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星の傷痕  作者: 大航
第一章 **
6/27

2-2.施設

「……」


 目の前には二段ベッドが四つ、ところ狭しと置かれている。

左を見るとまた扉が、右を見ると引き戸の隙間から数人の姿が見えた。

俺は恐る恐る引き戸を開けてみた。


 中には上下オレンジ色のつなぎを着た、七人の男たちが畳み部屋の真ん中で輪になっていた。

七人の目が引き戸を開けた俺に集中する。

しかし男たちは何か言うわけでもなく、興味がなさそうに俺から目を離した。


 なんなんだよ――。


 誰も知らない、初めての場所に連れてこられた時の疎外感は気持ちのいいものではない。

俺はただ立ち尽くすのも嫌だったので、部屋の隅に座り込んだ。


 手に触る畳の感触が凄く懐かしく感じた。ここにはベッドも屋根もある。

昨日までの野宿生活とは違った、文明的な生活だ。

文明的、という言葉に俺の心は躍った。

今まで当たり前のように在ったベッドや畳は、こんなにも素晴らしく有難い物だったのだ。


 暖かいな――。


 そんな畳ひとつに感激していた俺に向かって、輪の中の一人が声を掛けてきた。


「ほい」

「ん?」


 眼鏡を掛けた肌の黒い男が何かを差し出してきた。


「ロッカーの鍵だ」

「?」


 男は立ち上がり、ちょいちょいと手首を上げ下げしてくる。

立ち上がれという事だろうか、俺は素直に立ち上がった。

男は部屋を出て、反対側の扉を開ける。

そこには狭い通路の壁沿いに八つのロッカーが置いてあった。


「名前は?」

「名前……」


 自分の名前がまだ思い出せない。

俺は言葉に詰まってしまった。しかし男はまるで良くあることの様に、


「忘れたか、番号は?」

「ああ、七十七番らしい」


 白衣の男が俺をそう呼んでいたことを思い出す。


「お前のロッカーは一番奥のを使うといい。ほかに荷物は無いのか?」

「大丈夫、手ぶらだから」

「手ぶらって……代わったやつだな」


 俺は自分のロッカーを開けてみる。

中には彼らが着ているオレンジ色のつなぎがあった。俺はそれに着替えると、


「はっは、だいぶいい格好になったぜ」

「そりゃどうも……」


 肌の黒い男はけたけたと笑いながら俺を見ている。

それはこの服があまりにも大きすぎてあまりにも不恰好だったからだろう。

俺は動きやすいように袖と裾を捲くりあげた。

俺は着ていた服を乱雑にロッカーへ押し込んでいると、畳部屋のほうから野太い声が聞えてきた。


「おいシロウ、お前が面倒見ろよ」

「了解」


 シロウ、と呼ばれた男は小さな溜息を吐きながら頭をぽりぽりと掻いた。


「あ、俺の呼び名だ。皆からはシロウと呼ばれている」

「呼び名? 本名じゃないのか?」

「俺も名前を忘れちまったほうでね、四十六番だからシロウってわけ」

「これまた安直だな……」


 俺はシロウに聞えないように呟いた。


「ま、色々教えてやるよ。ここじゃ一番最後に入った奴が世話役なんだとさ」

「そうか、ありがとう」


 俺が少し会釈をして礼を言うと、シロウは不思議そうな顔で俺を見ていた。


「ふ~ん」

「ん、どうかしたか?」

「いや、なんでもないさ」


 シロウはそう言って部屋の外へと出て行った。

俺も急いでシロウの後を追う。

廊下に出たシロウは途中にあった自動販売機で缶珈琲を買い、俺に手渡してくる。


「ほい」

「ああ、ありがとう」

「礼なんかいいさ、タダなんだから」

「え、これ全部無料なのか」

「俺が金持っているように見えるか?」


 廊下の一角にぽつんと置いてある自動販売機。

そこには珈琲とお茶と水しか無かったが、何でも無料で飲めるようだ。

俺はシロウから貰った珈琲を軽く振りながら、口を開いた。


「此処って何処なんだ?」

「また唐突だな。この施設の正確な場所なんて俺たちにはわからねぇよ」


 シロウはそう言って脇にあるソファーに腰を下ろした。

俺は窓の冊子の部分に肘を掛け、珈琲のプルタブを開けた。


「んじゃ質問を変える、此処は何なんだ?」

「兵隊さんを作る学校……ってとこかな」

「兵隊を?」

「そ、お前は何処でやってたの?」

「やってたって……何を?」


 そこでシロウの顔つきが変わった。

シロウは頭を掻きながら眉間に皺を寄せて大きく溜息を吐いた。

それは怒っているような、それでいて呆れているような表情だった。

俺はわけが分からないと、シロウに訊いてみた。


「どうしたんだよ」


 シロウは何も知らない俺の顔を横目でじっとりと睨みつけた。

シロウが口を開こうとすると、コツコツと小刻みな足音が耳に届いた。

俺とシロウが音の方向を見ると、先ほど会った金髪の女性がこちらに近づいてきていた。


「やべ、おい……帰るぞ」

「え?」

「いいよ~そのままで~」


 女性はゆったりと俺たちの目の前で足を止めた。

シロウは何故か背筋を伸ばして女性を見ていた。


「あ、君は帰っていいよ~」

「はっ」


 女性がシロウにそう言うと、今までの調子は一変し、

シロウはまるで兵隊の様な機敏な動きを見せて部屋へと戻っていった。

返事と共に見せた綺麗な敬礼に、少し恐ろしくなった。


 なんでシロウだけ――?


