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星の傷痕  作者: 大航
第一章 **
2/27

1-2.**

ゆっくりと陽が傾き始める。

俺と久条は授業を受けることもなく、一日中放置されたまま終了を告げる鐘の音を聞くことになった。

屋上に取り付けてあるスピーカーから、大音量で鐘が鳴り響いた。


「帰ろうか」

「ああ、凛ちゃんが待っているだろ?」

「たぶんね」


 俺は屋上の扉を開けて、下足箱へと向かった。


 本当に何も無い一日だった、こんなのが明日も続くなんて正気の沙汰じゃない――。


 俺は先に帰っていく久条に手を振る。そのまま壁に背中を預けながら、凛を待っていた。

五分ほど待つと、反対側の校舎から凛の姿が見えた。


「兄さんお待たせ」


 凛をつれて正門を抜ける。傾いた陽の光と、肌寒い風が服の間を通り過ぎた。

夕方の大通りは朝と同じくらいの賑わいを見せている。

信号が変わるのを待っていると、凛が口をひらいた。


「また友達が減っちゃったよ」

「そうか……俺のところもだ」

「えっ、兄さんのクラスって久条先輩しかいないんじゃ」

「久条は明日までなんだってよ、もう行きたくないな」

「一人きりって、授業とかあるの?」

「さぁ……合同とかになるのかな」


 といっても自習が関の山だろう。

二人しか居ないのに授業があったのが、そもそも稀だったのだろう。

いつも勉強なんて嫌だと思っていたのに、今は大切に思う。


 いや、勉強も大切だが一番の友達が居なくなってしまうことが凄く寂しい。

久条が居なくなってしまったら、俺は何のために学園にいくのだろうか。


「はぁ」


 考えれば考えるほど、大きな溜息が漏れてしまった。


「大丈夫?」

「ああ」


 信号が青に変わる。


 明日からどうしよう――。


 俺はまるでリストラされたサラリーマンのように、明日何をやるか考えながら家路を歩いた。


――――

――


 朝、今日はなんとなく目が冴えてしまっていた。

俺はベッドに寝転びながら、時計に目をやる。

凛が起こしに来る時間まであと一時間もあった。


 起きるか――。


 俺は二度寝する気にもなれず、そのまま洗面所へと向かった。

階段を下りるとリビングの扉が開いており、

その隙間から母親が忙しなく朝食の用意としているのが見えた。


「ふう」


 顔を洗っても、憂鬱なこの気持ちがすっきりすることはなかった。

制服に着替えてリビングへと入る。


「おはよう」

「あらおはよう、今日は早いのね」


 俺が早起きだったのが意外なのだろう。母親は笑いながら俺に笑顔を向けていた。

 階段からトントンと軽い足音が聞える、凛も起きてきたのだろう。


「あれぇ……お兄ちゃん、なんでこんなに早いの~?」


 凛が眠たそうな声で目を擦りながら俺に話しかけてくる。

栗色の流れるような髪は崩れ、パジャマ姿での登場だった。


「顔洗って来い」

「うー」


 俺は気だるそうにして立ったまま動けない凛を洗面所まで押しやった。


 俺はリビングに戻ってテレビの電源を入れた。

朝の番組なんてニュースばかりで面白くないが、音がしないとなんだか寂しかった。

トン、と目の前に朝食が置かれる。昨日と同じトーストと飲めなかった珈琲だ。


「いただきます」

「どーぞ」


 トーストを口に入れながら、横目でニュースを見る。

有名人の離婚話だとか、景気の動向だとか、なにひとつ興味が沸かない話題ばかりだった。


 食事をすませると、ジャケットを羽織って玄関先で凛を待った。


「置いてくぞー」

「ちょっとまってよー!」


 時計を見ると、昨日より十五分ほど早かった。

別に急ぐ必要はなかったのだが、このまま家にいると学園に行く気がなくなるような気がしたからだ。

バタバタと階段を走り回る音が、家の外まで聞えてくる。

勢いよく玄関を開けて、少し息の荒い凛が走ってきた。


「はぁ……いってきまーす!」

