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星の傷痕  作者: 大航
第一章 **
1/27

1-1.**

 小鳥の(さえず)りが微かに聞えてくる。

足の先は冷え切っているのに、窓から差し込んでくる光に当たって頭だけ妙に温かい。

朝が来た、起きろ、と言われている気分だ。

俺は寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくりと目を開けた。


「七時か」


 正確には六時五十五分、目覚ましがなる五分前に起きることが出来た。

いつもどおりの朝、俺は残った五分を至福の一時と思って目を閉じる。


 幸せだなぁ――。


 頭の中で一秒、二秒と数える。

こうでもしないと朝の五分は急速に縮まり、十秒程度に感じてしまうからだ。

眠っているのか起きているのか、こんなあやふやな時間が一番好きだった。


 ん――。


 ドタドタと足音が聞えてくる。聞きなれた家族の音、この軽快な足取りは恐らく……。

朝の騒音は扉の前でピタッと音を消し、同時にゆっくりと扉の蝶番がキィと音を鳴らした。

足音は聞えない、でも何かが擦り寄ってくるような圧迫感があった。


「……あーっさだっ!」

「ほっ!」


 パチンと俺の寝ていたベッドの上に丸めた新聞紙が打ち落とされた。

俺はすばやく布団ごとベットから転がって新聞紙を避ける。


「む、やるじゃないかにーに」

「あのな凛、もうちょっと優しく起こせないのか?」

「優しくしてるじゃん! 見てくださいこの柔らかな新聞紙、本日刷り立てほやほやですよ!」

「あーはいはいそうですか。それ父さんのだろ、曲げたらまた怒られるぞ」

「わわっ、早く起きてよね~」


 丸めた新聞紙を戻しながら、妹の(りん)は扉を勢いよく閉めて下へ降りていった。

騒がしい朝の騒動のせいて、俺の目は完全に冴えてしまっていた。

しかし枕元に置いてある時計が目に入ってしまった。


「まだあと一分ある」


 俺はベッドに飛びついたが、すぐさま目覚まし時計が大きな音を立てながら動き始めてしまった。


 ついてないなぁ――。


 大きく欠伸をひとつ、寝巻きを洗濯籠に放り投げて白いYシャツと紺色のブレザー、

それとこれまた紺色のズボンに履き替える。

ジャケットを取って一階に降りては、洗面所で顔を洗って歯を磨く。

冬の冷たい水が歯にしみて少し痛い。

リビングへと続く扉を開けると、父さんと母さんと凛の三人がテーブルで朝食をとっていた。


「おはよー」

「おはよう。ほら、もう時間ないよ」


 母さんが俺に朝食を用意してくれている。

俺は焼きあがったトーストにマーガリンを塗って口に咥えた。


「またそれ~?」

「いーふぁろふぇつに」

「もーちゃんと食べてから話してよ」


 俺は凛と一緒に玄関を出た。

眩しい太陽の光が目に飛び込んでくる。

ひんやりとした冬の風が、ジャケットの傍をすっと吹きぬけた。


 俺はジャケットの中に首をすくませながら、朝食のトーストにかじりついた。

そのまま顔を上げると、澄みわたるような綺麗な青空が広がっていた。


「いい天気だなぁ」

「なに暢気なこと言ってるの、急がないと遅刻しちゃうよ」


 能天気に空を仰いでいると妹に叱られてしまった。

凛は俺の三歩先で紺色のスカートをなびかせながら歩いている。

風に吹かれて、長く、少し栗色の髪が束になって揺れていた。


 男子と同じ紺色の上下に、凛は灰色のダウンジャケットを羽織っている。

周りが地味な色合いのせいか、栗色の髪が映えて見えた。


 住宅街を抜けると、俺たちは大通りにたどり着いた。

この街一番の大きな道路には、朝からたくさんの車と人が行き来している。

この大通りを抜けると学園だ、凛が近くの電信柱に備え付けられている歩行者用のボタンを押した。


 たくさんの人が行き来するこの通りだが、俺たち以外に制服姿の学生は居なかった。

信号が赤から青に変わる。


「お兄ちゃん、行くよ」

「おう」


 この信号は一度赤になってしまうと変わるまでに時間が掛かる。

俺は妹を追いかけるように駆け足で横断歩道を渡った。


 大通りを抜けて、学園の門をくぐった。

立派な鍵付きの下足箱に靴を入れて、上履きに履き替える。


「**、凛ちゃん、おはよう」


 誰かが俺を呼んでいる気がした。

頭の中にノイズが走る、立ちくらみのような眩暈が俺の頭の中を走り抜けた。

俺は声がした方向を横目で見た。


 そこには少し背の高い、短髪の生徒が俺と凛に向けて手を振っている。


 あれ……誰だっけ、こいつの名前が思い出せない――。


 短髪の男は誰かに似ている。