 金髪の綺麗な女性は俺の隣に腰を下ろした。


「へっへ~お話中にごめんね」


 綺麗な顔がにんまりと和らいでいく。

本来ならこの笑顔に俺も思わず緩んでしまいそうだが、

先ほどのシロウの態度に少し言葉が詰まってしまった。


「い、いや……別にいいけど」

「君、名前は?」

「さっきも言ったが、思い出せない」

「ふ~ん」


 女性は顎に指を添えながら、ソファーから少し浮いた足をぷらぷらと前後に揺らしている。

何か考えているのだろうか、う~んと唸りながら女性は思いついたかのように目を光らせた。


「なら七十七番でナナ君ね!」


 何故か唐突に名前を決められてしまった。

もしかしてシロウもこの女性が決めたのだろうか。


「安直だな」

「なによー何か文句あるの?」


 女性は頬を軽く膨らませながら怒ってくる。

その綺麗な顔がお団子のように膨れ上がる様子には興味があるが、特に文句も無いので首を横に振った。


「ふふ、ならいいじゃない」


 女性は嬉しそうに笑った。俺はひとつ気になったことは質問してみる。


「君の名前は?」

「私? 私は大神おおがみ 美雪みゆきだよ」

「……本当に?」


 美雪と名乗った女性の姿なりは、とてもじゃないが玖国人には見えなかった。


「ハーフなの、母親が参国人なのよ」

「なるほどね」


 参国は玖国よりもずっと北に位置する国だ。

参国人ならその金色の髪も、白いワンピースから覗かせる透き通るような白い肌も納得できる。


 俺が横目で美雪の足を見ていると、美雪はいきなり立ち上がった。


「どうした?」

「帰る……見つかっちゃった」


 見つかった――?


 俺は周りを見てみるが、人の姿は見えない。美雪はそのまま来た道を戻っていった。


「……」


 不思議な女性だな――。


 俺は美雪の後姿を見つめる。

何歳か分からないが、たぶん俺と同じくらいの年齢だと思う。

俺は空になった缶コーヒーをゴミ箱に捨てて立ち上がった。


「戻るか……」


 俺は来た道を戻ろうとすると、廊下の曲がり角で座っているシロウと目が合った。


「なんだ、帰ったんじゃなかったのか」

「え……いや……はっは」


 シロウはそう言って白い歯を見せた。


「オーケーオーケー、わかったよ。お前はあの人のお気に入りって訳だな」

「どうした、急にエセ外国人みたいな口調になってんぞ」

「だって玖国人じゃねーから、見た目で分かるだろ」


 シロウの白い歯が、肌の黒さに反比例してきらりと光った。


「大丈夫、俺はお前が何で此処に居るのか言わないから安心しろ」

「いや……逆になんで俺が此処に居るのか説明してほしいくらいなんだが」


 俺の発言にシロウはまたしても頭を捻った。

俺も同じように頭を捻る。どうやら会話がまったくかみ合っていないようだ。


「お前、」

「おっと、今日から俺のことはナナって呼んでくれ。シロウもそっちのほうが呼びやすいだろ」


 俺はそう言ってシロウに右手を差し出した。


「あいよ」


 シロウは俺の右手を握りながらにっこりと笑った。


「でだナナ、どうやって此処に着たのかは覚えてるのか?」

「ん~と……俺は旅をしてて……海岸で倒れたときに美雪と出会ったような気がする」

「美雪?」

「さっき会った金髪の女性だよ」

「ほうほう」


 俺は咄嗟に嘘をついた。

国から追われて逃げてきた、では余りにも怪しすぎるからだ。

シロウは腕組みしながら興味深そうに身を乗り出してきた。


「それで気がついたら此処に居たんだ」

「なるほどなぁ~」


 今度は何やら考えるような素振りをしている。俺はシロウの言葉を待った。


「……よしわかった。ナナ、お前は自衛隊員だ」

「はい?」


「部屋に帰ったら色々聞かれるぞ。

 此処に集まっている奴らはみんな一流の兵隊だった奴らだ。

 そんな中でナナだけ所属が無かったら浮いちまうだろ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんで俺がそんな嘘を……」

「いーからいーから、中には気にする奴もいるんだよ」


 それで終わり、と話し半ばにシロウは廊下を歩いていく。俺は慌ててシロウを引き止めた。


「何処にいくんだよ」

「飯だよ、飯」

「飯!? 食事が貰えるのか?」

「あ、ああ。当たり前だろ、どうしたんだそんなに感動して」


 これが感動せずに居られるだろうか。

今日働いたわけでもないのに飯が食える。あまりの嬉しさに飛び上がってしまいそうだった。


 俺はシロウと一緒に廊下を歩いていく。

途中で何十人もの人と出会い、人の波に沿って歩いていくうちに大きなホールに出た。

どうやらここが食堂のようだ。

清潔感のある白い長机と椅子が何個も置いてある。

全部で二百席ぐらいだろうか、その光景は学園の食堂を思い出させた。


 俺はシロウと一緒に列に並んで同じ食事を手に取る。


「またこれか」


 シロウは目の前の食事に飽き飽きしているようだが、俺は構わずかぶりついた。


「美味い!」

「そうか? お前、相当悲惨な生活してたんだな」

「かもしんない……」


 シロウが隣で笑い始める。

それを見ていた周りの連中も笑い始めた。

俺はそんな笑い声に耳を傾けることも無く、一心不乱に貪った――。



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