方がない。


 俺は壁に手をつきながら立ち上がり、扉に手を掛けた。

ギィと扉が軋む音が鳴り響いた。俺は廊下に顔だけ出して辺りを覗った。

緑色の非常灯だけが光っている廊下は、まるで夜間の学園のように不気味だった。


「……」


 俺は何故か脚を前に出していた。それは冷たい風で身体の熱を冷ましたかったからなのだろうか。

俺は身体を引き摺りながら廊下を横断し、目の前の窓をゆっくりと開けた。

二階の廊下からはあの美雪という少女と会った庭園が一望できる。


 俺はたぶん、もう一度美雪に会えると期待していたんだろう。暗闇に包まれた庭園に目を向けた。

するとベンチの辺りにある電灯が光だし、そこにはゆっくりと夜道を歩いてくる美雪の姿が在った。


「……やっ」


 美雪がいちはやく俺を見つけて手を振ってくる。

俺はすぐさま窓を閉めて、一目散に階段を駆け下りた。


「いてぇ」


 でも身体は言うことを聞いてくれず、俺はまるで老人のようにゆっくりとしか歩けなかった。

ヨタヨタと歩いてくる俺の姿を見て、美雪は笑いながら口を開いた。


「こんばんわ」


 美雪がそういうと急に電灯が薄暗くなって、徐々に消えてしまった。

しかし電灯が消えてしまっても美雪の周りは光り輝いていた。

天窓から差し込んでくる月明かりが、美雪の金色の髪を優しく照らし出し、キラキラと輝いている。


「……ああ」


 俺は満足に挨拶を交わすこともできずにその場に立ち尽くしていた。

淡い月の光は美雪の髪と、透き通るような白い肌を浮き上がらせる。

まるで一枚の絵画のような美雪の姿に目を奪われる。


 俺は出来ることならば、美しい光景をしばらく眺めていたいと思ってしまった。


「座らないの?」


 美雪がベンチの横へ移動し、俺のスペースを開けてくれる。

すると電灯はまたしても光だし、俺はようやく時間を取り戻した。

コツン、コツンと足音を響かせながら、美雪の隣に腰を下ろした。

そんな俺の姿を見て、美雪は微かに笑った。


「筋肉痛、痛そうだね」

「……うっせ」


 俺は一言だけ悪態をついたが、それを見て美雪はまたしても笑っていた。


「どう? ここには慣れた?」

「慣れたって……まだ二日目だぞ」

「あれ、そうだっけ。あはは」


 美雪はそう言って笑い始めた。俺もつられて笑ってしまう。

だが、笑うたびに筋肉痛が痛くて仕方がなかった。


「ここの生活は楽しい?」

「楽しいかどうかは分からないけど」

「けど?」


 俺は言葉に詰まってしまう。今日なんてひたすら山登りだ。

これが楽しいなんて思えるほど強くはない。


 しかし同じ歩く行為でも途方にくれて歩くより、何か目的があって歩く。

そのことが何より救われた気がしていた。


 そんなことを言うのが恥ずかしくて、俺は思わず考え込むような真似をしてしまう。

すると美雪が腕を伸ばして俺の頭をつんつんと小突いてきた。


「ナナ君、いい顔になった」


 美雪が笑った。それは先ほどの笑顔とは違う、どこか優しげな笑顔だった。

俺はそんな美雪の顔を見て少しの間、固まってしまっていた。


「いい顔ってなんだよ」

「海で会ったときとは別人みたい」

「あ……」


 そうだ、すっかり忘れていた。俺は美雪に助けられて此処に居るんだ。

だけど何で俺を助けたのか、その理由をまだ聞いていなかった。いい機会だ、俺は美雪に訊いてみた。


「何で俺を助けた?」

「助けた?」

「海で倒れている俺を助けたのは、美雪だろ?」

「うん」

「何で俺を助けた?」

「駄目なの?」


 駄目なわけなんてない。

俺は何かしら理由があると思っていたが、

そんな打算的なものなんて美雪は持っていないのかもしれない。


 しかし、俺はそんな偽善者のような行為が凄く気に入らなかった。


「何か理由があるんじゃないのか?」

「うん、ナナ君が死にそうな顔してたから」

「……」


 振り出しに戻ってしまっていた。この美雪という女性の本心がわからない。

俺は渋い顔をしながら言葉を捜すが、美雪も俺の渋い顔に頭を悩ませているようだ。


 悩みたいのはこちらなんだけどな――。


 すると、美雪が思いついたかのような立ち上がった。


「私がナナ君を助けたのだから、今度はナナ君が私を助けてね」


 美雪は目を細めながら呟いた。

その目の奥は隠されて見えなかったが、美雪の口元からは悲しげな表情が漂ってきた。


 美雪の真意がよくわからない。だが、俺は頷いた。


「ああ、わかった」


 俺は美雪と最初の約束を交わした。


「あ、見つかっちゃった」

「帰るのか?」

「うん……またね」


 美雪は俺と逆方向の廊下を独りで歩いていった。

美雪が居なくなって静けさが増した庭園に、これ以上居座る理由もない。

俺は来た道を戻って自分のベッドへともぐりこんだ。


 いつの間にか身体の熱は収まっていた――。


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