しかし思い出せない、名前が出てこない。挨拶も交わせず、俺は思わず顔を伏せてしまっていた。


「あ、久条先輩。おはようございます」


 横にいた凛が俺の代わりに挨拶を交わした。


 ああ、そうだ、思い出した――。

 こいつの名前は久条、久条正義(まさよし)だった。なんでこんな事忘れていたのだろうか――。


「凛ちゃんどうしたの、こいつ具合でも悪いの?」

「あれ、朝は普通でしたけど……兄さん大丈夫?」


 凛が俺の顔を覗き込んでくる。


 猫被ってんじゃねーよこいつ――。


 頭の痛みはいつのまにか治まっていた。

俺はなんとなく恥ずかしくなって頭の痛いフリをしながら顔を上げた。


「いや、なんともないよ」

「そっか。んじゃ凛ちゃん、お兄さんを借りていくぜ~」

「いいですよ~返品は結構ですので~」


 久条の前では猫なで声で話す凛の口調に、またしても頭が痛くなりそうだった。

久条は俺の肩を軽く叩くと、嬉しそうに階段を上っていく。

どうせ行く先は同じだ、俺も久条の後を追って階段を上った。


 教室がある三階にたどり着いた。しかし久条はもっと上へ、屋上へと足を伸ばしている。


「おい、俺たちは三階だろ?」

「いいんだよ、今日は授業ないからさ~」

「マジかよ……」


 俺は溜息を吐きながら、屋上へと足を運んだ。

久条がどんどん先に階段を上っていき、ガチャンと重い鍵を開けた音が聞えた。


「あ~気持ちいい~」


 屋上に出ると冷たい風は更に勢いを増していた。

俺はまたしてもジャケットの中に首をすくませたが、久条だけは大の字で背伸びをしている。


 久条はそのまま寝そべると、胸元から煙草を取り出した。

カチン、とライターの蓋をあけて火を点ける。


「久条……お前のその様子だと、ついに俺たちだけになったのかな?」

「勘がいいな、その通りさ。みんな疎開しちまったよ」

「……そっか」


 俺は久条の横であぐらをかいて座った。


「仕方ないよな~国が決めたことなんだからよ。しかし幾ら働き口が無いからって全員そっちに回すのも極端すぎるぜ」


 久条はそういって口から紫煙を吐き出した。


 久条が言っているのは国が最近だした方針のことだ。

度重なる温暖化による海面上昇によって、俺たちの国は徐々に狭くなっていってるらしい。


 そんな中で重要なのが食料問題だ。

それを解決するためには国は農業や漁業を重視した。

都心で働いている人に転職を持ちかけ、支援や補助を行った。


 俺にはよくわからないが田舎へ行ったほうが旨みがあるんだろう、

家族そろって田舎へ引っ越していく人たちが増えた。

田舎のほうが税金も安いらしいし、食料品も豊富にあるのだろう。

こんな時代に都心で暮らせるなんて限られた人たちしか居なかった。


「実感わかないんだけどなぁ……」

「俺もだ、海が~土地が~ってニュースで騒いでるけど全然実感わかねぇ」


 久条が頭だけ上げながら、煙と一緒に深い溜息を吐いた。

その表情は悩ましげで、どこか遠くを見つめながら眉間に皺を寄せている。


 俺も何気なく久条が目向けている方を眺めていると、始業のベルが学園に鳴り響いた。

もうすぐ授業が始まるはずだが、久条はまるで動こうとしなかった。俺はそんな久条に訊いてみた。


「授業は?」

「自習だってよ~さっきお前が来る前に連絡があった」

「まるで学級崩壊みたいだ」

「まるで、じゃなくて本当にそうなんだよ」


 たった二人では授業さえも行われないのか――。


 俺は嬉しい反面、どこか寂しく気持ちになってしまった。


「あ~あ、来年から遊べると思ってたのにな」

「俺たちはエスカレーター組みなんだから、今からでも遊べるよ」


 久条は俺の言葉に首を振りながら、携帯灰皿を取り出して煙草を押し付けた。


「ところがどっこい、俺も明日までだ」

「……マジか」


 久条と同じような溜息が口から漏れた。


 明日から俺は一人でここに来るのか――。


 一人きりの学園を頭に思い描く。

まるで日曜日に間違って来てしまった、そんな毎日が始まるのかと思うと寒気がした。

それならいっその事、学園なんて来ないほうがいい。


 俺は思わず頭を抱えてしまう。しかし久条は手を合わせながら、


「本当にすまん。よくわからないけど、本家が戻って来いとか言ってるからさ~」


 久条が何度も頭を下げて、申し訳なさそうに言い訳をしていた。

本家とか分家とか、俺にはよくわからない。でもいい所のお坊ちゃんであることに間違いないだろう。


「はぁ……」


 俺は謝る久条を横目で見ながら、またしても溜息を吐いてしまっていた――。


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