「行ってきます」


 今日も凛は元気いっぱいだった――。



 学園に着くと、昨日と同じように屋上に来て久条と無駄話をしていた。

だけど、無駄話も今日まで。明日からは話をする相手すら居なくなってしまう。

そんな俺の心境を分かっているのだろう、久条は何かにつけて頭を下げてくる。


「悪いな~」

「明日から何すればいいんだよ……悪いと思うなら残ってほしいな」

「それは無理な相談だ」

「はぁ……」


 またしても溜息が出てしまった。久条はぽりぽりと頭を掻きながら、俺と同じような溜息を吐いた。


「お詫びと言っちゃなんだが、今日の帰りに遊びに行かないか?」

「遊び?」

「そそ、行こうぜ」


 久条が楽しそうに話しかけてくる。

こんな楽しそうな顔をしているときは大抵ろくでもないことだが、

今日はなんとなく付き合いたい気分だった。俺は首を縦に振る。


「決まりだな」


 久条は嬉しそうに笑った。しばらく談笑していると、ようやく終わりを告げる鐘が鳴り響いた。


 夕方、俺と久条は街の中心を目指して歩いている。

夕方といえどもすでに陽は落ちていて、街は眩い光を放っていた。

向かう先は都内唯一の繁華街、ここだけは未だに活気に満ち溢れている。


「すごい人の量だな」

「帰宅ラッシュってやつだろ、この時間は仕方ないさ」


 久条はよくこの道を利用しているのだろうか。人と人の間を上手にするすると歩いていく。

対して俺は立ち止まったり、前の人の靴を踏んづけたりしてしまう。


 久条が大通りから横道に逸れて行く。

久条の後姿を見失わないように、少し背伸びをしながら早足で後を追った。

久条は店の前で俺が追いつくのを待ってくれていた。


「お疲れ、ここだぜ」

「ここって……酒飲むとこじゃないのか?」


 大通りと比べて電灯が少ない路地裏に、ぽつんと光る小さな看板が掲げてあった。

看板にはBAR Scarと書いてある。俺たち学生には縁が無い場所だった。

俺は横目でちらりと久条を見ると、


「大丈夫、俺の知り合いの店だから」


 久条はそういって、目の前にある重くて分厚そうな木製の扉を開けた。

そのまま俺の首根っこを掴んで中へと入っていく。

扉に付けてある小さなベルが、カラーンと心地よい音色を鳴らした。


 中はテーブルひとつと、五人座れるカウンターがある小さな店だった。

カウンターの奥にはスーツの様な格好をした白髪の男が一人だけ立っていた。


「いらっしゃいませ」


 その男は低い声で俺たちを出迎えてくれる。俺は久条の後を追うようにカウンターに座った。


「久条様、その格好は場違いでございます」

「いいじゃん、気にするなよ」

「店を閉めて参りますので、少々お待ちを」


 白髪の店員はCloseの看板を取り出して、表のドアに掛けたあと店の鍵を閉めた。

初めて来た場所に、なんだか不安が押し寄せてくる。俺は小声で久条に訊いてみた。


「なんで様付けなんだよ。それにこの店大丈夫なのか?」

「大丈夫だって、うちの親父が好きな店なんだよ」


 親の七光りってやつだろうか。

あまりにも堂々としている久条の姿を見ていると、なんだか安心してくる。俺は安堵の息を漏らした。


「金持ちって得だな」

「あれ、お前のとこも似たようなもんだろ?」

「父さんが何やってるかなんて、聞いたことない」

「ふーん」


 久条が不思議そうな顔をしていた。白髪の店員がカウンターに戻ってくる。

俺たちの目の前にコースターとお絞りを出してくれた。


「おじさん、俺いつものね」

「かしこまりました、お連れの方は?」

「久条、俺は何がなんだかわからないぞ……」

「適当に、だってさ」

「かしこまりました」


 まったく、なんでこんなところに連れてきたんだが――。


 俺はちょっと不機嫌になっていた。店員が目の前でシェイカーを振り始める。

何も言わずにそれを傍観していた。銀色のシェイカーからオレンジ色の液体が流れてくる。

カウンター越しに芳醇な匂いが漂ってきた。


