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星の傷痕  作者: 大航
第一章 **
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2-3.施設

 飯を食い終わった後は、風呂に入れるらしい。

どうやら風呂の時間は部屋ごとに決まっているようで、俺の部屋はあと一時間後だった。


 俺は先ほどシロウと一緒に話をしていたソファーの場所に戻ってきていた。

途中で珈琲を買い、ソファーに腰を下ろしてプルタブを開ける。

少しだけ窓ガラスを開けてみると、涼しい風が俺の頬を通り過ぎた。


「はぁ~」


 腹一杯食べたのはいつぶりだっただろうか、俺は壁に腰掛ながらゆっくりと珈琲を飲んだ。

周りを見渡すと同じオレンジ色のつなぎを着た人たちが見えた。

 今は自由時間なのだろう、中庭で楽しそうに談笑したり、

反対側の窓からは小さなスペースでサッカーをしている人たちも居た。その姿を見ていると、


 軍隊と言うよりは……刑務所だよなここ――。


 最初にシロウに聞いた質問が未だに頭の中に引っかかっていた。


 ――この施設の正確な場所なんて俺たちにはわからねぇよ。


 もしも軍隊であれば基地の場所を知らない、なんてことはないだろう。

ならここは刑務所と考えるほうが妥当だ。

みんな同じ服装と管理された時間は、そのような施設を思い浮かばせる。


 しかしシロウはこうも言っていた。


 ――兵隊さんを作る学校……ってとこかな。


 俺は顎に手を当てて頭を回すが、これ以上はシロウに聞かないと分からない。

俺は残った珈琲を飲み干してゴミ箱に捨てた。そして自分の部屋へと足を向けると、


「あだっ」


 どすっと何かにぶつかった。

後ろ足で踏ん張って倒れることはなかったが、

見上げると自分よりもずいぶんと大きい、二メートル近い巨体があった。


「よぉ新入り」

「え、あぁ……」


 金髪で目つきの悪い男が俺を見下ろしている。

つなぎが張り付くような大きな腕と、顔に大きな火傷の痕がある大男。

くちゃくちゃとガムを噛みながら俺に目線を合わせてきた。


「なんだ、まだガキじゃねぇか」

「……」


 俺は何も言わず、目線を逸らすことしか出来ない。


「おいガキ、名前は?」


 名前を聞くならまずはそっちから名乗るのが筋だろう――。

 そう思ったが、俺はしぶしぶ先ほどつけられた名前を口にした。


「……ナナだ」

「ナナ? 変な名前だな」

「本名は忘れた」

「ああ、お前もシロウと同じか」


 金髪の大男は顎に手をやりながら、じろじろと俺の姿を舐め回すように見ている。

いや、見下しているのだろうか。その目つきはなんとも癪に障るものだった。


「所属は?」

「所属……?」

「なんだ、それも忘れちまったのか?」


 俺は咄嗟にシロウの言っていたことを思い出した。気にする奴、とはこの大男のことだろうか。


「玖国の自衛隊だよ」

「自衛隊? はっは、お前みたいなガキまで借り出されるなんてこの国はほんと切羽詰ってんだな。

 俺はてっきり此処に迷い込んだ迷子かと思ってたぜ」


 するどいな、当たってるよ――。


「はっはっは。小僧、あんま足引っ張んじゃねーぞ」


 金髪の大男は踵を返し、笑いながら去っていく。

俺は正直ほっと胸を撫で下ろしたが、同時に悔しい気持ちが湧き上がってきた。

あんまり喋るとボロが出てしまうかもしれない、でも言わずにはいられなかった。


「待てよ」

「あん?」


 俺から引き止められたのが意外だったのか、金髪の男が怪訝(けげん)な顔をしながら振り向いた。


 俺が心臓の鼓動を大きくさせながら呟くと、金髪の男が俺の頭にそっと手を伸せた。

なにがしたいのか、俺がその手を払おうとすると、


「うぉっ!」


 う、浮いてる――!?


 頭が万力で締め付けられたようだ、骨が軋む音すら聞こえそうな力で、金髪の男は俺を持ち上げていた。


「……俺の名前はアルフレート・フォン・ヘルマンだ。よく覚えとけよガキ」


 アルフレートと名乗った男が、俺の頭を高く持ち上げてギロリと睨みつけた。

俺はその男の手と腕を思いっきり握りしめたがびくともせず、男の腕は氷の様に冷たい。


「ぐああ……」

「なんだ小僧、返事もできねぇのか?」


 男が放つドスのきいた声に、俺は小刻みに頭を上下に震わせた。


「はぁ……はぁ……」


 顔から汗が滝のように流れ落ちる。

俺の無様な姿を見て満足したのか、アルフレートとは踵を返して去って行った。


「ふぅ……」

 俺は思わず深く息を吐いた。緊張からだろうか、気がつけば背中がじんわりと汗で濡れている。

しかし恐れることなく言い返した自分に、変な満足感すらあった。

俺が壁に持たれかかろうとすると、パチパチと乾いた拍手が後ろから聞えてきた。


「すげぇじゃん。肝が据わってるな」

「シロウ……お前って覗きが趣味なのか?」


 俺の言葉にシロウは両手と首を同時に横に振った。

しかし言い訳もろくにせず、ガハハと白い歯を見せ付けてくる。


「あれがうちのボスだよ」

「ボス?」

「リーダーみたいなもんかな。ま、お山の大将ってわけだ」


 シロウが俺の肩を組みながら小声で話しかけてくる。どうやらさっきの男が部屋のボスらしい。


 足引っ張るなってのはそういうことか――。


 俺は肩に掛かっているシロウの手を右手で払いのけた。


「どこも一緒だな」

「人が集まれば自然とそうなる」


 俺が愚痴のように呟くと、シロウはすぐさま相槌をうった。

俺はついこの前まで居た学園のことを思い出していたが、

久条以外のクラスメイトの顔は黒く塗りつぶされていて思い出すことが出来なかった。


「さて、風呂でも入って寝るか」

「もう寝るのか?」

「だってやることないだろ?」


 確かにそうかもしれない。

殺風景と清潔感が重なり合うリノリウムの廊下の先を見ても、同じような部屋ばかりが並んでいる。

監獄とも思われるこの場所に娯楽施設があるようには思えなかった。


 俺は風呂に入るとそのまま寝室の二段ベッドに寝転んだ。

横目で壁にある時計に目をやると、短針はまだ八時を指している。

薄い壁からは男たちが談笑している声が聞えてきた。


 隣の話声が気になって仕方がないが、布団を被ると眠気はすぐにやってきた。

固いコンクリートの上とは格別だ。


 雨露しのげる屋根があり、風を遮る壁からはなんとも言えない安心感があった――。



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