「どうぞ」


 俺の前にグラスが置かれる。俺は久条をちらりと見たが、お先にどうぞと手を滑らせた。

俺はおどおどとグラスに口をつけてみた。


「なんだこれ、美味いな」

「だろ、この店は美味い酒しか出さないぜ」

「恐縮でございます」


 オレンジ色の液体の中で、丸く形取られた氷がくるくると回った。

久条の前にもグラスが置かれる。

俺が持っている幅が大きいグラスとは違い、細長いグラスの上に切ったレモンが乗っていた。


「ほい」


 久条がグラスを傾けてくる。俺は手に持っていたグラスをゆっくりと近づけた。


「乾杯」

「乾杯っと」


 カランとグラスの中にある氷が音を立てる。

その音はなんだか心地よくて、不機嫌だった俺の心はいつの間にか上機嫌になっていた。

白髪の店員が微かにボリュームを上げたのだろうか、

会話が途切れると聞いたことの無い曲が耳に入ってくる。

その大人びた雰囲気に、俺は酔ってしまっていた。


 久条が煙草に火を点ける。


「……悪いな」

「何が?」

「いきなり居なくなることになっちまってよ」

「仕方ないさ。今の時期、田舎に行ってしまうのは珍しくない」

「いや、引っ越すわけじゃないんだ。なんか国がどーたら親父が言っててよ」

「久条の親父さんは議員なの?」

「わかんね、それと似たようなもんだとは思う」

「へぇ……でもこの街にいるならいつでも会えるじゃない」

「そうかもな、兄弟」

「なんだよ兄弟って」

「知らないのか? 杯を交わしたらもう兄弟なんだぜ」

「なんか昔の映画でそんなシーン見たな……まぁいいか」


 久条がグラスを傾けてくる、俺も同じようにグラスを傾けて二度目の乾杯をした。

久条はそれを見て笑っている、俺もなんだか嬉しくなった。


「久条様、もう九時を回りましたが」

「お、もうそんな時間か。遅くまで悪かったな」

「別にいいよ、帰ろうか」

「ああ」


 久条と共に店を出た。扉を開けると、カランと小さくベルが鳴った。

少し飲みすぎてしまったのか、足元がふらついてしまう。


「大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫、初めてだからわからなくてさ……これぐらいなら歩いて帰れるよ」

「そうか、じゃぁ……またな」

「ああ」


 俺は久条と手を振って分かれた。時計を見ると九時を少し過ぎたあたりだった。

街中は帰宅途中のサラリーマンたちで賑やかだ。恐らくみんな一杯引っ掛けて帰るのだろう。

酒を飲んだのは初めてだったが、意外と気持ちがいい。

父さんが毎日晩酌をするのも分かる気がする。


 俺はふらふらと心地よい気分で街中を歩いた――。


 いつもの通学路まで戻ってきた。

そのころには酔いも冷めてしまっていて、両親になんて言い訳をするか、そのことで頭が一杯だった。


「やばいよなぁ……」


 せめて連絡だけでもしておけばよかった。

携帯を見るとすでに十時、閑静な住宅街はすでに静まり返っている。


 まぁ久条の送迎会とでも言えばいいか――。


 俺はそのまま携帯を閉じて、自宅を目指した。


「あれ」


 歩いていくと真っ暗な自宅が見えた。

いつもならまだ明かりが点いていてもおかしくない我が家だが、今日ばかりは真っ暗だった。


 もしかしたら家族総出で外食にでも行っているのだろうか。俺は玄関前に立ち、ドアノブを捻る。


「あれ、開いている」


 無用心だな……いや、俺が鍵を持っていないと思って開けといてくれたのか――。


 それならばありがたいことだが、同時に泥棒の線も浮かび上がってきた。

俺はゆっくりと玄関を開ける。するとさっと風が俺の真横を通り過ぎた。

家の中も窓を開けているのだろうか、俺はゆっくりと玄関を閉める。


「う」


 なんだ? この臭い――。


 さっきの風が異臭を連れて戻ってきた。


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